※このページに書いてある内容は取材日(2017年03月01日)時点のものです
同人誌印刷のスペシャリストとして
私が働いている「しまや出版」は,「同人誌」に特化した印刷・製本会社です。同人誌とは、個人やグループで作り上げる雑誌のことです。一般的な印刷会社は企業や団体から大口の注文を受けるのが普通ですが、私たちは個人やグループで漫画を描いている方や小説を書いている方から依頼を受けることが多いんです。本づくりに詳しくない人でも気軽に自分の作品をつくれるよう,きめ細かなサービスを心掛けています。
みなさんは,本が完成するまでの工程を知っていますか?本づくりでは,一度に100冊,1000冊と大量につくるので,大きな紙に何ページ分もまとめて印刷し,そのあとで実際の本の大きさに合わせて断裁します。ここではまだ,1ページずつばらばらの状態です。これを1冊の本に仕上げていく工程が「製本」です。製本の際,断裁した紙に汚れがないかをチェックし,ページ順に並べ,機械を使って1冊ずつ分けていく工程があります。これを「丁合」といいます。そして,背の部分を表紙にのり付けする「バインダー」という作業のあと,三辺をきれいに断裁したら完成です。これが本づくりの基本的な流れです。
社内には印刷のチームと製本のチームがあり,私が所属する製本チームでは,約10台の機械を使い,印刷されたものを本の形に仕上げていきます。私は,丁合やバインダー作業の中でも,ホログラムなどの特殊な加工が必要なものを中心に担当しています。
しまや出版の一日
普段は毎朝9時に出勤し,18時ごろまで勤務しています。繁忙期はもっと遅くなることもあります。基本的に,午前中に本文の汚れのチェックや丁合を行い,午後はバインダーの作業をします。しまや出版では,注文を10冊からお受けしており,案件ごとに冊数は大きく異なりますが,1件で100冊から200冊くらいが平均です。多いときは「1万冊」という注文をいただくこともあります。年間の受注数は約6000件。1日に平均20から30件分の本をつくっています。
同人誌は,全国各地で開かれる即売会で販売されます。毎年夏と冬に,国内最大規模の即売会であるコミックマーケットが開かれますが,開催期間前は注文がとても多く,一年で一番忙しい時期です。ゴールデンウィークにもイベントがたくさん催されるので,その直前も忙しい時期の一つです。どれだけ忙しくても,各イベントに合わせたスケジュールで本を製作し,会場まで直接お届けするのも私たちのサービスの一つです。
職人仕事の難しさ
イメージにないかもしれませんが,印刷業は力仕事が中心です。たった一枚なら軽い紙ですが,100枚,1000枚と積み重なると,持ち上げられないほどの重さになります。一つひとつの作業で腕や腰に負担がかかって,大変です。私は女性なので,特に苦労しますね。
また,特殊な紙や素材を機械に通す場合は,数値の設定では対応できない微妙な加減を調整しながら,試行錯誤する必要があります。特に,ホログラムラミネート加工という,表面をキラキラさせる加工は,静電気が起きやすいので紙が重なってしまい,次の本を入れると表紙が詰まってしまうこともあります。そういうときは機械をいじって微調節し,静電気が起きないようにします。工夫しながら根気よく取り組まないといけないことが多く,難しい作業が無事終わるといつも「ああ,よかった」とほっとしています。
本づくりを通して得る喜び
できあがった本をお客さまにお届けしたあと,直接お礼の挨拶をしに伺うと,反対にお客さまから「こちらこそ,とてもきれいに印刷していただきありがとうございます」とお礼の言葉をかけていただくことがあります。お客さまに喜んでもらえたと実感できる瞬間です。また,イベントの会場で自分が担当した本が並んでいるのを見かけると「自分が製本したものをたくさんの人が手に取ってくれるんだな」と,とても感慨深い気持ちになります。
製本の際,特殊な加工は私が担当している機械でしかできないため,普段から難しい作業をすることが多いです。表紙に切れ込みを入れて窓のようにする「フラップ加工」や,特殊な形のカットなども担当しています。根気よく作業して最後まできれいに仕上げることができると,とても達成感がありますね。
この会社に入ってから面白い偶然に出会ったことがあります。私が通っていた中学の,私が所属していたイラスト・マンガ部が,しまや出版に作品集を発注していることに気がついたんです。丁合の作業はほぼ毎回私が担当していて,自分もこんなふうに作品をつくっていたなと中学生のころを思い出しながら作業をしています。
“宝物”づくりのお手伝い
お客さまの約9割はインターネットを通しての注文です。自動見積もりやメールでの問い合わせを利用してどんな本をつくるかを決め,作成した原稿データを入稿するという流れです。
社長がよく「同人誌は,ただの印刷物ではなくお客さまの『宝物』」と言うのですが,何か月もかけてつくった原稿を本にするのですから,お客さまには当然,細部にまでこだわりたいという要望があります。その思いに応えるため,社員全員で,丁寧なものづくりを心がけています。刷り上がったものは全ページを目視でチェックし,少しでもインク汚れやかすれがあれば一からやり直しをします。指紋が付かないよう,作業中は軍手をはめ,きれいに梱包するところまで気を配ります。
また,どんな紙にどんな加工を施すかという「装丁」を考え楽しむのも本づくりの醍醐味です。装丁はさまざまな要望に応えられるよう,豊富なバリエーションをそろえています。例えば,表紙をハート型などの形にくり抜く「トムソンカット」という加工や,刺繍で模様を施す加工もできます。さらに,絵を描かない小説専門の方には,表紙に使えるイラストを100種類ほど用意しています。
ものづくりの道を志して
高校卒業後に進学した美術大学では,空間演出デザイン科に所属し,インテリアを含めた空間をデザインする分野を勉強しました。舞台美術を専門にしていた私は,学生時代にいろいろなものをつくっていて,将来は職人のような,ものづくりの職種に就きたいと考えていました。
大学卒業後は,映画館のアルバイトで,映写機を使って映画を流す仕事をしていました。その後,技術力が必要な仕事がしたいと思っていたところ,東京都の就労体験事業に参加する機会がありました。実習先には,自分でものづくりができるような会社を選んだのですが,それがしまや出版だったんです。職場の雰囲気にも惹
かれ,実習後に就職の希望を伝え,面接を経て入社することになりました。
絵を描くのが好きだった子どものころ
小学校のころは,中学受験に向けて勉強に明け暮れる日々でしたが,昔から漫画が好きで,中学校に入学後はイラスト・マンガ部に入りました。同じように漫画が好きな友だちが集まっていて,今でも付き合いが続いている友だちもいます。
小さいころから絵を描くのが得意で,美術の成績も良く,小学校では賞を取った記憶があります。昔から,自分の手を動かして何かをつくるのが好きでした。両親にも「やりたいことをやりなさい」と応援してもらい,高校卒業後は,ものづくりの道に進もうと美術大学を選びました。
現在は,製本を通して,自分の作品をつくる人たちをサポートする側に立っていますが,今までの自分の知識も活用しながら,さらにいろいろなことを吸収していきたいと思います。
好きなことも苦手なことも,一生懸命やろう
子どものころは受験勉強をたくさんしなければならず,そのときはつらいなと思っていました。でも,嫌いなことや苦手なことでも,一生懸命やっていると,ゆくゆくは自分の糧になり,やりたいことにつながることもあります。私が受験した美術大学は,絵を描く試験がメインでしたが,学科試験もありました。それまで勉強をたくさんしていたお陰で,学科試験は苦労せずに済んだと思います。
美術大学の受験を決めてからは,アトリエに通ってデッサンの練習をたくさんしました。絵を描くのはずっと好きだったので,全く苦ではなかったです。好きなことを続けていけば,将来の仕事にもつながっていくと思います。それだけではなく,勉強など,自分が苦手だなと思うことにも一生懸命取り組んでみてください。苦労して勉強した知識は受験だけでなく,仕事でも生きるときがあるのです。
そしてもうひとつ,思いっきり遊ぶこともとても大切です。友だちとの付き合いには,ためになることがたくさんあると思います。今しかできない経験を目一杯楽しんでください。