お客さまの容姿を「整える」のが理容師
私は、東京都板橋区で「Barber A l’ aise(バーバー・アレーズ)」という理容室を経営しながら、理容師として働いています。
「理容師」と「美容師」はどう違うの? と思う人もいるかもしれません。簡単にご説明すると、どちらも髪の毛をカットしたり、毛染めやパーマを行ったりするのは一緒です。しかし、理容師はカミソリを使い、お客さまのひげや顔の毛を「そる」という行為が全面的に許されているのが大きな特徴です(美容師も、軽い顔そりを限定的に行うことはできます)。実は理容師と美容師では、資格や業務について定めた法律が違っていて、理容師には「理容師法」、美容師には「美容師法」という法律があり、資格取得のための試験内容も全然違います。理容師は理容師法で「頭髪の刈込、顔そりなどの方法により容姿を整えること」と定義されている一方で、美容師は美容師法で「パーマネントウェーブ、結髪、化粧などの方法により、容姿を美しくすること」と定められています。
今、美容師、美容院に比べて理容師、理容室はどんどん減ってきています。人数も、美容師の約58万人に対し、理容師は約20万人となっています(※2024年3月時点、政府統計による)。
お客さまへの施術だけでなく、理容師の組合の活動も
開店は午前10時なので、私は9時にお店に来て店内の掃除をしたり、タオルを畳んだり、鏡を拭いたりとさまざまな作業をしてお客さまを迎える準備をします。お客さまには基本的に事前予約をお願いしているので、その日に予約していただいたお客さまへの施術を行っていきます。仕事が終わるのはだいたい20時ごろで、後片付けなどをしてお店を出るのは21時ごろです。私は経営者なので、長時間働きますが、従業員はそういうわけにいかないので、従業員は10時に出勤して20時に退勤します。
休日は毎週月曜日と火曜日ですが、同じ理容師たちで結成されている組合の役員でもあるので、その関連のイベントで活動することがとても多いです。例えば経営に関する勉強会を開催したり、若い理容師たちに向けて技術の講座を開いたりします。ときには、自分自身が講師として技術を教えることもあります。先日は、組合のメンバーで行われる全国規模のフットサル大会の運営という仕事がありました。理事の中では私は若いほうなのですが、もともと自分の父親が組合でずっと役員をやっていたり、もともと働いていた店のオーナーが理事長だったりという関係もあり、自然とそういう役割が増えていきました。
立ち仕事とコミュニケーションの大変さ
理容師の大変なところは、まず、立ち仕事であることです。一日中立ちっぱなしなうえに、前かがみでの施術が多くなります。そうすると、どうしても体や腰に負担がかかってしまいます。そのうえ、労働時間が長く、休日も少ないので、体力的な面がいちばん大変です。
また、この仕事はお客さまとのコミュニケーションも重要です。これも難しいところで、無言でも気まずいと思いますし、こちらがペラペラ喋りすぎてもお客さまはつまらないと思います。いかにお客さまから話を引き出してあげるかというのが重要なのですが、これがなかなか難しいものなのです。そのため、先ほどお話しした組合での講習会では、プロのアナウンサーの方を呼んでお話を聞くこともあります。
そして何より、理容師はお客さまの顔に直接刃物を当てる、数少ない仕事の1つです。事故が起こらないようにいつも集中し、細心の注意を払っています。特にお子さまだと顔を動かしてしまうことが多いので、より注意が必要です。ただ、安全に施術する方法はあるので、そういったことも講習会で勉強します。
「リラックスしたい」という目的でも大歓迎
私は、理容師の仕事は「髪の毛を切ってその場で終わり」ではないと思っています。店にも貼ってあるのですが、私のモットーは「似合わせ、再現性と持続性、心地よさ」です。
まず「似合わせ」については、当たり前ですが、どんなにかっこいい芸能人の写真を持ってきて「この髪型にして」と言われても、その人の顔に合っていなければ絶対にかっこ悪くなってしまうと思います。でも、近づけてあげることはできるわけです。まずそのお客さまがなぜこのスタイルにしたいと思ったのかを理解し、それをこのお客さまにどのようにセットすればかっこよく見えるか、というのを考えていく。それがはまったときの面白さももちろんありますが、うまくはまれば、お客さまは絶対に喜んでくれるんですね。その喜びが私の喜びでもあります。
次に「再現性と持続性」は言葉のままで、いかに明日の朝、同じようにセットができるか、それがいつまで続くか、ということを大切にしています。
最後に「心地よさ」ですが、私はなるべく、お客さまには心地よく施術を受けてほしいと思っています。実は時折、「疲れたからシャンプーされてリラックスしたい」という目的で来られる方がいらっしゃいます。そういうリラクゼーション目的の方も大歓迎ですし、私の大切にしている部分が伝わっているんだな、と思うとうれしいです。
人生の節目に携わることができる仕事
お客さまのなかには、「結婚式を控えているので」という理由で髪を切りに来られる方がよくいらっしゃいます。結婚式のような人生の一大イベントの前に訪れる場所というのは意外と少なく、理容室は数少ないそういった場所だと思います。そのようにお客さまの人生の節目に携われるというのも、この仕事の魅力ではないでしょうか。とてもやりがいがある仕事だと思います。
また、施術後のお客さまのすっきりした表情などを見られる、そしてお客さまから「ありがとう」と言ってもらえる。これもまた、うれしいですね。洋服や靴、アクセサリーは着替えることができますが、髪の毛というのは、24時間365日、その人の頭にくっついているものです。だからこそ髪型は大事だと思いますし、それをいじることができるというのは、唯一無二の仕事だなと思います。だからこそ、お店を続けていくためにも、きちんとお客さまに選ばれる店でありたいと思います。接客もそうですし、お店の雰囲気づくりなど、お客さま目線を忘れずにいたいと思っています。
幼いころから親しんだ理容の世界に
私が理容師の道を選んだのは、父親が理容師だったからです。実は高校生のときにはほかに好きなものがありました。それはサッカーとバイク、車でした。しかし、サッカーは自分の技術ではプロになんてなれるようなレベルではないと気づいていました。また、バイクや車は「本当に好きなことは職業にしないほうがいいのでは」と思い、そちらの分野の専門学校に進学するのはやめようと思いました。じゃあ自分には何ができるんだろう、と考えるうちに、幼いころから身近だった「理容師」という職業が全く嫌ではないことに気がつきました。子どものころから年末など忙しいときは店を手伝っていて、お客さまからお小遣いをいただくなど、いい思い出が多かったのも影響していると思います。
理容師の免許は国家資格なので、高校卒業後に専門学校などで2年間技術を学び、在学中に国家試験を受け、その後、お店などに就職して働きながら技術を高めていくというのが一般的です。私は学校を卒業したあとは別の店に就職し、16年間そちらの店で勤めたあと、2017年に独立して現在の店を立ち上げました。
「人と一緒に動きたい」のは昔から
実家も理容室だったので、どうしても親の休日は月曜日と火曜日になります。そうなると家族で出かけるのもその曜日になるので、友達とは遊びのスケジュールなどが合わなくなります。小学校低学年のときは、それが原因でいじめられることもありました。しかし、小学校4年生のころにサッカーに出合ったことや、仲がいい友達ができたこともあり、その後は中学、高校で学級委員などを務めるタイプになりました。今思うと、そういうポジションにいるのが嫌いではなかったですし、人に言われて動くよりは「人と一緒に動いていたい」タイプなのだと思います。今、理容師の組合の活動などを行っているのも、店も人も減少が続く理容師の業界をどうにか変えたい、そのためには自分も動いていたい、と思うからです。この気質は子どものころから変わっていないんだろうな、と思っています。
AIには代替できない、消えることはない仕事
理容師という仕事に、魅力と価値は絶対あると思っています。人の髪の毛をいじることができるというのはとても貴重な仕事ですし、お客さまに感謝される仕事だというところも、いい職業だと思います。確かに大変なところはありますが、大変だからこそ、逆に喜びも大きいのかなと思います。「理容師や理容室が減っている」と聞くと「未来がないのかな?」と思うかもしれませんが、実は新型コロナウイルス流行下でも、売り上げは下がらないお店がほとんどでした。都心に通勤できなくなったり、遠出できなくなったりした分、近所で理容室を探したという方も多かったのです。そういう意味では、決して廃れることはないですし、いくらAIが発達しても代わることはできない職業だと思っています。ぜひ、理容師という仕事に興味を持ってもらえたらうれしいです。そして理容師だけでなく、身の回りにあるいろいろな職業、特に技術を身につけて自分の手や体を動かすような職業にも目を向けてほしいなと思います。