※このページに書いてある内容は取材日(2018年11月28日)時点のものです
建設現場で資材を運ぶためのロボットを作る
私は株式会社大林組という建設会社に所属し,東京都清瀬市にある技術研究所で働いています。技術研究所では,建設に使われるコンクリートなどの材料や省エネ技術,免震・制震・耐震技術など,さまざまな最先端技術の研究・開発が行われていますが,私は建設現場での作業の自動化や情報化などを進めるチームで,建設現場で資材を運ぶ作業を機械化するための研究・開発をしています。
資材を運ぶという作業は,どんな種類の建設現場でも必要です。今は,資材を台車にのせたり,人が持ったりして人力で運ぶことがほとんどですが,それを機械が自動運転で運んでくれるようにするのが,私が担当しているプロジェクトの最終的な目標です。私たちはこれを自動搬送システム(AGV=Automated Guided Vehicle)と呼んでいます。自動搬送システムがあれば,現場の労力を減らし,重いものを安全に,楽に運ぶことができます。
開発を始めたのは約5年前です。最初は,線路のように,現場に磁気テープを敷いて,その上をロボットが走るというしくみにしていました。しかし建設現場は毎日状況が変化し,それに合わせてロボットのルートも変わってしまうので,この方式はあまり現実的ではなく,現在はコントローラーを使って,ラジコンのように遠隔操作ができるしくみにしています。また,最初はいろいろな機能を詰め込んでいたのですが,実際の建設現場でのテストを繰り返した結果,「ものを運ぶ」というシンプルな機能に絞り,サイズをどんどん小さくする方向になってきました。
研究所で何度もテストをした後,実際の建設現場に持っていってテストをして,問題がなければそのまま使ってもらいます。そこでわかった問題点などを改良して,また現場でテストします。現場で試すことを繰り返しながら,実用化に向けて開発を進めています。
宇宙エレベーターなど複数のプロジェクトに参加
自動搬送システムの開発に主担当として取り組む以外に,ほかの人が担当している開発プロジェクトにもいくつか関わっています。その中には,大林組が進めている「宇宙エレベーター」のプロジェクトもあります。
「宇宙エレベーター」とは,地上から宇宙まで行くことのできるエレベーターです。人工衛星は,地球の方向に引っ張られる重力と,地球の周りを回転して飛び出そうとする遠心力とのバランスがちょうど釣り合ったところにあり,地球に落下もせず,宇宙空間に飛び出すこともなく,地球の周りを回っています。宇宙エレベーターは,その人工衛星から伸ばした全長約9万6千kmのケーブルで地上と宇宙とをつなぎ,物や人を輸送するしくみです。現在,宇宙飛行士が滞在して実験などをしている国際宇宙ステーション(ISS)があるのは,地上から約400kmの場所なので,それに比べると宇宙エレベーターがとても長いことがわかると思います。これが実現すると,宇宙旅行や,宇宙探査などが身近なものになるはずです。
私が関わっているのは,「クライマー」という,エレベーターの本体の部分です。人や物資をのせる箱をどんなふうに作り,どんなふうに動かせばよいかについて考えています。大学や他の会社と共同で研究をしていて,宇宙エレベーターのしくみの性能を競う競技会にも参加しています。競技会では,気球からロープを吊るし,小型の「クライマー」を作ってその性能を競います。宇宙エレベーターについては,年に1回程度,プロジェクト全体で集まる会議のほか,共同研究をしている大学や会社の方と打ち合わせもしています。
研究が思い通りに進まない時期は苦しい
新しい技術の開発にあたって,実験ではうまくいっていても,現場に持っていったとたんに失敗することもよくあります。現場に持っていく前には,細かくスケジュールを立てるのですが,それがすべて無駄になって引き上げなくてはいけないときは,つらいですね。
また,私が手がけている自動搬送システムは,最近はやっと外に発表できる段階になってきましたが,イメージはあるものの,実際に形になっていない時期は苦しかったです。でも,一度形になってしまえば,あとは実験して,出てきた問題点を改良するということを繰り返していけばいいので,迷いはありません。
自動搬送システムは,開発を始めたばかりのころは,タッチパネルでいろいろ設定するしくみにしていましたが,事前の準備が必要で,操作が覚えにくくてわかりづらいのと,操作するたびに軍手を外さなければならないといった理由で,現場で職人さんにあまり触ってもらえませんでした。もっと感覚的に使えるようにしなければいけないのだと思って,コントローラーをゲームのコントローラーのような形にするなど,試行錯誤を重ねて今に至っています。
また,新しく取り組むテーマを提案するのも研究員の大事な仕事で,実はこれが一番大変だと思っています。とにかくたくさんアイデアを出そうという「ブレインストーミング」と呼ばれる会議のときなどは,なかなかアイデアが浮かばなくて困りますね。どんなものが建設現場にあると作業をする人たちが働きやすいのか,時には現場でお世話になった人たちに相談したりしながら,いつも新たな研究テーマを考えています。
イメージが形になったときの喜び
機械製作の場合は,最初にイメージ図を描いて,それを協力してもらっている機械の製作会社に持っていって,図面にできるかどうか検討してもらいます。図面ができると,とりあえず形にはできるということがわかるので,あとはそれに合う部品を探します。例えば,現在の自動搬送システムでは,「メカナムホイール」という車輪を使っています。これは,車輪に斜めの筒のような形状のものがついているため,色々な方向に進むことができ,小回りがききます。海外のメーカーが最初に特許を持っていたのですが,その期限が切れて,誰でも使えるようになりました。今はさまざまなロボットメーカーが利用しています。そういった部品を見つけるために,展示会などに行き,情報収集をするのも仕事のひとつです。望みどおりのものが見つかったときには,「やった!」と思います。
思い描いていたものが形になったときはうれしいですし,作ったものを最初に現場に持っていくときには,テンションが上がりますね。先日,自動搬送システムの開発を始めたばかりのころに描いたスケッチを改めて見直したのですが,今,作っているものに近い絵を描いていたんです。その当時の技術だと実現ができないということで違う方法を選んでいたのですが,結局もともと考えていたものに近づいているんだなと,最初の発想は間違っていなかったんだなと,うれしくなりました。
現場から求められているものを作る
自動搬送システムの開発を手がけることになったきっかけは,現場から「自動で安全に資材が運べるシステムが欲しい」と言われたことです。人口の減少で人手が少なくなる中,重いものを運ぶという作業をロボットで自動化できれば,人間はほかの作業に集中できますし,危険も少なくなります。自動搬送システムは私が開発の主担当をしていますが,建設現場の職人さんや,機械を作る会社の人,部品会社の人,社内のチームのメンバーなど,関わってくれた多くの人のアイデアが詰まったものになっています。自分のイメージを関係先に伝えることは大事で,日々のコミュニケーションを大切にして,開発をしています。研究員というと,ずっと研究所にこもって,研究や開発をしているイメージがあるかもしれませんが,実際は外に出て,現場に通ったり,協力会社に相談に行くことも多いですね。
また,現場から求められているものを作るのが一番大切なことなので,「何が今,現場に必要なのか」を現場の人からていねいに聞くようにしています。そうしたコミュニケーションの中に,新しい研究テーマについてのヒントもありますから。
建設の会社でも機械の仕事ができると入社
子どものころから,理数系の教科のほうが好きでした。中でも空や宇宙の話が好きで,テレビで宇宙の特集をしていたら見ていました。天文台や科学館に行ったりするのも好きでしたね。
大学では機械工学を専攻し,流体力学の分野で,船のエンジンに使われるようなものの研究をしていました。また,空や宇宙への興味から,航空系の仕事に就きたいと考えていて,就職活動でも最初は航空系や機械系の会社を主に受けていたんです。でも,就職活動をしていく中で,大林組の技術研究所で働いている方に出会い,建設会社の大林組でも機械系の仕事ができると知って志望し,入社しました。
大林組では,最初の1年目は現場監督として,建設現場を経験します。そのときに携わったのが,今,私が働いている技術研究所の建物でした。建築学科の出身ではないため,わからないことばかりで,簡単な建築用語もわからず,職人さんにあきれられたりもしました。1年目はとにかく施工管理の仕事を覚えるのに必死でしたね。私は研究者として採用されて,最初の現場が終わったらすぐに研究所で働くことが決まっていたので,研究所の上司に,「現場にいる間に,自分だったらどういう開発をしたいか考えておきなさい」とアドバイスを受けていましたが,毎日が必死で,余裕はありませんでした。
興味のあることはやってみよう
興味のあることは,なんでもやっておくといいと思います。私は大人になってから,ボルダリングやヨガなど体を動かすことにはまってしまい,今では仕事の後も,休みの日もやっています。子どものころにもっとスポーツをやっておけばよかったなと,子どもたちがボルダリングで壁をぴょんぴょん跳ねながら登っているのを,うらやましく眺めています。みなさんも学校の勉強以外にも集中できる何かを見つけると,生活にメリハリがついて,楽しく過ごせますし,勉強や仕事にも集中できるようになると思いますよ。
また,もし研究職を目指す方がいたら,いろいろな分野の勉強をすることをおすすめします。研究職というと,ひとつの何かに特化しているイメージがあるかもしれません。もちろんスペシャリストであることも大事なのですが,開発をしていくと,さまざまな知識が必要になってきます。また,研究職に限らず,仕事はひとりではできないので,人とのコミュニケーションも大事です。全然関係ないようなことも,後々,つながってくることがあるので,広くいろいろなことに興味を持っておくといいですね。