仕事人

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愛媛県に関連のある仕事人
1971年 生まれ 出身地 愛媛県

ちょうりし調理師
哲兄(てつにぃ)
子供の頃の夢: シェフ・調理師 (コックさん)
クラブ活動(中学校): バスケットボール部
仕事内容
飲食店を経営し中華料理を作る
自己紹介
小さい頃(ころ)から料理を作るのが好きで、得意なことは料理でした。休日はのんびりとするのが好きで、ドライブなどします。

※このページに書いてある内容は取材日(2006年12月06日)時点のものです

気軽に食べられる中華(ちゅうか)料理を作る仕事

気軽に食べられる中華(ちゅうか)料理を作る仕事

私(わたし)は飲食店を経営(けいえい)していて,いろんな食材を仕入れて,それを調理する仕事をしています。飲食店には和食・洋食・中華(ちゅうか)などいろいろと種類がありますが,私(わたし)のお店では中華(ちゅうか)料理を作っています。中華(ちゅうか)料理と言っても,私(わたし)のお店の場合はいろんなお客さんが気軽に食べられる中華(ちゅうか)です。メニューは誰(だれ)でも食べたことのある,ラーメン・ぎょうざ・チャーハン・中華(ちゅうか)飯・天津(てんしん)飯など,他にもいろんな定食を用意してます。中華(ちゅうか)に限(かぎ)らずお惣菜(そうざい)も用意してるので町の食堂にも近いお店ですね。

朝早くの仕込(しこ)みから夜の掃除(そうじ)までの長い一日

1日の仕事は「仕込(しこ)み」から始まります。お店の開店時間は11時30分なのですが,仕込(しこ)みをするために朝の7時に店へ出て,まずラーメンのスープを仕込(しこ)みます。ラーメンのスープを作るには何時間もかかります。スープの素(もと)となるいろんな食材を大きな寸胴(ずんどう)に入れてスープを炊(た)き出(だ)します。10時になると,パートの女性(じょせい)が出勤(しゅっきん)するので,私(わたし)も含(ふく)め2~3人で開店まで準備(じゅんび)をします。大きな釜(かま)で1日分のご飯を炊(た)いたり,ラーメンのトッピングの具材を切ったりチャーシューを煮込(にこ)んだりもします。餃子(ぎょうざ)やから揚(あ)げの仕込(しこ)みもあるので,やることはたくさんあります。11時30分になると入り口にのれんを出して開店になります。開店すると平日はサラリーマンや現場(げんば)で働いてる男性(だんせい)でいっぱいになります。週末や休日は家族連れのお客さんが多くなるし,曜日や時間帯によってお客さんの層(そう)は少しずつ変わります。お昼ご飯の時間帯が終わると,3時~5時くらいまでは夜のための食材の買出しや,夜はいろんなお惣菜(そうざい)も用意するのでその仕込(しこ)み,お昼で無くなってしまった食材の補充(ほじゅう)も行います。そうして,夜のご飯時を向かえ9時に閉店(へいてん)します。それから厨房(ちゅうぼう)周り,カウンターや客席の掃除(そうじ)をして1日が終わります。

季節によって変わる厨房(ちゅうぼう)内の温度差に苦労します

季節によって変わる厨房(ちゅうぼう)内の温度差に苦労します

私(わたし)の店は中華(ちゅうか)店なので,たくさんの火を使います。ラーメンのスープに火を入れて炊(た)きだすし,ラーメンの麺(めん)をゆがくお湯は1日中沸(わ)いています。チャーハンや中華(ちゅうか)飯や炒(いた)め物(もの)をする時には,とても強い火を使います。揚(あ)げ物(もの)用の油に火を入れると高温になり,餃子(ぎょうざ)を焼くための機械にも火が入ります。あと,チャーハンに添(そ)えるスープ用にもガスを使っています。そうなると,夏の厨房(ちゅうぼう)はとても暑くなります。お客さんが食べる客席側にはもちろん冷房(れいぼう)を入れてありますが,厨房(ちゅうぼう)には冷房(れいぼう)は入れていません。だから,大型の換気扇(かんきせん)を入れていますが役に立つことなく夏の厨房(ちゅうぼう)は1日中暑くなってしまいます。夏は暑さとの戦いですね。逆(ぎゃく)に冬は暖(あたた)かいですよ。でも,冬は一日中暖(あたた)かいところにいるので,店が終わって夜に外へ出ると,いきなり寒くなるのでビックリする時があります。そのために,風邪(かぜ)もひきやすくなったりするので体調管理には気を遣(つか)います。

人の成長に触(ふ)れ,出会いがたくさんあります

お店を始めて24年になります。24年もお店をやっていると,いろんな人の成長を見ることができます。いつも家族で利用してくれていたお客さんの中には,当時小学生くらいだった子が大きくなって結婚(けっこん)して,自分の子どもを連れて来たりする人もいます。そういう時はビックリしますね。50~60代だった夫婦(ふうふ)が今度はお孫さんなどを連れて来てくれることもあります。しかし,残念なことに,中には「おじいちゃんかおばあちゃんのどちらかが亡(な)くなってしまった」という話しを聞くこともあります。そんな時は悲しいですが,よく通ってくれていたカップルが結婚(けっこん)したという話などを聞くと嬉(うれ)しくもなります。とにかく,いろんな人と出会えるのがこの仕事のよいところですね。同時にいろんな家族の姿(すがた)を見ることもできるので,自分の人生の参考にもなりますし,いろんな時代を見ることができます。

お客さんに喜ばれる美味しい料理をつくる

お客さんに喜ばれる美味しい料理をつくる

いつも大切に思っているのは,美味しい料理を作ることですね。あとはお客さんに喜んでもらえることが一番です。毎日,お客さんに喜んでもらえる美味しい料理を作るために頑張(がんば)っています。新しいメニューを考えたり,お昼のまかないの時にいろいろ試作を作って従業員(じゅうぎょういん)に食べさせて感想を聞いたりもしています。その中で,評判(ひょうばん)が良かったものや自分の自信作になるとメニューの中に加えることもあります。

小さい時は洋食のコックさんになりたかった

小さい頃(ころ)から料理は好きでした。お母さんと台所に立って,よくご飯を作っていました。小さい時は洋食のコックさんに憧(あこが)れていました。高校を卒業して,プロになるためには何も知識(ちしき)がなかったので,調理の専門(せんもん)学校に行って基礎(きそ)を習いました。それから,西条(さいじょう)市内にあるレストランに就職(しゅうしょく)しました。そこでは,大きな宴会(えんかい)の料理を担当(たんとう)しました。チーフを任(まか)されて,大事な会議のあとの料理とか祝賀会(しゅくがかい)の料理など,数十名~百人単位の料理を作っていました。その時は洋食を中心に作っていましたが,そのお店を辞めたあとに,自分のお店を開店しました。今までやっていた洋食とは一転変わって,中華(ちゅうか)のお店を開きました。私(わたし)の友達の中には,中華(ちゅうか)の修行(しゅぎょう)をしていたのに洋食に転向した人もいます。その人は料理のコンクールに出て準優勝(じゅんゆうしょう)しました。目指したものが違(ちが)っても料理に対する情熱(じょうねつ)は熱いってことでしょうねぇ。私(わたし)も彼(かれ)に負けじとこの中華(ちゅうか)で頑張(がんば)っています。

友達と一緒(いっしょ)に外で遊んでいました

子どもの頃(ころ)はよく外で遊んでいました。友達もたくさんいました。今みたいに,室内でやるゲーム機などない時代だったので,たくさんの友達と一緒(いっしょ)にコマをやったり,ビー玉やばったんをやってました。「ばったん」という遊びは,めんこを使って相手のめんこをひっくり返して,ひっくり返った方のめんこが負けという遊びです。かくれんぼもやったし,とにかく外に出ていろんな友達と遊んでいました。あと,今みたいに冷凍(れいとう)食品がなかった時代だったので,みんな家庭で手作りしてる時代でした。だから,私(わたし)も小さい頃(ころ)から料理をしてたんだろなぁ。

小さくても夢を持ち続けること

小さくても夢を持ち続けること

みんな将来(しょうらい)大きくなったら必ず仕事をするようになるので,今のうちに夢(ゆめ)を持っていて欲(ほ)しい。将来(しょうらい)どんなことをしたいか。将来(しょうらい)何になりたいか。男の子も女の子もしっかりとした夢(ゆめ)に向かって行って欲(ほ)しい。あとは,元気よく外で遊ぶこと。今の時代はたくさんのテレビゲームや携帯(けいたい)電話が発展(はってん)して家の中で遊ぶこと多いかもしれないけど。たくさんのお友達を作って一緒(いっしょ)に外で遊ぶことは,大人になってもいろんなことで役に立つと思います。得に友達はたくさんいる方がいいですね。私(わたし)のお店には,今もたくさんの同級生が食べに来てくれます。そんなお友達をたくさん増(ふ)やしてください。

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取材・原稿作成:西条市産業振興課 倉本、編集:(c)学校ネット株式会社