※このページに書いてある内容は取材日(2023年11月15日)時点のものです
個人や法人向けに、フレグランス商品を企画開発する
私はアロマスプレーや香水、ルームフレグランスなどフレグランス(香り)商品の企画開発をする、株式会社コードミーの代表取締役を務めています。当社で提供するフレグランス商品は、大きく分けると個人向けと法人向けの2つがあります。個人向けの商品は、「あなただけの香りを作ります」というコンセプトで、インターネットを通じて販売しています(2024年1月現在は販売停止中)。ウェブサイト上で、診断テストを受けてもらい、その結果をもとに3000パターン以上からそのお客さまのためだけの香りを調合し、お届けするサービスです。また選択制ですが、AI(人工知能)を活用し、お客さまのX(旧Twitter)の「つぶやき」200件分を解析し、そのデータをもとに調合することも可能です。
もうひとつ個人向けに行っているのが、芸能人やVチューバー(キャラクターを使った配信者)と一緒に香りを開発し、「推しの香り」をファンの方にお届けするサービスです。こちらも芸能人やVチューバーの発言をAIで分析したデータを、商品開発に活用しています。
法人向けには、香りで空間を演出する事業を行っています。例えば業務スペースを、作業する人の集中力を高める香りにしたり、企業の受付をその会社らしい香りで演出したりするサービスです。香りを嗅いだときに脳がどのように反応するのかを見る脳波分析に加え、病院と共同研究も実施しているため、科学的根拠がある、機能性が高い香りを提供することができます。音楽のライブや映画の試写会など、エンターテインメントの領域で活用いただくこともあります。これは香りによって、ライブなどをより一層忘れられない記憶にし、またフレグランス商品を購入することで、その記憶を持ち帰ってもらうことが狙いです。映画の試写会では特徴的なシーンに香りの演出を加えました。音楽のライブでは曲のイメージに合わせた香りをアーティストと一緒に開発し、香りの演出をするとともにフレグランス商品の販売もしました。
2000種類以上の香料の中から最適な組み合わせを選び、調香する
当社は、私を含め5名の少人数で運営しています。私の他にサイトの開発やAI関連業務を担当するITエンジニア、脳波研究などを行う基礎研究者、事業を拡大する営業や事務担当者が在籍しています。私の仕事は、お客さまのご要望に応える香りを調合することです。例えばホテルのオリジナルフレグランスを作りたいという相談があった場合は、まず、希望の香りのイメージや開発の進め方について打ち合わせを行います。その後、研究所で2000種類以上の香料の中からイメージに合う香りを選んで調合し、試作を繰り返します。調香(香りを作り出すために調合すること)する際には香料の種類や分量を記載した処方せんを作りますが、5種類の組み合わせで完成することもあれば、100種類の香料を組み合わせることもあり、パターンは無限にあります。お客さまの好みや目的に加え、世の中のトレンドに合うかを感性と経験値に基づいて判断し、完成品に仕上げていきます。そのため、マーケティング(市場調査)も大切な仕事です。商業施設などで香水やシャンプー、柔軟剤などを中心に調査するとともに、フレグランス以外の分野の売れ筋も把握することで、生活スタイルのトレンドをつかむことを心がけています。また、自社の活動や香りの魅力を多くの人に知ってもらうため、ラジオ番組や大学のシンポジウムなどに出ることもあります。
香りは人の記憶と感情にダイレクトに届くパワフルなツール
私が香料業界に出合ったのは就職活動のときでした。私は理学部出身で、大学院では理学研究室に所属し、世の中にない新しい分子を作るという研究をしていました。就職活動のときにも、自分にしか作れないものを作る職人になりたいと考えており、なおかつ、おしゃれでかっこいい仕事はないかと調べていたところ、香料業界を見つけました。私もそのときに初めて知ったのですが、フレグランス商品を販売する多くのメーカーは自社で香りを作っているわけではなく、香料会社が作った香料を仕入れて商品を開発しています。そこで、一瞬にして人の感情を揺さぶることもある「香り」を突き詰めてみたいと思ったのが、香料会社に就職したきっかけでした。
また、忘れられないのが入社後にたまたま目にしたテレビ番組です。その番組では、小さいころにお母さんを亡くした4歳ぐらいの男の子が押し入れからお母さんのセーターを出して「眠れない夜はお母さんのセーターの匂いを嗅いで寝ると元気が出る」とにっこり笑って話していました。嗅覚は五感の中でも特に人の記憶と感情にダイレクトに届きやすい感覚です。この番組を見て、実は香りはすごくパワフルなツールなのだと感じ、この領域でチャレンジしたいという思いがより一層、強まりました。
経営を学び、自分の強みを生かせる香りの分野で起業
香料会社には10年在籍し、さまざまな職種を経験しました。基礎研究職では、香料によってシャンプーなどが変色してしまうことを防ぐ方法を研究していました。もちろん調香師の経験もあります。調香する部署に入ると、最初は嗅覚を鍛えるトレーニングを行います。香りの評価を一日中すると、最初はとても疲れるのですが、毎日行うことで鍛えられ、香りの専門家としての能力が付いていきます。香料のうち500種類ぐらいは常に覚えておく必要があるため、自分の記憶と紐づけて覚えていきます。例えば「小学生のころに雨上がりの校庭で遊んでいたときの草の匂い」「おじいちゃんの家の押し入れの匂い」などとノートにメモしていくのです。また、「エバリエーター」という職種も経験しました。世の中のトレンドを把握して今後の予測を立てたうえで、お客さまの要望に応えられているかを評価し、調香師と二人三脚で香りを作り上げていく専門職です。ちなみに、調香師に国家資格はありません。調香師になる主な方法としては、香料会社で調香する部署に配属されるか、調香の専門学校で学ぶかの2つがあります。
入社後5年ぐらいたったころに憧れに近い感じでベンチャー起業家に興味が湧き、経営者の本を読んだり、起業家に会って話を聞いたりするようになりました。そうするうちに自分も世の中を変えていくような起業家になりたいと考えるようになったのです。しかし、これまで研究職を多く経験してきたため、経営については全くわかりません。そこで、仕事をしながら平日の夜や土日を利用して経営を学ぶ大学に通い、MBA(経営学修士。経営学の大学院修了学位)を取得しました。そして、自分の強みを生かして起業したいと考え、2017年にコードミーを立ち上げました。
「香りはあると素敵だけど、なくてもいいもの」という意識を変えていきたい
仕事をしていて大変だと感じるのは、限られた時間の中でお客さまのご要望に応える香りに仕上げることです。開発期間はプロジェクトによって異なり、2週間だったり2か月だったり、場合によっては1年以上のこともあります。脳波分析やAI分析の結果を活用して調香する場合は、調香するまでの準備に時間がかかることもあります。さらにスプレータイプやディフューザーなどの機器を使って空気中に香りを広げるタイプなどがあり、香りの出し方によっても評価方法が変わります。調香と評価を繰り返し、2、3回ほどお客さまに提案をして、お客さまも自分自身も納得できる香りに仕上げていくのです。
それから、「香りはあると素敵だけど、なくてもいいもの」という感覚がある中で、ビジネスチャンスをつかむことには難しさを感じています。実際にコロナ禍になったときには、みな外出しなくなり、全員がマスクを付けていたので、フレグランス業界の業績は落ちると言われていました。しかし、当社では発想を転換し、マスクを一日中快適に付けられるよう、マスク用のフレグランススプレーを販売したところ、ヒットしました。香りは「なくてもいいもの」ではなく、実用的に使うことができ、人々の生活に「なくてはならないもの」だという認識を広げていきたいと考えています。
やりがいは、香りの演出を喜んでくれる人がいること
仕事をする中で特にやりがいを感じたのは、音楽のライブを香りで演出したときに、会場のお客さまが「すごくいい香り」と喜んでくれたことです。香りは人の記憶や感情に直結するため、エンターテインメントの領域で活用いただくと、ライブイベントなどをより思い出に残る体験にすることができます。ライブ会場でフレグランス商品の販売をしたところ、購入した方から直接メッセージをいただいたこともあります。そこには、「今回のライブでの香りの演出は本当に素敵でした。今日は、仕事に行くのが憂うつだったのですが、この香りを嗅いだら元気になりました。本当にありがとうございました」と書かれていました。このメッセージをいただいたときは心からうれしかったです。すぐに一緒に担当したチームに共有して喜び合いました。
ワクワクすることを、自分たちが精一杯楽しむ
私たちの会社のこだわりは「ワクワクすることを、自分たちが精一杯楽しむこと」です。仕事は楽しくないと進みませんし、自分が会社を作るときには、楽しむことを大切にする会社にしたいと考えていました。また、フレグランスという素晴らしいものを扱う会社であるからこそ、自分たちのワクワク感や、心の底から楽しむ感覚を大事にしたいと思っています。そのため、仕事内容も「自分たちがワクワクするかどうか」を基準に決めています。例えば、体にあまり良くない商材に香りを付けてほしいといった依頼は、お断りしています。
今後は“サイエンス”と“アート”の両軸で事業を展開していきたいと考えています。“サイエンス”は、現在も行っているように、科学的なデータに基づいて香りの事業を行うことですが、今後は医療施設や介護現場などの課題を香りで解決していきたいです。消臭という消極的なアプローチではなく、心地よい香りで幸せな空間に変えていくようなことをしたいと思っています。“アート”の領域とは、人の記憶や感情に直接作用する香りの効果を使って、イベントなどの演出をすることです。よい香りにするだけでなく、香りによってポジティブに感じられるような空気も作り出し、それによってウェルビーイング(身体的・精神的・社会的にも良好な状態)な世の中を作っていくことを目指しています。
2023年10月からは、消臭・芳香剤、防虫剤、脱臭剤などを開発・販売し、「空気をかえよう」を企業理念とするエステー株式会社の子会社になりました。「一緒に世界の空気をかえよう」と声を掛けていただいたのです。エステーの社長とお話ししたところ、お互いの目指す将来像が一致していると感じました。エステーグループの技術を活用することで、できることの幅も広がります。また、今は考えていませんが、この先、事業を拡大する際にも力になってくれると思います。
1位にならないと気が済まない。負けず嫌いの努力家
小学生のころは、水泳やスキーなどの運動を頑張っていました。とても負けず嫌いだったので、水泳やスキーはもちろん、学校のマラソン大会でも1位にならないと納得できませんでした。そして、1位になるために、人一倍練習をする努力家でした。書道も習っていたのですが、小学校1年生のときに大会で2位になったことが悔しくて一晩中泣いていたこともありました。
中学・高校では勉強を頑張っていました。勉強でも1位にならないと気が済まなかったのです。自分の中ではゲーム感覚で、勉強という公平性の高い戦いの場でライバルと競い合うことに面白みを感じていました。親から「勉強しなさい」と言われてやるのではなく、自主的にやっていたせいか、勉強が苦ではありませんでした。中学や高校で勉強したことは、直接仕事に生かせる機会は少ないですが、振り返ってみると論理立てて説明する力を身に付ける訓練になっていたと感じています。また、学生のころに勉強に打ち込んだ経験が、社会人になってからも経営学を学ぶなど、常に学びを忘れない姿勢に繋がっていると思います。
自分の好きなことを夢中で楽しんでほしい
私がみなさんに伝えたいのは「自分の好きなことや興味のあることを見つけて、とにかく夢中で楽しんでほしい」ということです。それが今は将来に繋がっていないように思えても、振り返ってみると実は全部、繋がっているからです。私自身も夢中で運動を頑張る中で培った諦めない気持ちが、仕事においても役立っていると感じています。また勉強に夢中になる中で、2位だったときの悔しい思いや、その気持ちをバネに1位になるまでやり続けた経験が、決めたことを最後までやり切るという基本的な考え方に繋がっています。大人になってからも何かに「夢中」になっている人は強いと感じます。夢中でやった経験は何一つ無駄にならない、ということを知ってもらいたいです。