※このページに書いてある内容は取材日(2017年07月13日)時点のものです
全国の書店に,文庫の配本をする
私が勤務しているトーハンという会社は,出版社と書店と読者を結ぶ出版総合商社です。「出版総合商社」と聞いても,なかなかピンと来ないかもしれませんが,出版社から本を仕入れ,それを書店ごとに仕分け,届けることが私たちの仕事です。その中でも私は文庫を担当しています。
私の主な仕事は大きく分けて2つあります。1つ目は配本という仕事で,出版社から仕入れた本を書店に送るとき,どの書店に何部ずつ送るのかを決めています。2つ目は書店の店頭で行うフェアを企画する仕事です。フェアに合わせて本を選定して,パネルなどを作って,店頭が華やかになるような企画を考えます。フェアは,なかなか良さに気づいてもらえない本などをより多くの人に知ってもらったり,普段別々の売場で売られている本をあるテーマに従って取り揃えることで,本の新しい見方を提案したりするために開催するものです。とてもいい本なのに売れていないものがあれば,カバーを変えてみることを提案するなど,本が売れるように工夫することが目的です。
文庫は一冊の価格が手頃な分,売れる量も配本の量も多いです。映画やドラマ化などのタイミングで文庫化されることが多いので,テレビや新聞などのメディア情報を常にチェックするよう意識しています。
配本は過去のデータから見極める
書店への配本は,本の内容や地域,書店の規模によって冊数を決めます。例えば,北海道について書かれた本は,北海道の書店の方がより多く売れます。また,小学校が近くにある書店だったら小学生向けの児童書を多く置く必要があります。このように,本や書店の特徴を踏まえて,この本だったらどこにあるのが一番売れるのだろうと考えながら,数を決めていきます。そのために,過去に似たような本がどれくらい売れたか,データを元に割り振っていきます。しかし,トラベルミステリー作家の西村京太郎さんの本だったら,タイトルに駅名が入っているのとないのでは売れ行きが違い,データだけではわからない本の知識が必要なこともあります。そのようなときは,出版社や全国の営業担当者に話を聞いて,配本を進めていくこともあります。
毎日午後に配本の締め切りがありますので,8時半に出社して締め切りまではデスクで配本の仕事をしています。締め切り以降は出版社と打ち合わせをして,新刊や売れている本の情報を収集し,ドラマや映画の原作の情報を共有することもあります。打ち合わせがないときは,資料作成をしたり,翌日の配本の準備をしたり,新しい企画を考えたりしています。
配本はさまざまなことを「調整」する仕事
配本の仕事は別名で「調整」と呼ばれることがあります。出版社と書店だけでなく,社内においても調整の役割を担っています。見えないところで,いろいろな部署間の調整をしなければならないのは,本当に大変です。フェアの開催が決まると,ポップと呼ばれる,店頭で商品の内容をアピールする紙でできた広告の内容について出版社と打ち合わせをしたり,社内の営業担当に全国の書店に向けてフェアの案内をお願いしたり,フェアの時期によっては輸送量を調整したり,ポップのサイズが輸送に向いているのかチェックしたり,フェアにかかわること全てを調整する仕事なのです。多くの人の希望や都合が合わないと,その調整はさらに大変です。そのため,日頃からいろいろな人とコミュニケーションをとっておくことが求められる仕事だと思います。また,私のミスが全国の書店に迷惑をかけることにつながりますので,常に責任とプレッシャーを感じています。今も先輩たちに教えてもらいながら,慎重に仕事を進めています。
全国の書店と大好きな本をフェアで共有できる
昨年,初めて私が主導してフェアを企画させてもらう機会がありました。それも私の大好きな作家の「原田マハ」さんの作品を集めたフェアです。早速デザイナーさんにイラストを書いてもらい,ポップ作りから始めました。多くの人とスケジュールを調整するなど,大変なこともたくさんあったのですが,その分印象深い経験になりました。作家さんのフェアの場合,いろいろな出版社の書籍を置かせてもらう必要がありますので,各出版社を訪問するなど,同僚にも交渉を協力してもらいながら実現しました。
このように全国の書店でいろいろなフェアをやってもらえるのは,仕事の魅力のひとつだと思っています。それこそ旅先で寄った書店で,私が手がけたフェアを見かけますと,遠く離れた場所でも,私の企画を店頭で展開していただいているのだと感動してしまいます。フェアは基本的にはある程度の期間を決めてやるものなのですが,期間が過ぎても原田マハフェアをやっていたという同僚からの報告を聞いて,いいフェアが作れたのだとうれしかったです。また,商品やパネル,ポップを並べるという手間を掛けて多くの書店がフェアを展開してくれたということを本当にありがたく思いました。
1冊の本には,さまざまな人の思いが詰まっている
私は入社して今年で3年目になるのですが,最初に配属された今の部署で,指導担当の先輩に言われた言葉が今も忘れられません。私たちの仕事は,基本的にはデスクワークで,画面に配本の数を入力するのですが,その何げなく入力している「1」は,さまざまな人の思いが詰まった「1冊」なのだということは絶対に忘れてはいけないと言われました。確かに,それは本を書いた作家さんや出版社で本を作っている編集者の思いが詰まっている「1」です。書店でも1冊の本の売り上げはわずかなものですが,本を探している読者が来て,そのときにその1冊を用意できるかできないかで,書店自体の信頼にも関わります。何となく「1」と打ってしまいがちですが,その1冊をどこに送るのか,きちんと考えて決めなければいけないというのは常に考えています。
本のおもしろさを多くの人に伝える架け橋に
昔から本が好きだったというのがこの仕事を選んだ理由です。就職活動をするとき,本に関係のある仕事に就きたいと,いろいろ探しました。最初は本といえば出版社だと思い,出版社を受けていたのですが,面接でどんな本を作りたいのかと聞かれるたびに,何か違うと感じてしまい,私は本が作りたいわけではないと気づきました。どちらかというと,作られた本がすごく好きで,その本のよさをいろいろな人に知ってほしいという思いが強かったのです。それなら出版社よりも,トーハンのような出版総合商社に入社して,たくさんの本を扱える方が本の楽しさを伝えられるのかなと思いました。
最近では,本を読む人が減っているとよく言われています。実際に私もスマートフォンに気を取られて本を読めないときがあります。しかし,本を読むと,インターネットで検索するだけではわからない深い知識や思いがけない情報を得ることができます。特に小説を読むと,実際には体験できないことに自分を重ねることで,想像力を養うことができます。ふだん本を読んでいない人にも,本のおもしろさをうまく伝えるような架け橋になれたらと思っています。
演劇部で学んだこと
最近は仕事が忙しくて本を読むことが減っているのですが,子どもの頃は今よりずっとたくさん本を読んでいました。今もあのくらい本を読めたらいいなと思います。特に夏休みは月に50冊くらい児童書を読んでいたほどの読書家でした。また,本を読むだけでなく,文章を書くことも好きでした。作文をほめられて,文章を書いてほめられるのが楽しくて,小学生の頃の夢は小説家だったぐらいです。中学・高校時代は,書いた文章をみんなに読んでもらいたくて演劇部に入り,脚本を編集していました。演劇の脚本を書いて,練習するのは本当に楽しかったです。演劇部でいろいろな人と一緒に一つのお芝居を作ったことは,今の仕事に生きていると感じます。配本の仕事は1人ではできません。周りの人からアイデアをもらって,それを仕事に落とし込んでいくことは,演劇部の経験が役立っています。
それぞれの得意分野を持ち寄ることで,大きな仕事ができる
私は今まで,好きなことばかりやってきましたので,みなさんにも好きなことや得意なことを追い求めてほしいと思います。また,他の人も好きなことや得意なことができるよう,他の人の好きなことも同じように認めていってください。人間は一人では生きてはいけません。仕事においても,一人で完ぺきにこなすことは不可能です。いろいろな人が得意なことを持ち寄ることで,より大きな仕事ができるのです。他の人のアイデアや能力をうらやましいと思うこともありますが,自分にしかできないことと,他の人にしかできないことを合わせて,大きなことができるようになります。だからこそ,自分の好きなことを伸ばしていってほしいです。
例えば私の会社には,本に詳しい人やいろいろな書店を回るのが好きな人もいて,さまざまな経験からアドバイスやアイデアをくれます。仕事に限らず,さまざまな場面で,視点の違いや好きなことの違いを生かすことが大切だと思います。