レースに出場すること以外にもさまざまな仕事がある

私は“TOYOTA GAZOO Racing”というチームに所属し,レーシングドライバーとしてさまざまなレースに出場しています。レースは国内で行われることもあれば,海外で行われることもあります。シーズンオフといって,レースが開催されない期間があるのですが,そうした時には例えば,トヨタ自動車が開催する,自動車について知ってもらうためのイベントに出てお話しすることもあります。テレビなどの取材を受けることもあります。また,最近は小学校で講演をすることもありました。レース出場以外にもさまざまな仕事がありますが,小学生から大人まで,たくさんの人にモータースポーツのことを知ってもらいたいと思っています。
街中がお祭りになるレース「ル・マン」

「ル・マン」というレースに出場しているのですが,このレースは1年に1度フランスで行われるレースで,コースは公道を使っています。普段は一般車が走っている道なので,実際のコースで練習できるのは,本番2週間前のテスト走行の1日だけです。テスト走行の後,レースで使用する車に問題ないか検査があるのですが,それも街中で行われます。車検を終えると,練習を兼ねた予選が行われ,車の最終調整をしながら良いタイムも出さなければなりません。そして本番の直前には「ドライバーズ・パレード」と呼ばれるイベントがあり,出場する車で各チームがパレードします。こうして,「ル・マン」のレースが開催されるときは街全体がお祭りのようになります。
レースは土曜日の午後3時に始まり,翌日の午後3時まで続きます。3人のドライバーが交代で,24時間走るので,1人8時間は走行することになります。ドライバーは自分の走行する時間以外は休むこともできるのですが,メカニック(車の整備をする人)やスタッフの中には十分休むことができない人もいます。40時間近く寝ない人もいて,お祭りのような華やかさだけではなく,過酷なレースでもあります。
カーレースはチームスポーツ

カーレースは,ドライバーだけでは成り立ちません。メカニックやスタッフ,さらにレースに協力してくれるスポンサーの人たちもいます。こうした色々な人たちとのコミュニケーションと協力がとても大切です。このように,カーレースはドライバー以外にたくさんの人がかかわっているので,チームワークのスポーツなのです。そうしてチームの目標が達成された時は,「やっていてよかった」と心から思います。それと同時に,周りの人たちに自分たちがやっていることを理解してもらいながらレースをすることの必要性も感じます。
レースで培った技術は,皆さんが乗る車にも

カーレースは,速さを競うためだけに行なっている訳ではありません。速さを競うには当然,車が効率的であることが重要です。車の重さを軽くしたり,少ない燃料で長い距離が走れたり,エネルギーが無駄にならないように車を調整することが必要となります。実際,今のレーシングカーは,10年前に比べて少ない燃料で,以前よりも速く走れるようになっています。レースで磨かれた技術は,実はみなさんが普段,お父さんやお母さんと乗っている車にも活かされています。エンジンの効率が良くなれば,少ないガソリンで走れるようになりますし,そうすると環境にも優しいですよね。レーシングカーの技術を一般の車の開発に伝える役割は,主にメカニックチームが担当しているのですが,実際にドライバーが運転してみて分かることもたくさんあるので,そういうことを伝えることも私の仕事だと思っています。
練習時間は限られている

レースは通常,土曜日・日曜日に行われます。そして,本番で走行するコースで練習するための時間は限られています。特にトップレベルのマシンになると,車を走らせるための費用も多くなってくるので,毎日のように乗るわけにはいきません。本番に近い状態で練習できる回数は限られているので,本番以外の時間の使い方は,レーシングドライバーにとってはとても重要なことです。自分を律して,数少ない実践的な練習が最大限効果的なものとなるよう,日々さまざまなトレーニングをしています。普段の頑張りが必ずしも結果に結びつかないこともあるのですが,逆に普段から頑張っていないとチャンスの時に力を発揮しきれなくなってしまうため,常に100%の力で練習やトレーニングをしているのです。
悔しい思いが7割

レースに出場するたびに,たくさんの悔しい思いをしました。自分は最高の状態でレースに臨み,実際走ってみるととても良いペースで走れた。しかし,タイヤ交換や給油に手間取り,良いタイムが出せなかったということもありました。その逆で,チームのメンバーがとても良い動きをしてくれたにもかかわらず,自分のちょっとしたミスで順位を落としてしまったこともありました。今までの経験のうち,7割は悔しい思いだったかもしれないです。しかし,残り3割は最高に嬉しいものでした。日本国内のレースで優勝できたことも,その一つです。悔しい思いの方が多いですが,良いこともたくさんあるので,だからこそここまでレーサーを続けることができたのだと思いますね。
自分を厳しい環境に置いてみること

ヨーロッパで生活し,F1レースに参戦していた時期がありましたが,その時は本当にたくさんの苦労をしました。まずは英語の苦労がありました。学校で習った英語の知識を使って現地で話して,何とか通じましたが,聞き取ることや会話のリズムに慣れるには3年くらいかかりました。言葉も文化も異なる中で,毎年のように新しく,パワーも大きな車に乗ることになっていました。新しいことが続き,あれこれ考えている時間もないくらいでした。中でも初めてF1マシンに乗ったとき,そのパワーに大変驚きました。急発進,急加速で,自分の体がついていかないと感じました。半日も乗れば全身が筋肉痛になっていました。
他にも,時差に体をならすのも大変です。時差の大きな都市で開催されるレースに参加するときは,3,4日早くに現地に行き,調整をすることもあります。それ以上に暑さにも苦労します。オーストラリアで,気温40度の中1時間半走るというレースがありましたが,暑さばかりはどうしようもないので,とにかく耐えるしかありませんでした。
目標に向かって全力で走る

みなさんには目標に対して,全力で頑張って欲しいです。私がレーシングドライバーになろうと決めたのは高校生のころでした。それまで目標ができず,日々目の前の課題をこなしているだけの時期もありました。しかし,いざ目標ができると,目標を達成するために必要なことは何か考えながら行動できるようになりました。人見知りで,海外に行くことも抵抗がありましたが,目標があったからこそ苦手の英語も克服し,うまくいくことができました。すべての目標が達成できないかもしれませんが,それに向けて頑張ったことは一生残りますし,別の目標ができたときに必ず活かすことができるのです。
中嶋一貴さんは2018年 第86回ル・マン24時間耐久レースで優勝しました。