※このページに書いてある内容は取材日(2017年09月08日)時点のものです
コンサートマスターはオーケストラのキャプテン
私は神奈川フィルハーモニー管弦楽団でソロコンサートマスターを務めるだけでなく,ソロや弦楽アンサンブルなどでも演奏をしているヴァイオリニストです。オーケストラのなかでは,指揮者が監督で,コンサートマスターはキャプテンのような役割を果たします。指揮者の指示を私が一番に感じ取り,察して,オーケストラの楽団員全員に伝えます。私の場合は基本的に言葉ではなく,音楽で示して伝えるようにしています。
コンサートマスターはオーケストラのまとめ役です。指揮者と楽団員の間に入り,常に全体を見渡しています。そのため,ただ楽器を弾けばいいというものではなく,それ以外にも大事な役割があるわけです。一方,ソロの場合は自分だけの責任なので,オーケストラよりも気楽かもしれません。どちらにしても聴きに来たお客さんに喜んでいただくのが私の仕事だと思っています。
舞台の上で音楽を楽しむ
コンサートマスターの仕事はいろいろありますが,例えば,オーケストラで初めて演奏する曲の楽譜に,指示や注意点などの情報を書きこむのも仕事のひとつです。私がリハーサルの何週間か前に書きこみをして,それをそれぞれの首席奏者(または各パートのトップ奏者)が写します。特に秋からはコンサートが増えるので,大変です。オーケストラは指揮者によって音楽のつくり方などが異なるので,指揮者とリハーサル前に打ち合わせをしたり,指揮者の思いを楽団員に伝えることも重要な役割です。
私はコンサートがある日もいつもと変わりない時間に起きて,ホールには早めに入るようにしています。午前10時ごろに行って練習をして,午後3時ごろからリハーサルがあって,その後休憩をして,夜7時ごろから本番が始まります。私は本番前の休憩では,必ず少しでも寝るようにしています。もちろんコンサートがない日も,練習は欠かしません。
私は本番前も本番も,ほとんど緊張はしません。変に緊張してしまうとあっという間に本番が終わってしまうので,もったいないのです。「とにかく舞台の上で音楽を楽しもう」と思って演奏しています。
好きなことが仕事になって楽しい反面,つらいことも
私はヴァイオリンが好きで,それが仕事になっていて,最高な人生だと思っています。でも,本番が休みなく続いたり,移動が多かったりで体力的にきつい日々が続くと,つらいと思うこともあります。「もう今日は弾きたくないな」と思ってしまう日もあります。私の場合,仕事を頼まれると入るだけ入れてしまうというのもありますが,この忙しさの中で自分のパフォーマンスがどのくらいできるのか,自分を試している部分もあるのかもしれません。そのため,周りの人から驚かれるような過密スケジュールですが,私は几帳面なので練習は計画的にしています。
また,リハーサルや本番で,何となくしっくりこない時もつらいです。ソロの時は自分が悪いですし,オーケストラも全部自分の責任だからです。とはいえ,私はあまり引きずらないタイプなので,すぐに切り替えて,次の本番こそはがんばろうと思うようにしていますね。
コンサートでお客さんとひとつになれたときはうれしい
リサイタルでもソロでも舞台で弾いていて,プレーヤーとお客さんとがひとつになるような空気を感じられる時が年に何回かあります。それを感じた時は,「やっていてよかった」と本当にたまらなくうれしい気持ちになります。たまに,「あの時の本番はよかったな」と後から思い出すこともあるくらいです。舞台の上にいると会場の雰囲気や,終わった後のお客さんの拍手の質で,その日の演奏の満足度が本当によくわかります。
コンサートマスターとしては,楽団員から「石田がいるから安心だ」と思ってもらえていれば,うれしいですね。オーケストラは70人から80人の楽団員がいるので,その全員に好かれようとは思っていませんが,例え私のことが好きではなくても,「石田は好きじゃないけど,まあついて行くか」と思ってもらえるようなコンサートマスターでありたいです。
大切なのは日々の練習
いい演奏をするために大切にしているのは,やはり日々の練習です。練習あっての本番なので,練習をおろそかにしてしまうと絶対に本番でいい演奏はできません。だからどんなに忙しくても練習は大切にしています。時間が限られていても,雑にならず丁寧に弾くようにしています。私は長い時間練習するタイプではないので,休憩をしないで一気に3時間くらい練習をします。集中していると,もうこんなに経ったんだと思うくらい,あっという間に時間が過ぎてしまいます。
また,私はオーケストラのなかでも,髪型やファッションなど,誰にも真似できないような存在でいたいと思っています。リハーサルの時に,「石田さんがコンサートマスターの席に座った瞬間にその場の雰囲気が張り詰めたよ」と言われたことがあるのですが,「よし!」と思いましたね。そういう雰囲気を普段から狙っているので,これは一番のほめ言葉なのです。
音大に入ったからには絶対プロになると決めていた
私はヴァイオリンを3歳から始めました。最初は弾いていて楽しかったのですが,中学生のころからは反抗期で,「めんどくさいな」って言いながら続けていましたね。高校生の時に進路を決めるため,担任の先生とクラスメイトといっしょに音楽専門ではない大学の見学に行ったのですが,やっぱり自分の居場所はここじゃないと思って,その日のうちに「音大(音楽大学)に行かせてください」と親にお願いしました。
音大に行っても音楽で食べていける人は一握りですが,大学に入ったからには絶対にプロになることを目標にしていました。ただ,コンサートマスターになるということは考えていませんでした。むしろ,なれるわけはないと思っていました。大学4年生の時に,新星日本交響楽団(現在の東京フィルハーモニー交響楽団)から客演の依頼の電話があって,「コンサートマスターの横で弾いてもらえますか?」と言われてびっくりしました。一番前で弾くわけだから,これは試されるのではないかとふと思ったんです。突然私にチャンスが巡ってきたわけです。
最終的に楽団員の投票でコンサートマスターのアシスタントとして入団できることになりました。その3年後にはコンサートマスターになり,今年で20年間,コンサートマスターを務めていることになります。これは本当に奇跡だと思っていて,周りの方々に感謝しています。
人前で何かをするのが小さいころから好きだった
人前で何かをするというのが子どものころから好きでした。小学校の時も学芸会で主役を演じたり,独唱したり,運動会でも応援団長をしたりしていました。常に先頭に立っているので,その分,先生にはよく怒られていました。通信簿には「落ち着きがない」と書かれていましたね。勉強は全然だめでしたが,音楽は得意でリコーダーはうまかったです。ヴァイオリンも最初は親にやらされている感じだったのですが,ジュニアオーケストラに所属して,みんなで演奏する楽しさを知りました。夏に合宿があったので,みんなで夜遅くまで騒いだりするのも楽しかったです。
子どものころから,みんなで何かをつくり上げることが好きです。それは今の仕事にも繋がっていると思います。学生のころも,とにかく目立つことが好きだったので,あるオーケストラに客演して演奏していたら,事務局の方に「きみは後ろなのに目立ちすぎているんだよね」と言われたことがあります。この時に,自分は後ろで弾くタイプではないんだと気づきましたね。
何か好きなことを見つけたら続けてほしい
私がヴァイオリンを楽しいと思うようになったのは,楽譜を読めるようになった時です。何ごとも,最初はそんなに楽しくなくても,続けていくうちにコツをつかむ瞬間があると思います。いろいろ挑戦すれば,必ず楽しいと思える何かを見つけられるはずです。それを見つけたらぜひ続けてみてください。
私がヴァイオリンを続けられたのは,ほかにやりたいことが見つからなかったからというのもあります。プロ野球選手やサッカー選手になりたいと思っても,私よりうまい人はいっぱいいたので,これは無理だとわかってしまったのです。でもヴァイオリンは,私よりうまい人が周りにいなかったし,周りも私がヴァイオリンを弾くというギャップにびっくりしていたので,それもちょっとうれしかったです。中・高校生の時に,友人たちが演奏会に来てくれると,みんなヴァイオリンを弾く私を見て,「いつもと別人だ!」と言って驚いていましたね。
好きなことが見つかって続けていくと,それが職業になる可能性もありますよね。あと,周りの人とのつながりも大事にしてください。いざという時に必ず力になってくれますから。