
Tシャツなどの布製品に印刷をする

私は「スカイプリント」という印刷会社の社長をしています。印刷といえば紙を思い浮かべるかもしれませんが,うちの会社では,主にTシャツなどの布製品への印刷をしています。布に印刷するときは,「シルクスクリーン」という方法を使います。お客さまからの依頼を元に版を作製してプリントし,袋詰めやネーム付けをして納品しています。
東京にはTシャツのプリントを手がける会社が山ほどありますが,他社ではなかなか手がけていない技術も用いています。たとえば,生地にインクをのせるとき,スプレーをかけたようなぼかしを入れる「エアブラシ」という技法などは,他ではあまりできないはずです。
また,印刷会社と併行して,2年ほど前に版権を扱う会社を買収し,有名なキャラクターの使用権も取得しました。最近では「ジョジョの奇妙な冒険」や「ドラえもん」「おそ松くん」「初音ミク」などのキャラクターグッズを制作して,イベントやオンラインショップでも販売しています。
朝は早くから

朝は早いです。午前中だけ勤務する従業員が6時半に来るので,私も6時には出社します。社屋の3階を自宅にしているのですが,早いときは4時ごろに仕事を始めることもあります。朝に行う作業は,お客さまに送る商品サンプルの作成や,印刷に使うインクの配合などです。早く起きて準備を済ませておくと,日中の印刷工程をスムーズに進められます。また,インクは夜につくると,照明の加減で違う色に見えることもあるので,インクづくりは太陽光の差す朝に行うようにしています。
9時頃から印刷作業を始めます。版をセットし,Tシャツを型に着せ,1色刷ったら乾燥機で乾かし,そのあと2色目を刷ります。色数に応じて何度も乾燥させ,完全に乾いたら完成です。作業場は1階と2階に分かれ,それぞれ同じ流れで仕事をしていますが,2階では,ベテランの従業員が小ロットで特に丁寧さの求められる仕事を担当しています。また,手の込んだ加工が必要な場合は,私が自分で行います。
毎日が時間との戦い

忙しい時期には,さばききれないほどの多くの注文が入り,納期の中でやりくりするのが非常に大変です。仕事があふれているからといって新しい注文を断るわけにもいかないので,毎日が時間との戦いです。現状,私にしかできない作業も多くあります。経営をしながら作業を行うのは,体力的に厳しいですが,難しい注文を受けられることがこの会社の強みでもあるので,何とか頑張らなくてはいけません。
実際に作業をするうえでは,自分の感性を大事にしています。布地にプリントする際は,同じ版を使ってもインクの置き方や刷り方でかすれ具合が変わるため,自分の手の感覚を頼りに加減しています。Tシャツは,インクでプリント面が固くなると着心地に影響してしまうので,できるだけ柔らかくなるよう独自にブレンドしたインクを使っています。そういった試みが評価されたときは,これまでの苦労が報われる思いがします。利益としてすぐに返ってこないこともよくありますが,日頃の努力を怠らずに続けていけば,必ず次の仕事につながっていくと信じて頑張っています。
いいモノをつくりたい

仕事の上で一番大事にしているのは,単価の安い仕事でも手を抜かずにやることです。どんな仕事のときでも,質を変えることはありません。経営を考えると,単価が安くなるほど数を多くつくらなければならず,どうしても作業が雑になりがちです。しかし,私は儲けを追求するのではなく,自分が誇りを持てるものをつくりたいと思っているので,そうした中でも手を抜かないということを信条としています。
また,常に新しい技術に挑戦することを心がけています。アイデアが思い浮かんでも,すぐに実現できるものではありません。うまくできなければ,いったん時間を置いて他のことをやり,もう一度試したりします。一日中かけてやってもなかなか解決しないときは,日にちを置いて発想を変えることがコツです。偶然成功する場合もありますが,それも普段の努力があってのこと。まずはこつこつと一生懸命取り組むことが大切ですね。
意識はしていないのですが,いつも仕事のことが頭にあるのか,たまに,仕事のアイデアを夢に見ることもあります。新しい技術を夢で思いつくんですが,後で実際に試してみて,うまくいくこともあるんですよ。
農家から一転,印刷の道へ

地方に生まれた私は,実家を継ぐために農業高校に通い,卒業後は地元の電器店で働きながら農業をしていました。そんなとき,東京で版画制作をしていたおじから「Tシャツのプリントを手がけるので手伝わないか」と誘われたのです。田舎での農業生活にうまく馴染めなかった私は,その誘いに乗り,23歳で上京しました。
初めはおじからインクと版を渡されただけでしたが,見よう見まねで刷り方を覚えました。新しいことに挑戦するのが好きだったので,一週間もたたずに手応えを感じ「他の人に負けないぞ」と夢中で練習しました。上京直後は標準語がうまく話せず恥ずかしかったりもしましたが,次第に知り合いも増え,シルクスクリーンの版画をやっている有名な人たちにも会うようになり,いろいろなことを教わりました。そうしていくうちに自分で会社を立ち上げて,今に至っています。
芸術の好きな野球少年

小さい頃からものをつくるのが好きでした。小学校のときは特に書道が得意でしたね。また,学校で絵や茶碗を制作すると,いつも校長室に飾られていました。版画家のおじは国展(※日本最大級の美術の公募展)に入賞する腕前だったので,私も芸術家の血を引き継いでいたのかもしれないです。ただ,つくるのは好きでも,取りかかるまでに時間がかかりました。切羽詰まらないとやらないタイプでしたね。その点は今とは正反対です。
もともと体は弱かったのですが,野球が大好きな少年でした。中学ではもっと体を鍛えようと柔道部に入ったものの,あるときグラウンドで野球の試合を見かけたとき,熱い思いをおさえられなくなり,結局野球に戻りました。そこからは他人に負けないように努力して,だんだん体も丈夫になり,背も伸びました。高校では肩を壊して硬式野球をあきらめましたが,軟式に誘われ,楽しい学校生活を送りました。今の仕事は体力も使うので,この頃に体を強くしておいたことがとても役立っています。
好きなものに挑戦し続けよう

独立したころ,夕方の6時からサンプル作りに没頭するうち,いつの間にか朝の6時になっていたということもありました。好きなことには,寝る間も惜しむほど夢中になることができます。
みなさんも,やりたいと思ったことは何でもやってみてください。何かを始めるのに遅すぎるということはないと思います。長くやってきた人に追いつくことも,努力次第でできるはずです。何より,やる前からあきらめないことが大切です。
そして,やるならとことんやってほしいと思います。芽が出るまでには時間がかかり,ときには挫折することもありますが,そんな経験を繰り返すことで,徐々に自分の方向性が見えてくるでしょう。大人になってから「あの頃こうやっておけばよかった」と後悔しないように,若いうちから全力で取り組んでください。
私は地方から上京し,これまで自由気ままにやってきましたが,今の世の中,何をやるにも周りから反対されることが多いかもしれません。みなさんが自分の感性を理解し伸ばしてくれる人に出会えるよう願っています。
- 取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫