※このページに書いてある内容は取材日(2018年10月30日)時点のものです
建物の内外をデザインする
私は株式会社竹中工務店の設計部で,設計士の仕事をしています。私が担当しているのは,設計の中でも「意匠デザイン」という分野で,建物を建てたい人や会社から,用途や規模の要望を聞きながら,建物の内外をデザインしていく仕事です。これまでに,12階建ての商業ビルや,オフィスビルの上階部分に作られた,400人が泊まれる宿泊施設などを手がけてきました。
設計という仕事は大きく3つに分かれています。建物の“骨格”を決める「構造デザイナー」は,どこに柱や壁を作り,どんな素材を使えば,作りたい大きさや形で,地震にも耐えられる強度を持った建物を実現できるかを計算していきます。建物の大枠のデザインや表面の部分を作っていくのは私たち「意匠デザイナー」。そして建物内部の空調・電気・給排水などの計画をするのが「設備デザイナー」です。
私たち意匠デザイナーは,発注者が求めるデザインや用途,使いやすさを考え,構造・設備のデザイナーと相談しながら設計をしていきます。敷地をどう使い,どういう建物を建てるかを発注者と最初に相談して決めるのは私たち意匠デザイナーの仕事です。そしてある程度の大枠が決まったら構造デザイナー,設備デザイナーと一緒に設計していく,という流れになります。
建物の用途により,求められるデザインはさまざま
1日のうち2~3時間は構造デザイナーや設備デザイナー,外部の業者さんなどと打ち合わせをし,その他はデザインを検討する時間です。どんな建物にするか,スケッチを描いたり,図面を描いたり,CGで3Dのモデルを作ったりもします。3Dプリンターなどを使って実際に模型を作ることもありますが,最終的には図面の形にしていきます。
図面ができて準備が済み,建設が始まると,作業をしている職人さんからは,図面ではよくわからない部分についての質問が出てきます。そのため,私が建設現場に行って,その疑問を聞いて説明したり,よりわかりやすくなるよう,詳細部分のスケッチを描いたり,時には図面を修正することもあります。建物の規模にもよりますが,ビルや建物を初めから建てる場合は,計画から完成まで3年以上かかることも多くあります。私が初めて手がけたビルは,完成まで5年かかりました。
建物をどんなデザインにするかは,用途によって大きく変わってきます。例えばオフィスとして貸し出すビルでは,いろいろなお客さまがその空間を使うことになるので,誰もが使いやすく,柔軟に使えるようなデザインを心がけます。一方,発注者が直接,経営するビルの場合は,「どういう目的で建てるのか,どんな人が使うのか」を聞き,建物全体をどんなイメージにするか,コンセプトから一緒に考えていくこともあります。デザインのために,そのとき手がけている建物と同じような目的の建物を見に行ってみることもありますよ。
自分の設計した建物が使われる喜び
発注者と,デザイナーである自分の価値観が一致し,本当にお互いが「よいもの」だと思える案にたどり着いたときはうれしいです。逆に,いいアイデアが浮かばないときはつらいですね。竹中工務店では,設計者1人につき2つのプロジェクトを担当することになっています。だから,1つのプロジェクトでいい案が浮かばないときは,別のプロジェクトのことを考えてみたりすると,気分転換にもなりますし,意外とアイデアが浮かんでくることもあります。
建物が完成した瞬間はもちろんうれしいのですが,設計者としては「完成したあと,ユーザーがどう使ってくれるか」が心配になります。だから,オープンして最初に「人がそのビルを使い始める瞬間」を見ると,何よりも幸せな気分になります。自分の手がけたビルは,使われ出してからもたまに見に行くこともあります。夜,近くを歩いていて,自分が手がけた建物に明かりがともっているのを見ると感無量です。建物は長く使われていくものですから,1年を通して,季節が移り変わるたびに見に行ってみたりもしています。
ときには意見がぶつかることも
ときには,構造デザイナーや設備デザイナーなど,同じチームのメンバーと意見がぶつかることもあります。例えば,デザイン的にはここに柱を作りたくないけれど,構造上は必要,といった場合があるんです。そういうときは,じゃあ他の方法ではできないのか,自分はなぜ「ここに柱を作りたくない」と思うのか,コミュニケーションをとりながら,チームメンバーと考えを共有していく作業が必要になります。忘れてはいけないのは,「自分たちが作りたい」だけではなく,お客さまにとっても「よいもの」を突き詰めていくことです。そのための試行錯誤は大変ですが,だからこそ完成したときの感慨は大きいです。
若手のころはわからないことだらけでした。入社して最初に担当した仕事が,床面積が1万平方メートル以上もある大きな宿泊施設で,そこの設計を1人で任されたときは特に大変でした。大学で設計は学びましたが,実際にどう仕事を進めていけばいいのか,どうやったらスムーズに仕事をこなせるのか,そういったことは,実際に働いてみないとわかりませんでした。わからないことはとにかく先輩たちに教えてもらいながら,なんとか乗り越えました。大変でしたが,この経験で成長できた部分は大きいです。
自分の思いを表現しつつ,独りよがりにならないように
「どんな建物にするか」を考えるときには,周辺の環境がヒントになることが多いです。例えば建物が密集している街なかの建築では,周りにどんな建物があるのか,どちらに窓を向けたら快適か,などを考えます。逆に自然が豊かな場所に建てる場合は,景色がいいほうに窓が向くように設計したりもします。もちろん,法律上の制約があることもありますし,発注者からの要望もあるので,そういうさまざまな条件を組み合わせてアイデアを考えていきます。
「誰にでも作れるもの」ではない建物を作りたい,という設計者としての思いはありますが,それが独りよがりであってはいけません。時として,自分の案への思い入れが強すぎて,周りが見えなくなりそうになることもありますが,独りよがりや説明不足にならないように,いつも気を付けています。発注者の要望はもちろん叶えつつ,「自分の思い」も大切にして,最終的には,発注者も,自分自身も含めて,“チーム”で作り上げたものになるようにしたいんです。
先生のひと言がきっかけで選んだ建築の道
高校生のときはアートや絵を描くことが好きで,数学も物理も得意でした。最初は漠然と「アーティストになりたい」と思っていましたが,じゃあ油絵なのかグラフィックなのか,進路として考えると特にピンとくるものがありませんでした。そんな中,先生から「建築なんていいんじゃない?」と薦められ,興味を持ったんです。
大学は理工学部の建築学科に進学しました。大学では構造,設備,意匠と幅広く学ぶんですが,授業での課題をこなしたり,大学院時代には設計のコンペ(応募してデザインの優劣を競う)に参加したりする中で,自分は建物の造形を考えたり,どんな建物にするかというアイデアを発想することが得意だということに気づきました。そこから意匠設計に面白さを感じ,また,仕事の中で学びながら,生涯続けていける職業だとも思い,意匠デザイナーの道を選びました。
今の会社を志望した理由には,海外に支店があり,海外での仕事も経験できるかもしれないということもありました。実際に,2014年から2年弱,シンガポールでの勤務を経験しました。オフィスや飲食施設の内装などの仕事がメインでしたが,壁紙や布地など日本では見かけない模様のものがあったりして面白く,湿度が高いので住宅の床はタイル張りにするなど,地域の気候に合わせた設計も必要でした。最初のころは言葉の壁もありましたし,現地の職人さんたちから疑問が出たときは,「こういうふうにしてほしい」と詳しい図を描いて渡すこともしょっちゅうでした。そんなこともありましたが,いい現地スタッフのサポートにも恵まれて,楽しく仕事をすることができました。大変ではありましたが,日本を離れて仕事をする中で人間として成長できたと思います。日本にいたときはとてもせっかちだったのですが,暖かい国の人たちの寛容な性格や考えが,実は自分にはとても合っていました。
子どものころに写真で見たガウディ建築が今へ繋がる
小さいころは,のんびりした子どもでした。勉強は得意でしたが運動は苦手,でも手先が器用で,図工は大好きでした。何もない田舎で育ったのですが,放課後に家までまっすぐ帰ることが嫌いで,いつも寄り道をしていましたね。民家の間の変なすき間とか,“変なもの”を見るとどうしても行って確かめたくなってしまう子どもでした。路地に入りこんだり,神社の縁の下を通ってみたり。帰りが遅くなって,よく親に怒られていました。
10歳くらいのころ,家にあった本でスペインの建築家・ガウディが設計した「サグラダ・ファミリア」という,スペインのバルセロナにある教会の写真を見たんです。その見たことのないデザインに,子どもながら呆然とした記憶がはっきりとあります。高校生のとき,先生に建築の道を薦められて思い浮かんだのは,あのときの体験でした。ああ,そういえば建物が好きだったな,じゃあ建築を志してみよう,そう決意したんです。
その本は今でもずっと持っていて,事あるごとにページを開いています。大学生のときにスペインに行き,実際にその教会を見たときは,憧れの芸能人に対面したファンのように,思わず泣いてしまいました。
自分と向き合って努力すれば,不安は減っていく
自分が中学生だったころ,いまの自分は全く想像できていませんでした。高校生のときはまだ何も決められておらず,大学に入ってやっと「建築」という道を見つけることができました。でも,好きなことに打ちこんでいたものの,自信がなかったり不安になったりすることはしょっちゅうでした。そんなときは友だちに相談したり,悩んだり……。そうこうする中で,うまく自分と向き合えるようになっていったように思います。自分に向き合った時間が長いほど,不安が少なくなっていった気がします。その繰り返しの中で,少しずつ強くなっていったんでしょうね。だから,今不安を抱えている人にも,その時間は必要なものだし,時間はかかるかもしれないけれど,努力していけばいつか不安はなくなるよ,ということを伝えたいです。
人生,自分を使い切って私は生きたいし,そうしたいと思う人に共感します。好きな道が見つかったら,全力で,まっすぐに努力してみてください。