※このページに書いてある内容は取材日(2023年03月08日)時点のものです
高齢者の方々に幸せに過ごしてもらうために
私は、東京都江東区にある高齢者福祉施設「深川愛の園」の施設長を務めています。当施設は、ご自宅での生活が難しい高齢者の方が支援を受けて生活する「特別養護老人ホーム」事業のほか、ご自宅で暮らす高齢者の方を介護する家族が休めるように、高齢者の方が短期間宿泊できる「ショートステイ」、高齢者の方が日帰りで利用できる「デイサービス」といった事業を行っています。施設には、利用者の方々のお世話をする介護職員と看護職員のほか、生活をサポートする生活相談員、ケアマネジャー(介護支援専門員。介護を必要としている人やその家族の相談に乗り、最適な介護サービスが受けられるように調整する)、リハビリを行う機能訓練指導員、食事の献立を考えて提供する管理栄養士、そのほかに清掃用務員、事務職員など、総勢90名ほどの職員が働いています。
特別養護老人ホームには、最大80名の高齢者の方が暮らしています。これまで、私たち介護職の主な仕事は、「三大ケア」と呼ばれる、排せつ・食事・入浴の介助(お手伝い)とされてきました。しかし最近では、そうした最低限の生活を支えることに加え、それ以上に、高齢者の方に最期の生活を楽しく送っていただくために何をすればいいのか、どんな過ごし方をすれば幸せな気持ちになってもらえるのか、ということを想像し、そしてよりよい生活を提供して高齢者に寄り添うことが、私たちの仕事の大事なポイントになってきています。
私の仕事は、利用者の方々へのサービスを提供するために施設の運営方針を決め、実際に何をするか計画を立てて、進めていくことです。サービスの現状を把握し、課題を見つけて改善方法を考えることや、サービスに携わる職員の採用や育成、評価が主な仕事です。それから、施設の運営にはお金がかかるので、お金の出入りの管理も必要です。
組織内部の調整のほか、外部との話し合いや交渉も
毎朝8時半が、私の基本的な始業時間です。当施設は24時間体制で、職員が日勤・夜勤と分担して働いているため、全員そろっての朝礼は行っていません。その代わりに、毎朝、グループウェア(組織内でコミュニケーションや情報共有などをするためのソフトウェア)を使って、その日の予定や早急に伝えないといけないことを職員全員に向けて発信しています。その後、確認が必要な書類やメールに目を通したり、各部署のミーティングに参加したりします。職員の仕事上の悩みや職員間のトラブルの相談に乗ることも多いです。
施設を円滑に運営するために組織内部の調整をしながら、外部との話し合いや交渉を行うのも施設長の役割です。東京都や江東区と施設運営に関わるルールを確認したり、同区内のほかの福祉施設と情報交換したりするのが主なところで、施設を運営するための補助金を東京都などからいただく場合は、その申請や交付、報告に必要な書類も作成しています。
また、近年はコロナ禍で実施できていませんが、近隣住民の方にボランティアとして来ていただき、利用者の方々の話し相手になったり、歌を歌ったり、それぞれの得意なことでサポートしていただいており、ボランティアに来ていただいた方々とお話しするのも私の仕事の一つです。
リーダーとしての決断に迷いが生じたときは、横のつながりも生かす
施設長という仕事は、職員や外部の方々と話し合ったことをもとに、何をするかを最終的に自分一人で決定しなければいけないことがたくさんあります。一人で思い悩んでいると孤独な気持ちになりますし、経営に関するプレッシャーや、自分が判断したことが本当に正しいのかという不安を感じることが多いです。
そういうときに助けになるのが、同業施設の施設長どうしの横のつながりです。ほかの施設では同じような問題をどのように解決しているのか、どういう考えで施設を運営しているのかなど、同じような立場の人たちと情報交換を行う中で参考になることがたくさんあります。例えば、今、組織内のやりとりで使用しているグループウェアも、5年前に同業施設との勉強会で知って導入を決めたものです。ツールを導入する前は紙やノートに連絡事項を書いており、情報がばらばらになってしまってまとめづらいこともありました。でも今は、利用者の方の状況に関する情報共有や日々のスケジュール管理を一つのグループウェアでまとめて行うことができるので、作業の効率がとてもよくなりました。
やりがいを感じるのは、職員の成長に気づいたとき
この仕事のやりがいは、まずは利用者の方やそのご家族から「ありがとう」とたくさん感謝されることですが、施設長という立場になってからは、職員に対しておほめの言葉をいただいたり、職員の成長に気づいたりしたときにやりがいを強く感じるようになりました。特別養護老人ホームは、利用者の方が最期の生活を送る場所です。中には入居してから数か月で亡くなる方もいますが、たった数か月でも「最期にここに入れてよかった」という声を聞くと、職員がよくやってくれたと思いますし、かつては頼りなかった職員が利用者の方やご家族から感謝されるようになると、彼らの成長を感じます。
また、最初は目の前の仕事をこなすことが中心だった職員も、ベテランになってくると、自分のことだけでなく、チームや組織全体のことも考えなくてはいけません。組織全体のことに目を向けられるようになってくると、会議の中での発言も変わってきます。それに気づいたときは、「成長したな」と感じてうれしくなります。
また、当施設にはベトナム、スリランカ、ミャンマーなどから来た外国人職員が9名在籍しており、職員全体の約1割を占めています。母国で介護の勉強ができる十分な環境がないため、日本に来て勉強する人が多く、当施設の外国人職員も日本語学校と福祉専門学校を卒業してから入職しています。日本の介護現場で経験を積んで母国で介護サービスを始めたい、といった大きな夢や目標に向けて意欲的な人が本当に多く、とても刺激になっています。
オフィスの壁を取っ払い、気軽に話しかけられる距離感を大切に
職員たちの成長を後押しして、よりよい施設をつくるためには、自分の考えを伝えたり、職員の考えを聞いたりすることが大切です。だから決して自分から職員に対してコミュニケーションの道を閉ざしてしまわないように、いつも意識しています。
組織の長というと、扉を挟んだ個室の向こうにいるイメージがありませんか。当施設も、以前は職員たちが働く事務室と施設長室が完全に分かれていました。私は施設長室のドアをノックして入ることに壁を感じていましたし、気軽にいろいろ聞くことができないことがすごく嫌でした。
そのため、自分が施設長になってから、その壁を取っ払って、事務室と合わせて一つの部屋にしたのです。今は事務室の中央に自分のデスクを置いて、野球のキャッチャーのように職員みんなが見える席に座っています。すると、職員から質問がたくさん飛んでくるようになり、自分の仕事が進まないくらい大変になりましたが、気軽に話しかけられるくらいの、この距離感を大切にしたいと思っています。
違う分野から福祉業界へ、さまざまな資格を取ってステップアップ
私は福祉業界に入る前、違う分野の仕事をしていました。大学卒業後、英会話教室を運営する会社に入りましたが、4年ほど経ったころでその職務(店舗開発)が自分に合わないと思うようになり、一人旅に出て自分の将来を考え直しました。そのときに「そうだ、福祉の仕事がやりたかったんだ」と思い出し、この業界に入ることを決めたのです。もともと人が好きなので、人のためになる仕事をしていきたいという思いがありました。
それからホームヘルパーの資格を取り、介護職としての仕事を始めました。しかし、しばらくして腰を痛めてしまい、体力面や生活面で同じ仕事を続けるのが難しくなってしまいました。そこで仕事の時間を少し短くし、通信制の専門学校で勉強して社会福祉士(障がいや環境上の理由で日常生活を送るのが困難な人の相談に乗るための国家資格)の資格を取りました。その資格を生かして生活相談員として働くようになり、さらに介護福祉士、ケアマネジャーの資格も取って当施設に転職しました。
私は当初、在宅介護を担当していましたが、在宅よりも施設内での介護に関わりたいと考えていたため、特別養護老人ホームの担当に移って、生活相談員や介護職の主任を務めました。その後、前任の施設長が体調不良で長く休んでしまったのがきっかけで施設長を代行することになり、そのまま正式に施設長に就任してから5年になります。
福祉の世界は、資格があればそのぶん、仕事の幅が広がりますし、今は福祉系の専門学校以外にも、卒業と同時に介護福祉士などの受験資格が得られる高校や大学もあり、資格の取り方の幅も広がってきています。
人を気遣うことの大切さを学んだ、幼少期の体験
子どものころ、私は異性と話すにも赤面してしまうような内気な部分と、毎日のように男の子たちと一緒に公園に遊びに行くような活発さとを持っていました。しかし小学4年生のころ、一部の友達から無視されるということがあって、「人との付き合い方って難しいな」と感じたことがありました。つらかったのですが、その経験から、人に優しくすること、人を気遣うことの大切さを学ぶことができたので、今の自分の人生につながるとても貴重な経験だったと思います。
また、私は勉強がすごく嫌いで、本を読むことも嫌いな子どもでした。しかし、ある読書感想文の課題で、大好きな野球をテーマにした『二死満塁(ツーダンフルベース)』という児童書を選んで読んでみると、一日で読み終えられたことがあり、それがきっかけで『ズッコケ三人組』シリーズや、『ぼくらの七日間戦争』に始まる『ぼくら』シリーズなどのシリーズものも夢中になって読むようになりました。大人になってからも、福祉の資格を取るための勉強をしたときにはその内容がどんどん頭に入ってきました。つまり自分は読書や勉強そのものが嫌いだったわけではなくて、読書や勉強の内容に興味があるかどうかが大切だったのです。こうした経験を通して、自分が興味を持てるものを見つけて自ら努力すれば、道が開けるということを知りました。
自分が本当にやりたいことや興味のあることに向き合ってほしい
みなさんに伝えたいのは、自分が本当にやりたいことや興味のあることに向き合ってほしいということです。夢や目標というのは人生を通して変わっていくものですし、一つじゃなくてもいいものです。そのことに気づくことがとても大切なので、自分の心の声をきちんと聞いてほしいと思います。
福祉の仕事は、働く人の待遇や仕事環境の改善が必要だと言われており、一般的に大変な仕事というイメージがあります。でもその中で、私は高齢者福祉施設の施設長として、みんなが働きやすく、働きがいのある業界にしていくことを目指しています。私の夢の1つは、介護職を「将来なりたい」と言われる仕事にすることです。人と関わるのが好きで、人のためになりたいという気持ちがある人にはぜひ、福祉の世界を目指してほしいです。みなさん、待っています!