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沖縄県に関連のある仕事人
1970年 生まれ 出身地 沖縄県

あわもりでんどうし泡盛伝道師
中里(なかざと) 迅志(はやし)
子供の頃の夢: 科学者
クラブ活動(中学校): バスケットボール部
仕事内容
泡あわ盛もりの美お味いしさを伝える仕事
自己紹介
大らかな気持ちでいる事と,健康第一で仕事をしています。考えすぎる事,自分の尺しゃく度どで判はん断だんすることが今後の課題です。

黄金 言葉くがに くとぅば:一いっ生しょう懸けん命めいはまいん(沖縄県の方言)
訳:一いっ生しょう懸けん命めいがんばる。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2017年05月29日)時点のものです

泡あわ盛もりの美お味いしさを伝える伝でん道どう師し

泡盛の美味しさを伝える伝道師

私わたしは,泡あわ盛もりというお酒を造つくっている神村かみむら酒しゅ造ぞうで働いています。お酒ってどうやって造つくられるかみなさんは知っていますか。泡あわ盛もりの原料はお米で主にタイ国産のインディカ米を使用します。その米を蒸むし,発はっ酵こうさせ,蒸じょう留りゅうするなどお酒ができるまでにいろいろな工こう程ていがあり,おいしい泡あわ盛もりができるように品ひん質しつにこだわり丁てい寧ねいに造つくっています。私わたしが働いている神村かみむら酒しゅ造ぞうでは,1年を通して泡あわ盛もりを造つくり,造つくった泡あわ盛もりを壷つぼやタンク,木樽たるで貯ちょ蔵ぞうし,時間をかけて熟じゅく成せいさせます。そして古酒蔵(くーすぐら)という泡あわ盛もりを販はん売ばいする店てん舗ぽもあるため,そこで販はん売ばいしてお客様へおいしい泡あわ盛もりを届とどけています。従じゅう業ぎょう員いんは18名でその中で泡あわ盛もりを造つくっている職しょく人にんは3名います。私わたしの主な仕事は,泡あわ盛もりを造つくる職しょく人にんの想おもいや,時間をかけて丁てい寧ねいに造つくった泡あわ盛もりの美お味いしさをいろんな人へ伝える仕事をしています。お酒を飲むと人は陽気な気持ちになり,心を開かせる効こう果かがあると思っています。私わたしは泡あわ盛もりをとおして,たくさんの人に幸せな気持ちになってほしいですし,泡あわ盛もりのことを知らない人たちへ泡あわ盛もりの魅み力りょくを伝えていきたいと思って働いています。神村かみむら酒しゅ造ぞうでは気軽に立たち寄よってもらう場所にしたいと考えて,いつでも見学ができるようにしています。今では年間約8,000人のお客様が来ており,多くの方は県外の方でリピーターです。最近は外国の方も来てくれるようになりました。

泡あわ盛もりの歴史って知ってる?

泡盛の歴史って知ってる?

みなさんはまだお酒が飲めないからお酒のことは詳くわしくないだろうけど,お酒の歴史って面おも白しろいんですよ。泡あわ盛もりは約600年の歴史があり,アジアとの交こう易えきの中で伝えられてきたと言われているんです。沖おき縄なわが琉りゅう球きゅう王国と言われていた頃ころは,王府が管理して,沖おき縄なわの首里三さん箇が(崎さき山やま・赤田・鳥とり堀ほり)という限げん定ていされた地ち域いきで造つくっていました。そのため,泡あわ盛もりを飲めるのは限かぎられた一部の人だけだったんです。泡あわ盛もりを造つくった後は王府があった首しゅ里り城じょうの「銭蔵(ぜにぐら)」というところで貯ちょ蔵ぞうされていました。琉りゅう球きゅう王国にとってとても大切なものだったので「酒蔵(さかぐら)」ではなく,「銭蔵(ぜにぐら)」と呼よばれていたそうですよ。また,泡あわ盛もりの大きな魅み力りょくの一つとなるのが,年月をかけて熟じゅく成せいさせることにより,まろやかで甘あまい香かおりのある美お味いしい古酒(くーす)に育っていくことです。約600年の歴史を持つ泡あわ盛もりは,戦争前までは100年や200年といった古酒が多く存そん在ざいしていたそうです。100年単位ですよ。とても長い年月熟じゅく成せいさせた古酒があったなんてすごいですよね。泡あわ盛もりがこんなに歴史のあるお酒であることを知らない人も多いんです。だからこそ,泡あわ盛もりの長い歴史をつくってきた沖おき縄なわの良さや泡あわ盛もりの凄すごさを多くの人たちへ伝えていきたいと思っているんですよ。

中ちゅう途と半はん端ぱなまま過すごしていた

中途半端なまま過ごしていた

よく三人兄きょう妹だいの真ん中の子は要よう領りょうがいいって言われますけど,私わたしにも兄と妹がいて,要よう領りょうがよくてずる賢がしこかったと思いますね。私わたしは怒おこられるのが嫌いやだったから,両親の前ではいい子で過すごして,怒おこられるようなことはバレないように行動していましたね。
勉強は中学までは優ゆう秀しゅうなほうでしたよ。でも高校に入ると私わたしよりも優ゆう秀しゅうな人はたくさんいて,落ちこぼれていき,なかなか勉強を頑がん張ばろうという気持ちにはなれませんでした。
当時,将しょう来らいのこともしっかり考えていませんでした。両親は公こう務む員いんだったので,両親や親せきから「公こう務む員いんになったらいいよ」とか「安定している仕事だよ」ってよく言われていました。その頃ころは,公こう務む員いんの仕事のことなんて分かっていなかったので,「公こう務む員いんの何が楽しいの?」とか「公こう務む員いんにはなりたくない!」って思っていました。たぶん,中ちゅう途と半はん端ぱな私わたしが公こう務む員いんの難むずかしい試験を乗のり越こえられるような根こん性じょうがなくて,言いい訳わけしていた部分もあったかもしれませんね。

外を知ってこそ地元の良さに気づく

外を知ってこそ地元の良さに気づく

中ちゅう途と半はん端ぱなままの私わたしは,華はなやかな大学生活に憧あこがれて東京の大学へ進学しました。大学に通っていて一番楽しかったのは,友だちと語り合う時間でしたね。大学には,日本全国から学生が集まるので,それぞれが地元の自じ慢まんをしていましたよ。沖おき縄なわは小さな県だと思っていたのですが,音楽,踊おどり,食べ物などいろんな話しができて,沖おき縄なわはどの話題でも誇ほこれるものや特別なものがあることに,その時はじめて気づきました。実は私わたしは,それだけ沖おき縄なわのことを“好き”だったんですね。沖おき縄なわにいたときは,「沖おき縄なわなんて」って思っていたのですが,沖おき縄なわを離はなれてはじめて,沖おき縄なわの良さや魅み力りょくを再さい発はっ見けんすることができたのです。

やりたい仕事をやろう!

やりたい仕事をやろう!

沖おき縄なわが好きだと気づけた私わたしは,大学卒業後は沖おき縄なわへ戻もどろうと思い,沖おき縄なわの銀行へ就しゅう職しょくしました。入行2年目から私わたしの仕事は,融ゆう資しというお金を必要としている人にお金を貸かし出だす仕事をしていたので,いろんなお客様と接せっする機会が多くありました。ある時,仕事で関わったお客様と食事をしているときに,泡あわ盛もりの歴史や美お味いしい飲み方の説明をしながらお客様へお酒を勧すすめていました。その勧すすめていたお酒が神村かみむら酒しゅ造ぞうの泡あわ盛もりです。いろんな人に神村かみむら酒しゅ造ぞうの泡あわ盛もりを飲んでほしいという思いから自然とやっていたことなんです。そしたらそのお客様から「昼間,仕事をしているときより楽しそうだな」と言われ,その時に初めて,泡あわ盛もりに関わっているときが自分が一番いきいきしていることに気づいたんです。一度気づいてしまうと,泡あわ盛もりに関わる仕事がしたくなってしまいましたが,妻つまや子どもがいたので,生活のことや将しょう来らいのことを考えるとすぐに銀行を辞やめるという結けつ論ろんが出せずに悩なやんでいました。そんな時に二人目の子どもの長女が生まれ,大人として見本となるような生き方をしていきたいと思い,自分が本当にしたい仕事は何かを真しん剣けんに考えました。考えに考えた結果,やっぱり泡あわ盛もりが好きでそれに関わる仕事がしたいという思いが強くなり「やりたい仕事をやろう!」と決けつ断だんしたんです。

知ち識しきがない自分が悔くやしい!!

知識がない自分が悔しい!!

銀行を辞やめて,神村かみむら酒しゅ造ぞうへ入社し,「自分のやりたい仕事をできる!」と,はじめはとっても喜んでいたんです。でも,泡あわ盛もりのことをいろんな人へ伝えていきたいと思っていたけど,周りには自分よりも泡あわ盛もりを愛している人たちでいっぱいでした。お酒が好きで,泡あわ盛もりの歴史や魅み力りょくを伝えていきたいと思っていたのに,泡あわ盛もりに対する知ち識しきの無さに悔くやしい気持ちでいっぱいになりました。それでもやりたい仕事だったので,一いっ生しょう懸けん命めいに泡あわ盛もりのことを勉強したんです。そんな時,泡あわ盛もりの基き礎そ知ち識しきや歴史などを学び,泡あわ盛もりの知ち識しきを正しく伝えられる人材を育てることを目的としている「泡あわ盛もりマイスター」の講こう座ざがあることを知りました。泡あわ盛もりに興きょう味みのある大学生や一いっ般ぱんの方も参加できるとあったので,私わたしにピッタリの講こう座ざだと思い,勉強し資し格かくを取ることにしました。働きながら1年間,泡あわ盛もりの勉強をしていくうちに,もっと泡あわ盛もりのことが好きになり,泡あわ盛もりの魅み力りょくにどんどんはまっていきましたね。だからこそ,今,多くの人に泡あわ盛もりの魅み力りょくを伝えていきたいと思っています。

泡あわ盛もりが人と人をつなげる

泡盛が人と人をつなげる

私わたしは,泡あわ盛もりは人の心を開かせ,人と人をつなげる魅み力りょくを持っていると思っています。なぜなら,私わたしが泡あわ盛もりマイスターの講こう座ざを受けていたときに,一いっ緒しょに講こう座ざに参加していた人たちの中には,さまざまな方がおり,普ふ通つうの主しゅ婦ふの方や県外から参加している人もいました。その方たちへ「どうして資し格かくを取ろうとしているの?」と聞いてみたところ,主しゅ婦ふの方は「純じゅん粋すいに泡あわ盛もりが好きだから」,県外の方は「泡あわ盛もりの独どく特とくの香かおりをもっと知りたくて」と言っていました。泡あわ盛もりを好きな方が多く,泡あわ盛もりをとおして,とても素す敵てきな人たちに出会うことができたと思っていますよ。
神村かみむら酒しゅ造ぞうには,お客様の泡あわ盛もりをお預あずかりし貯ちょ蔵ぞうする地ち下か蔵ぐらがあります。その泡あわ盛もりのラベルには未来へのメッセージが書かれており,さらにその時撮とった写真を一いっ緒しょにつけて保ほ管かんしています。今では約2,000本の泡あわ盛もりをお預あずかりしています。泡あわ盛もりに掲かかげている写真ですが,はじめはお一人で来ていたお客様の姿すがたが,何度か訪おとずれることにより数年後には結けっ婚こんして夫ふう婦ふで来た写真が増ふえ,その数年後には子どもが生まれて家族で来た写真が増ふえていくんです。ここでも泡あわ盛もりがいろんな人たちの人生や歴史に関わるきっかけとなっているんですよ。人と人をつないできたからこそ,泡あわ盛もりは長い歴史を刻きざんできたのです。そんな泡あわ盛もりを受うけ継ついで次の時代へとつないでいくことはとても大切なことだと私わたしは思っていますよ。

大人になるって楽しい!

大人になるって楽しい!

今の私わたしには夢ゆめがあります。どんな夢ゆめかというと「泡あわ盛もりのある生活をとおして,世の中を平和にしたいと思っています。」私わたしのまわりに家族や友人,そしてお客様が大おお勢ぜいいて,みんな笑っている暖あたたかい光景をいつも想おもい浮うかべています。私わたしは自分自身の人生,また大人であることを楽しみたいと思っています。もちろん,大人になるって楽しいことだけではないかもしれません。いろんなことに悩なやんだり,迷まよったりすることもあります。でも,どんなに難むずかしい壁かべにぶつかっても,何度でも挑いどんでいる大人がいることや諦あきらめないで頑がん張ばっている,そういった大人がいっぱいいることに,みなさんには気づいてほしいし,お手本にしてほしいと思っています。また,周りにいる人の大切さや感かん謝しゃの気持ちを忘わすれないでほしいです。今の私わたしがやりたいこと,好きなことを仕事にすることができたのは,いろんな人との出会いがあり,周りにいた人たちのおかげです。みなさんは大好きでやりたいことはありますか。そのためにも自分が今,何をすべきなのかを考え,自分で決め,それに向けて一いっ生しょう懸けん命めいに頑がん張ばってもらいたいです。そうすれば,キラキラと輝かがやいた素す敵てきな大人になれて,素す敵てきな人生をおくる事ができると思いますよ。

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有限会社神村酒造
取材・原稿作成:一般社団法人グッジョブおきなわプロジェクト/協力:株式会社学友館