※このページに書いてある内容は取材日(2021年06月22日)時点のものです
市場で野菜や果物を買い付けて,お客さまに届ける
私は,東京都江東区の豊洲市場の中にある「株式会社 丸大一」という会社で社長を務めています。“豊洲市場”というと,魚をはじめとする水産物のイメージが強いかもしれませんが,野菜や果物といった「青果」も取り扱っています。丸大一では,野菜や果物全般を扱う青果の仲卸を行っていて,私は3代目の社長です。
仲卸の仕事は,市場に出回る商品を買い付けて,小売店や飲食店などに販売することです。私たちが商品を販売しているお客さまは,主にスーパー,レストラン,ホテル,学校などで,そのほかにも豪華客船や南極の昭和基地など,さまざまな場所に野菜や果物を届けています。
仲卸は,生産者から委託を受けて市場で商品を販売する「大卸(卸売業者)」から,買い付けをします。昭和30~40年代ごろ,商品の取引方法は,複数の買い手の中で一番高い値段を付けた人が商品を購入する「せり」が主流でした。現在でも一部の商品はせりで販売されていますが,最近では,生産者が利益を安定して得られるよう,JA(農業協同組合)や農林水産省が,ある程度,商品の価格を決めるようになってきています。現在は,その価格をベースにしつつ,商品の状態に応じた適正な価格をこちらから大卸に提示して,お互いが納得した上で売買することがほとんどです。
そのほか,購入した商品を小分けにすることも私たちの仕事です。大卸から購入した商品は大きなケースにまとめて入っています。それを私たちが小分けにして出荷します。例えば,スーパーで袋詰めされて売られている野菜や果物を見かけると思いますが,あの袋詰めは仲卸がしているんですよ。スーパーやホテル,レストランなど,お客さまによって,商品の分け方や詰め方は変わります。
適正な価格で商品を買い付けるためには,目利きの力が必要
仲卸の仕事は朝が早く,私が市場に行くのは毎朝4時ごろです。しかし商品の仕分けや配送を担当する私以外のほとんどの社員たちはさらに早く,終電で市場に来ています。そのため,私が市場に着くころには,その社員たちが商品の仕分けなどの作業をすでに始めています。
私が市場に来て最初にするのは,商品の品質チェックです。商品の値段は,前日に大卸と相談して,ある程度決めているのですが,実際に届いた商品を見て,本当にその値段で購入して良いのかどうかを判断しています。その際,商品の色が悪いなど,状態が良くないときには,大卸に「決めていた値段では買えない」と伝え,価格を下げてもらうよう交渉することもあります。全国の産地から食材を仕入れている大卸は,産地と深い関係を築いていて,食材についての知識も豊富です。そんな大卸に,値下げの要求を納得してもらうためには,仲卸の私たちも知識を持って商品の状態を見極め,根拠のある説明ができなければなりません。商品を適正な価格で買い付けるためにも,仲卸にとって「目利き」の力は非常に大切なのです。
大卸と交渉して最終的な商品の値段が決まり,朝の10時ごろにその日の商品の配送が終わると,終電で来ていた社員たちは帰宅します。私はその後,お昼ごろに大卸からファックスで送られてくる,その日に購入した商品の一覧表に間違いがないかチェックをします。それを終えると,早朝からの買い付けに関する作業はいったん終了です。
生活に欠かせない「食材」を扱うため,毎日が忙しいハードな仕事
午後からは,スーパーやレストランなどのお客さまに向けた作業を行います。その一つが「提案書」の作成です。提案書とは,商品のおおよその価格や産地の情報をまとめたもので,スーパー用と,ホテル・レストラン用との2種類に分けて作成しています。それを14時ごろまでにメールやファックスを使ってお客さまに送ると,早いところでは15~16時ごろから,翌日分の発注が上がってきます。現在,丸大一ではスーパー20店舗,レストラン30~40店舗,ホテル5,6社に食材を販売していて,それぞれから送られてくる注文書をまとめ,大卸に発注する商品やその量を調整していきます。その後,17時ごろまでに大卸に発注をかけて,19時ごろには帰宅します。しかし,その後も大卸やお客さまから連絡が来ることがあるので,帰宅してからも携帯は手放さないようにしています。
また,豊洲市場は基本的に水曜日が休みですが,私たちは学校給食のための商品を配送する業務などがあるため,完全に休みになることはなかなかありません。生活に欠かすことができない「食材」を扱う仕事のため,毎日忙しいですが,同時に使命感ややりがいも感じられる仕事です。
苦労するのは,天候に左右されやすい青果を欠品なくお客さまに届けること
私たちの扱う商品である野菜や果物は,天候や自然災害などによって出荷数が大きく変動するため,商品の確保に苦労することもよくあります。お客さまから注文された分が確保できないときに,全国の市場に連絡を取って,手配してもらえないか相談することは,非常によくあることです。
以前,足りなかった食材を大阪の市場で確保し,翌日の配送に間に合わせるために,トラックではなく航空便で送ってもらったこともありました。無事に商品は届けられたものの,輸送費が高く,結果的には損失が出てしまいました。しかし,“お客さまと約束した商品はなんとしてでも届ける”ということが私たちの仕事で,私たちはそこにプライドを持っています。「丸大一は欠品せずにきちんと商品をそろえてくれる」という信頼感を持ってもらえているからこそ,何十年も付き合いを続けてくれているお客さまがいらっしゃるのだと思います。
「トレンドの食材」をいち早く知り,お客さまに提供
この仕事の魅力の一つは,トレンドの食材の情報をいち早く集められるところです。私の会社では,青果の仲卸業だけではなく,スイーツ専門店「果物問屋にしかわ」という小売店も経営しています。トレンドの食材の情報を手に入れられるおかげで,お店では流行りの果物を使ったスイーツをいち早く開発することができます。しかも私たちは仲卸業者なので,自信を持って選んだおいしい果物を安く手に入れることができ,お客さまに手ごろな価格で提供することができるのです。トレンドの食材を使っているからこそ,さまざまな人に手に取ってもらいやすく,スイーツを食べたお客さまからは「果物がこんなにおいしいと思わなかった」「スイーツだけでなく果物そのものも食べたくなった」と言っていただけることも多くあります。私たちが販売するスイーツを食べて,果物のおいしさにあらためて気付いてもらえたり,果物を購入するきっかけになったりしたら,とてもうれしいですね。
一般のお客さまにも商品を手に取ってもらえるように
私は,「お客さまが必要とする青果を届け,それを食べて笑顔になってもらいたい」という気持ちを持って仕事をしています。そのため,自分が目利きをして選んだ良い商品がきちんと一般のお客さまの手元にまで届くよう,時には販売先であるスーパーまで出向いて,従業員の方たちにアドバイスをすることもあります。
例えば,旬の野菜や果物といった「今,お客さまにおすすめすべき商品」を伝えています。スーパーで働いている人たちは市場に直接は来ないため,「旬の食材が何か」を常に把握することは困難です。しかし私が伝えておけば,彼らも,「今はこれが旬ですよ」とお客さまに伝えることができます。「西川さんのおかげでいつでも『旬の食材』を伝えられるようになり,お客さまからの信頼も得られるようになりました」と言ってもらえたこともありました。
そのほか,「なぜこの商品を販売するのか」をお客さまに伝えるためのポップの書き方をアドバイスしたり,旬の食材が一目でわかるような売り場のレイアウトを考えたりして,販売を助けることもあります。このように,ただ商品を卸すだけではなく,その先にいる一般のお客さまに手に取ってもらえるよう働きかけていくことも,大切な仕事だと考えています。
スーパーで6年間働いたあと,3代目として会社を継ぐことに
丸大一はもともと祖父が立ち上げた会社で,2代目は私の父でした。私も大学3年生くらいになると父の跡を継ぐことを意識し始めましたが,大学卒業後すぐ継ぐには,まだ自分の経験が足りていないと感じていました。父の時代は景気が良かったこともあって,レストランとホテルへの販売だけで十分やっていくことができていたのですが,私自身は「父と同じことを続けているだけでは,今後,丸大一の経営は厳しくなっていくのではないか」と危機感を持っていたのです。そこで私は,ホテルやレストランに加えてスーパーへの販売もやっていくべきだと考えました。当時,スーパーのように大量に商品を仕入れて安く提供する量販店が増え始めていて,「これからは量販店の時代が来る」と確信していたのです。そのため私は,流通の仕組みや販売の仕方を学ぶため,大学卒業後は大手スーパーへ就職しました。
スーパーで働いたことでさまざまな経験ができて,一時は会社を継がずにこのままスーパーで働こうかと考えたこともありました。それでも仲卸の仕事をしようと思ったのは,「もっとたくさんの種類の青果を,お客さまに届けたい」という強い気持ちがあったからです。私は品質の良い青果や珍しい青果を市場で多く見てきましたが,スーパーで販売されているのはそのうちのほんの一部の商品に過ぎず,そのことをもどかしく感じていました。まだスーパーにはないそれらの商品を,安く新鮮な状態でお客さまの手元に届けるためには,やはり仲卸としてスーパーへ商品を販売していく必要があると考えたのです。結局スーパーでは6年間働き,その後,3代目として丸大一を継ぐ道を選びました。
昔から「商売」に興味がある子どもだった
私が小学生のころ,市場では,夏になると野菜や果物だけでなく,カブトムシやクワガタなどの昆虫が入荷することもありました。木を掘って卵を産むカブトムシやクワガタは,農家の人たちにとっては害虫です。でも東京に持って来れば買いたい人がいるだろうと,商品と一緒に販売しようと考える農家さんもいたんです。私は昆虫が大好きだったため,小売店よりもかなり安い価格で購入できるのがうれしく,毎年の楽しみでした。
さらに,私は市場で購入したカブトムシやクワガタを,ただ自分のものにするのではなく,近所で開催される夏祭りや小学校のバザーで,父親と一緒に販売することもとても楽しみにしていました。安い価格で販売していたので喜ばれ,中でも小学校のバザーでは,すぐに完売するほど人気でした。私はその売り上げが自分のおこづかいになるのではと期待していたのですが,そのときはバザーなので結局,学校に寄付しなければならないとわかって,とてもがっかりしたことを今でもよく覚えています。扱う商品は違いますが,子ども時代から「市場で買い付けた商品に利益をつけてお客さまに販売する」という今の仲卸と同じようなことを経験していたんですね。
日々の生活で気になったことを書きとめる癖をつけてほしい
みなさんにはぜひ,日々の生活の中で疑問に思ったことや大切だと思ったことをノートに書きとめる癖をつけてほしいなと思います。私自身,10年ほど前から,自分が気になった新聞記事を切り取ってノートに貼るということを続けています。始めた理由は,これからもこの仕事を続けていく中で,いつか役に立つかもしれないアイデアを蓄積していきたいと思ったから。現在,スイーツ店で販売している商品の中には,ノートに貼った記事からヒントを得て生まれたものもあります。アイデアはインターネットでももちろん探すことができますが,「新聞記事を切り抜いて貼りつける」という私のやり方は,自分が気になった情報を自分の手を実際に動かしながら集めていくため,より記憶に残りやすい方法だと思います。そして,アイデアの種が見つかるだけでなく,これまで自分が知らなかったことを知るきっかけにもなり,自分の興味のあることがわかったり,自分自身の強みを見つけたりすることにもつながるはずです。
食に関することでは,そのときの自分が「食べたい」と思うものを食べてほしいと思います。以前,ある栄養士さんから「自分の体の状態に合わせて食材を選べるのは人間だけ」と言われたことが印象に残っています。人間は,体調が悪いときには消化の良いものを食べたり,筋肉をつけたいときにはたんぱく質が含まれているものを食べたりと,自分の体の状態や目的に合わせて食材を選ぶことができます。せっかく自由に選ぶことができるのだから,みなさんも自分自身が「食べたい」と思うものは何か,ぜひ考えてみてください。