仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1967年 生まれ 出身地 東京都
柳田やなぎだ 竜幸たつよし
子供の頃の夢: シェフ・調理師
クラブ活動(中学校): 剣道部
仕事内容
こうそうビルやおおがたせつけんせつげんで、かん工事を手がける。
自己紹介
小さいころはけずぎらいでやんちゃなせいかくでしたが、今では社員から「やさしい」「かんだい」「笑顔えがおがすてき」「本気でしょくにんを育てるお父さん」などと言われています。プライベートの時間も大切にしていて、休日は愛犬のシベリアンハスキーとの時間を楽しんでいます。

※このページに書いてある内容は取材日(2025年10月30日)時点のものです

かべる仕事

壁を塗る仕事

わたしが社長をつとめる「西にしたにこうぎょうかぶしきがいしゃ」は、かん工事を主な事業としています。左官とは、かんたんに言えば、建物のかべゆかてんじょうなどに、セメントとすなと水をぜたモルタルなどの材料をる仕事のことです。
左官は日本に古くからあるでんとうてきけんちくじゅつで、もともとはかべに土をじゅつとしてはってんしました。土はぼうせいちくねつせい(熱をためこむせいしつ)、調ちょう湿しつせい(室内の湿しつを調整するせいしつ)にすぐれた材料の一つです。げんざいはより強度の高い材料に進化し、主にモルタルが使われるようになりました。
左官しょくにんは、モルタルなどの材料を「コテ(鏝)」というヘラのような道具を使って、かべゆかてんじょうなどにっていきます。左官の仕事によって建物が火や湿しっに強くなり、火事が起こったときに建物がえにくく、湿しつが高い夏場でも室内にカビが生えにくくなります。げんざい、西谷工業ではかべるほかに、雨や風、えんてんにさらされる屋上のぼうすいしょを行ったり、ゆかおうとつを整える仕上げやしゅうも行ったりしています。
左官工事は、その工事をによりが変わります。もくぞうじゅうたくなど、しょうけんちくぶつの工事げんを「町場(まちば)」、おおがたせつや商業せつなどの工事げんを「野丁場(のちょうば)」とびます。当社は野丁場をメインでっており、これまでには、「サンシャイン60」や「しんちょう第一ほんちょうしゃ」、あざだいヒルズの「もりJPタワー」など、有名なけんちくぶつの左官工事にたずさわったじっせきがあります。

力を合わせてだいけんちくぶつつく

力を合わせて大規模な建築物を造る

西谷工業がう左官工事はだいなものが多いので、チームを組んで左官工事を行います。しょうげんでは二人ていで作業しますが、には300人というだいなチームを組んで工事を行ったこともあります。また、工期はへいきんして1年ていですが、だいな工事になればなるほど長くかかり、5年以上、工事が続くげんもあります。
げんでの作業時間は、朝の8時から夕方の17時までがほんです。同じげんには、けんちくぶつほねぐみつくる大工や、工事をする人たちが安全に動けるように足場をつくる鳶(とび)など、左官以外のしょくにんおおぜいいます。けんな作業を行う場合には、伝達ミスが大きなにつながるため、しょくにんどうのコミュニケーションが本当に大切です。そのため、作業開始よりも早くげんとうちゃくして、いっしょに仕事をするしょくにんたちと話す機会を自主的に作ることを心がけています。
8時になったら作業開始です。しょくにんたちは、その日の作業ないようについてげんリーダーであるしょくちょうの説明を受けてから、各自の持ち場に向かいます。大工しょくにんつくった土台のかべに材料をったり、表面の仕上げをしたり、左官じゅつを活用してかべゆかに絵やようえがいたり、一日の作業ないようは工事の進み具合によってことなります。

しょくにんとしてのじゅつみがき、社長として働きやすいかんきょうも整える

職人としての技術を磨き、社長として働きやすい環境も整える

左官工事を手がける会社の社長として苦労していることは、それぞれの工事げんに、そくなく人員を配置することです。特にわたしわかいころは人手不足がしんこくだったため、必要な人員が集められないときはかぎられた人数でたいおうしてもらうしかなく、げんしょくにんも苦しさを感じていたと思います。そこで当時から、残業や休日しゅっきんをした社員には後日まとめてきゅうを取ってもらい、のうかぎりメリハリをつけて働けるかんきょうづくりに取り組んでいました。そのかいあって、げんざいは労働かんきょうかいぜんされ、西谷工業の1か月あたりのへいきん残業時間は月3時間と、全国へいきんを大きく下回っています。
また、左官しょくにんとして苦労してきたのは、作業時間のペース配分です。かべに材料をり、その材料がかわいて固まるまでにきれいに仕上げなければなりません。材料の量や、季節、天候などによってかわくまでの時間が変わりますし、そもそも「自分はどのくらいのスピードで作業ができるのか」をわかっている必要があります。その場のじょうきょうを見ててきかくはんだんする力や、せいかくさ、スピードが求められるので、わかいころは失敗を重ねながらじゅつみがいていました。けいけんしないとわからないからこそ、今では「自分だったらここまでできる」と自信を持って言えるようになったことにほこりを感じています。

一体感のあるげんで、形に残る仕事をするよろこ

一体感のある現場で、形に残る仕事をする喜び

左官の仕事は大変なこともありますが、それ以上にやりがいや楽しいと感じるしゅんかんがたくさんあります。例えば、大工やとびなど多くのしょくにんと関わって仕事をする中で、げんの連帯感が生まれたときです。だいな工事げんでは、時に3000人ほどのしょくにんが同じ場所で作業をすることもあります。
だんから同じげんにいるちがしょくしゅしょくにんたちとコミュニケーションを取るようにしていますが、だいげんでは特にみつれんけいが必要です。げんには顔なじみのしょくにんも多く、仕事仲間としておたがいにぜったいしんらいせているメンバーがつどうので、あうんのきゅうで作業がどんどん進みます。こういったれんけいがうまくいったときは、まるで全員で息をそろえて美しいダンスをおどっているような感覚になり、本当に気持ちいいですね。
また、自分が最終仕上げをしたかべゆかが人の目にれる形でそのまま残るのも、この仕事のだいです。西谷工業は有名なせつの左官工事を行うことが多いので、建物名が地図にもさいされます。その場所をおとずれてげんでの苦労を思い出したり、家族に「このかべわたしったんだよ」とまんしたりすることもあります。そのときに「すごい!」と言ってもらえると、この仕事をやっていてよかったと思います。

さまざまな人から学ぶことが大切

さまざまな人から学ぶことが大切

左官しょくにんとして目指しているのは、えを整えること以上に、長く、安全に使い続けられるかべに仕上げることです。100年以上にわたって使われるけんちくぶつもあるため、未来にどう使われるのかまでそうぞうしながら、プロとして「自分のったかべは長く持つ」と言えるような仕事をしたいと思っています。
そのためにはものづくりのしょくにんとして「いいげんな仕事をしない」というせきにんかんを持つことがだいぜんていです。そして、しつの高い仕事をするために、「自分の失敗を、人や天候のせいにしない」、「せんぱいの話をしっかり聞き、じゅつを教わる」ことが大切です。
例えば、天気や気温、湿しつをどのように気にかけて作業するとよいのか。どのような下地を作れば長持ちするかべになるのか。よい仕事をするしょくにんから話を聞いたり、じゅつを教わったりすることが自分の学びになり、そのような学びを積み重ねると、しょくにんの仕事ぶりを見ただけで作業のよしあしがはんだんできるようにもなります。
ですからわたしは、「このかたかべは長く持つの?」と、しょくにんたちによく声をかけています。社長と社員、せんぱいこうはいなどの立場に関係なく、おたがいから学びをて成長し続けることが大切だと思っています。

後に続く人のために

後に続く人のために

わたしの父は左官しょくにんで、西谷工業の先代社長は父のあにでした。そのようなえんもあり、わたしは20さいのときに西谷工業に入社しました。左官しょくにんとしてのじゅつみがき続け、41さいのときに社長にしゅうにんしました。社長としてつねしきし、らぐことのない信念として会社の理念にもさいようしているモットーは「後に続く人のために」です。
その理念をじつげんするべく、わかい人に対して左官の仕事にきょうを持ってもらえるような取り組みを行っています。近年では、きゅうしょく中の方や新たにしょくぎょうこうとしている方をたいしょうに、じっさいげんそくせんりょくとなるしきじゅつしゅうとくできるしょくぎょう訓練プログラムをていきょうしている「東京都しょくぎょうのうりょく開発センター」や都立の工業高校において、じっさいの左官工事のようにかべる体験ができるインターンシップや出前こうを行いました。また、入社した後も「しょうわざぬすんで覚える」じゅうらいの教育方法ではなく、新人社員がげんに出て働く前に、社内にある練習用のかべを使ってベテランしょくにんどうを受けられるたいせいを整えるなど、安心して働けるかんきょうづくりに努めています。
2025年9月には左官のうきそう「全国左官きょう大会」にわかしょくにんが参加し、見事、全国3位をかくとくしました。このようにわかが成長していく姿すがたを見ると、とてもうれしく、「自分もがんろう」と思えます。今後も、後に続く世代のために社員と同じ目線に立って、次世代に何を残していけるかを考えていきたいです。

しょくにんたちのなかを見て成長した

職人たちの背中を見て成長した

わたしおさないころから、父と共に働く左官しょくにんたちとしんしょくを共にしてきました。10人以上のしょくにんたちと共同生活をしていたんです。父親が仕事でしゅっちょうに行っているときや、母親がしょくにんたちの食事を用意するなどの家事でいそがしくしている間は、周りにいたしょくにんたちがわたしめんどうを見てくれていました。小学校から帰ってきたら、しょくにんいっしょに遊んでくれたり、せんとうに連れて行ってくれたりしたのを覚えています。しょくにんたち一人一人からいろいろな話を聞かせてもらったけいけんがあったからこそ、「しょくにんは単なる労働力ではなく、一人一人、大切にしなくてはならないそんざいだ」と早くに知ることができたのだと感じています。
また、げんしたしんでいたこともあり、高校生のころにはすでに左官しょくにんとしてアルバイトをしていました。しかし、はんこつせいしんが強くけずぎらいなせいかくだったことから、わたしせんぱいに歯向かうようなたいばかり取っていました。そんなじょうきょうの中、わたしの行動を見かねたしょくにんに、「せんぱいうし姿すがたを見て学べ!」としかられたことがありました。ハッとしたわたしは、これをきっかけに、せんぱいしょくにんたちの行動を注意深く観察するようになったのです。そうしてせんぱいうし姿すがたを見ていると、みんなをまとめるリーダー的そんざいしょくにんだけではなく、えんしたの力持ちとして他の人たちをささえるしょくにんそんざいも同じくらい大切だと感じるようになっていきました。そうやって前にいる人のなかを見て勉強できたからこそ、今の自分があるのではないかと思います。

外に出てたくさんの人と出会ってほしい

外に出てたくさんの人と出会ってほしい

みなさんには日ごろから行動するしゅうかんを身につけるために、小学生、中学生のうちにたくさん遊んでほしいと思います。外に出ていろいろな人と出会ってください。高校生になって、もしアルバイトがきょされている学校だったら、アルバイトをしてたくさんの大人に出会って、いろいろなものを見てみるのもいいでしょう。さまざまなけいけんをする中で、自分がどのような大人になりたいのか、答えを見つけていってほしいと思います。
わたしも、毎日せんぱいこうはいからげきを受けていて、50さいえた今でも成長中です。これからも会社の仲間たちとせったくしながら、後に続く人のためにいちがんとなってがんりたいと思います。みなさんも日々、成長していってください。

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渋沢 栄一
「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一による本です。「道徳を無視して利益だけを追い求めてはいけない」という、渋沢栄一の「商い」に対する理念が書かれています。1916年(大正5年)に発刊された古い本ですが、現代の経営に通じる考え方もあるので、いつでも読めるように私は机の上に開いて置いてあります。一生かけて勉強する価値のある、とても奥が深い本です。

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取材・原稿作成:八木 さらり(Playce)・棚橋 千秋(Playce)・東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫