金属を機械で切り抜き,さまざまな部品に加工する
私は東京都荒川区にあるトネ製作所という会社で社長を務めています。トネ製作所は,金属をレーザーで切り抜いたり,曲げたりするなどの加工をして,自動ドアやゲーム機などに使われる部品を作る「精密板金プレス加工」を行っている会社です。1969年に私の父が設立し,現在は製造現場と事務,合わせて19人の社員が働いています。
トネ製作所では,主に,お客さまから依頼を受けて機械の部品を作る,受注生産の仕事をしています。部品を作るには,まず,お客さまから必要としている部品の完成図をいただき,続いて,それをもとにして「工場にある機械をどのように動かせば目指す部品が作れるか」を考え,機械のプログラミングをしていきます。その後は,プログラミングをした大型の加工機械が金属の切り抜きやプレス加工などを自動で行います。他に表面の研磨や溶接など,人の手を使って行う加工業務もあります。扱う金属は,鉄・ステンレス・アルミ・銅などさまざまです。
こうして加工した部品に,塗装やさびにくくする加工を行い,検品し,お客さまのもとへ発送するまでがトネ製作所の仕事です。
部品の製造だけでなく,オリジナル商品の開発を手掛けることも
トネ製作所で作っている部品は,新幹線の中にある自動ドアの金具や,駅のホームに設置されている転落防止用のホーム柵のパーツ,銀行ATMに入っている機械部品など,実にさまざまです。変わったところでは,小型人工衛星のバッテリーボックスを作ったこともありました。地元の高等専門学校と一緒に作ったこの衛星は2009年1月に打ち上げられ,今も1日2回,東京の上空を通過しながら通信を続けています。
受注製品だけでなく,オリジナル製品も作っています。2019年に,箸よりも手早くきれいに卵をかき混ぜられるステンレス製のキッチンツール「ときここち」という商品の製造・販売を始めました。「ときここち」はもともと,卵の白身が苦手な私の妻から「卵を混ぜるとき,簡単にきれいに混ぜたい」と要望されて作ったものです。2年かけて試作と改良を繰り返して商品化にこぎつけ,まずはデパートのイベントで販売したところ,6日間で300本以上を売り上げ,大きな手応えを感じました。現在も好評販売中です。
オリジナルの製品があれば,例えば取引先の会社の状況が変わって受注の仕事が減った場合でも,乗り切れる可能性が上がります。以前から「安定的に会社を経営するためにも,自社商品を作って販売したい」と考えており,やっと形にすることができました。
よりよい提案をし続けることが,お客さまの信頼につながる
私は,製造現場で経験を積んでから社長になりました。現在は主に,お客さまのもとを訪れて商談を行う営業活動を担当しています。私がお客さまと商談をするとき心掛けているのが,よりよい提案をすることです。図面を見せていただいたらその場で「こういう設計にしたらもっとよいものになるのでは」と話したり,「こんな素材を使うと価格を抑えることができますよ」と意見を述べたりするようにしています。ただ言われたとおりのものを作るのではなく,現場での知識や経験を生かして,迅速に,よりよい提案をする。こうしたことの積み重ねが信頼につながっていきます。見積もりを出すときも期限ギリギリに出すのではなく,できる限り早めに出すなどして,「先回りの行動」「前へ前への営業」をするように意識しています。
また,営業を担当する私以外の社員がうまくお客さまとコミュニケーションを行えるよう指導するのも私の仕事です。お客さまからの印象というのは,ちょっとした態度や言葉づかいひとつで変わってしまいます。ですから,日ごろから社員をしっかり見て,メールでの言葉選びや電話での対応などについて改善点を伝えるようにしています。もちろん,お客さまからのお褒めの言葉を伝えることも忘れません。改善点も,よいところも,つぶさに伝えて社員の成長を促しています。
新規の顧客を開拓することで,会社のピンチを乗り越えた
今までで一番大変だったのは,14年ほど前,売り上げがガクッと落ちたときのことでした。当時は,会社全体の仕事の中で,ある1社からの仕事が約8割を占め,他のさまざまな企業の仕事が約2割という状況でした。そんななか,約8割の仕事を発注してくれていた企業からパタリと仕事が来なくなってしまったのです。8割の仕事がなくなるというのは非常に大きな痛手で,しばらくの間,経営的に苦しい時期が続くことになりました。
しかし,その一方で,新しいことに挑戦する余裕ができたというメリットもありました。1社の仕事を大量かつ定期的に請け負っていると,なかなか他の仕事を受ける時間が作れません。せっかく新しいお客さまから仕事の依頼があっても断らざるを得ず,取引先が広がらないという状況が続いていました。皮肉にも大口のお客さまがいなくなったことで,新しいお客さまと取引をする,時間と人の余裕が生まれたのです。
こうしてできた余力を生かし,積極的に新しいお客さまを開拓することで,なんとかピンチを乗り切ることができました。現在は,ピンチから得た経験を教訓にして「1社に依存した経営は行わない」「オリジナル商品の開発など含め,新しいことに,幅広く挑戦する」といったことを肝に銘じ会社の経営に取り組んでいます。
自らの手で形あるものを作る,やりがいのある仕事
板金加工の面白さは,「絵を参考にして板から立体物を作る」というところにあると思います。お客さまから提示されるのは,完成図という2次元の絵だけです。それを頭の中で金属板の状態に展開し,どう作ればきちんとした3次元の立体物になるか考え,機械にプログラミングを行って形作っていくのです。こうして作ったものがお客さまに喜ばれたときには,何物にも代えがたいやりがいを感じます。
「ときここち」のようなオリジナル商品の場合は,個人のお客さまが,直接,声をかけてくださることも多いんですよ。「ちょっと高いけど,使ってみてよかった」と言ってくださる奥様がいたり,「毎日,使ってるわよ」というおばあちゃんがいたり。そういう何気ない一言が,とてもうれしく励みになっています。
経営者としてうれしいのは,社員に「この会社に入ってよかった」と言ってもらえたときですね。以前,会社設立50周年を記念して動画を撮影したことがあったのですが,そのとき社員が「ここでずっと働きたいと思っています」とコメントしてくれて,苦労しながらもやってきてよかったなあと思いました。
新しいことに挑戦しながら,自らの手で,形あるものを作り,そして人に笑顔と喜びを届けられる。「ものづくりって,人を元気にする仕事なんだなあ」と実感しています。
これからも新しいことにチャレンジし続けたい
今後は,「ときここち」だけでなく,さまざまなオリジナル商品を作っていきたいと考えています。現在,開発を進めているのが,ドレッシングを混ぜるためのキッチンツールです。一般のご家庭だけでなくイタリアンレストランなどでも使っていただけるよう,混ぜやすさなどの機能性と,持ちやすさや美しさといったデザイン性を追求して試作を続けています。
オリジナル商品の開発にこだわっているのは,受注の仕事だけに取り組んでいると,視野が狭くなってしまうからという理由もあります。どんなに「よりよい提案をしよう」と意識していても,言われたものを作ることに慣れてしまっていると,自社で情報やアイデアを発信できない体質になってしまいがちです。受注の仕事にしっかり取り組むためにも,自社の製品やサービスの開発に挑戦し続けたいと考えています。
また,展示会にも積極的に出展したいと思っています。製造現場の社員は,工場の中にこもって作業を行うことが多いものです。だからこそ,展示会などで外に出て,新しいお客さまと触れ合ってもらいたい。いろいろなお客さまのご要望,評価,感想などを聞いて,何かしらの発見をしてもらいたいと思っています。
新鮮な空気を吸い込むと,人は成長していきます。これからも社員と一緒に,たくさんの人やものに触れ,好奇心を持って,どんどん外に出ていきたいですね。
ものの仕組みが知りたい!「なんでも壊す」子ども時代
子どものころの私は,「なんでも壊す子」でした。ものの仕組みが知りたくて,時計をバラしたり,ラジオをこじ開けたり……。ねじで止まっているものは,とにかく1回バラしたい,そんな子どもでした。
今でもよく覚えているのが,上野動物園で見た,パンダ型のまんじゅうを作る機械です。自動で生地が押し出され,パンダの型に流し込まれ,焼かれて,ベルトコンベアみたいなものに乗って焼き印が押されたりあんこが詰められたりするというものでした。それを見て,バラしたいどころか「一体どうなっているんだろう。あの中に入って確認したい!」と思ってしまうほどでした。そのぐらい機械に強い興味を持っていたのです。
高校は情報技術科があるところに進学し,今度はコンピューターに夢中になりました。パソコン上で建築物の設計図を描いたり,プログラミングをしたり。ここで,プログラミングによって機械が動くことの面白さを学んだように思います。そのうちに,父が経営するトネ製作所の工場に出入りするようになり,現場の職人に教わりながら,自分で機械を動かすようになりました。
幼いころから一貫して機械好きだったのは,身近にトネ製作所があったからだと思います。生まれたときから自宅の近くに工場があり,機械に触れる環境がありました。そこで興味が芽生え,関心が育ち,好奇心のおもむくままに好きなことに熱中しました。こうした子ども時代,学生時代が,現在の仕事につながっているのだと思います。
好奇心と,諦めない気持ちを大切にしてほしい
みなさんにも,好奇心を持って物事を見るということを大切にしてほしいと思っています。ものの外側だけをサラッと見るのではなくて,「どういう風にできているのかな」とか,「誰の仕事なのかな」とか,いろいろなことを想像しながら見てほしい。そうすることで,より深い仕組みや本質が見えてくるのではないかなと思います。
もうひとつ大事にしてほしいのが,諦めないことです。諦めたら失敗は失敗で終わってしまいますが,諦めなければ失敗にはなりません。迷ったらとりあえずやってみて,そして,今,形にならなくてもよいと思って続けてみる。続けることで道が拓けることもたくさんあります。趣味でも勉強でもなんでもいい,自分が好きなことを,ぜひ継続してください。