※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月04日)時点のものです
自然や文化を楽しみながら学ぶ旅
私は三重県鳥羽市でエコツーリズムの会社「海島遊民くらぶ」を経営し,エコツアーのプログラム開発や,お客さんを案内するガイドの仕事をしています。エコツーリズムとは,観光施設や名所をただ眺めて通りすぎるのではなく,その土地ならではの自然や文化について,楽しみながら学ぶ旅のスタイルです。地元の人との交流を大切にし,旅人が自然や文化を守る意識をもつきっかけにもなります。私は,エコツーリズムによって,旅人も地元の人も幸せにし,自然の環境もよくすることを目指しています。
私が案内するのは,伊勢志摩国立公園のうちの主に鳥羽周辺で,ここは私が生まれ育った大切な故郷でもあります。鳥羽は海の自然に恵まれ,小さな島々が浮かぶ,景観も美しいところです。また漁業も盛んで,海に潜って貝や海藻をとる海女漁など,独特な海の文化も豊かです。
地域の個性を生かしたプログラム
地域の個性を生かして私が開発したエコツアーのプログラムは,20種以上にもなります。シーカヤックやシュノーケリング,磯観察などの自然体験,釣りや養殖ワカメの収穫などの漁業体験,離島の漁村歩きや郷土食を食べる体験,鳥羽の商店街歩き,海女さんが信仰する神社を巡るツアー,などですね。中には,漁師さんがガイドする釣り体験,海女さんとおしゃべりしながら貝を焼いて食べさせてもらう体験など,地元で漁業に携わる人たちとの交流を楽しめるものもあります。
お客さんは家族旅行や個人旅行,修学旅行,海外からの方などさまざまで,年間およそ5,000人をお迎えしています。私は4人のスタッフと一緒にフィールドに出て,シーカヤックやシュノーケリングのインストラクターもしますし,漁師町や商店街歩きのガイドもしています。
また,エコツーリズムの輪を広げて鳥羽をもっと活気づけたいと思い,観光業の仲間たち,漁業や林業の組合,市役所などに声をかけ,2010年に「鳥羽市エコツーリズム推進協議会」を設立しました。私は他の市や町などから呼ばれて,エコツーリズムのコンサルタントの仕事をすることもあります。
鳥羽の海の豊かさのキーワードは「海藻」
鳥羽は,伊勢湾の入り口にあります。伊勢湾には,川を通じて山の栄養がたっぷり流れ込み,外洋からは新鮮な海水と,回遊する魚などがやってきます。伊勢湾の入り口にある鳥羽は,内湾と外洋の両方の恵みを受け,古くから漁業がさかんです。そして,おいしい海の幸を求めて多くの人が訪れる,観光の町でもあります。
私は,鳥羽の海の豊かさのキーワードは「海藻」だと思っています。鳥羽の沿岸はリアス海岸で,波穏やかな入り江には,まるで森のように海藻が茂っています。海藻が茂る場所のことを「藻場」といいますが,「海のゆりかご」とも呼ばれるほど,海の環境にとって大切なんです。光合成で酸素を出してくれますし,魚などの産卵場所にもなります。海藻を食べる生き物も多く,その代表がアワビやサザエです。鳥羽周辺では,素潜りでアワビや海藻をとる海女漁がさかんで,海女さんの数は全国トップです。藻場があるから漁業があり,漁の知恵や海女さんが海の魔物から身を守る信仰など独特の文化があり,おいしい食があるわけです。
ですから私は,エコツアーのガイドでは必ず藻場の話をします。たとえば,シーカヤックのツアーやシュノーケリングでは,実際に藻場を見に行きます。海女さんと会うツアーでも,海女漁は藻場のおかげ,という話をします。一見,藻場とは関係のなさそうな商店街歩きでも,最初に藻場の写真を見せて,海の環境の話をします。するとお客さんは「なぜ海藻と商店街がつながるの?」と,不思議そうな顔をします。でも,町を歩きながら貝類の問屋さんやお寿司屋さんでつまみ食いをし,鳥羽で養殖されている真珠の宝飾店で話を聞くうちに,海藻が支える海の幸が鳥羽の商いになっていることに,みなさん気づいてくれます。
そしてツアーを通じて,海藻が茂る美しく豊かな海を大切だと思い,自分の生活と海がつながっていると気づいてくれたら,しめたものです。気づきのきっかけを作るのが,エコツアーのガイドの役割だと思っています。
自然を守りながら,うまく利用する
エコツアーのプログラム開発の際は,観光が自然をこわさないことと,地元の人が幸せになることとを何よりも優先しています。たとえば,以前,こんなことがありました。大手旅行会社が私の磯観察のプログラムに興味をもって,集客はその会社のほうでするのでガイドをしてほしいと頼まれたんです。大手の会社なので,多くのお客さんが集まるはずです。しかし小さな磯に大勢で踏み込んだら,どうなるでしょう。磯はやがて荒れて,生き物はすめなくなるでしょう。静かな漁村も,騒々しく大型バスが出入りすれば,迷惑するはずです。
でも,自然にふれる体験は環境への関心を生むし,人を遠ざければ自然を守れるというわけでもない。私はそう考え,地元の人たちと相談して「1回に30人まで,1年に20日まで」というルールを決め,料金も安くはしませんでした。個人旅行のお客さんで,ガイドの解説をちゃんと聞き,海の環境のことを考えてくれる客層を想定したんです。
また,地元の人たちに相談したことで,別の収穫もありました。地元の人たちが磯の自然のすばらしさに気づき,ツアーに関わるようになってくれたのです。養成講座を受けて,お客さんをガイドできるようになってくれた人たちもいました。また,民宿に休憩所を設けたり,地元の人の漁船で磯への送迎をしたりすることをツアーに組み込んだので,地元にお金が落ちる仕組みもできました。自然を壊すことなく大切にし,うまく観光に生かして地域に活気を呼ぶ。これこそ,エコツーリズムの本領だと思います。
旅人が喜び,地域の人が輝くように
お客さんがツアーを通じて笑顔になり,「楽しかった,また来ます」とか「海の自然は大切ですね」などと言ってくれると,本当にうれしいです。でも,それと同じかそれ以上にうれしくなるのは,エコツアーを通して鳥羽の人たちが輝いてくれたときです。
私は,地元の漁師さんや海女さんに協力してもらうプログラムを作ってきました。都会のお客さんにとって,漁業や漁村のたたずまいは珍しくてワクワクするものだし,海で生きる知恵と技をもつ漁師さんたちの生き方は魅力的です。一方で漁師さんたちの側も,ツアーに協力すれば収入になるほか,お客さんとの会話に刺激を受け,楽しんでくれています。そしてお客さんが「海で働く姿がかっこいい!」とか「この海や町は本当にすばらしい」などと感動する姿から,自分の生き方や地域を誇らしく思うというように,いいことがあるのです。
こんな例があります。鳥羽に菅島という離島があり,私は修学旅行で来た子たちを磯観察などで案内していました。ある日,島の人がぽろりと「よそから来る子たちは、みんなちゃんとあいさつができる。島の子らはよそへ行ったときにあいさつできるんやろか」と言ったんです。私はハッとしました。内気はともかく,島の子たちは島の魅力に気づくことなく,成長すると島の外に出てしまいます。そこで私は,子どもたちが島のいいところを自分で見つけ,観光客にガイドしたらどうかと学校に提案し,お手伝いをしました。この提案は「島っ子ガイド」として実現しました。島の子どもたちは故郷の魅力に気づき,観光客が感動する姿を見て自信をつけていったのです。見知らぬ人と話すこともできるようになりました。最近,高校を出てから島に戻り,漁師になった青年もいます。こんなことがあると,つくづくエコツアーをやってきてよかったな,と思います。
ツアーでお客さんの意識を変えたい
私はエコツアーを始めてから,「お客さんの環境への意識を変えるツアーをしたい」と,思うようになりました。なぜなら私自身,ガイドをするうちに「環境を守る意識がないと,豊かな海はこの先もずっと続くものではない」と,気づいたからです。たとえば,地球温暖化によって,海水の温度も上昇しています。それもひとつの原因となって,今,日本各地で,磯から海藻が消えてしまう「磯焼け」という現象が起きています。他にもプラスチックごみや埋め立てなど,海の環境問題はいろいろありますね。
鳥羽には海女さんが多く,毎日のように海に潜って環境の変化に目を配り,海を守ってきました。たとえば鳥羽では,釣りのための撒き餌の使用を禁止しています。撒き餌は保存料を多く含むので,海底で分解されにくく,やがてヘドロ化し,海藻や貝に悪い影響があるそうです。それに気づいた漁師さんたちが声を上げ,撒き餌の使用を禁止にしたのです。
このように,漁師や海女さんは海を守ろうとしていますが,問題は一般の人です。海の恩恵を受けていても,海の中は普段,なかなか見ることができないので,関心をもちにくいのです。そこで私は,「鳥羽を訪れる観光客のうち1%の人に,海の環境のことを学ぶエコツアーに参加してもらおう」と目標を立てました。近年では,鳥羽市を訪れる観光客は年間430万人ほどです。最近では,「鳥羽市エコツーリズム推進協議会」の会員になっているエコツアー会社などを利用するお客さんが,その1.5%を占めるようになり,目標を達成できました。これで満足せず,次は鳥羽だけでなく,伊勢市や志摩市を含む「伊勢志摩国立公園」にまで範囲を広げ,およそ800~1千万人の来訪客のうち5%の人にエコツアーを体験してもらうことを目指して,がんばろうと思っています。
生き生きとした漁師町と自然を見せたい
私は大学卒業後,いったん東京の会社に就職したのですが,23歳のとき,実家の旅館が倒産したのがきっかけで鳥羽に戻りました。旅館に愛着があり,何とか再建したかったんです。個人旅行に対応したりインターネット予約を始めたりして何とか再建でき,その後は父に代わって私が社長になりました。現在も日中のガイドの仕事を終えると,夕方からは旅館の女将として接客などの仕事をしています。
再建後の3年ほどは旅館の仕事で手も頭もいっぱいでしたが,ある日,修学旅行で泊まった学校から「生徒に釣りをさせたい」という要望がありました。そこで道具を用意してガイドもしたんですが,鳥羽の港周辺ではまったく釣れなかったんです。調べてみると,目の前の離島なら釣れるらしい。実は私は島に行ったことがなかったんですが,試しに行ってみて,すっかり感動してしまいました。漁師町らしい活気に満ち,おいしい食があり,海の景色はきれいだし,磯には生き物があふれている。「島全体が生きている」と感じたんですね。そして「この漁村や自然をお客さんに見せたい!」と,強く思いました。
鳥羽には水族館やスペイン村などの観光施設もありますが,個人旅行のお客さんは観光施設にはない魅力を求めています。自然や漁村のツアーには,そういうお客さんが興味をもつのではと,私は直感しました。また自分が海外旅行で,ナイアガラの滝のしぶきを浴びるツアーや,オーストラリアの夜の動物園などの体験型ツアーを過去に味わっていて,こんな面白いツアーをやってみたいなと思っていたのも重なりました。
こうして,2001年にエコツアーの会社「海島遊民くらぶ」を作り,離島での磯観察や釣りの体験からツアーを始め,やがて漁師さんや海女さんに協力してもらう漁業や食の体験,漁村歩き,商店街歩きのツアーなどに幅を広げていきました。
家の仕事の手伝いで養った商売の感覚
私は子どものころから,海で遊ぶのが大好きでした。父が船釣りに連れて行ってくれましたが,私は釣りよりも泳ぐほうが好きでしたね。
うちは旅館を経営していたので,小学生のころからよく手伝いました。2年生で食器洗い,3年生からは料理のお手伝い。駅前のビルでお肉屋さんも経営していたので,4年生からはそちらも手伝いました。人前に出るのは苦手なタイプだったんですが,お店屋さんごっこみたいで楽しくて,いつの間にか克服したみたいです。
中学生になると,土日にはお肉屋さんを完全に任せてもらって,いっぱしの商売人みたいな気分を味わっていました。おかげで商売の感覚や計算が,自然と身についたように思います。仕事をするうえでの効率的な体の動かし方も,大女将の母から教え込まれました。今,ガイドと女将の掛け持ちをやれているのは,そのおかげかもしれません。
人生に冒険を!
人生は,冒険をするとより面白くなると,私は思っています。だれも答えを知らないことにチャレンジするのは,ワクワクします。私にとって「海島遊民くらぶ」でエコツアーを始めたのは,ある意味冒険みたいなものでした。当時はまだ「エコツアー」という言葉は知られていなくて,私自身,うちの取材に来た記者さんに「これはエコツアーですよ」と教えられて,初めてエコツーリズムというものを知ったほどです。
自分で道を切り開くと,その成果は確実に自分のものになります。そして,さらに前に進む力にもなると思います。小さくてもいいのです。ぜひ冒険をしてみてください。
海の環境については,自分の目で海を見てほしいと思いますね。今はネットを含め情報があふれていますが,最初のきっかけはネットでも,その次は海に行って自分の目で確かめてほしい。そのうえで,海の環境のために何ができるか,考えてもらえるとうれしいです。私はエコツアーでその「気づき」のお手伝いをしていますので,機会があれば遊びに来てくださいね。