• 東京都に関連のある仕事人
  • 1972年 生まれ

    出身地 東京都

エボナイト製造

遠藤えんどう 智久ともひさ

  • 仕事内容

    古くて新しい素材(そざい),エボナイトを現代(げんだい)に活かす。

  • 自己紹介

    家族を大切にする2児の父です。時間を見つけては,空手,サッカー,フットサル,野球などで体を動かしています。

  • 出身高校

    早稲田大学高等学院

  • 出身大学・専門学校

    早稲田大学 商学部

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2017年04月26日)時点のものです】

遠藤 智久


仕事人記事

エボナイトは人の(はだ)に合う素材(そざい)

エボナイトは人の<ruby><rb>肌</rb><rp>(</rp><rt>はだ</rt><rp>)</rp></ruby>に合う<ruby><rb>素材</rb><rp>(</rp><rt>そざい</rt><rp>)</rp></ruby>

(わたし)日興(にっこう)エボナイト製造所(せいぞうじょ)という,「エボナイト」を作る町工場の社長をしています。エボナイトというのは黒色の樹脂(じゅし)で,ゴムにイオウをまぜて加熱し,(かた)くした物質(ぶっしつ)です。1839年にアメリカで発明されました。電気を通さず,薬品にも強く,人間の手になじむ独特(どくとく)(はだ)(ざわ)りがあって,万年筆や,クラリネットやサキソフォンといった楽器のマウスピースには欠かせない素材(そざい)です。昔は電気のスイッチや電話機などもエボナイトで作られていたんですよ。
東京の荒川(あらかわ)区にある(わたし)の会社は,日本で唯一(ゆいいつ),エボナイト製造(せいぞう)をしている会社で,社長の(わたし)を入れて12人のスタッフが働いています。海外でもエボナイトを作っている会社はほとんどなくて,はっきりわかっているのはドイツに2社あるということだけです。中国やインドにもエボナイト工場があるらしいのですが,はっきりとはわかりません。それくらい,エボナイトを作っている会社は少ないのです。

ボイラーの火入れから一日が始まる

ボイラーの火入れから一日が始まる

毎日朝7時半に会社に来て,工場のボイラーに火を入れるのが(わたし)の日課です。出勤(しゅっきん)してきたみんなを集めて朝礼を行い,それから一人ひとりのスタッフが今日どんな仕事をするのかを確認(かくにん)していきます。お客さまからメールや電話で入った注文をチェックして,その日,工場で何をどれだけ作るのか,予定を立てます。エボナイトの製造(せいぞう)基本(きほん)的には工場のスタッフの仕事ですが,(わたし)現場(げんば)に立って作業をすることもあります。
また,何か問題が起きた場合は社長の(わたし)が動かなければなりません。機械が故障(こしょう)したり製品(せいひん)のトラブルがあれば,その原因(げんいん)を調べて自分で直すこともあります。大企業(きぎょう)なら設備(せつび)保全(ほぜん)品質(ひんしつ)管理の専門(せんもん)部署(ぶしょ)がありますが,12人の小さな会社ですから,社長もいろいろなことをしなければならないのです。営業(えいぎょう)もやって注文を取り,打ち合わせに出向いて契約(けいやく)もします。工場は夕方5時までですが,メールの処理(しょり)などで7時ごろまで事務(じむ)所にいます。最近では,夜に異業種(いぎょうしゅ)交流や仲間で勉強会をすることが多くなりました。顔の見えるネットワークを作っていくことが,(わたし)の仕事には大切なことだからです。

Tシャツが塩を()く暑い現場(げんば)

Tシャツが塩を<ruby><rb>吹</rb><rp>(</rp><rt>ふ</rt><rp>)</rp></ruby>く暑い<ruby><rb>現場</rb><rp>(</rp><rt>げんば</rt><rp>)</rp></ruby>

7年前に社長を()ぐまで,(わたし)も毎日,現場(げんば)でエボナイトを作っていました。ボイラーで加熱するエボナイト製造(せいぞう)現場(げんば)は,ものすごい暑さです。夏は工場内の温度が40度以上になるので,たくさん(あせ)をかいて,黒いTシャツが塩を()いて真っ白になります。当然,熱中(しょう)にも気をつけなければいけません。
いつも(わたし)は,エボナイトで新しい商品を作り出したいと考えていますが,新しいことを始めるのは大変な苦労です。よいものを作ろうとはりきって仕事をしたのに,不良品が出てがっかりするなど,毎日がそんなことの連続です。でも,くよくよしているひまはありません。いつでも(わたし)は,どこかにいいものはないか,素晴(すば)らしいアイデアや工夫がないかと自分の周りを見渡(みわた)して(さが)しているのです。

エボナイトが喜ばれるとうれしい

エボナイトが喜ばれるとうれしい

(わたし)趣味(しゅみ)でギターを()いていますが,ある日,工場にあったエボナイトの板を切って,ギターのピックを作ってみました。(すべ)らないので使いやすいし,とてもいい音がするのです。このピックを有名なミュージシャンにプレゼントして使ってもらいました。しばらくして,そのミュージシャンが音楽雑誌(ざっし)の記事で「エボナイトのピックを使ってみたらとてもよかった」と話しているのを見つけた時は飛び上がるほど喜びました。
最近では海外からもエボナイトの注文があります。納品(のうひん)したエボナイトがほめられると,それはうれしいものです。「良い品物ですね」とか「エボナイトがあって助かりました」などと言われると,この仕事のやりがいを感じます。例えば,電子顕微鏡(けんびきょう)には高い電圧(でんあつ)がかかる部分があるのですが,ここに使う部品はエボナイトじゃないとだめなんです。電子顕微鏡(けんびきょう)のメーカーから「おたくの会社があってよかった」と言われると,エボナイトを作り続けてきて本当によかったと感じます。

答えは必ず見つかる

答えは必ず見つかる

エボナイト素材(そざい)が必要とされているといっても,昔に(くら)べれば需要(じゅよう)大幅(おおはば)()っています。ある人に「工場にお金は落ちていないよ」とアドバイスをされました。毎日エボナイトを作っているだけではなくて,会社の外へ出て新しいことを見つけなければいけないという意味です。
(わたし)はエボナイトの新規(しんき)事業として,自社で万年筆を作りました。現在(げんざい)製造(せいぞう)販売(はんばい)を続けています。もともとエボナイトは万年筆に理想的な素材(そざい)なのです。万年筆を作り始めるにあたっては,知り合いのつてをたどり,次々(つぎつぎ)に人から人へつながって,たくさんの人に助けていただきました。製品(せいひん)ができるまで3年かかりましたが,(わたし)の会社のエボナイトを,万年筆という形で活かすことができたのです。
何か問題にぶつかった時,いつも(わたし)は「答えは必ず見つかる」と考えています。調べればどこかに解決策(かいけつさく)があるはずで,うまくいかないはずがないと思っています。あきらめたらそこで試合終了(しゅうりょう)ですが,(ねば)り強く答えを(さが)せばきっと見つかるものです。

祖父(そふ)背中(せなか)()されて

<ruby><rb>祖父</rb><rp>(</rp><rt>そふ</rt><rp>)</rp></ruby>に<ruby><rb>背中</rb><rp>(</rp><rt>せなか</rt><rp>)</rp></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rp>(</rp><rt>お</rt><rp>)</rp></ruby>されて

日興(にっこう)エボナイト製造所(せいぞうじょ)は1952年に(わたし)祖父(そふ)が作りました。当時,エボナイトを作る会社は日本中にたくさんありましたが,石油を原料とするプラスチックが大量に作られるようになると,エボナイトはだんだん姿(すがた)を消していきました。1972年に生まれた(わたし)が物心つく(ころ)には,エボナイトを製造(せいぞう)しているのは,うちの会社だけになっていました。
(わたし)は大学卒業後,ダンボールの会社で営業(えいぎょう)(しょく)として4年間働きましたが,1998年,父親が三代目の社長になった時,()(もど)されてこの会社に入りました。朝から(ばん)まで,暑い工場でエボナイト製造(せいぞう)現場(げんば)仕事を続けました。それから12年目の2010年,102(さい)になった初代社長の祖父(そふ)が「智久(ともひさ)にそろそろこの会社を()がせよう」と言って,(わたし)は四代目の社長になりました。
この祖父(そふ)は先見の明があった人で,(わたし)がこの会社に(もど)った時に祖父(そふ)から最初に言われたのは「インターネットのホームページを作りなさい」ということでした。当時,まだGoogleもAmazonも一般(いっぱん)的になっていなかった時代です。祖父(そふ)は当時91(さい)でしたが「これからはインターネットの時代だ」と言っていました。今,うちの会社ではインターネットで海外にもエボナイトを販売(はんばい)しているのですが,毎日,海外から注文が来て,会社の売上に貢献(こうけん)しています。祖父(そふ)の読みは見事に的中したんです。

赤ちゃんの(ころ)から町工場で育った

赤ちゃんの<ruby><rb>頃</rb><rp>(</rp><rt>ころ</rt><rp>)</rp></ruby>から町工場で育った

赤ちゃんのとき,(わたし)はこの事務(じむ)所に置いたベビーベッドに()かされていました。父親も母親もこの事務(じむ)所にいたからです。歩けるようになると事務(じむ)所の柱にヒモでつながれて,スタッフの女性(じょせい)と遊んだりしていました。学校に行くようになると,学校が終わったら「ただいま!」とこの事務(じむ)所に帰ってきて,みんなが仕事をしている横で,マンガや子ども雑誌(ざっし)を読むこともありました。学校から帰ると,外で遊ぶのと,会社の事務(じむ)所で雑誌(ざっし)を読んだりして()ごすのとが半々(はんはん)くらいでしたね。
(わたし)はこの町工場で育ったのです。だから(わたし)はこの会社に愛着がありますし,会社を残し,発展(はってん)させていくために,エボナイトで新しいことを始めたいと思うのです。

学校の勉強は基礎(きそ)体力,きっと役に立つ

学校の勉強は<ruby><rb>基礎</rb><rp>(</rp><rt>きそ</rt><rp>)</rp></ruby>体力,きっと役に立つ

英語はきちんと勉強しておきましょう。(わたし)も海外のお客さまと交渉(こうしょう)してエボナイトを売ったり,外国のメーカーと契約(けいやく)を交わしたりします。これからは海外に目を向けなければならないのですから,英語は不可欠(ふかけつ)です。国語や算数だって無駄(むだ)にはなりません。(わたし)は算数・数学が得意科目でしたが,今でも仕事の役に立っています。加工を行う機械を(あつか)うには三角関数が必要だし,エボナイトの原料配合には方程式(ほうていしき)を使います。だから,学校の勉強はちゃんとやっておいた方がいいのです。きっと役に立ちます。
わからないことを追求するには頭のスタミナを使います。考えて,考えて,考える力,頭のスタミナを養うことが大切です。普段(ふだん)やっている学校の教科では,いわば腹筋(ふっきん)背筋(はいきん)(きた)えているようなもので,頭の基礎(きそ)体力をつけているんです。学校の勉強をみっちりやった上で,(みな)さんの人生で本当に役に立つ「考える力」を育ててください。

  • 取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫

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