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東京都に関連のある仕事人
1979年 生まれ 出身地 東京都

石井(いしい) 正邦(まさくに)
子供の頃の夢: 検事
クラブ活動(中学校): 地学部
仕事内容
幼よう稚ち園えん・こども園にまつわるあらゆる業ぎょう務むを行う。
自己紹介
じっとしていられない性せい格かくで,幼よう稚ち園えんでも休みの日もずっと動いています。野球観戦やスキーも大好きです。
出身高校
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2018年11月20日)時点のものです

66年間続く幼よう稚ち園えんとこども園の園長

66年間続く幼稚園とこども園の園長

私わたしは東京都北区にある「学校法人石いし井い学園 赤あか羽ばね 幼よう稚ち園えん・赤あか羽ばね こども園」の園長をしています。創そう立りつ者しゃは私わたしの曽そう祖そ父ふ(ひいおじいさん)で,66年前に幼よう稚ち園えんを今の場所に開いたのが始まりです。初代園長は祖そ母ぼで,2代目は現げん在ざい,理事長を務つとめている私わたしの父。私わたしは3代目の園長です。
6年前からはこども園も始めました。幼よう稚ち園えんは基き本ほん的てきに昼間のみですが,朝早くから夕方遅おそくまで預あずかってほしいという方たちのために,幼よう稚ち園えんの中にこども園を開かい設せつしています。昼間の時間は,幼よう稚ち園えんクラスの子どもたちと一いっ緒しょに,同じ幼よう稚ち園えん教育を受けてもらいます。今まで保ほ育いく園えんしか選せん択たく肢しがなかったという保ほ護ご者しゃの方からは,教育もしてくれるし,長時間預あずかってくれるということで,とても好こう評ひょうです。
幼よう稚ち園えん・こども園の園長という仕事を説明するとき,子どもたちには「何でも屋さん」と言っていますね。園の内外の掃そう除じから,英語の授じゅ業ぎょう,経けい営えいのことまで,幼よう稚ち園えん・こども園に関することは何でもやっています。また,こちらの園には温水プールがあり,年間を通して水泳の授じゅ業ぎょうも行っているのですが,この温水プールの管理も私わたしの仕事です。

朝早くから,一日中動き回っている

朝早くから,一日中動き回っている

私わたしの家は,幼よう稚ち園えんの隣となりにあるのですが,毎朝だいたい4時に起きて,4時30分には幼よう稚ち園えんに来ます。まずすべての教室を見回って,画びょうが落ちていないか,物が倒たおれていないかなどを,先生たちが出しゅっ勤きんする前にチェックします。その後は,幼よう稚ち園えんのまわりの道を掃そう除じします。園長として,地ち域いきの方と顔見知りになっておくことはとても大事です。例えば,最近は子どもの声をうるさいと感じる方もいますが,そういう方でも,顔見知りになっておけば,「元気でいいねえ」と声をかけてくれたりするんです。ほかに,プールの授じゅ業ぎょうがある日はボイラーのスイッチも朝につけます。
その後,先生たちが出しゅっ勤きんしてくるので,7時40分には朝礼をして,先生たちにその日の連れん絡らくをします。8時10分から9時40分までが,子どもたちの登園時間。子どもたちの様子を見たりあいさつをしたり,保ほ護ご者しゃの方とお話をしたりします。10時ごろから教室での保ほ育いくが始まるので,各クラスを見て回った後,執しつ務む室しつに戻もどってきて,報ほう告こく書しょに目を通したり,書類を作ったりします。時には水泳や英語の授じゅ業ぎょうを担たん当とうすることもあります。お昼を食べたら,午後1時からは教室の巡じゅん回かいを始めて,何かトラブルがないか,先生方に声をかけます。1時45分には幼よう稚ち園えんの子どもたちが降こう園えんするので見送って,その後は預あずかり保ほ育いくの子どもたちの様子を見ます。4時からは終わりのミーティングをし,だいたい6時ごろまで園にいます。研けん修しゅうなどで外出する日もありますが,園にいる日は一日中,園の中を動き回っていますね。

自分のやり方が正しいかどうか,アドバイスをもらえない

自分のやり方が正しいかどうか,アドバイスをもらえない

幼よう稚ち園えんの園長という仕事をしている人は少ないので,自分がしていることがこれで正しいのか,あまり人から指し摘てきしてもらえないところが大変なところです。幼よう稚ち園えんの先生や保ほ育いく士しさんだと,先せん輩ぱいからアドバイスをもらえたりもしますが,園長の場合,一番立場が上なので,なかなか人から「こうしたほうがいいよ」などと言ってもらえません。私わたしの場合は,先代である理事長から時々アドバイスをもらえますが,マニュアルみたいなものはないので,そこが難むずかしいといえば難むずかしいかもしれません。自分を客観的に見ることほど難むずかしいものはないですからね。
教科書がないので,いろいろな人を観察して,これはいいなと思ったことはすぐ試ためすようにしています。この前,ある幼よう稚ち園えんの広こう報ほう誌しを読んでいたときに見たしかけがあって,さっそく真ま似ねをしてみました。Suica(スイカ。JR東日本のICカード)のような見た目のカードを紙で作ってラミネート加工をして,子どもに持たせるんです。それで,登園して園に入るときに,私わたしの手を改札機に見立ててタッチしてもらいます。「ピッ」という音は私わたしが口で言います。つまり,改札機を通るような「ごっこ」をするんです。こうしたしかけがあると,幼よう稚ち園えんに来るときに泣いてしまうような子も,楽しく登園できるようになります。電車が好きな子もいて,そういう子も喜びますね。このように,積極的にいろいろ試ためすようにしています。

子どもたちからの「大好き」の言葉が何よりうれしい

子どもたちからの「大好き」の言葉が何よりうれしい

これは,教育に携たずさわる人はみなそうだと思いますが,やっぱり子どもたちに「先生,大好き!」と言われたときが,一番うれしいですね。例えば,一いっ緒しょに遊んだり話したりしているときに,急にトコトコとやってきて服を引ひっ張ぱるので,「どうしたの?」と聞くと,「大好き!」と急に言ってくれることもあります。「ありがとう」と「大好き」という言葉は,人間にとって,一番うれしいものだと思います。幼よう児じ期きの子どもは純じゅん粋すいなので,嫌きらいな人には嫌きらいと言い,好きな人には好きとはっきり言います。お返しに「ありがとう。先生も大好きだよ」と言うと,子どもたちもうれしそうにしていますね。
園長という仕事に限かぎらず教育の現げん場ばでは,先生と子どもたちは一対何十,時には一対何百という関係です。例えば同どう窓そう会かいで,「先生,あのときにあんなことを言っていましたよね」と言われて,こちらが覚えていない,なんていうこともあります。自分が子どもだったときのことを思い出しても,あの言葉は結けっ構こうショックだったなとか,あの言葉には勇気づけられたなとか,そういう経けい験けんはいくつもあります。こちらが思っている以上に,子どもたちは私わたしたちにかけられた言葉を覚えているものなので,子どもたちに何か伝えるときは,言葉を選ぶように気をつけています。

子どもたちや先生たち,全員の様子を見るように

子どもたちや先生たち,全員の様子を見るように

園長という仕事で一番気をつけているのが,“全体を見る”ということですね。うちの園には,今,子どもたちが315人いるので,315人全員を見ていないといけません。全員の子どもたちと,朝「おはよう」とあいさつをして,一言二言でもいいので,話をするということを大事にしています。さらに,働いている先生たちが28人いるので,先生たちの顔を朝礼で見ておくこと,自分から話しかけることも大事ですし,バスの運転手さんの体調も,点てん呼こをしてチェックしています。
あとは,自分ができていないことは,子どもたちやほかの先生方にも言えませんので,あいさつや日々の習しゅう慣かんなど,誰だれよりも自分がちゃんとやるように心がけています。

長年愛されてきた園を存そん続ぞくさせるために

長年愛されてきた園を存続させるために

もともと私わたしは園長をすることになるとは思っていませんでした。園長になると決めた理由は,大学進学のときに,長年,地元で続いてきた園の長男として,自分がやらないといけないなと思ったからです。この園には,今,315人の園児がいますが,一時は65人まで減へってしまった時期がありました。そこから先代が努力して,300人規き模ぼの園に立て直したのです。私わたし自身も卒園生ですし,先代も卒園生です。また,園のある赤あか羽ばね という町は地ち域いき柄がら,何代も地元で暮くらしている方が多いので,三代続けて赤あか羽ばね 幼よう稚ち園えん,という方も多くいます。そういった方々に支ささえられているので,ここで自分が終わらせてはいけないと思っています。
あと,この仕事を選んだ理由としては,やっぱり人が好きだというのもあります。「大好き」「ありがとう」と言われることに,子どものころから喜びを感じるタイプでした。大学ではボランティアサークルに入って,児童館に行ったり,夏休みは東京以外の地ち域いきの小学校に行って,デイキャンプをしたりしました。そのときに,竹で水みず鉄でっ砲ぽうを作るスキルや,ベーゴマの技ぎ術じゅつが磨みがかれて,今子どもたちに遊び方を教えるときに役立っています。子どもに対してどういった言葉をかけたらいいかなどもそのときに覚えて,それも今の仕事につながっていますね。大学院を出た後はこの園で副園長という形で働き始めて,いろいろなことを学びながら,15年目の今年,園長を引ひき継つぎました。

赤あか羽ばね幼よう稚ち園えんからの脱だっ走そう第一号

赤羽幼稚園からの脱走第一号

子どものころは落ち着きがなく,よく怒おこられていました。子どものころから動くことが大好きで,裏うら山やまでロープを使ってターザンごっこをしたり,納な屋やの中に秘ひ密みつ基き地ちを作ったりして遊んでいましたね。私わたしの父が園長になったころ,私わたしがちょうど赤あか羽ばね幼よう稚ち園えんに入園したのですが,この幼よう稚ち園えんから家に帰りたくて脱だっ走そうした子ども第一号が,実は私わたしだったんです。それで門の扉とびらに二重の鍵かぎをかけるようになって,園のセキュリティ強化にひと役買う形になってしまいました。
中学からは私し立りつの一いっ貫かん校こうで,学業も頑がん張ばっていました。剣けん道どうと柔じゅう道どうが必ひっ須すの学校だったので,中学3年間で剣けん道どう初しょ段だん,高校3年間で柔じゅう道どう初しょ段だんを取りました。それとは別に地元の道場では少しょう林りん寺じ拳けん法ぽうにも打ちこんでいました。部活は地学部で,天文観察をしたり,夏休みには地方へ化石を掘ほりに行ったりしていました。

いろいろ言ってもらえることは幸せなこと

いろいろ言ってもらえることは幸せなこと

若わかいうちは好すき嫌きらいを作らないで,何でもやってみるといいんじゃないかと思います。何が大事なのか,何が自分の仕事に将しょう来らい生きてくるのか,今はまだわからないと思うので,やりたいなと思ったことは,何でもやってみましょう。
もうひとつ。みなさんは先生や親から何か言われると,うるさいなと思うかもしれません。でも,私わたしは園長という立場になって,誰だれからも何も言われないというのがすごく不安なので,誰だれかに何かを言ってもらえるのは幸せなことだと,今は思います。ある程てい度どの年ねん齢れいになって,仕事の立場が変わると,言ってもらえなくなってしまうので。自分が不安なときに,いろいろなアドバイスをしてくれる人は,あなたのためを思ってくれているわけです。ですから,うるさいなと思わず,大人が何か言ってくるときは,まずは聞いてみてください。

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ディケンズ
人間嫌いの主人公が,クリスマスイブの晩に三人の幽霊と出会って,自分の生き方を見つめ直すという話です。自分の生き方を考えるときや,子どもたちに人に対する接し方などについて話すときの参考にもなります。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫