※このページに書いてある内容は取材日(2023年06月19日)時点のものです
リニア中央新幹線で日本の3大都市を結ぶ
私は、東京―名古屋―大阪間を結ぶ日本の交通の大動脈、東海道新幹線を運営する会社であるJR東海で、土木担当として勤務しています。駅や橋、トンネル、線路などをつくる仕事です。
現在、私は、新たに開通予定のリニア中央新幹線の停車駅である神奈川県駅(仮称。以下同じ)と駅に隣接するトンネルをつくる工事の責任者として、構造物の設計をしたり、工事を進めるための計画を立てたり、進行の管理をしたりしています。この工事は、2027年の完成を目指して進めています。
リニア中央新幹線は、今ある東海道新幹線とは違うルートで東京―名古屋―大阪間を結びます。なぜこれが必要かというと、老朽化に伴う修繕や大災害によって、東海道新幹線が使えなくなってしまうリスクがあるからです。東海道新幹線は開業から半世紀以上経っていて、将来的に大規模な修繕が必要となった場合、新幹線を止めて工事をする可能性もあります。また大地震の発生などで設備が壊れて新幹線が走れなくなると、移動できない方が大勢、出てきてしまいます。リニア中央新幹線はそうしたときの備えとして、大動脈輸送をバックアップする役割を果たします。
また、超電導磁石の力を利用して、浮上しながら超高速で走るリニア中央新幹線は、時速285キロメートルが最高速度の東海道新幹線よりずっと速く、時速500キロメートルで走ります。東京―名古屋間を最速40分、東京―大阪間を最速67分で結ぶ予定です。走行圏内で生活する約6,600万人の人々が1時間ちょっとで都市間を移動できるようになるため、人の行き来が増えて、経済がより活発になることが期待されます。
工事を安全に効率よく進めるために
駅やトンネルなどの構造物をつくる工事には、「計画」「設計」「構築」という3つの手順が必要です。
最初は「計画」です。安全に、効率よく工事をするための方法やスケジュールを考えます。工事予定の土地の地質や地下水位などの自然環境や、すでにある道路や駅、水道、電気などのインフラ設備との距離など、周辺の状況をふまえて、計画を立てます。神奈川県駅の建設予定地は10ヘクタールにおよぶ神奈川県立相原高等学校の跡地を中心に行っていますが、人や車の通りも建物も多い橋本駅前(神奈川県相模原市)にあるため、地下に駅をつくることになりました。深さ約30mの地下に、全長約680m、幅約50mの駅ができます。
工事スペースを確保するために、すでにある設備の場所を見直すこともあります。今回の建設予定地には、もともと電力を送る鉄塔が複数、立っていましたが、工事を安全に進めるためには電線のルートを移動してもらう必要がありました。そこで電力会社や土地を管理する自治体と数年かけてじっくりと話し合って、鉄塔の位置を変更してもらいました。このように、自治体やインフラの管理者、周辺にお住まいの方々など、さまざまな関係者との話し合いを重ねていき、ご協力いただきながら、工事の時期や場所などの計画を調整します。
続いて「設計」です。工事スペースなどの条件が決まると、構造物の設計が決まっていきます。鉄道の場合は、トンネルや橋だけでなく電気や信号、線路、駅舎などの設備も必要です。建物の構造だけでなく、電気や機械の設備の位置はこれで大丈夫なのか、旅客が実際にご利用されるときの動線はどうなるのかなどを検証しながら、決めていきます。
そして構造や施工方法の方向性が決まると、いよいよ「構築」にあたる、工事に入ります。リニア中央新幹線の工事は大規模で長期になることから、周辺地域の方々にはご不便をおかけしてしまいます。そのため工事の安全性、環境への配慮、地域との連携は何より大切に考えて進めています。
前例のない規模の建設プロジェクトに立ちはだかる課題の数々
リニア中央新幹線の計画はこれまでにないほど大規模なプロジェクトなので、さまざまな課題にぶつかります。普通、地下に駅をつくる場合、地下水が侵入したり周りの地盤が崩れたりするのを防ぐため、地面を深く掘削する前に、鋼材等で壁を地中につくります。これを「土留め」といいます。しかし神奈川県駅は面積がとても広く、深いため、土留めを構築する作業だけでも膨大な時間がかかるうえ、リニア中央新幹線の建設工事が各所で同時に行われており、土留めを構築する作業に必要な重機の数も足りませんでした。
そこで私たちはこの土地の地質や地下水位、高校跡地の広い工事ヤードに注目し、掘削方法を考え直しました。建設予定地の一帯は、地下水が深いところを流れていますし、表層に堆積している関東ローム層(長い年月で火山灰が粘り強くなった地層)はとても固くて安定しています。そのため土留めを使わずに直接、表層部分を掘って、その下の砂れき層(砂や小石が多い地層)にだけ土留めをつくることで、十分に安全性が確保できると判断しました。こうすることで、掘削をスピーディーに行えますし、高校跡地とそれ以外で土留めの構築時期がずれることで、必要な重機の数も少なくすることができました。
また駅ホームの設計でも大きな課題がありました。通常の設計をすると、ホームを支える柱がだいぶ太くなり、旅客が移動するスペースが狭くなることが分かったのです。そこでみんなで知恵を出し合ったところ、車両が通過する際の風圧からホームを守るための壁(ホーム壁)を厚くすれば、柱の役割を兼ねることができて、柱をなくすことができ、その分、移動のためのスペースができる、という案が出ました。でもそうすると配線などほかの設備にも影響が出るため、できればやり方を変えたくないという意見も出てきます。そこからホーム壁を厚くした場合の課題を一つずつ確認し、どうすれば解決するのか議論を重ねて、最終的に、ホーム壁を厚くする構造に変更することになりました。全員が納得するところまで議論をするのは体力がいることですが、みんなと協力して課題がクリアできたときは大きな達成感があります。
安心と安全を届けるために、地域の方々との対話が重要
私がこの仕事に魅力を感じるのは、鉄道は多くの方にご利用いただくものだからです。中でもリニア中央新幹線は3大都市をつなぎ、日本を活性化するための重要なプロジェクトだと感じているので、そうしたプロジェクトに関われていることに誇りを持っています。一方で、神奈川県駅の工事は長期間にわたりますし、大規模に地面を掘削することから、地域住民の方からご心配の声をいただくことも多く、そうした声にお応えできるよう、説明会や、現場の見学会、イベント等の、地域との連携を強化する取り組みをたびたび行っています。そういう機会に「開通を楽しみにしている」という声をいただくと、世の中から必要とされていることをやっていると感じますし、もっと頑張ろうという気持ちになります。先日、ご高齢の方から「工事が進んでいるのが見えて、将来ここにリニア中央新幹線の駅ができたらどんな街になるのか想像するだけで楽しい」という声もいただきました。鉄道の駅はその土地にずっと根ざすものなので、地域の方と一緒に育てていくことがとても大切です。地域の方に受け入れていただいていることを感じたとき、この仕事のやりがいを強く感じます。
「自分は正しい」ではなく、広い視点を持って考えることが大事
リニア中央新幹線の建設に携わることは大変やりがいがある反面、「自分がやっていることは正しいんだ」と視野が狭くなってしまうと、周りに気が配れず、失敗してしまう危険もあります。こう思うようになったのは、以前、所属していた広報部の仕事での失敗がきっかけです。広報部ではマスコミ各社に対して会社の事業についてお知らせしますが、その伝え方が一方的になっていたせいでお叱りを受けたことがありました。それから反省して、自分の視野をもっと広げるためにいろいろな方と話したり、情報に触れたりして、第三者の立場で客観的に物事をとらえることを意識するようになりました。工事を進める中でも、自分の考えをまとめる際には部下にも上司にも役員(会社の偉い人)にも意見を聞きにいきますし、社内だけでなく違う職業の方からも率直な意見をもらうようにしています。
また、リニア中央新幹線の仕事では、経験したことのない課題にぶつかることが多いので、常識や慣例にとらわれずに挑戦することが大事です。挑戦する中でおかしいところは修正し、どういうものがみなさんに受け入れられるのかを徹底的に考え、ほかの人との会話を重ねながら、理解してもらえるように努めています。
世の中の役に立つものをつくりたくて鉄道の世界へ
私の父は大工の棟梁で、小さいころからよく父について建設現場で手伝いをしたり、図面を描いて木材の余りで遊具を作ったりして遊んでいました。だから将来、大工のようにものをつくる仕事をしたいという気持ちがずっとありました。それからいろいろと勉強するうちに、「世の中の役に立つものをつくりたい」という思いが増し、社会インフラをつくる計画や設計などの仕事を目指すようになりました。就職活動では、鉄道会社のほかに電力やガス、道路、空港などのインフラ企業への就職も考えましたが、リニア中央新幹線の計画の話を聞いたときにぜひ関わりたいと思い、JR東海への就職を決めました。当時はまだリニア新幹線をつくることは決まっていなかったので、夢だったプロジェクトにこうしていま関われていることは感慨深いですね。
大工の父からものづくりの楽しさを学んだ少年時代
子どものころ、大工だった父はいろいろなものをつくってくれました。カブトムシとクワガタを飼育する大きな箱がほしいとお願いしたら、子ども数人が入れるくらいの大きな小屋をつくってくれ、裏山の倒木を小屋の中心に立ててくれたりもしました。その後、うれしくて弟と毎日虫とりに行って、結局100匹以上飼う羽目になり、世話ができずに親に叱られ、カブトムシ・クワガタを売ることまで考えたものの、それは失敗に終わりましたが……。
とにかく何でもつくってくれる父親が近くにいたので、大体のものは自分でつくれる、直せるという考えが身につきました。でも自分には少しやりすぎるところがあり、失敗もたくさんしました。高校生のときには好きだったバイクの機械部分をいじったら動かなくなってしまったこともありますし、もっと小さいころには、裏山に穴を掘ったら出てこられなくなって、父に助けてもらったこともあります。でもそんな経験も、関東ローム層の斜面に穴を掘ると意外に崩れないことも分かったりしたので、失敗の経験はいまの仕事にも生きているのだと思います。
子どものときの経験は、将来チャレンジするための「土台」になる
いま建設中の神奈川県駅は2027年の完成を目指しています。リニア中央新幹線が開通すれば、人々の行き来がもっと便利になり、今までより広い範囲で交流が活発になるので、仕事の拠点や余暇の過ごし方など、ライフスタイルが大きく変わります。みなさんが大きくなったときに、私たちがつくったものを使ってもらうことで、よりよい世の中が実現することにつながればと、期待しています。将来、一緒にリニア中央新幹線の建設を担ってくれる人、そしてリニアの技術を世界に広げてくれる人が出てきたら、それはうれしいですね。
子どものときに経験したことや考えたこと、身につけたことは、将来大人になって何かをやるときの土台になります。人に迷惑をかけるのはよくないことですが、失敗をしてもいいので、興味があること、挑戦できることにはどんどん挑戦してみてください。そうして得たいろいろな経験から新しいことを創造し、明るい未来を切り開いていってほしいと思います。