※このページに書いてある内容は取材日(2017年04月24日)時点のものです
動物園の使命を支える仕事
動物園には,4つの大切な役割があります。希少種をはじめとしたさまざまな動物を繁殖させ,保護する「種の保存」。イベントやガイドを通して,子どもたちや一般の方に動物の生態を紹介し,動物たちが生息する環境を理解してもらう「環境教育」。園内だけでなく,時にはフィールドにも出て動物の生態をくわしく調べる「調査・研究」。そして,遊びに来た方に,動物とふれあいながら動物園全体を楽しんでもらう「レクリエーション」としての役割です。
私は,東京都の多摩動物公園の飼育係として,野生動物の飼育に携わりながらこれらの役割を担っています。多摩動物公園の飼育係は,大きく2つに分かれます。ゾウやキリンなどの大型動物の群れ管理をチームで担当する場合と,タヌキやイノシシなどの小型動物を個人で何種類も担当する場合です。私は,以前は小型動物の担当でしたが,現在はチーター,ライオン,サーバルを4人チームで担当しています。担当動物は数年で替わることが多いのですが,チンパンジーや象など,人間と信頼関係を築いていくまでに時間がかかる動物は,同じ人が長期間担当することが多い傾向にあります。
飼育係の一日
私が担当しているライオンを例に,飼育係の一日を紹介します。始業は8時半ですが,毎日やることがたくさんあるので,8時前から来る人も多いです。最初の仕事は,ライオンの健康チェック。私たち飼育係が帰宅した後の夜間は,ライオンたちだけで過ごしているため,何か異変はなかったか確認する必要があります。ちゃんとエサを食べているか糞の状態を調べ,けんかをしていないかボディーチェックします。
そのあと,ライオンを獣舎の外に出して公開するのですが,全頭出すわけではありません。ライオン一頭一頭の状態を見て「今日はどのメンバーにしようか」とチーム内で考え,頻繁に組み合わせを変えているのです。外に出したら,獣舎を掃除したり,エサをつくったりします。特にエサは一頭ずつメニューが異なります。体が弱っているライオンにはエサを小さく刻んであげるなどの工夫もしています。また,来園者に向けたトークイベントや獣舎のメンテナンス作業等色々な業務をするうちにあっという間に夕方になり,ライオンたちを獣舎に戻します。一般的に動物を獣舎の外に出したり収容したりするときはエサを利用して移動させますが,ライオンの場合は2日に1回,エサを与えるので,エサのない日は夕方帰ってこないことが多く,ジープで追って入舎させることも少なくありません。そして最後に日誌の記入と集まったデータの整理等をして一日の仕事が終了します。
動物園の飼育係になるには
私は,もともと動物に携わる仕事に就きたいと考えていました。でも,今と違ってインターネットが発達してない時代だったので,簡単に調べることもできず,どうすればなれるのか分かりませんでした。当時,飼育係という職業は広く知られていなかったのです。
飼育係になる人は,専門学校や大学,大学院で動物や畜産について勉強していることが多いです。私も農学部の生物生産学科で学んだあと大学院へ進み繁殖学の研究をして,「畜産職」という職種で東京都に就職。何らかの形で動物に関われるだろうと考えての選択でしたが,幸運なことに,都が運営する多摩動物公園に配属されたのです。
多摩動物公園は,上野動物園,井の頭自然文化園,葛西臨海水族園と一緒に10年ほど前から公益財団法人東京動物園協会という組織が運営するようになりました。今では,園の飼育係になるにはこの協会の採用試験に合格しなければなりませんが,方法が明確になったことで,飼育係になりたいという夢を明確に持つ人が集まりやすくなったと思います。倍率はとても高く狭き門ですが,各地から優秀な人材が集まってきます。
※飼育係の採用方法は各動物園によって異なります。
日本の希少動物を守るしくみ
多摩動物公園では最近,チーターの繁殖に成功しました。繁殖が成功するかどうかの1つに個体間の相性があります。多摩動物公園のチーターは,しばらく繁殖せず,壁にぶつかっていました。チーターの場合,環境を変えることで成功しやすくなるといわれており,数年前から,他の動物園とチーターを交換しようと計画していたのが今回2頭のオスの交換が実現したのです。これまでとは別のオスがやってきたところ,2週間ほどでメスの発情に至り,繁殖に成功しました。
希少動物の保存は,動物園が担う大切な役割の一つです。実は,私たちが他の動物園の力を借りたように,日本の動物園全体で互いに助け合いながら動物を守っています。その一方で,種ができるだけ長く存続するよう,むやみに繁殖させるのではなく,遺伝的背景を考慮した計画的な繁殖を行なう必要もあります。
こうした希少動物の繁殖管理は,各動物園がばらばらに進めているわけではなく,公益財団法人日本動物園水族館協会(JAZA)という組織が管理しています。チーターやレッサーパンダ,象などの種別に「繁殖検討委員会」が設けられ,全体の遺伝的背景を考慮した繁殖計画や,動物の交換などを調整しているのです。
動物の魅力をわかち合う喜び
この仕事のいちばん素晴らしいところは,動物に日常的に関われることです。希少動物や普段見られない動物の飼育に携わることもでき,本能的な喜びを感じます。そんな自分の思いが,来園された方にもうまく伝わると,喜びを共有できたようでいっそうやりがいを感じますね。
あくまで私の感覚ですが,来園者のみなさんは,娯楽として遊びに来る方が多いのだと思います。以前,「飼育係とお話してみよう」というイベントを企画したことがあり,参加者から色々な質問が出るだろうと思って準備していたのですが,実際には,それほど踏み込んだ質問はありませんでした。専門的な知識を求めて動物園を訪れるわけではないと気がつきましたね。それと同時に,一般の方にも動物のさまざまな習性を知ってもらえるよう,興味が湧きやすい内容で分かりやすくお話しすることを意識するようになりました。
動物の飼育は毎日が発見の連続
ある動物について知りたいと思い図鑑を開くと,「この動物はこういう性質だ」と書いてあります。でも,実際は,個体によって性格や行動が全く違います。これまで色々な動物を担当しましたが,毎日飼育をしてはじめて知ることばかりでした。
たとえば,先ほどのライオン。「群れで生活し仲が良い」と思われがちですが,日頃から小競り合いが耐えないんです。この園には,オス3頭とメス9頭の群れのメンバーがいます。メスは,発情期にオスを引きつけることができると,群れの中での地位が上がり,普段自分をいじめていた相手に仕返しをすることがあります。でも,約1週間の発情期が終わり,オスが離れていったあとは,他のメスたちから再びいじめられてしまいます。限られたスペースで飼育している動物園では放置していると大きな事故に至ることもあるため,私たちが常に監視する必要があるんです。ライオンを獣舎の外に出すときは,発情の時期も考慮して綿密に組み合わせを考えます。「ガウッ」と吠える声が聞こえたら一目散に監視室へ飛んでいきます。休憩のときも,必ず一人は,ご飯を食べながら双眼鏡でライオンたちを見守っているんですよ。けんかが起こってしまったら,まずは声をかけたり水をかけてなだめたり,それでも収まらなければジープで割って入って止めます。
※現在,ライオンの放飼場は工事のため縮小されています。