仕事人

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神奈川県に関連のある仕事人
1982年 生まれ 出身地 静岡県
けいりんせんしゅ競輪選手
福田ふくだ 知也ともや
子供の頃の夢: 陸上のオリンピック選手
クラブ活動(中学校): 陸上部
仕事内容
自転車のレースで順位を競う
自己紹介
後にひきずることのない、気ままな性格せいかく。休日は、子どもと遊んでごしている。

※このページに書いてある内容は取材日(2010年04月07日)時点のものです

自転車に乗って競走し,結果におうじた賞金を獲得かくとくする仕事

自転車に乗って競走し,結果に応じた賞金を獲得する仕事

競輪とは,日本全国各地にある競輪場で行われる自転車競走のことです。競馬や競艇きょうてい,オートレースなどと同じようにけの対象として,車券しゃけん販売はんばいされます(公営こうえい競技きょうぎびます)。ぼくは競輪選手としてレースで順位を競い,順位におうじて支払しはらわれた賞金で生計を立てています。競輪選手には,「レースに参加してください」という斡旋あっせん通知が,月に2~3回,レース開催かいさいの1ヵ月半ほど前に入ります。競輪場は全国各地に46ありますので,月に2~3回出走するレースが全部自宅じたくより遠い競輪場だった場合は,1ヶ月のほとんどの間,自宅じたくにいられないこともあります。

1日1レース,それが2~3日続きます

1日1レース,それが2~3日続きます

レース開始の前日に競技場きょうぎじょうに行き,身体検査けんさや,車体検査けんさ(自転車の検査けんさ)を受けます。その後は宿舎しゅくしゃに入って,完全に外部と隔離かくりされます。不正行為こうい防止ぼうしするためですね。隔離かくりされている間は,携帯けいたい電話などの通信機器は全てあずけて,家族でも連絡れんらくを取り合うことは禁止きんし宿舎しゅくしゃと競輪場の往復おうふくで,会話するのは他の競輪選手のみ,という生活が続きます。レースの開催かいさい日程にっていが3日だった場合,選手は1日1レース・3日間で計3回,レースに出走します。大体7時に起床きしょう。7時30分から朝食を取り,8時30分くらいから練習を始めます。レース開始が11時~17時。1日に12レースほどあり,自分の出走に合わせて,2時間くらい前からウォームアップを開始します。自分のレース以外の時間は,自分と同じ地域ちいきの選手のサポートをします。その後は宿舎しゅくしゃに帰り,19時くらいから夕食。夕食以降いこうは自由時間ですが,大体0時までには就寝しゅうしんします。

団体戦だんたいせん,のち,個人こじん

団体戦,のち,個人戦

レースは,バンクとばれるコースを,通常つうじょう9名の選手で走って順位を競います。バンクの1周の長さは大体400m,競走距離きょりは2000m~3000mなので,バンクを何周も走ることになります。バンクは,すりばちのような形をしているので,自転車で走るとかなり車体がななめにかたむきます。そこを全力で走ると,速度が70km近くになることもあるんですよ。自動車で一般いっぱん道路を走るのと同じくらいのスピードです。バンクを何周も周る間に,さまざまなけ引きが行われます。面白いのが,競輪は個人こじん競技きょうぎですが,団体だんたい競技きょうぎの側面もある,という点。レースに参加するのは9名ですが,実は大体3人ずつが,同じ地域ちいき所属しょぞくする選手で構成こうせいされています。その3人がタッグを組んで役割やくわりを決めます。例えば,わかい選手は一番先頭で他の選手を風圧ふうあつから守り,ベテランでけ引きの得意な選手は,その後ろについて,チームが他の地域ちいきの選手に追いかれないように抵抗ていこうする,といった具合です。このけ引きが最終周直前まで続き,最後は全員が1着を目指してラストスパートするのです。このけ引きがレースをより複雑ふくざつに,面白くしています。だから,競輪選手ってものすごく仲間とのきずなが深いし,大切にするんですよ。

休日も休日ではなかったりする

休日も休日ではなかったりする

レースがない時は,練習をしていることが多いです。乗りみといって一般いっぱんの道路を走る練習,バンク練習といって,競輪場を走る練習,それからウエイトトレーニングといって,筋力きんりょくをつける練習などを行います。乗りみは,他の選手と一緒いっしょに千葉の木更津きさらづの方へ行くことが多いです。持久力じきゅうりょくを強化し,自転車に乗るフォームを安定させることが目的で,60~100kmくらい走ります。バンク練習は,ぼくのホームバンクである川崎かわさき競輪場で行います。「もがく」と言って,全力ダッシュを5~10本くらい行います。スピード強化と円の周り方を,この練習できたえます。雨の日はジムでウエイトトレーニングを行ったり,競輪用のエアロバイクという機械を使って練習したりします。

怪我けがが一番こわ

怪我が一番怖い

つらいのは,練習の成果が結果に結びつかないこと,後は何といっても怪我けがです。ぼくも3年前に鎖骨さこつ骨折こっせつして,一時期レースに出られなかったことがあります。あれは本当につらかった。トレーニング方法や医療いりょう技術ぎじゅつが進歩しているおかげで,今はトレーニングを積み,実力がともなって,大きな怪我けがさえなければ,長く選手を続けることができます。今は58さいくらいの選手だっているんですよ。ぼく怪我けがをせず,長く選手を続けていきたいと思います。

とてもシンプルで公平な世界です

とてもシンプルで公平な世界です

一番うれしいのは,練習の成果が結果につながった時です。結果が出せれば収入しゅうにゅうもどんどん上がるし,出せなければどんどん下がる。きびしいですが,ぼくはそのシンプルで公平なところが好きです。ゆめが持てると思いませんか?例えば,ぼくは子どものころから車がものすごく好きで,大人になったらスーパーカーに乗りたかった。このゆめは,競輪の賞金でかなえることができました。競輪では,自分の努力は必ず自分に返ってくるんです。

自転車を始めたのは高校生になってから

自転車を始めたのは高校生になってから

小さいころゆめはオリンピック選手。小学校は野球,中学校・高校は陸上をやっていました。実は自転車競技きょうぎは一度もやったことがありません。競輪に興味きょうみをもったのは高校生3年生になってから。スポーツが大好きなので身体を動かしてかせげる仕事がしたいな,と思っていました。そんな時,たまたま知り合いの方の紹介しょうかいで,川崎かわさき競輪場でやっていた「素人しろうとあし自慢じまん」というイベントに参加しました。その時に,のちにぼく師匠ししょうとなる方に声をかけてもらったのが,競輪に興味きょうみを持ったきっかけです。

競輪学校に入学するまでがものすごく大変

競輪学校に入学するまでがものすごく大変

競輪選手になるのは競輪学校に入学しなければなりません。大抵たいていの場合,各地の競輪場の「愛好会」に入って練習します。そこで気に入られたり,紹介しょうかいを受けたりして師匠ししょうが決まります。この師匠ししょうに競輪の基礎きそを教えてもらうのです。ぼくの場合は「固定ローラー(自転車をローラーの上に固定して自転車をこぐ装置そうち)で1000mを5本もがけたら,弟子にしてやる。」と師匠ししょうに言われて,そのテストを受けました。こんなの楽勝!って思っていたんです。でもあまかった。合格ごうかくはしたものの,2本目でふらふらになってホントに死ぬんじゃないかと思いました。最初のうちは,競輪学校の実技じつぎ試験の目標タイムに全然足りず,クリアできるようになったのが,半年後の6月くらい。競輪学校に入学したのが,次の年の4月でした。学校では,1年間寄宿きしゅく生活し,ひたすら毎日練習します。でもぼくにとっては,正直,入学前にくらべたらずっと楽でした。後は選手になるためにはげめば良いだけだったからです。

目の前にある一番近い目標をひとつひとつ,クリアしていこう

目の前にある一番近い目標をひとつひとつ,クリアしていこう

もしスポーツ選手になりたい,という目標があるのなら,どのスポーツの経験けいけんも決して無駄むだにはなりません。どんなスポーツだって,目標を立てて,それに向かって練習し,成果を出す,というプロセスは変わりません。そのプロセスをコツコツと積み重ねるクセを身につけることができれば,その経験けいけんはきっと将来しょうらい,役に立つはずです。コツは,最初から手のとどかないような遠い目標を立てるのではなく,ちょっと頑張がんばればクリアできそうな目標を立てること。一つひとつの目標を確実かくじつにクリアしていくことが,自分の自信にもなるし,確実かくじつな力になっていくからです。ぼくはプロの選手ですが,ぼくだってやっていることは毎日同じなんですよ。

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取材・原稿作成:横浜銀行、(c)学校ネット株式会社