• 長野県に関連のある仕事人
  • 1965年 生まれ

すししょくにん寿司職人

中野なかの 菊夫きくお

  • 子供の頃の夢

    機関士

  • クラブ活動(中学校)

    陸上部

  • 仕事内容

    寿司(すし)(にぎ)る。

  • 自己紹介

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2016年12月02日)時点のものです】

中野 菊夫


仕事人記事

おいしい寿司(すし)(にぎ)

おいしい<ruby><rb>寿司</rb><rp>(</rp><rt>すし</rt><rp>)</rp></ruby>を<ruby><rb>握</rb><rp>(</rp><rt>にぎ</rt><rp>)</rp></ruby>る

(わたし)は『(きく)寿司(ずし)』で板前として寿司(すし)(にぎ)っています。1日のスケジュールは,朝6時30分から7時に起きてご飯を一升(いっしょう)から三(しょう)()きます。ご飯が()けたら()飯をつくります。8時には,魚が(とど)きます。お昼は,午前10時には店を開いて,午後2時までやっています。1日にお客さんは15人くらい来ますが,多い時は30人くらいになります。午後4時には夕食時になるのでお店を開いて,午後10時まで店をやっています。
魚にも季節ごとに,おいしい時期の「(しゅん)」があります。春はサザエなどの貝類。夏は,(たい)などの白身魚。秋は,イクラなどの魚卵(ぎょらん)。冬は,ぶりなどの(あぶら)ののった魚。季節によって(しゅん)があるので,季節ごとに,出す魚を選んでいます。(しゅん)によって(あつか)う魚がちがうので,毎日魚をさばくことによって,魚をさばく技能(ぎのう)寿司(すし)をにぎる技能(ぎのう)を落とさないように心がけています。
店では天然の魚貝類を使っていますが,昔は()れていた魚が,今では()れなくなってきています。そのため,今と昔ではネタの種類が少し(ちが)っています。食材は変わっていますが,味を落とさずにおいしい寿司(すし)(にぎ)る方法を工夫しています。

板前になるまで

板前になるまで

(きく)寿司(ずし)』では,魚や貝など自然の食べ物にこだわって料理を出しています。(わたし)は子どもの(ころ)から両親の姿(すがた)を見て育ちました。中学の(ころ),父が()くなり,その時は母が一生懸命(いっしょうけんめい)にやっているところを見てきました。(わたし)は,両親の姿(すがた)を見て,高校を卒業してからお店を()ごうと思い,この店で働きたいと思うようになりました。
この仕事に()くためには,調理師(ちょうりし)免許(めんきょ)が必要です。調理師(ちょうりし)免許(めんきょ)は最低でも,2年間の修行(しゅぎょう)をしないと取れません。ですので,(わたし)の場合は8年間,東京で修行(しゅぎょう)して免許(めんきょ)を取り,飯綱(いいづな)町に帰ってきて『(きく)寿司(ずし)』で働くようになったのです。

日々(ひび),心がけていること

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仕事をしているうえでつらいことはつきものですが,うれしいこともたくさんあります。(わたし)がうれしいと感じることは,お客様が満足して,笑顔で帰ってくださることです。お客様の笑顔を見ると安心し,次の仕事へのはげみになります。でも,お客様に笑顔で帰っていただくことは,容易(ようい)ではありません。そのために(わたし)は,お客様とコミュニケーションをとることを大切にしています。特に,返事は必ずするようにしています。なぜなら,無視(むし)してしまうと,お客様も良い気分にはなれないと思うからです。人気のある店にしていくにも,このような細かいことは大切だと思っています。これからはこの店を,もっと居心地(いごこち)の良い場所にし,お客様の集まる場にしていきたいと思います。
食材へのこだわりも(わす)れてはいけません。日本は,四季がはっきりとした国ですから,季節に合ったものを主に出すようにしています。日本の文化・自然に合わせたメニューを出すことで,お客様も四季の味を楽しむことができます。
(ゆめ)は,追い続けることが大切です。(わたし)は,(ゆめ)を追い続け,板前になることができました。(わたし)のように,店を受けついでくれる人が(あらわ)れてくれるとうれしいです。

  • 取材・原稿作成:飯綱町立飯綱中学校

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