• 東京都に関連のある仕事人
  • 出身地 東京都

スポーツマネージャー

大利おおとし 久美くみ

  • 子供の頃の夢

    家庭科の先生

  • クラブ活動(中学校)

    なし

  • 仕事内容

    信用金庫の人事部に勤務(きんむ)。アスリート職員(しょくいん)(選手)のスケジュール,経費(けいひ),目標を管理する。選手が社会人として成長できるようにサポートも行う。

  • 自己紹介

    何事にもポジティブで素早(すばや)く行動します。()けず(ぎら)いで,あらゆることに挑戦(ちょうせん)します。

  • 出身高校

    私立西武学園文理高等学校

  • 出身大学・専門学校

    日本女子体育大学

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2016年11月09日)時点のものです】

大利 久美


仕事人記事

世界を目指してともに歩む

世界を目指してともに歩む

(わたし)城北信用金庫(じょうほくしんようきんこ)でアスリート職員(しょくいん)のマネージャーをしています。私自身(わたしじしん)現役(げんえき)時代は競歩の選手として実業団(じつぎょうだん)所属(しょぞく)していましたが,その経験(けいけん)を生かし,選手たちの競技(きょうぎ)生活のサポートをしています。当金庫にはオリンピック出場を目指す7名の女性(じょせい)アスリートが在籍(ざいせき)し、一つのチームとして活躍(かつやく)しています。
選手たちはそれぞれ種目も(こと)なれば練習場所も(ちが)います。全員のコンディションを(つね)把握(はあく)し,費用やスケジュール,そして各選手の目標を管理しています。定期的に個別(こべつ)の面談をして,それぞれが(かか)える課題や練習内容(ないよう)をヒアリングし,一緒(いっしょ)解決(かいけつ)方法を考えます。以前,食事の栄養バランスを見直したいと相談されたときは,管理栄養士の方を先生として(まね)いて講習(こうしゅう)を開いたり,食費を補助(ほじょ)する制度(せいど)(もう)けたりしました。
また,選手たちはアスリートであると同時に,企業(きぎょう)所属(しょぞく)する社会人でもあります。一人ひとりが自覚を持って競技(きょうぎ)と向き合うことで,会社や地域(ちいき)を活気づけ,みなさんから応援(おうえん)していただけるような関係を(きず)いてほしいと思います。現役(げんえき)引退後(いんたいご)一般(いっぱん)社員として働くことになるので,社会人としての基本(きほん)的なマナーを身に付ける研修(けんしゅう)も行っています。

選手との二人三脚(ににんさんきゃく)

選手との<ruby><rb>二人三脚</rb><rp>(</rp><rt>ににんさんきゃく</rt><rp>)</rp></ruby>

オリンピック出場という長期的な目標に対して,いつ,どの大会で,どのくらいの記録や順位を目指すかという中期の目標は一人ひとり(こと)なります。技術(ぎじゅつ)的な指導(しどう)は各競技(きょうぎ)のコーチが担当(たんとう)していますが,中期目標を達成するためにどんな練習が必要か,どうやってコンディションを整えていくかといった方針(ほうしん)(わたし)一緒(いっしょ)に考え,ひとつのチームとして連携(れんけい)できるように心がけています。「あの選手は今どうしているの?」と上司から聞かれることもあるので,各選手の状況(じょうきょう)はいつでも答えられるようにしていますね。 オリンピックを目指す過程(かてい)で,予定していた大会に出られなくなったり,思うような結果を出せなかったりして(かべ)にぶつかったときも,相談に乗り,軌道(きどう)修正(しゅうせい)の手助けをします。国内であれば大会に同行し,ビデオ撮影(さつえい)をしながら応援(おうえん)することも多いです。技術(ぎじゅつ)的なことは指導(しどう)できなくても,自分の競技(きょうぎ)経験(けいけん)をもとに選手たちの(なや)みを共有し,メンタル面で(ささ)えられる存在(そんざい)になりたいと考えています。

競歩との出会い

競歩との出会い

陸上競技(きょうぎ)を始めたのは高校生のときでした。もともとは中距離(ちゅうきょり)の走者でしたが,1つ上の先輩(せんぱい)独学(どくがく)で競歩をしている方がいて,あるとき友達と競歩の動きをモノマネしていたら,その先輩(せんぱい)に「久美(くみ),すごく上手だよ」と()められたのです。他人の動きを再現(さいげん)するのは得意でしたが,先輩(せんぱい)のその一言に(うれ)しくなり「もしかしたら向いているかも」と本格(ほんかく)的に取り組みだしたことが競歩を始めたきっかけでした。
競歩は,(つね)にどちらかの足が地面に着いた状態(じょうたい)で,(ひざ)()ばして歩かなければ反則(はんそく)になり,3回の反則(はんそく)失格(しっかく)になります。初心者は完歩するのも(むずか)しいと言われていますが,初出場の大会で一度も反則(はんそく)せずに歩けたことが大きな自信になりました。生まれて初めて自分の可能(かのう)(せい)を感じられるものに出会い,どこまでも強くなれる気がして夢中(むちゅう)で練習しました。
3年生のときにはインターハイや国体に出場するようになりました。それまで将来(しょうらい)は家庭科の教職(きょうしょく)()こうと考えていたのですが,世界大会を目指したいという思いがどんどん強まり,競技者(きょうぎしゃ)への道を歩むことを決心しました。

オリンピックの重み

オリンピックの重み

高校卒業後,競歩のチームがある大学に進みました。しかし,そのチームは想像(そうぞう)(ちが)って「世界を目指す」雰囲気(ふんいき)ではなかったので,4年間単独(たんどく)でコーチに付いて練習し,卒業後はある企業(きぎょう)の陸上競技(きょうぎ)部に入りました。入社3年目まで,出場した大会では優勝(ゆうしょう)できず,(つね)に二番手でした。しかし,自己(じこ)記録を()ばすことだけに専念(せんねん)し続けた結果,ロンドンオリンピックの選考会でついに1位を取り,日本代表に決まりました。
いざオリンピックの代表選手になってみると,やはり他の国際(こくさい)大会とは別格(べっかく)で,今までにない注目を浴びました。競歩はまだまだマイナーな競技(きょうぎ)なので,活躍(かつやく)して()り上げなければという気持ちが日に日に強くなり,自分を()()めすぎた結果,残念ながら本番では力を出し切ることなく終わってしまったのです。
当時は,応援(おうえん)してくれた方々(かたがた)を失望させてしまい,出場しなければよかったとさえ思いましたが,この経験(けいけん)がなければ今の自分はいなかったと思います。オリンピックの舞台(ぶたい)に立てたことは,後の人生にも影響(えいきょう)(あた)える貴重(きちょう)経験(けいけん)になりました。今ではオリンピックへ出場して本当に良かったと思っています。

2人のコーチ

2人のコーチ

大学時代は,過去(かこ)(すぐ)れた選手を何人も輩出(はいしゅつ)してきた名コーチに付いていただきました。当時の(わたし)の目標は「どこかの国際(こくさい)大会に出てみたい」という漠然(ばくぜん)としたものでしたが,このコーチに「お前ならオリンピックに行ける!」と毎日のように言われ,気が付けばオリンピック出場を目指していました。いつも前向きで明るく,物事を良い方向に(みちび)いてくれる方で,(わたし)意識(いしき)を変えてくださった本当に大きな存在(そんざい)です。
大学4年間でオリンピックへの心構(こころがま)えを(たた)()まれたあと,最初に(つと)めた企業(きぎょう)では専属(せんぞく)のコーチに付いていただき,技術(ぎじゅつ)面の徹底(てってい)的なトレーニングを受けました。陸上の名門であるその会社では,2年以内に日本代表にならなければ陸上競技(きょうぎ)部から外されるという(きび)しい決まりがあります。入社当時は国内ランキング5位でしたが,代表になるには2位か3位に入らなければいけません。非常(ひじょう)に高いハードルでしたが,この実業団(じつぎょうだん)時代のコーチに背中(せなか)()していただき,(きび)しい練習を通してぐんぐん記録を()ばし,無事代表を勝ち取ることができました。

選手時代を()り返って

選手時代を<ruby><rb>振</rb><rp>(</rp><rt>ふ</rt><rp>)</rp></ruby>り返って

高校の恩師(おんし)から()(かえ)し聞かされた言葉に「他人に勝つ前に(おのれ)()て」というものがあります。他人と勝負をする前にまずは自分を()えろということです。優勝(ゆうしょう)できない時期が長く続きましたが,この言葉を(むね)過去(かこ)の自分より勝っていると評価(ひょうか)してきたので,13年近く競技(きょうぎ)を続けることができたのだと思います。
両親やコーチを始めたくさんの方々(かたがた)(ささ)えられてきたことも,競技(きょうぎ)を続けられた理由です。代表に内定したり,新記録が出たりしたら,お世話になった方に真っ先に報告(ほうこく)し,感謝(かんしゃ)の気持ちを決して(わす)れないようにしていました。
一方,現役(げんえき)時代は競技(きょうぎ)に集中するあまり,企業(きぎょう)の一員であるという意識(いしき)は十分になく,会社に出勤(しゅっきん)しても競技(きょうぎ)に関係する作業ばかりしていました。当時はそれで良いと思っていましたが,引退後(いんたいご),仕事について何も分からずとても苦労しました。選手を管理する立場になった今,彼女(かのじょ)たちが同じ思いをしないようにアドバイスしています。

好きなことならとことん

好きなことならとことん

子どもの(ころ)は,とにかく好奇心(こうきしん)旺盛(おうせい)で何でもやってみなければ気が()まない性格(せいかく)でしたが,すぐにやめてしまうことも多かったです。ピアノや習字,水泳,そろばん,英会話など,いろいろな習い事をやったものの,すべて2,3年しか続きませんでした。他人から何かを強制(きょうせい)されることが苦手で,練習を課されるものだと(いや)になって長続きしませんでしたね。
反対に,一度スイッチが入ってのめり()むと,そのあとはものすごい集中力でやり通しました。小学校のころは縄跳(なわと)びが好きで,二重()びコンテストのためにがむしゃらに練習して優勝(ゆうしょう)した記憶(きおく)があります。楽しくないことはやらないけれど,ひとたび面白いと思ったらとことんやる。子どもの(ころ)からメリハリのある性格(せいかく)だったことが,競歩に出会ってからの選手生活にも大きく影響(えいきょう)したと思います。

未来は(いく)通りにも広がる!

未来は<ruby><rb>幾</rb><rp>(</rp><rt>いく</rt><rp>)</rp></ruby>通りにも広がる!

(わたし)が競歩に出会ったきっかけが意外な出来事だったように,自分が夢中(むちゅう)になれることは,どこに転がっているか分からないものです。(さが)そうと思って見つかるものではありません。いろいろなものを見て,聞いて,()れて,たくさんの経験(けいけん)をしてください。その一つひとつに,みなさんの可能(かのう)(せい)(かく)れています。やりたいことが見つかるまで,何にでもチャレンジしてみましょう。
そして,夢中(むちゅう)になれるものに出会って次の目標ができたら,決して(あきら)めずに()き進んでください。周りの人から「そんなことは無理だ」と言われるかもしれません。それでも,自分で自分のことを信じてあげてください。最後まで信じ続けて努力すれば,(ゆめ)確実(かくじつ)に近づきます。みなさんの未来を応援(おうえん)しています。

  • 取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫

私のおすすめ本

  • 永遠のランナー

    瀬古利彦

    日本のマラソンを支えた瀬古選手が,オリンピック前の不調や期待からくる苦悩の様子をつづっています。スター選手の知られざる一面,そして選手を引退してからの言葉は,私の心に残りました。