※このページに書いてある内容は取材日(2024年06月21日)時点のものです
「分析力」を武器にeスポーツの大会に出場。実況解説者としても活躍中
私は、「リアルタイムバトル将棋」というゲームのプロeスポーツプレイヤーとして活動しています。「リアルタイムバトル将棋」は名前の通り、将棋をもとにしたゲームです。一般的な将棋は、先手と後手が交互に駒を動かして試合が進んでいきますが、このゲームは、スタートした瞬間から、両者が同時に好きなだけ駒を動かすことができます。そうしていち早く相手の玉将(王将)を取った方が勝ちという、スピードが重視されるゲームです。私は2022年7月にこのゲームのプロライセンス(資格)を取得しました。現在は「公人直人(こうじんなおと)」というプレイヤーネームで活動しており、名古屋を拠点とするプロスポーツクラブ「名古屋OJA(オウジャ)」に所属しています。
プロeスポーツプレイヤーとしての主な仕事は、賞金獲得を目指して年に数回、大会に出場することです。賞金額は大会によって異なりますが、「リアルタイムバトル将棋」の場合は、優勝すると30万円ほどもらえるものが多いです。
大会の数週間前になると1日に何時間もゲームに向き合い、スキルを磨いていきます。中でも私は、過去の大会映像などを見て、他の選手のプレイを分析することに力を入れています。「この選手はこういう戦い方が得意」など、対戦相手の強みや弱みを知ることで、自分がどうプレイすれば勝てるのか、対策を考えることができます。そうして得た情報を武器に、対戦相手に合わせて戦略を変えていくのが私のプレイスタイルです。
また、eスポーツのテレビ番組や大会で実況解説者として出演することも多いです。プレイヤーとして身につけてきた分析力やゲームの知識を生かし、幅広く活動しています。
eスポーツ連合の事務局長、さらに先生としてもeスポーツ業界を導く
プレイヤーとしての活動以外にも、2つの仕事をしています。
1つは、「一般社団法人 愛知eスポーツ連合」の事務局長としてeスポーツ業界を盛り上げる仕事です。愛知eスポーツ連合は、愛知・名古屋地域を中心に、eスポーツを身近に感じてもらえるような活動に励んでいる組織です。私は事務局長として、企業や学校で「eスポーツとは何か」をテーマに講演したり、eスポーツに関するイベントを開催したりと、さまざまな取り組みを行っています。2026年には、アジアのオリンピックとも呼ばれる「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)」が開催されます。私たちeスポーツ連合は、正式競技の1つでもあるeスポーツの試合運営を担う予定です。日本の選手たちが大会で活躍できるよう、選手の育成やサポートも含め、着々と準備を進めています。
もう1つは、eスポーツ専門の高校「ナゴヤeスタジアム」での先生の仕事です。この学校では、週3日はeスポーツについての知識やスキルを磨き、残りの2日は英語や数学などの教科を学びます。私は、ゲームプレイを教えるだけではなく、愛知eスポーツ連合の仕事を通じて得たeスポーツの最新事情や大会運営の実情などを生徒たちに教えています。先生の仕事をする上で大切にしているのは「実際に経験してもらう」ということです。例えば、eスポーツイベントにボランティアとして生徒たちと参加したり、実際にeスポーツ大会の運営をしてみたりしています。学校にはプロeスポーツプレイヤーを目指す生徒が多いのですが、大会運営や実況解説者など、プレイヤーとして以外にも将来活躍できる場所がたくさんあるのだということを、実際に大会やイベントに参加することで実感してほしいと考えています。
官僚を辞めて、eスポーツと教育の道へ
今の仕事を始める前は、国家公務員として働いていました。文部科学省でデジタル教科書やプログラミング教育に関する法律の立案に関わったり、内閣官房という日本の大事な政策を決めるところで新型コロナウイルス感染症の対策を考えたりしたこともありました。つまり、eスポーツとはあまり関係のない仕事をしていたのです。
そんな私がeスポーツを始めたのは、新型コロナウイルス禍で外出が制限されたときのことです。もともと趣味で将棋をしていたのですが、コロナ禍では対面でプレイすることが難しくなってしまいました。オンラインでもできるものはないか、と探しているときに出会ったのが「リアルタイムバトル将棋」です。初めてプレイしたときはスピード感に驚いたのですが、だんだんと夢中になっていったのを覚えています。そんなある日、日本eスポーツ連合という団体から「リアルタイムバトル将棋のプロライセンスを発行する」と発表がありました。最初は気軽にプレイしていたのですが、大会で上位になれば自分もプロになれると知り、本気でライセンス取得を目指すようになりました。
官僚の仕事をしながら大会に出場するのは、本当に大変で、睡眠時間を削って練習することもありました。そうして挑んだプロ選抜大会の結果は、準優勝。無事、プロライセンスを取得し、プロeスポーツプレイヤーになることができました。
その後は国家公務員とプロeスポーツプレイヤーの二刀流で活動していたのですが、しばらくして「愛知eスポーツ連合の事務局長とeスポーツ高等学院の先生をやってみないか」とお誘いをいただきました。とても悩みましたが、先生になりたくて大学で取得した教員免許や、官僚として教育に関する仕事をしてきた知識やスキルが生かせるのではないかと考え、官僚を辞めてeスポーツと教育の道に進むことを決めたのです。
プロeスポーツプレイヤーになるためにも重要な「情報収集力」
プロeスポーツプレイヤーとして活動する上で重要だと感じるのは「情報収集力」です。ゲームをプレイする人たちが集まるコミュニティや大会には、「今はこういう戦い方が主流だ」といったような、勝利につながるような情報がたくさん転がっています。そうした情報を知らなければ、対策を行うこともできませんよね。私はプロになるまで官僚として働いていたので、なかなかコミュニティに入っていくことができず、「リアルタイムバトル将棋」を始めた当初は情報不足で苦労しました。
プロeスポーツプレイヤーになりたい、と考えているみなさんにも「情報収集力」は非常に大切です。そもそもプロになるには、私のように大会で勝ち抜いてプロライセンスを取得したり、プロチームに所属したりと、さまざまな方法があります。ゲームのスキルがあっても、プロになるために何をすればいいのか、どんな大会があるのかなど、自分に必要な情報を得ることができなければプロになることはできませんし、対戦相手の情報を知らなければ大会で勝ち上がっていくことも難しいでしょう。そのためにも、自分のプレイするゲームのコミュニティに参加したり、SNSで情報を集めたり、直接プロの選手に連絡してみたりと、積極的に情報を集めることを意識してほしいと思います。
自分の勝利はもちろん、生徒たちの勝利はなによりの喜び
プロeスポーツプレイヤーとしての一番の喜びは、やはり大会で勝つことですね。自分がしてきた努力が報われるその瞬間は、大きなやりがいを感じます。
教えている生徒たちが試合で勝ち上がっていく姿を見るのも、教育者として胸が熱くなります。ここ数年では、岐阜県で行われた、高校生が出場する「リアルタイムバトル将棋」の団体戦で、「ナゴヤeスタジアム」の1年生たちが見事、優勝を勝ち取りました。また、「エーペックスレジェンズ」というシューティングゲームの高校生大会でも、1年生3チームのうち2チームが決勝に進出できました。1年生からこうした結果を出すのはとても難しいことなのですが、毎日練習に打ちこんできたからこそ、勝利につながったのだと思っています。
また、私は「リアルタイムバトル将棋」を子どもたちに体験してもらうイベントにもよく参加しているのですが、ゲームをプレイした子どもたちから「このゲーム楽しい!」と言われたときは、本当にうれしいですね。これからもゲームの楽しさを、子どもたちをはじめ、たくさんの人に伝えていきたいです。
前例にとらわれず、新しいことにチャレンジしたい
プロeスポーツプレイヤー、事務局長、先生として働く中で心がけているのは、「前例にとらわれない」ということです。
例えば、高齢者の方に向けてeスポーツのイベントを開催するとします。そうしたイベントの場合、パソコンやゲーム機を高齢者の方が集まる施設に持っていって、体験してもらうという内容が多いのですが、私はイベントを開催するとき、そこでしか体験できない、“特別感”のあるイベントにしたいと常に考えています。高齢者の方が「選手入場!」と、ライトの光とともに入場するような演出があったらかっこいいですよね。特別感を意識して演出にこだわるなど、これまでのやり方にとらわれないということを大事にしています。
前例にとらわれない、というのは国家公務員として働いてきた影響が大きいかもしれません。国家公務員の仕事は前例を参考に対策や政策を考えることが多かったのですが、それでは前に進まないという現状もたくさん見てきました。だからこそ、どんな仕事でもこれまでのやり方にとらわれず、新しいことにチャレンジしていきたいと考えています。
何かをとことん突き詰めることの大切さ
私は子どものころから、何かをやると決めたらそれを突き詰めていくタイプでした。ゲームもその1つです。私が初めてプレイしたゲームは「ポケットモンスター」です。プレイすればプレイするだけ強くなることが面白くて、そこからRPGゲームやアクションゲームなど、ジャンルを問わずたくさんのゲームをプレイしてきました。
中学に入ると勉強に力を入れるようになりました。勉強も、ゲームと同じでやればやるほどわかるようになっていくものですよね。「自分にはこういう勉強の仕方が向いている」と自分なりに攻略法を考えて、中学・高校と勉強に向き合っていたのを覚えています。
ゲームも勉強も、とことん突き詰めてやりこんでいく。小さいころからその意識があったからこそ、プロライセンスを取得し、さまざまな仕事につなげていくことができたのだと感じています。これからもeスポーツという分野を突き詰め、「eスポーツのことなら塩田に聞けば大丈夫!」と言われるようなeスポーツの第一人者になれたらと思っています。
得意なものを伸ばすことで、自分が輝ける職業に出会える
将来の進路に悩んでいるみなさんには、ぜひ「自分の得意なものを伸ばす」ことを意識してほしいです。それがゲームであっても何であっても、自分が得意だと思っているものはどんどん突き詰めてみてください。そうすれば、最終的に自分が輝ける職業に就くことができると思います。
eスポーツの世界の話をすると、好きなゲームを極めても、プロeスポーツプレイヤーになれるのは一握りかもしれません。しかし、私の周りには、プロeスポーツプレイヤーではないけれど、eスポーツが好きでイベントや大会を開催している人が大勢います。得意で自分がずっとやってきたもの、そこから得た知識やスキルは、きっと他の場所でも輝くはずです。
また、プロeスポーツプレイヤーになるために、そのゲームを小さいころからプレイしていなければならないかというと、そうでもありません。例えば、「リアルタイムバトル将棋」のプロプレイヤーは、高校生から40歳を超えた大人まで、さまざまな年代の方がいます。早く始めたらプロになれるというものでもなく、やはりそのゲームが好きで、どれだけやりこんできたかが大切なのだと思います。みなさんも諦めず、自分の得意なものを伸ばし続けてほしいです。