カキ養殖を営む漁師
私は,岡山県瀬戸内市の虫明というところで,息子と一緒に漁師をしています。おもな仕事はカキの養殖で,以前は妻も一緒に漁をしていましたが,10年前にカキのくん製やオイル漬けなどの加工と販売を始め,今はその仕事に専念しています。
カキの養殖は,北海道から九州まで広く行われていますが,波が穏やかな瀬戸内海ではとくにさかんです。生産量は広島県が全国1位,宮城県が2位で,岡山県は3位です。虫明は,岡山県のカキ養殖発祥の地なんです。昭和の初期に学校の先生が,漁師の収入を上げようと若者たちと一緒に研究を始めたそうで,私の叔父がその若者の1人でした。さまざまな失敗もあったそうですが,1960年ごろには養殖の方法が確立されて,虫明の漁師の多くがカキの養殖をするようになりました。
養殖の方法は,気候や海の環境によって地域ごとに違います。岡山では7月末~8月上旬の産卵期にホタテガイの殻を海に入れ,カキの種苗(幼生)を付着させます。これを岸の浅い所に置いておき,翌年5月に筏につるして本格的に育て始めます。収穫はその年の11月~翌年の4月ごろです。出荷は殻をはずした「むき身」で,身をむく作業もわれわれ漁師が行うため大忙しです。昔は農家の人に手伝いを頼みましたが,今は人手不足で,ベトナム人など外国人の技能実習生の力を借りています。
毎日ワクワクする「つぼ網漁」
カキ養殖のほかに,6月~10月には「つぼ網」という小型定置網漁も行っています。つぼ網は,瀬戸内海の伝統漁です。水深5m前後の浅い海に円形の網を仕掛けて魚などが入るのを待つ漁法で,魚だけでなくエビ,カニ,イカなどいろいろな生き物が入るので,今日はどうかなと,毎日ワクワクします。最近はもう一つ楽しみがあるんですよ。スナメリというイルカの仲間が,私が網を上げに行くと遊びに来るんです。
最盛期には,30軒近くがつぼ網をしていて,沿岸には200以上ものつぼ網がひしめいていました。しかし近年は魚離れなどで魚の値段が安くなってしまい,今は私のところの1軒だけになりました。でも,毎日ワクワクするのが楽しくて,私は体が動くうちは続けようと思っています。
天然の種苗を集めて育てる
カキ養殖の仕事は1年中ありますが,とくに忙しいのは,まず,種苗を集めるとき。次に,本格的に海中に吊るすとき。それから出荷の時期です。
カキの種苗の採集には,ホタテガイの殻を使います。殻の中央に穴を開けて,60枚ずつ針金に通した「採苗器」を作り,これを1000本吊るした筏を,私は3台用意します。カキの卵は目に見えないほど小さく,産卵期になると毎日,漁協が海水を顕微鏡で調べて産卵の状況を教えてくれます。東風が続くと,カキの卵が吹き寄せられる湾があるんですよ。タイミングをみて,採苗器の筏を船でひいていって,そういう場所に設置します。
成長しながら海中を漂うカキの幼生は,やがてホタテガイの殻に付着します。種がつくと黒い粒々が肉眼でも見えるので,採苗器を1本ずつ筏に上げて日光に数時間さらす,間引きの作業を始めます。こうすると弱い種は死んで,強い種が残るんです。
それから翌年の春までは,岸辺の浅い海に施設を作って採苗器を吊るしておきます。ここは干潮時に水面から出てしまう過酷な環境で,あえてカキを成長させないようにするんです。弱い種をさらに間引くほか,出荷の時期を調整する目的もあります。
5月になると,本格的にカキを育てる準備です。まず,太い竹を組んで作った筏を,内湾や島陰など穏やかな海域に錨で固定します。次に,採苗器のホタテ殻を針金からはずしてばらし,ロープの縄目に15cm間隔で20枚ずつはさんでいきます。このロープを筏1台に800本ほど吊るします。作業は船の上で行い,すべて終えるまで1か月ぐらいかかります。この時期のカキは親指の爪サイズで,ホタテ殻1枚につき10~20粒まで。これを私は理想にしています。種をもっと多く残す人もいますが,私は,少数精鋭を大きく確実に育てるという考え方です。
このあと,台風シーズンが終わるまで,大きな作業はありません。でも筏をよく見回ってカキの様子を観察し,漂着ごみを取り除き,異変をチェックします。この時期にどれだけ手をかけるかが,品質や収量に響いてくるので手抜きも油断もできないんです。
身を殻からはずして出荷
10月ごろになると,いよいよ出荷に向けてカキを太らせるため,筏を船で引っぱって潮通しのいい湾の外に移します。カキの食べ物はプランクトンです。湾内は台風の荒波から筏を守ってくれますが,カキの筏が密集しているため,プランクトンは不足しがちです。そこで,台風シーズンが終わったら筏を沖に出して,カキにたっぷりプランクトンを食べさせるんです。沖に出して10日もすると,ぐっと身が入ってくるんですよ。
出荷は11月ごろに始まり,翌年の4月末まで続きます。毎日,カキを吊るしたロープ100本を水揚げして,漁港の加工施設に運び込み,朝5時から午後3時まで,殻から身をはずす作業に没頭します。生産したカキの9割は,地元の邑久町漁協に出荷しています。午後4時にセリがあり,仲買の人たちが品質を見て生産者ごとに値段をつけます。当然,質のよいものは高い値がつく。1年半の努力が評価される瞬間でもあるわけです。
残りの1割は,個人のお客さんから注文をいただき,直接販売をしています。お歳暮や年末年始用として,12月の注文が一番多いですね。最初は,近所の人に頼まれて贈答用に販売していたのですが,贈られた人たちが気に入ってくれたのか,全国各地から注文をいただくようになりました。ありがたいことです。直売の受注や発送の仕事は,息子の妻が一手に引き受けてくれて,とても助かっています。
海の自然を観察し予測する
つぼ網のような,毎日どんな魚が入るかわからない「とる漁業」とは違い,養殖業ではある程度,計画的に生産できます。しかし養殖も,自然が相手の仕事なのは同じで,人間の思いどおりにはならないものです。漁師は,天候や海の環境,カキの様子など,自然をよく観察し予測することで,少しでも品質のいいものを育てようと努力しているんです。
とくにむずかしいのは,プランクトンが多い海域の見極めです。陸の栄養が流れ込む河口近くはプランクトンが多いのですが,条件のいい場所は限られています。そういう海域については,漁協内のくじ引きで場所を決めて,1軒3台ずつぐらい筏を置きます。うちは20台ほど筏があるので,残りの筏は,養殖をしてもいい区画内で,潮の流れや地形などからプランクトンが多い場所を予測して場所を決めるわけです。
8月末になると,台風のリスクを冒して湾の外に筏を数台出し,早めにプランクトンをたっぷり食べさせることもあります。出荷の初期に大粒のカキを出せるからです。ただ,台風がくると波風で筏が壊れたりカキが落ちたりするので,台風の予報が出るとあわてて内湾に筏を戻します。
手間ひまをかけても,年によってはプランクトンが少なくて,身の入りがよくないこともあります。また不思議なもので,プランクトンを急に食べさせすぎても,不健康な肥満体になって,おいしくないんです。カキを手元から床に落とすと,肥満のカキはビチャッとつぶれますが,じっくり育てたほうはつぶれずに弾み,甘くて味もいいです。
何十年と経験を積んでも,毎年が試行錯誤,勉強の連続です。ですから品質のいいカキがたくさん育つと「ああ,手をかけただけのことはあった」と,本当にうれしくなりますね。
生き物を思いやる心と正直さ
養殖は生き物を育てる仕事です。カキのことを思いやってこまめに世話をしてあげる,そんな気持ちを私は大切にしています。ロープに種をはさんで海中に吊るした後は,手を抜いてもカキはそれなりに成長します。でも,たとえば筏にからんだ流木1本を取り除くだけでも,カキがもまれて落下するのを防げます。小さなことでも,積み重なれば大きな違いになるものです。ですから,こまめに見回って,小さな異変にも対処しています。
それから,正直であることも,私が心がけていることです。出荷のときも小さいものや色のわるいものは取り除き,自信をもてる品物だけ出荷します。その分,出荷量は減りますが,品質の評価が上がり仲買人の信用もつきます。こんな気持ちのいいことはありません。
直接販売では,食べる人に直接届けるので,さらに信用が大事です。むき身はビニール袋にパック詰めして販売しますが,水はほとんど入れず,500gパックなら500g以上詰めるなど,少し多めに入れています。お客さんが喜んでくれて繰り返し注文をいただけるとうれしいですし,「よし,またがんばろう」という気持ちになりますね。
祖父,父の仕事を見て学んだ
私の家は代々漁師で,私で6代目です。先祖は江戸時代に,土地のお殿様が乗る船の漕ぎ手もしていたと,祖父から聞かされました。子どものころ,近所のお船蔵の中に,その木造船がまだ残っていましたね。
私は4人兄弟の長男です。当時は家の仕事を継ぐのが当たり前でしたから,中学校を卒業してすぐ漁師になりました。本当は,公務員のような勤め人にあこがれがあったんです。近所に国の施設で働く人がいて,朝8時すぎに出かけて夕方には帰ってくるし休みもあるのが,漁師より気楽そうに見えたんです。
漁の仕事は祖父と父に教えられたというか,見て習うという感じでした。漁業はなかなか口で伝えられる仕事ではないですから。自然を観察して,自分で経験を積むしかないんです。いま,私と一緒に漁師をしている息子の寿も,私の背中を見て仕事を覚えてきたと思いますよ。
家の手伝い,遊び,小遣い稼ぎも海
子どものころは,家の仕事をよく手伝い,よく遊びもし,勉強はあまりしなかったですね。台風で網が破れたりすると,学校を休んで修理の手伝いをしました。遊びに行くときは妹をおぶってお守りをしながら,ということも多かったです。
私は生き物を飼うのが好きで,山でメジロをとってきたり,ウサギに子どもを産ませて友だちにあげたりしていました。犬も大好きでしたが,死ぬのがつらくて飼うのをやめました。
自然の中でもよく遊びました。夏は毎日,朝から夕方までずっと海です。近所の小学生と中学生が集まって,一緒に遊びました。岸壁の石垣の穴にかくれたウナギを,針をもって素潜りして釣ったり,砂浜でカレイやクルマエビを竹の先で突いたりしましたね。小遣い稼ぎでアサリをバケツいっぱい掘って,父によく市場に出してもらいました。ナマコもとって売りましたね。子どもにとっては,かなりの大金になったと思います。