※このページに書いてある内容は取材日(2026年07月06日)時点のものです
ITを使い、地域の課題を解決する
私は今、東京電機大学で大学教授として勤務しながら、「エクスポリス」という会社を経営しています。エクスポリスはIT(情報技術)を使い、それぞれの地域の特徴に合わせた課題解決を行う会社です。例えば2023年に公開された「データプラットフォームくれ」は、広島県呉市からの依頼で、データ活用による地域課題解決の促進を目指し、開発したポータルサイトです。呉市が持っている行政・地域データをより使いやすい形で公開・提供することで、住民の方や民間企業の方がそれらのデータを活用し、新しいサービスやアイデアを開発できるようになることを目的としています。また、香川県高松市では高松市中心部の駐車場の利用状況がリアルタイムで可視化される「どこ駐車ナビ高松」というシステムを提供しました。
このように、依頼主は基本的には自治体が中心ですが、地域課題解決に取り組む企業と連携することもあります。
大学教員としての勤務とエクスポリスの仕事とを両立
大学教員としては、午前9時ごろに大学に出勤し、授業を行っています。私自身の専門分野は「スマートシティ」(ITなど先端的な技術を生かした街づくり)で、授業ではネットワークの基礎を教えたり、実験を担当したりしています。授業の準備や学生の指導もあるので、かなり忙しい状況です。エクスポリスの仕事は、大学の仕事が終わった後に対応しています。また、研究室に所属していた方で、副業としてエクスポリスの業務に関わってくれる人もいます。
エクスポリスの仕事の基本的な流れは、自治体の方からご依頼をいただき、抱えている問題に対して私たちがいろいろな方策をご提案し、システムやWebサイトなどが必要な場合はそれを制作し、納品する、という流れです。地方在住の方々とのお仕事が多いので、打ち合わせはオンラインが中心ですが、現地に行くこともあります。依頼は時期を問わずありますが、自治体の予算サイクルの関係もあり、4〜9月はご提案、実際に納品するのは3月、というサイクルのものが多いです。
地域の課題解決にあたっては、地域をよく知ることが必要
地方の自治体とのお仕事が多いのですが、何かあったときにすぐに駆け付けられないという大変さはあります。コロナ禍以降、オンラインでの打ち合わせが多くなったことで、相手の表情から困りごとを読み取ることが難しくなったように感じています。オンラインミーティングでは、会話の中から生まれる困りごとや不満を細かく吸い上げることが難しいのが現状で、こちらからのご提案や発想も、どうしても限られてしまうような気がします。
また、地域の抱えている問題を解決するには、その地域に合った形で解決をすることが必要です。しかし、実際に現場に行って見てみないとわからないこと、気づくことができないことも多くあり、インターネットからは得られない情報を、現地で得ることの重要さを感じています。例えば、課題解決のために、センサーからネットワーク経由でデータをやり取りすることができる「IoTデバイス」を使うことがあります。雪が降る地域では、そういったデバイスを屋外に設置することは難しくなります。しかし、同じ県内でも雪があまり降らない地域があり、そういう場所では使用できます。地域に合わせた課題解決のためには、その地域をよく知ることが大事だなと実感しています。
「生まれた場所に住み続ける」という選択肢を増やしたい
私たちの会社のミッションとしては「地域課題解決」と「社会貢献」が根幹にあります。若い人たちが今後暮らしていく中で「ここに生まれてきてよかった」と思えるような環境づくりを支援したいと考えています。そのためには、それぞれの地域が持っているよいところを生かして、きちんと事業として利益を出せる、持続的な産業をつくることが重要です。
以前、研究で長野県北安曇郡小谷村と関わらせていただいたことがあります。小谷村はとても美しい自然がある場所ですが、人口は2700人ほどで、村には高校がありません。そのため、子どもたちは成長すると進学のために村を離れることとなります。小学校のアンケートでは「この村でずっと暮らしていきたい」と書く子どもが多いのですが、保護者の方は「ここに残ってほしいけれど、進学先や仕事も限られているので、別の地域に行ってほしい」と考える人も多いようです。村に産業や働く場所の選択肢があれば、この場所でずっと住み続けることができますよね。生まれ育った環境でずっと働くことができる仕組みを作りたい、と考えるようになりました。
今、私たちの会社ではいろいろな地方の自治体や企業の方にシステムを提供し、その後の保守やメンテナンスも続けています。ただ、実際に手を動かしているメンバーは全国に散らばっていて、その地域に住んでいる人とは限りません。ですので、将来的には会社内でチームをつくり、現地で働きたいという方を私たちで雇用して、保守やメンテナンスを行ってもらう、というような形を進めていきたいと考えています。
地元の方が活用し、喜んでくれるのが何よりの喜び
どんなに大変な仕事でも、私たちが納品したシステムで実際に地域の方が「便利になった」と言ってくださる声を聞くと、とてもうれしいです。例えば高松市の事例では、駐車場の状況が可視化されるようなシステムがなかったため、以前はいざ駐車場に行っても満車で利用できないということが多かったようです。しかしシステムの稼働後は、離れていても利用状況がアプリでどこからでも見られるようになり、予定が立てやすくなったと地域住民の方からお聞きしました。多くの関係者の方がいらっしゃるプロジェクトで、連携することが大変なこともありましたが、やってよかったと心から思いました。
また呉市の場合は、2025年12月から2026年2月にかけて、データを使ったアプリコンテストを開催した際、地元の高等専門学校の学生が、提供しているデータに加えて自分たちで現地でフィールドワークも行って、観光アプリを提案してくれました。そのときは、あまりにも感動して泣いてしまいました。若い方がデータやAIを使って地域課題を解決してくれる姿を見て、エクスポリスの願いが実現される瞬間を見ることができた、そんな思いでした。
玩具メーカー勤務から研究者の道へ
大学では「総合メディアデザイン」という、プログラムなども含めて幅広く学ぶコースを専攻しました。私が学生時代にインターネットが急速に広まり始めたのですが、とにかく私にとっては面白く、そして衝撃的なものでした。
卒業後は大手玩具メーカーに就職し、ゲーム機メーカーのデバイスとカードゲームのデータをネットワーク上でやり取りする、というプロジェクトに関わっていました。とてもやりがいがあり、大規模なプロジェクトだったのですが、のめり込みすぎて体調を崩してしまいました。当時、MBAや修士号を取得したいという思いがあったので、退職して慶應義塾大学大学院のメディアデザイン研究科に進学し、海外の研究所への在籍を経て、博士号を取得し、東京電機大学に勤めることとなりました。実は「エクスポリス」という会社自体は、ゼミの活動で地域課題の解決を行う中で、私の教え子だった学生が起業したものです。その後、その学生から私が引き継ぐ形で、経営を続けています。
インターネットから生成AIへ
今暮らしている場所は、いずれ宝物になる
私は「やりたいことが、生まれた地域によって限定されてしまう」ということが少なくなればいい、どこに生まれても「ここに生まれてよかった」と素直に思えるような社会をつくりたいと考えています。もしかしたら、今の環境に不満を持っている方もいるかもしれませんが、育った場所はいずれ宝物になります。私も静岡県下田市で育ち、知りたい情報へのアクセスの不便さを感じることもありました。ですが、豊かな自然の中での経験があったからこそ、地域の素晴らしさを理解し、それを残すための仕事に取り組めていると思っています。今、生成AIをはじめとした技術の進歩は目覚ましく、以前は解決できなかったさまざまな地域課題が、解決できるようになってきました。大変なこともあるかもしれませんが、一瞬一瞬を大切に過ごしていただきたいです。







