歯に関わるものを作る
精密に加工する技術
仕事は歯科医師からの依頼と指示を受けておこないます。まず,患者さんの治療中の歯から取った型や写真をもらいます。石こうで固めた歯型は実物が届き,写真はデータで送られてきます。その型に合う詰め物や入れ歯を,機械やコンピュータと手作業とで作っていきます。
患者さんが詰め物や入れ歯を作る際には,医療保険を適用する治療か,保険の範囲外の治療かを選べます。保険適用の治療では,銀やプラスチックなど素材が限定されますが,値段は手ごろです。もっと精密で見栄えがいいものを希望する場合は,保険適用のされない自由診療になります。費用は高くなりますが,ジルコニアやチタンなど,使える素材の種類が増えます。
歯科技工士は,素材の選び方から,材料を練るときのボウルの温度など,さまざまな工夫をします。歯の透明感や白さをどう出すか,技術と知識に加えて,センスも必要です。細かい部分まで型と一致しているか,顕微鏡で確認しながら作業して,完成させていきます。
信頼される会社を目指して
私自身も,入れ歯を専門とする歯科技工士です。でも今は,歯科技工士の仕事は2割くらいで,8割は社長としての仕事をしています。細かい歯科技工の仕事をしていて頭が痛くなると,外の営業や配達に出たりしていますよ。
社長としての大きな仕事は,スタッフを集めることと,集めたスタッフの教育です。北海道から仙台,新潟,名古屋,九州と全国の歯科技工の専門学校を回って,会社の魅力をアピールし,募集をかけています。寮も完備しているので,全国各地から若い人がやってきます。
また,若いスタッフが高度な技術を身につけられるように,勉強会や講習会を開いています。これからの時代,歯科技工に関しては医師以上の知識を持ち,医師にアドバイスできるような能力を持つことが大事です。最近は,患者さんの美に対する要求が高まっているので,それに応えるためにも,高度な技術が必要です。「あの会社に頼みたい」「あのスタッフに作ってほしい」と,医師から信頼され指名されることが目標です。
仕事の先には,患者さんの笑顔がある
歯科技工の仕事は,自分が作ったものの先に,患者さんの笑顔があるのが,やりがいです。前歯の色が白くない,歯並びが悪い,などを気にして,口を開けて笑えなかった人が,「人前で笑えるようになった」と喜んでくれます。歯が削られるのが悲しくて泣いてしまった患者さんが,きれいな歯を入れたらニコニコなさったこともあります。歯の色を見るためや装着のために歯科医院に出向いて立ち合ったときや,歯科医師を通してお礼を言われるときがうれしいですね。自分に合った入れ歯で,食べ物を噛めるようになったお年寄りの方もいらっしゃいます。
また,歯科技工士としては,自分が納得できるものができたときの満足感もあります。型にピッタリ合ったときや,自分のイメージ通りの色や透明感が作れた瞬間は,「よっしゃー!」とガッツポーズしたくなります。
上手な歯科技工士は,目がいいんです。手先の器用さよりも,よく見る力が大事です。細かい歯の溝まで見る目の力がないと,良いものは作れません。また,アートと一緒で,センスも必要です。私が作るとヤボったくなるのを,いつもスマートに作るスタッフもいます。私は歯科技工士としては,センスより機能性で勝負するタイプですね。
長時間労働のない,働きやすい職場に
私が若いころは,医療保険が適用になる低価格のものを,たくさんこなすという働き方をしていました。夜遅くまで休みもなく働き,1週間に8時間しか眠れないこともあったんです。そんなブラックな働き方では,いい仕事はできませんし,長続きしませんよね。
そこで,今の私の会社では,勉強会をしてスタッフの技術を向上させることで,単価が高い自由診療の仕事を多く請けられるようにしています。また,1台が1千万円以上もする最新の機器を積極的に導入し,労働時間が短くなるようにしました。こうして,昔のような長時間労働はなくすことができたんです。
働き方も選べるようにしています。スキルアップのために勉強する人,たくさん稼ぎたい人,それぞれの働き方の希望を社長面談で聞いて,希望に合った働き方をしてもらっています。うちの会社ではいろいろと工夫をして,無理のない働き方ができるようにしているんです。
父の会社を継いだけれど
父も歯科技工士で,4,5人のスタッフを雇っていました。朝早くから夜遅くまで働いていたので,私は子ども心に,いつ寝ているんだろうと不思議でした。
高校生のころは学校の先生になりたかったのですが,親には歯科技工士を勧められました。調べてみると,お金を稼げそうだったので,それもいいかもしれないと思い,歯科技工の専門学校に進学し,卒業後,歯科技工士国家資格を取得しました。
違う会社に就職が決まっていましたが,「あんたが入ってくれないとつぶれる」と親に泣きつかれて,跡を継ぎました。ところが,その会社が倒産してしまったんです。人生,なにが起きるかわかりませんね。社会人生活のスタート直後から大変でした。とにかくたくさんの仕事をこなして借金を返済しました。
社長として若い人を指導して育てるのは,ある意味,先生のような面もあります。スタッフが書く業務日報に「うまくいかない」と書かれていたら,作業台の様子をすぐに見に行きます。自分も歯科技工士なので具体的な悩みがわかるのは,強みですね。
失敗してもあきらめない
小学校5年生のとき,東京の荒川区から足立区に引っ越しましたが,隣の葛飾区にある水元公園へ釣りに行ったり
,野球をしたり,とにかく外で遊んでいました。一方で,プラモデルを作るような,細かいものをいじるのも好きでしたね。
中学,高校では,陸上部で短距離走や幅跳びをしていました。中学3年の夏,リレーの最後の試合,それに勝てば大きな大会に出られるという大事な場面で,大失敗をしてしまいました。2位で走ってきた走者からのバトンを,私が落としてしまったんです。今でも夢に出ます。それでも,高校でまた陸上を続けました。こうした“あきらめない”根性は,父の跡を継いだ会社が倒産して,借金を抱えたときにも役に立ったと思います。
勝つまでやってみよう
負けない方法は,勝つまでやり続けることです。どんな強い相手でも,勝つまでやめなければ,負けません。負けたとやめてしまうのも,やめると決めるのも,自分です。それなら,あきらめないで,やってみましょう。
やり続けることでまわりに迷惑をかけてしまうのはダメですが,やめないための努力をすることが大事です。努力して真剣に取り組んでいれば,苦境に立たされたときに,その姿を見ていた誰かが,手をさしのべてくれるものです。私も,やめてしまいたいと思うときもありました。でも,「勝つまでやるんだ」という信念で,仕事を続けてきました。
また,歯科技工という仕事については,派手ではないですが,努力した分だけ実績が認められる仕事です。職人同士が助け合って,患者さんの笑顔と健康をつくります。今は若い歯科技工士が少なくなってきているので,逆に若い人にはチャンスです。興味があれば,ぜひ挑戦してみてください。