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1977年 生まれ 出身地 東京都
渡部わたなべ 裕美ひろみ
子供の頃の夢: 学芸員
クラブ活動(中学校): 音楽部
仕事内容
深海生物の一生を追う。
自己紹介
けっこん後,夫の実家があるよこながうつみ,よい意味で「田舎いなからし」をしています。いきコミュニティへのこうけん(おはやぼうさい)や,海が身近にある生活は,それまでのとうきょうの生活にはなかった多くのことに気づかせてくれます。でも,家庭と仕事との両立は大変です。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月02日)時点のものです

調ちょうぶんせきろんぶんしっぴつという研究の仕事

調査,分析,論文執筆という研究の仕事

わたしは国立研究開発法人 かいようけんきゅうかいはつこう(JAMSTEC,ジャムステック)にしょぞくする研究者で,海の生き物の研究をしています。
深海の海底から数百℃の熱い海水がしている「熱水ふんしゅついき」という場所があるのですが,わたしが研究しているのは,この熱水ふんしゅついきにすむフジツボ,エビ,カニや貝類などの生き物です。これらの生き物は子ども(ようせい)のうちは広い海中をただよい,あるてい成長すると熱水ふんしゅついきの海底に落ち着いて大人になります。げんざいの主な研究テーマは,はなれ小島のようにてんざいする熱水ふんしゅついきを,ようせいがどうやって見つけるのか,また,世代をまたいで熱水ふんしゅついきから別の熱水ふんしゅついきへとどうわたっていくのかをかすことです。熱水ふんしゅついきたがいに遠くはなれているので,海底の生き物は,ぜっかいとうの生き物のようにりつしています。しかし,多くの熱水ふんしゅついきでは同じ生き物がすんでいることが知られています。人類がどこからやってきたのかを調べたように,DNAなどを使って,広い深海の中で生き物がどこから来てどこへ行くのか,そしてどうやって新しい種が生まれるのか,を調べています。
わたしの仕事には,調ちょうぶんせきろんぶんしっぴつという一連の流れがあります。まず海に調ちょうに出かけ,生き物の観察やさいしゅをします。JAMSTECがゆうする,深さ6,500mまでもぐることのできる有人せんすい調ちょうせん「しんかい6500」に乗ることもあります。じっさいもぐって,カメラではなく自分の目でじかに深海を観察するのは,わくわくする体験です。調ちょうさいしゅした生き物は,JAMSTECの実験室に持ち帰り,DNAのぶんせきなどをします。そして最終的に,わかったことをろんぶんにまとめてがくじゅつざっや学会で発表しています。

深海で見つかった,浅い海とはちがせいたいけい

深海で見つかった,浅い海とは違う生態系

地球表面の7わりは海で,世界の海のへいきん水深は約3,700mです。「深海」とは,太陽の光がとどかない,水深200mより深い海のことをいいますが,海は大部分が深海なんです。
1977年にアメリカの有人せんすい調ちょうせんが,水深約2,500mにある熱水ふんしゅついきにサンゴしょうと同じくらいたくさんの生き物がいるのを発見するまで,深海では変わった生き物が細々とらしていると考えられていました。そのため,この発見には世界中がおどろきました。熱水ふんしゅついきの生き物たちを調べると,さらにおどろいたことに,浅い海とはせいたいけいささえる一次生産者がまったくちがっていることがわかりました。日光がとどく浅い海では,光合成で育つ植物プランクトンなどがせいたいけいの底辺をささえています。しかし熱水ふんしゅついきでは,海底からりゅうすいやメタンなどのぶっしつを利用して栄養を作るせいぶつが,せいたいけいささえていたのです。
わたしが研究しているのは,この熱水ふんしゅついきにすむフジツボやエビ,カニ,貝類などの生き物です。

生き物はどうやって熱水ふんしゅついきを見つけるのか

生き物はどうやって熱水噴出域を見つけるのか

フジツボやエビ,カニ,貝類など海底にすむ生き物は,生まれてから一定の間,プランクトンとして海中をただよう生活を送ります。子ども(ようせい)のうちは親とはてもつかない姿すがたをしていますが,成長するにしたがって体の形を変え,やがて海底に落ち着いて親と同じ姿すがたになります。
わたしたちはこれまでの研究で,熱水ふんしゅついきの生き物のようせいには海面近くまでじょうしてただよっているものがいることや,1年以上もの間,海の中をただよっているものがいることを明らかにしてきました。今,わたしが「不思議だな」と思って研究をしているのは,まず,ようせいがどうやって熱水ふんしゅついきを見つけてやってくるのか,です。熱水ふんしゅついきは地球内部の熱がふんしゅつする場所で,はなれ小島のように,ポツンポツンとはなれててんざいしているんです。海底からふんしゅつした数百℃の熱水は,周りの冷たい深海の水にあっという間に冷やされて4℃くらいになってしまい,ふくまれている化学ぶっしつさんされてしまいます。そうすると,温度や化学ぶっしつたよりに遠くからようせいがやってくるのはむずかしそうです。熱水ふんしゅついきの生き物ではありませんが,最近では,浅い海の生き物が音をたよりに着底場所をさがしていることがわかってきています。音は水の中を伝わりやすく,世界で最も深いマリアナかいこうの底でも,海の表面の音をとらえることができます。もしかしたら,熱水ふんしゅついきにすむ生き物のようせいも,音をたよりに熱水ふんしゅついきの場所をたんしているのかもしれません。しかしこうした仕組みなどのかいめいは,まだまだこれからです。
また,ようせいは,全ての熱水ふんしゅついきの間を行ったり来たりすることができるわけではありません。場所によっては一番近くの熱水ふんしゅついきと数千kmもはなれていたり,海流によって行手をはばまれたりすることがあります。このようなことが長く続くと,もともと1つだった種が,2つあるいはそれ以上の種になってしまうことがあります。どうやって新しい種が生まれるのか,今あるような海の生き物のようせいがどうやって生まれてきたのかを知るために,わたしは遠くはなれたいくつもの熱水ふんしゅついきで生き物をさいしゅして,DNAのちがいから,ようせいどうできるはんや,生き物がどうやって多様化してきたかなどを調べています。生命は海でたんじょうし進化してきましたが,わたしたちが深海生物について知っていることは,まだごくごくわずかなのです。

「しんかい6500」で深海へ

「しんかい6500」で深海へ

JAMSTECは,さまざまな調ちょうせんや深海のたんを持っています。ただし調ちょうこうかいには回数や定員にかぎりがあるので,好き放題に調ちょうができるわけではありません。研究の課題や調ちょうないようをまとめた「プロポーザル(研究ないようの計画書)」をていしゅつし,選ばれる必要があります。
調ちょうこうかいは,おきなわがさわらなどの国内なら期間は1,2週間であることが多く,わたしはここ数年は年に1, 2回ほど参加しています。数年に1度は,遠くインド洋やカリブ海などへこうかいに出ることもあります。この場合,調ちょうの期間は1か月から数か月にわたることもあります。生き物のさいしゅ方法はいろいろで,船からネットをひいてプランクトンを集めたり,あみを引きずって海底の生き物を集めたり,せんすい調ちょうせんや無人せんすいたんによる調ちょうを行うこともあります。研究はチームで進めることが多く,プロポーザルは研究チームで相談して作りますが,プロポーザルが選ばれても船には定員があり全員は乗れないこともあり,乗船する研究者は,他の研究者の分も生き物などのサンプルをさいしゅして,持ち帰ります。
何よりわくわくするのは,6,500mまでもぐれる有人せんすい調ちょうせん「しんかい6500」に乗る調ちょうです。「しんかい6500」の定員は3人で,以前はそのうち2人がそうじゅうでしたが,昨年からはそうじゅうが1人,研究者が2人,乗れるようになりました。わたしはこれまでに8回,乗船していますが,初めて熱水ふんしゅついきを生で見たときは,そのはくりょくにびっくりしました。熱水がす「ゴーッ」という音まで聞こえた気がして,こんなきびしいかんきょうに生き物がひしめいていることに感動しました。
「しんかい6500」は母船からはなされてせんこうしますが,音波によって母船との会話やぞうの送信ができます。調ちょう場所やさいしゅする物など,母船にいる研究者たちと相談しながら作業を進めることもできます。熱水の水温をはかったり,生き物を海底でしょしたりなど,その場でしかできない調ちょうを行うこともありますね。もぐる水深にもよりますが,海底にとどまる時間は4,5時間ぐらいです。

地道なぶんせきや実験の仕事

地道な分析や実験の仕事

「しんかい6500」のせんこう時間は8時間以内と定められていて,朝からもぐって母船にもどるともう夕方です。このあと,さいしゅした生き物のしょ作業が待っています。種類や大きさ別に分け,薬品で固定するしょなども行います。さいしゅした量が多いと夜中までかかることもあって大変ですが,この作業はとても楽しいんですよ。「こんな生き物がとれた」「このヘンな物は何だろう」などとちゅうになってけんきょうをのぞいていると,「このサンプルで,あんな実験ができるかもしれない」などと,次々に研究計画のもうそうかんでしまいます。じっさいに研究までは進めず,もうそうのままで終わる計画も多いんですけどね。
船上での作業はここまでで,細かいぶんせきなどは,陸に持ち帰ってから研究室でじっくり進めます。わたしの場合には,たとえば生き物のDNAのぶんせきをします。別々の熱水ふんしゅついきにいる同じ生き物のDNAを調べてかくし,1か所からいくつもの場所にようせいただよってぶんを広げているのか,それとも場所ごとにかくされていて,DNAにちがいがちくせきしているのか,などをさぐるんです。
また,たとえばこんな実験もしています。深海でさいしゅしたフジツボをいくしてたまごを産ませます。そのたまごをいくつかのすいそうに分け,水温や塩分のうなどのじょうけんを変えます。これまでの実験で,水温が高いと成長のスピードが早く,ようせいの期間が短いことがわかりました。ということは,地球おんだんで海水温が上がれば,ようせいが旅をする海のはんせまくなり,ぶんいきせばまるのうせいも考えられますね。
ぶんせきや実験は地道で,思いどおりの結果が出ないことも多くあります。でも何かしら新しい発見はあるものなので,1年に1本はろんぶんを書くよう心がけています。

浅い海から深海まで,海はつながっている

浅い海から深海まで,海はつながっている

日々,じゅつが進歩して,無人せんすいたんでも十分に調ちょうさいしゅはできるようになりましたが,じっさいに「しんかい6500」に乗船して,深海にもぐってみないと気づかないこともあります。そのひとつが,海面から数千mの深海まで海はつながっているんだなあ,という実感です。せんこうを始めるとだんだん暗くなり,水温が下がって船の中も寒くなってきます。最深の6, 500mまでもぐるには2時間半もかかり,すいあつもすさまじいものです。しかし,わたしが研究している生き物のようせいだけでなく,クジラや魚など,浅い海と深海をざいに行き来している生き物は,意外とたくさんいるんです。「しんかい6500」で水面と深海とをおうふくする体験は,そのような生き物のらし方を体験することでもあります。「こんなにかんきょうちがうところをよく行き来できるものだなあ。海の生き物って本当にすごいなあ」と思い,海や生命へのかいが深まった気がしています。
研究生活では,他の研究者との交流や意見こうかんも,楽しみのひとつです。研究は自分ひとりだけで行うのではなく,他の研究者との共同研究も多く,分野のちがう研究者が協力して調ちょうや研究を進めることもあります。国のわくえて,海外の研究チームにまねかれて調ちょうせんに乗ることもあるし,こくさい学会にも参加します。大学院生時代にあこがれていた,アメリカの研究所に外来研究員としてほうもんすることもあります。あこがれの研究者たちといっしょに仕事ができるのは,本当に楽しいです。

の研究の上に今の自分がある

過去の研究の上に今の自分がある

仕事をするうえで,の研究の積み重ねの上に自分がいるということを,いつもしきしています。研究はくさりのようにつながっていて,これまでの研究でわからなかった課題をわずかでも自分の研究で明らかにし,その成果を次の研究に役立ててもらうことが,研究者の使命だと思います。研究の成果を次の研究につなげるには,ろんぶんにまとめて発表しなくてはなりません。ですからわたしは, 1年に1本はろんぶんを書こうと決めています。
海のことを知りたいと思い,わたしたちはいっしょうけんめい研究をしていますが,海の大部分は深海で,かんたんにはのぞくことができず,まだわからないことだらけです。この見えない海がめているすごい力を,多くの人に知ってもらいたいという思いもあります。JAMSTECでは研究の成果をいっぱんの人にわかりやすく伝えるこうほうの努力のほか,海洋科学のすそを広げたいという思いから,2019年には大学生等をたいしょうとした「ガチンコファイトこうかい」という試みを始めました。このこうかいは,じっさいのJAMSTECの研究げんを,研究チームの一員として「ガチ」で体験してもらうというしゅのものです。2019年は,選ばれた3人の大学生がそれぞれ研究者とともに「しんかい6500」に乗船し,わたしはそのうちの1人といっしょせんこうしました。自分の目で深海の世界を見た学生さんは言うまでもなく,母船に乗船した7名ともが,それぞれ,いろいろなことを感じ,成長した様子がわたしにもわかりました。こうした,海へのかいが進むような取り組みには,積極的に関わっていきたいと思っています。

研究者としてはおそいスタート

研究者としては遅いスタート

わたしは,げんざいは生物の研究者ですが,子どものころから生物に強い関心があったというわけではないんです。高校に入学したころに,ジェームズ・ラブロックの『ガイアの時代 地球生命けんの進化』という本を読む機会がありました。そのえいきょうで地球のことが知りたいなと思って,大学は地球科学科を選びました。
初めて生物にきょうを持ったのは,卒業研究のテーマを何にしようかと考えていたときです。ふと古生物に気持ちがせられました。陸とちがって海底は風化しにくいので,化石で見つかっている生物は,ほとんどが海洋生物なんです。大学院のしゅうていまで古生物の研究室にしょぞくしていましたが,そのうち生きている海の生物のことが知りたくなってきて,はくていで生物学科に転入しました。このように,生物学の研究者としては,すごくスタートがおそかったんです。生物学のしきがなくて,大学院に入ってからどくがくでかなり勉強しましたが,今でもしきの不足をじょうねつおぎなっているところがあるかもしれません。
はくごうを取ってからは,1年半ほど,にっぽんがくらいかんでサイエンスコミュニケーターをしていました。高校生のころ,博物館の学芸員になりたかったこともあり,いろいろな人に科学のことをわかりやすく伝えたいと思ったんです。でも,自分ののうりょくをよりはっできるのは研究ではないかと考えるようになり,日本がくじゅつしんこうかいの特別研究員せいおうし,JAMSTECで研究を始めました。海外の研究所に行く人も多いのですが,わたしはたまたまうつんだ夫の実家ががわけんよこで,JAMSTECの本部もよこだという,そんなごえんもありましたね。

「好き」という気持ちを大切に

「好き」という気持ちを大切に

何事も始めるのにおそいということはないと,わたしは思っています。わたしは生物学の研究者としてのスタートがかなりおそかったのですが,生物学がおもしろくてたまらず,おくれをもどすための勉強もがんれました。「好き」というじょうねつは,何よりも強い原動力になります。好きなことを見つけたら,地道に目的に向かって努力を続けてほしいと思います。たとえみちをしても,けいけんにむだなものはひとつもありませんから,のちのち生かせるはずです。あきらめさえしなければ,いつかきっと道は通じるでしょう。
みなさんの中にもし海の研究者を目指している方がいたら,「とても広がりのある分野の研究にようこそ」と,だいかんげいしたいです。人類はまだ,海のことをほとんど知らないといっていいほどです。たとえば最近,温室こうガスであるさんたんの多くが海にきゅうしゅうされており,陸上の地球おんだんに歯止めをかけているなど,海の知られざるのうも明らかになってきています。また,地球の生命は海でたんじょうしたので,海の生物の研究は地球外生命の研究にもつながると考えられています。1977年の熱水ふんしゅついきの生物群の発見のように,思いがけない発見がこれからもきっとあると思います。ぜひ,いっしょに海の研究をしましょう。

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取材・原稿作成:大浦 佳代・東京書籍株式会社/協力:公益財団法人 日本財団,NPO法人 共存の森ネットワーク