仕事人

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東京都に関連のある仕事人
1989年 生まれ 出身地 東京都
西村にしむら 宏堂こうどう
子供の頃の夢: 歌手、芸術家、声優
クラブ活動(中学校): バドミントン部、アニメイラスト部
仕事内容
人が自由に生きられるようにはげます仕事です。ぶっきょうの教えを通して人はみな平等だと伝え、また、メイクの力を使って、どんな人も自分のよさをかがやかせることができるということを伝えています。
自己紹介
ディズニー・プリンセスが、そうりょの体の中に入ったような人間です。「みんながやっているから」という理由で同じことをするのはいやなタイプです。たとえ、500万人が左に向かって歩いていても、わたしは右が正しいと思えば右に向かって歩く自信があります。
出身大学・専門学校
パーソンズ美術大学(ニューヨーク)、メイクアップ・デザイナリー(ロサンゼルス)

※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月12日)時点のものです

わたしはハイヒールをはいたおぼうさん。人はみんな自由で平等であることを伝えている

私はハイヒールをはいたお坊さん。人はみんな自由で平等であることを伝えている

わたしそうりょで、アーティストで、LGBTQ当事者として、「だれもが平等に、自由に生きていいんですよ」と多くの人に伝える活動をしています。LGBTQとは、せいてき少数者のことで、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)に、せいてき少数者全体を指すクィアと、せいてき指向がまだわからなかったり、あえて決めていなかったりするじょうたいを指すクエスチョニング(ともにQ)のかしらを取った言葉です。わたしは、せき上はだんせいですが、せいにん(自分でにんしきしているせい、心のせい)はだんせいではなく、自分のことを「だんせいでもじょせいでもない」し、「だんせいでもじょせいでもある」と思っていて、どうせいあいしゃであることも公言しています。
そうりょとしておきょうを唱え、メイクをして、ハイヒールもはき、キラキラしたイヤリングもつけています。そうりょになる前は、「こんなわたしそうりょになっていいのだろうか」となやんだこともありました。でも、「ごんきょう」というおきょうの中には、「かざることは悪くありません」「ボロをまとっていては、だれも話を聞いてくれませんよ」という教えもあります。かんのんさまかんむりをつけてとてもごうよそおいをしているように、わたしもおしゃれをして人前に立ち、「他人とちがうことは悪いことではないんだ」「自分らしくしていいんだよ」というメッセージを多くの人にとどけたいと思っています。
LGBTQ活動家として、さまざまな学校やぎょうだんたいのイベントでお話しすることが多く、これまでにニューヨーク国連人口きん本部やイェール大学、スタンフォード大学、ぞうじょうなどでこうえんを行っています。また、国内外のテレビやざっ、Webメディアなどから取材を受けたり、SNSで自らメッセージや動画を発信したりするほか、2020年には、他人とはちがうユニークなわたしの体験談や考え方をつづった『せいせいどうどう わたしが好きなわたしで生きていいんだ』という本をしゅっぱんしています。その後、この本は7か国語にほんやくされて世界にも広がりました。

メイクアップのデモンストレーションやどうのほか、アートプロジェクトにも

メイクアップのデモンストレーションや指導のほか、アートプロジェクトにも

アーティストとしては、アメリカでメイクやアートを学んだけいけんやスキルを生かして、「どんな人も自分のよさをかがやかせることができる」ことを伝えるのが仕事です。例えば、ようせんもん学校の学生やLGBTQのコミュニティにメイクアップのどうをしたりしています。そのさいも必ず、LGBTQの一員として、「せいべつも人種も関係なく、みんなが平等」ということは、お伝えしています。
また、全日本ぶっきょうかいの「レインボーステッカー」のアートプロジェクトに、デザイナーとして参加したこともあります。レインボーはようせいを表し、LGBTQをしょうちょうする色合いでもありますが、ぶっきょうにも同じように「青、黄色、赤、白、それぞれの色でかがやいていることがらしい」という意味のおきょうがあります。そこで、「すべての人がそれぞれのせいかがやき、幸せに生きることをぶっきょうは願っています」という気持ちをステッカーでひょうげんし、さんどうしてくれる寺院の門やげんかんってもらって発信したいと考えたのです。レインボーと、しんこうのシンボルであるがっしょうのマークを組み合わせたデザインを考え、スペインざいじゅうのクリエイティブデザイナーでLGBTQ当事者である友人とともに完成させました。
このレインボーステッカーのプロジェクトについては、ステッカーがってある寺院の場所がわかるWebサイトを作ってくださった方がいたり、ステッカーと同じデザインのぬいぐるみを作ってわたしに送ってくださった方がいたりと、たくさんのはんきょうがあり、とてもうれしく思いました。

人々からそんけいされてきたそうりょかいされづらいLGBTQ。この二つをぜるのがやくわり

人々から尊敬されてきた僧侶。理解されづらいLGBTQ。この二つを混ぜるのが役割

そうりょ、アーティスト、LGBTQ活動家。どの自分もへだてなく大切にしていますが、いっぱんてきに見たらそれぞれのイメージがかけはなれているかもしれません。昔からそうりょは人々からはそんけいされるそんざいだったと思うのですが、だんせいがメイクをすることやLGBTQには、「かいできない」「つうじゃない」といったへんけんがまだまだあります。わたしやくわりは、これらをミックスさせて自分のざまを伝えていくことだと感じています。
かいなく正しく伝えるためにわたしは、「勉強や練習をおこたらないこと」と、「知見のある人からアドバイスをいただくこと」をじっせんしています。例えば、人前で上手に話すために、受け答えを何度も練習したり、きれいに発音をするための声の出し方のトレーニングをしたりしました。また、自分よりけいけんのある人に会ったときには、自分から「アドバイスはありますか?」と必ず聞くようにしています。
わたしの発信したメッセージがだれかの未来を明るくするなら、それがわたしの一番のやりがいです。今までで特にうれしかったのは、ブラジルの男の子からとどいた「メイクやネイルをやりたいけれど、しゅうきょう上の理由からきんされ、母親からも反対されていました。でも、あなたのメッセージがきっかけで母親といろいろ話をし、かいしてもらうことができました」という言葉です。

母のワンピースを着て、ディズニー・プリンセスになりきっていた子ども時代

母のワンピースを着て、ディズニー・プリンセスになりきっていた子ども時代

子どものころから自分のことを女の子だと思っていて、ようしょう時代には「こうちゃん、女の子よ」とどうどうと言っていました。ディズニー作品に登場するプリンセスたちが大好きで、中でも『リトル・マーメイド』のアリエルはお気に入りでした。特に熱中した遊びは、母のワンピースやスカートを着てディズニー・プリンセスになりきる「プリンセスごっこ」です。女の子の友達にも教えてあげて、いっしょにスカートをひらひらさせていました。
また、好きな曲をつなぎ合わせてこうせいした自作ミュージカルを、家でよくろうしていました。観客は母です。「このミュージカルは特別なものだから、ぜったいに見てください」という気持ちをこめて、チケットも作ったんですよ。げきちゅうには、プリンセス以外にも、おばあさん、先生など、登場人物がたくさん出てきます。えんじているのはわたし一人なので、役が変わるたびにしょうを変えて、曲中で役の説明をしながらおどるというないようでした。人前でパフォーマンスすることや、自分のアイデアでお話を作ったり、しょうを考えたりすることがとくで、じゅんや練習も進んでやっていました。
ですが、小学校に入ると、自分は自分のままでは受け入れられないことに気づいて、なやみ始めました。プールのじゅぎょうで海水パンツをはくのがいやだったし、学年が上がるごとに自分のことを「こうちゃん」とびづらくなってきたのです。

自由を求めてアメリカへ。ミス・ユニバース世界大会で各国代表のメイクも行う

自由を求めてアメリカへ。ミス・ユニバース世界大会で各国代表のメイクも行う

中学校・高校に進学しても「自分は男の人が好きなんだよ」と言える強さがなく、特に高校に入ってからは友達をつくることもできませんでした。「自由の国、アメリカにりゅうがくしたい」と思うようになり、そのために英語の勉強だけはもくもくと続けていました。
高校卒業後、念願がかなってアメリカにわたり、ボストンの短期大学に入学しました。ですが、わたしの期待に反してアメリカ人の友達はできず、人種差別的な言葉のぼうりょくを受けることもありました。「日本人でルックスが悪いからじゃないか」とぜつぼうする日々を送っていましたが、あるとき、こんなニュースが入ってきました。世界で美をきそうコンテスト「ミス・ユニバース」で、日本人のもりさんがゆうしょうしたというのです。世界に受け入れられないのは、日本人だからじゃなかった!これを機にわたしは、自分の本心を少しずつ表に出すようにしたのです。2007年のことでした。
その後、ニューヨークのじゅつ大学にへんにゅうしましたが、この学校の学長はゲイで、レズビアンの先生もいました。学生もLGBTQであることを正直に話す人ばかりで、「わたしれっとうじゃない!メイクすることも、LGBTQであることもかくさなくていいんだ」というかいほうかんでいっぱいでした。
ざいがく中にメイクアップアーティストとして働くようになり、ずっとあこがれていたミス・ユニバースやミス・USAのメイクチームに参加することもできました。キラキラかがやくステージは、まるでわたしゆめじつげんを祝福してくれているようで、天にものぼるような幸せな気持ちになりました。

両親へのカミングアウトをて、自分のルーツであるそうりょになるしゅぎょう

両親へのカミングアウトを経て、自分のルーツである僧侶になる修行に

父はそうりょで大学のきょうじゅ、母はそうりょかくを持つピアニストですが、小さいころから両親にお寺をぐことを強要されることなく育ちました。そんな両親に対してわたしは、自分がLGBTQだとカミングアウトすることを先送りにしていました。「どうせいあいしゃだと伝えたら、見放されるんじゃないか」というきょうがどうしてもぬぐいきれなかったのです。
ですが、「言わなきゃ変われない」「わたしは変わりたい」「伝えよう!」と、心が少しずつ変化していったのです。カミングアウトを決意したのは24さいのときです。結果はわたしの予想をはるかにえ、二人ともわたしのことをすべて受け入れてくれておうえんしてくれたのです。このしゅんかんさかいに、「ようやく、自由でかくごとのないわたしでいられる!」と本当に心が軽くなりました。
それまでぶっきょうぎらいしていたわたしが、そうりょになろうと考えるようになったのは、じゅつ大学の課題がきっかけでした。かんこくじんのクラスメイトがへいえきで2年間、大学をはなれる直前に行われた発表で、かれは軍服を着て、いつもの姿すがたからはそうぞうがつかないほど熱の入ったパフォーマンスをしたのです。自分がかんこくじんであることや、大学をはなれるさびしさ、不安などを受け入れ、へいえきにつくかくを決めたかれがとても心にさりました。人生の課題に真正面から立ち向かうかれを見て、「わたしもずっとけてきたぶっきょうに向き合って、なっとくしたうえで、いやだと言おう」と気づいたのです。さらに、「ぶっきょうしきを身につけたら、日本人としてもっと世界でかがやけるかもしれない」とワクワクした気持ちも芽生えました。そこで、大学を卒業したら帰国して、そうりょになるためのしゅぎょうに入ることにしたのです。

つらいしゅぎょうの最後に、先生から「ぶっきょうの教えは男女平等」との言葉をいただく

つらい修行の最後に、先生から「仏教の教えは男女平等」との言葉をいただく

そうりょになるためのしゅぎょうは京都のこんかいこうみょうと東京のぞうじょうで、1回あたり約2週間、計5回を2年間かけて行われます。寒い真冬の京都であしぞうきんがけをし、せいしっぱなしでじょうしゅうの作法やおきょうを学ぶ日々は、とてもこくでした。手がかじかんだり、足にあざができたりしたほか、声がかれてのどから血が出たり、「やる気がないなら下山しろ!」とられたり。あまりのきつさに、体調をくずして下山する人もいました。
じょうしゅうの作法は礼の角度やがっしょうの手の高さ、声のトーンなど細かく決まっています。また、作法は男女でちがいがあることや、そうしょくひんも身につけてはいけないことも教えられ、「わたしは男女どちらの作法にしたがうべきか」「キラキラしたものが大好きなわたしは、そうりょになるべきではないかもしれない」などと、とてもなやみました。
しゅぎょうの最終日、その答えが明らかになりました。なんと、位の高い、とてもそんけいされている先生が話を聞いてくださることになったのです。「作法は教えの後にできたもの。どんな人も平等にすくわれるというほうねんしょうにんの教えが最も大切なので、作法は男女どちらのものでもかまいません」「多くの人に教えを広めることができるなら、キラキラしたものを身につけても問題ありません」という言葉をいただき、それまでのもやもやした気持ちは一気にびました。「これでわたしせいせいどうどうそうりょになれる」とかくしんすることができたのです。

わたしどうせいあいしゃです」とどうどうと言え、みとめられる社会になってほしい

「私は同性愛者です」と堂々と言え、認められる社会になってほしい

これまでにわたしは、実に多くの方々とせっすることができました。国連人口きんの方、世界でLGBTQ活動をしている方などをはじめ、自分があこがれていたリーダーに次々にお会いできて、わたしが思っていたことをお話しして、それに共感していただけているんです。本当に、自分がやってきたことはちがっていなかったんだなと思います。
2022年12月には、NHK「こうはく歌合戦」に、しんいんとして参加させていただくこともできました。この日に着たしょうは、父が着ていたそうりょの服)をさいようして仕立て直したものです。両親にカミングアウトし、受け入れてもらえたからこそ、今の自分がいることを改めて実感しました。また、子どものころからあこがれていた歌手やちょうしゃのみなさんの前で「わたしどうせいあいしゃです」とどうどうとお話しし、わたしだから言えるメッセージをとどけることもできたのです。LGBTQの人たちを代表してこの場にいるんだと思うと、本当に気持ちが高まりました。
げんざいわたしは、コロンビアこくせきだんせいとパートナーシップを結び、コロンビアではこくさいどうせいけっこんをしています。日本ではどうせいけっこんはまだできませんが、東京都みなとでは「みなとマリアージュせい」というパートナーシップせいもうけられており、2023年にパートナーとして登録しました。LGBTQへの差別やへんけんは、じょじょのぞかれていると思います。今後、多くの人のようせいそんちょうされ、どうせいせいへだてなく、愛する人とらせる社会になることを期待しています。

わたしたちはれっとうじゃない!周りの大人の「つう」や「じょうしき」にとらわれないで

私たちは劣等じゃない!周りの大人の「普通」や「常識」にとらわれないで

みなさんが大人になるころは、どのような時代になっているのでしょう。今よりもさまざまなのうせいが広がっているのはかくじつで、へんけんや古い時代のルールにしばられずに、だれもが自分がしたいと思ったことを当たり前にできるようになっているのだと思います。
だから、「これは一部の人にしかできないことだ」「つうはこうするべきだ」「これがじょうしきだ」などといった周りの大人からの言葉は気にしないでだいじょうです。それは、その人が見てきた時代の感覚にもとづくアドバイスなのであって、これからどんな時代になるかや、あなたののうせいがどれくらい広がっているものなのかは、だれにもわからないことなんです。「あなたの“つう”を、わたしに当てはめないで!」というせいしんで、自分の行動をせいげんすることなく、自由に生きてほしいと思います。自分や、「あなただったらきっとできる」と言ってくれる人のことを信じて進んでください。
LGBTQの人たちには、れっとうかんを感じないで、自分自身を信じてほしいと思います。みんな、生まれたことには理由がありますし、一人一人がちがうからこそ美しいのです。また、れきてきにも生物学的にも、ようせいがあるほうが進化しやすいという説もあります。だから、ネガティブな言葉に負けずに、自分のうたがわずに、自分を信じて生きてください。おうえんしています。

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お金持ちや美人は幸せそうに見えるかもしれませんが、どんな人の人生もよいことだけではなく、また逆に、今、自分の人生がつらいと思っていても、悪いことばかりではない、ということに気づかせてくれます。この本を読むと、人のことをうらやましいと思わなくなり、人に施しもしたいと思えるようになりました。面白おかしくて読みやすい本です。

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取材・原稿作成:佐藤 理子(Playce)・東京書籍株式会社