仕事人

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東京都に関連のある仕事人
1982年 生まれ 出身地 東京都
小勝おがつ 康平こうへい
子供の頃の夢: 冒険家
クラブ活動(中学校): バスケットボール部
仕事内容
花火をせいぞうし,打ち上げのこうせいを考えて,本番で打ち上げる。
自己紹介
つねにポジティブでいようと心がけています。休日はしょうを指すか,りやバーベキューなどのアウトドア活動で気分てんかんをしています。

※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月18日)時点のものです

花火のせいぞうから打ち上げまで

花火の製造から打ち上げまで

わたしはなです。時代から続く「まるたまがつえんてん」で働いています。わたしの父が代表とりしまりやくで,わたしとりしまりやくつとめています。じゅうぎょういん数は約30名,花火業界では大手の部類に入ります。
国内外でかいさいされる花火大会のために,花火工場で花火をせいぞうし,打ち上げのこうせいを考え,会場での打ち上げを行います。はなにはせいぞうや打ち上げだけをせんもんにする人もいますが,わたしはすべてのこうていたずさわっています。最近では,しゅさいしゃと打ち合わせをしたり,打ち上げのこうせいを考えたりする仕事のわりあいが大きくなっています。
かつて花火は夏の風物詩でしたが,いまや花火大会は季節を問わず,一年中,かいさいされています。全国でかいさいされるさまざまな花火大会のスケジュールに合わせ,本番の日に間に合うよう,しゅさいしゃとの打ち合わせや花火のせいぞうを行います。花火のせいぞうには何か月もかかるため,たっぷりとじゅん期間を取るようにしています。
すみがわ花火大会」など自治体がかいさいする花火大会のほかにも,遊園地や野外コンサート,学校の文化祭など,いろいろな場所で花火を打ち上げています。それぞれのイベントがかいさいされるにっていに合わせ,いつまでに,どのような種類の花火が,どれくらい必要かをして,計画的に花火をせいぞうしています。花火はけんぶつですから,ほうりつで定められたこうぞうの火薬庫にちょぞうしなければならず,またちょぞうりょうじょうげんも決められています。大量に作ってかんしておくことができないため,山梨県と茨城県にある当社の花火工場では,一年を通して花火をせいぞうしています。

大変な手間と高いじゅつで作られる花火

大変な手間と高い技術で作られる花火

花火はすべて,でんとうてきせいほうによってせいぞうしています。野球のボールくらいの小さなサイズから,大人が両手でかかえないと持てないほどの大きなサイズまで,いろいろな大きさの花火玉があります。「しゃくだま」とばれる大きい花火玉の場合,玉の直径は約30センチ(=1しゃく。「しゃく」は昔の長さの単位),重さは8.5キロもあり,開いたときの直径が300メートル以上にもなります。
玉の中には,花火玉をばくはつさせるための「わりわりやく)」と,夜空にかがやく光となる「星」の,2種の火薬がぎっしりとまれています。花火のせいぞうでとくにむずかしいのが,後者の「星」を作る作業です。「星け機」とばれる回転するかまで,配合した火薬を少しずつまぶして球形にしていくのですが,1日にほんのわずか,0.03〜0.05ミリずつ大きくしていくのです。天日でかんそうさせたら,またかまに入れて火薬をまぶすということをかえし,数か月かけてようやくビー玉ほどの大きさに仕上げます。
一つ一つの星がせいかくに真ん丸な球形でないと,花火が開いたときにきれいな球形になりません。真ん丸の星を,大きさをそろえて大量に作るためには高いじゅつが必要とされますが,だからこそせいぞうこうていにおいていちばんおもしろいところでもあります。しんちょうに作業をかえすことで,日ごとに星が大きくなっていくのを見るのが楽しいのです。
さらに,真ん丸の星ができたとしても,それを玉にむとき,せいかくえんじょうならべないと台無しになってしまいます。玉の中にならべた星が数ミリずれると,上空で開いたときに何メートルものずれが生じるのです。
こうしたせいぞうこうていには多くのしょくにんたずさわっています。大変な手間と高いじゅつによって,花火は作られています。

打ち上げ会場に1万本のつつをセットする

打ち上げ会場に1万本の筒をセットする

打ち上げる花火の数は,イベントのによってまちまちです。たとえば東京の「すみがわ花火大会」の場合,当社だけで大小合わせて1万発の花火を打ち上げます。花火を打ち上げるためのつつには,つうじょう,1発の花火玉しかセットできません。つまり1万発を打ち上げる大会では,1万本のつつが必要になります。
前日,または当日の朝にげんへ入り,ならべたつつに花火玉をめます。げんざいでは,点火はコンピューターせいぎょで,はなれた場所から行うので,そのための配線をして,機器をセッティングします。野外での作業なので,夏の暑さや冬の寒さにもえなければなりません。とても体力のいる仕事です。
そうして苦労してセッティングしても,雨がると花火大会がえんになってしまうこともあります。つつには雨よけのカバーがかけてあるので雨がっても問題ないのですが,1週間以上もびると,会場の都合によっては一度,かたけてしまわなければなりません。また,大会がえんではなく中止になると,せっかく作った花火玉がになってしまうこともあります。はなとしては,つらいところです。
なお,雨がっていても花火は開きますが,実は強風には弱いのです。風が強くくとが思わぬ方向に流れ,お客さんの安全をたもてなくなるからです。とはいえ,まったくの無風ではけむりが上空にたまってしまい,花火が見づらくなってしまいます。花火は,風速3メートルくらいの晴れた日に,風上から見るのがおすすめです。

海外のイベントでも花火を打ち上げる

海外のイベントでも花火を打ち上げる

本番中は上空を見上げることなく,打ち上げを管理するパソコンやつつに目を光らせています。花火のえは,お客さんのかんせいでわかります。そして,がなく,本番を無事に終えられたときは「ああ,よかった」とほっとします。花火のえよりも,安全が第一だと考えているからです。わたしの考えるいい花火とは,“安全な花火”です。どんなに美しく開いても,どこかにけんようがあれば,それはいい花火とは言えません。
これまでに,国内の主要な花火大会だけでなく,ヨーロッパやアジアなどのさまざまな国々で花火を打ち上げてきました。海外で打ち上げる場合,花火玉やつつは何日もかけてコンテナ船でそうします。予定通りにとどくかどうかを心配したり,言葉が通じない中でげんのスタッフとじゅんしたり,海外ならではの苦労も多くあります。2019年末,シンガポールでかいさいされたとししのカウントダウンイベントは,2万発を打ち上げるだいなプロジェクトでした。それだけに,無事に終えられたときのあんと達成感はとりわけわすれがたいものでした。

パソコンを使って打ち上げを組み立てる

パソコンを使って打ち上げを組み立てる

花火大会によって,打ち上げのないようはさまざまです。せいぞうや打ち上げにせんねんするはなも多いのですが,わたしは,あたえられた時間内に,どんな種類の花火を,どれくらい打ち上げるのかという,打ち上げのこうせいえんしゅつを考える仕事を多く手がけています。
音楽に合わせて花火を打ち上げることもよくあり,そうした場合は曲を何十回も聞いて「この音のタイミングでこの花火が開くようにしよう」などとふうをこらしています。こうした打ち上げのプログラムは,パソコンのせんようソフトを使って作成しています。お客さんによろこんでもらうためにどうすればよいのかとなやむことも多いですが,はなとしてとても楽しい作業でもあります。
心がけているのは,まず自分自身が楽しめる花火にすることです。自分が「楽しい」「きれい」と思える花火を作ることで,お客さんも同じように「楽しい」「きれい」と感じてくれるのではないかと考えています。
毎年,秋田県だいせんおおまがりかいさいされる「全国花火きょう大会『おおまがりの花火』」など,花火のえをきそう国内外のさまざまな大会に出場し,これまでに多くのしょうをいただきました。高くひょうされると,これからもいい花火を作ろうと,毎回,気持ちがまります。

初めての打ち上げげんで見た花火に感動

初めての打ち上げ現場で見た花火に感動

わたしの家では,花火のせいぞうと打ち上げを家業としてきました。そうぎょう時代末期,げんざいの社長である父は4代目です。
高校生のころは,花火工場でつつあらうなど下働きのアルバイトをしていました。ほうりつで火薬をあつかうことがみとめられる18さいになったとき,初めて打ち上げのげんに連れて行ってもらいました。そのとき,ほぼ真下から,間近に見る花火のはくりょくと美しさに感動したのです。せんぱいはなたちからは「仕事中に花火を見ているんじゃない!」としかられましたが,どうしても見上げてしまうのです。「これはすごい,自分もはなになろう」と,その夜に決意しました。
正式に父の会社に入ったのは25さいのときです。最初の8年は茨城の工場できんしました。そうかたけから始まり,だんだんせいぞうこうていにも関わるようになりました。苦労して作った星が,かんそうのしかたに問題があってヒビれるなど,失敗もたくさんしました。
やがて打ち上げやえんしゅつしゅさいしゃとの打ち合わせにもたずさわるようになり,せいぞうから打ち上げまでのすべてのこうていの仕事を覚えることができました。とはいえ,花火の世界は本当におくが深く,とてもかなわないじゅつを持ったせんぱいが多くいます。この世界に入って13年目になりますが,いまだに一人前のはなになれたとは思っていません。

はなかこまれて育った

花火師に囲まれて育った

子どものころ,家業が花火だったとはいえ,ひんぱんに全国の花火大会に連れて行ってもらえたというわけではありません。また,家族のだれからも「はなになりなさい」とは言われませんでした。ただ,家にはつねはなさんたちが出入りしていました。
打ち上げを終えてもどってきた父やはなさんたちが,お酒を飲みながら楽しそうに話をする姿すがたをよく覚えています。子どもだったわたしに,仕事でおとずれた外国の話をよく聞かせてくれました。そのえいきょうもあって,海外へのあこがれをずっと持っていました。結果的に,はなになったことでそのゆめはかないました。フランス,イギリス,オランダ,ポルトガル,ベルギー,ブラジルなど,世界中の国々を仕事でおとずれることができたので,その意味でもはなになってよかったなと思っています。

自分らしさを大切にしよう

自分らしさを大切にしよう

みなさんにお伝えしたいのは,自分らしさを大切にしてほしいということです。だれにでも,自分の好きなこと,やってみたいことがあるはずです。そうした自分自身の考えを持っていることで,人生はゆたかになり,楽しくなるのです。ときには,どうしても人の考えに合わせないといけない場面もあるでしょう。けれどそうしたときも,自分の気持ちをなかったことにする必要はありません。どうか他人の目を気にすることなく,自分らしさや自分の考えをいつまでも大切に持ち続けてください。
多くの人によろこんでもらえ,かんしゃされるはなは,本当にいい仕事です。花火のように,一度に100万人のお客さんがライブで楽しめるコンテンツは,世の中にそう多くはありません。自分の作ったものでたくさんの人を感動させたいという人は,はなを目指してみてはいかがでしょう。

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小学校高学年のころに初めて読んで以来,何度も読み返しています。好きな武将は曹操です。『三国志』の世界観や登場人物の魅力は,人生で何度でも楽しめると思っています。

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取材・原稿作成:尾関 友詩(ユークラフト)・東京書籍株式会社