仕事人

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沖縄県に関連のある仕事人
1987年 生まれ 出身地 沖縄県

嘉陽(かよう) 沙織(さおり)
子供の頃の夢: 魚屋さん
クラブ活動(中学校): バスケットボール部 陸上部
仕事内容
沖おき縄なわで企き画かく・生産されたモノを職しょく人にんさんから仕入れて,ホテルやお土み産やげ屋やさん,飲食店に販はん売ばいする。
自己紹介
人と話すことが好きで,好こう奇き心しん旺おう盛せい。興きょう味みのあることにはのめり込こむけれど,興きょう味みのないことには手を付けないことが多い。楽しいと感じれば遊びでも仕事でも見み境さかいなく予定を詰つめ込こむので,時間のコントロールは苦手。


黄金 言葉くがに くとぅば:実入みいらー,首くび折うりり(沖縄県の方言)
訳:沖おき縄なわの方言。稲いな穂ほの実が重くなるほど頭を垂たれるように,人も経けい験けんや富とみを得るほどに謙けん虚きょでありなさいという意味。

※このページに書いてある内容は取材日(2017年06月12日)時点のものです

「沖おき縄なわの文化」を発信する

「沖縄の文化」を発信する

私わたしが働いている「ゆいまーる沖おき縄なわ株かぶ式しき会がい社しや」という会社は,沖おき縄なわで企き画かく・生産されたモノを作り手の職しよく人にんさんから仕入れて,ホテルやお土み産やげ屋やさん,飲食店に販はん売ばいしています。それから,私わたしたちが運うん営えいしているお店「ゆいまーる沖おき縄なわ 本店<Storage & Lab.>」やWEBでも個こ人じんのお客さま向けに販はん売ばいしています。
毎日の生活を少し楽しく,豊ゆたかにしてくれる「沖おき縄なわの宝たから物もの」を見つけて,より多くの人へ伝えていくのが私わたしたちのお仕事です。
アイテムは,琉りゆう球きゆうガラス,沖おき縄なわの方言で「やちむん」と呼よばれる陶とう器き,シーサー,琉りゆう球きゆう藍あい染ぞめを使った小物,その他の染せん織しよく物,かりゆしウェアや沖おき縄なわの出しゆつ版ぱん社しやが出している本や雑ざつ誌しがあります。そういった昔から愛され続けてきたアイテムだけでなく,例えばマンゴーのお酒や島豆どう腐ふのチップスといった,まだ広く知られていない沖おき縄なわの良いモノを発見して紹しよう介かいしています。他にも,錫すずという金きん属ぞくを使う錫すず細工シルカニゼークなどの工芸も古くから受うけ継つがれてきました。そういった沖おき縄なわの人にもまだあまり知られていない文化を伝えるトークイベントや,また実じつ際さいにモノづくりをしてみたいというお客さまのために,作り手が直々に教えてくれる体験イベントも開かい催さいしています。

人と人,人とモノを結ぶお仕事

人と人,人とモノを結ぶお仕事

私わたしたちのお店では,来店したお客さまには「いらっしゃいませ」の代わりに「こんにちは」という挨あい拶さつでお出で迎むかえしています。単にモノを売るお店というよりも自分や友達の家に遊びに来ている,そんなふうに気軽に来てくれる場所にしたいと思っているからなんですよ。お店の中には沖おき縄なわに関係する本や雑ざつ誌しが読めるライブラリースペースもあって,お客さまがゆっくりくつろいでくれています。
お店にある一つひとつのモノには沖おき縄なわが世界に誇ほこる歴史や技ぎ術じゆつがつまっています。例えば,「やちむん」に描えがかれている魚の模も様ようは子孫繁はん栄えいを願う意味が込こめられていたり,壷つぼの模も様ようを下した描がきなしで勢いきおいよく指で直ちよく接せつ描えがかれていたりします。ときには作り手の人となりや作品作りの思いも,お客さまへ伝えています。作り手とお客さまが直ちよく接せつお会いできることは少ないですから,私わたしたちがその気持ちを少しでも代だい弁べんできればと思っています。店名の「ゆいまーる」というのは沖おき縄なわの方言で,人と人が助けあう心を表す言葉です。「ゆい」には結ぶという意味があります。このお店で出会った本やモノから,また私わたしたちやお客さま同士の出会いからさまざまなつながりが生まれ,お店で結ばれて,モノに愛着を持ち大切に受うけ継ついでいきたい,もっと沖おき縄なわの文化を知りたいと思ってくれたら嬉うれしいですね。

伝え方次し第だいで相手の気持ちが変えられる!

 伝え方次第で相手の気持ちが変えられる!

小さい頃ころから沖おき縄なわの文化や工芸品に魅み力りよくを感じていたかといえば,そうではありませんでした。中学生くらいまでは,母が経けい営えいしていたさしみ屋さんを継つぐんだろうなとぼんやり思っていましたね。ちなみに,沖おき縄なわでは魚を切り身にして販はん売ばいするお店のことをさしみ屋さんと呼よぶんですよ。
学校の勉強は嫌きらいではなかったのですが,授じゆ業ぎようは退たい屈くつだなと感じることがありました。高校2年生になって,受験勉強のために予よ備び校こうに通うことになり,そのときの先生の教え方が,今まで受けてきた授じゆ業ぎようとは全く違ちがい,衝しよう撃げきをうけたんです。単に英単語と日本語の訳やくだけではなくて,その単語が生まれたアメリカの文化背はい景けいと関連付けて教えてくれたことで,学ぶことがすごく楽しくなりましたし,もっと学びたい!という気持ちにさせてくれました。その先生と出会ったことで,私わたしもこんなふうに楽しく勉強を教えられる先生になりたい!と思い,学校の先生になることを目指しました。今,振ふり返かえれば,このときから何かを「伝える」ということに興きよう味みを持ったのかもしれませんね。伝える内ない容ようは同じでも,伝え方次し第だいで受け取る人の気持ちを変えられることに気づけたのは,今の仕事にも生かされています。

「伝えること」に悩なやんだ

「伝えること」に悩んだ

大学進学後,教員免めん許きよを取得して,念願だった高校の先生になりました。授じゆ業ぎようではさまざまな工く夫ふうを重ねて,生徒も楽しんで勉強してくれましたし,私わたし自身も楽しかったです。
ただ,学校の先生の仕事って勉強を教えるだけではないんですよね。みなさんも先生に悩なやみや,卒業後の進路を相談することがありませんか。私わたしも生徒からそんな相談を受けて,周りにはこんな仕事があるんだよ,その仕事に就つくためにはこんな勉強や資し格かくが必要だよ,とアドバイスをすることがありました。でも,その情じよう報ほうは,本やTVから得た知ち識しきでした。私わたしの生きた経けい験けんではなく人づての情じよう報ほうだけでは,生徒は納なつ得とくできないし,生徒のこれからの人生に大きく関わるアドバイスがこれでいいのかなと疑ぎ問もんに感じたんです。
それに気づいたときに,学校の先生を続けるのではなく,社会経けい験けんも積みながら,自分が生まれ育った沖おき縄なわのことをしっかり学び,今活かつ躍やくしている人たちにも触ふれ合あえる,そしてその魅み力りよくを子どもや大人たちに伝えていける人になりたいと思い,それができる仕事は何だろうと探さがしました。現げん在ざいの会社のは,私わたしがやりたいこととぴったりなんです。就しゆう職しよくするときは,会社のことを調べたり,新聞に載のっていた記事を読んだりして,じっくり考えてこの仕事を始めました。

沖おき縄なわの文化を未来に受うけ継つぐ

 沖縄の文化を未来に受け継ぐ

私わたしが生まれ育ったところは,沖おき縄なわ本島北部の今な帰き仁じんという小さな村でした。そこは地ち域いきの伝でん統とう的てきな豊ほう年ねん祭さいといったお祭りが今でも続いています。お祭りのときには地ち域いきの住民が全員関わり,私わたしも踊おどり子ことして参加しましたが,当時は身近すぎて,村に代々伝わってきた祭具や伝でん統とう文化の魅み力りよくに気づきませんでした。
また,今な帰き仁じん村そんは昔は芭ば蕉しよう布ふとよばれる織おり物ものの産地で有名でしたが,今ではその技ぎ術じゆつを受うけ継つぐ人がいなくなり,文化が途と絶だえてしまいました。そのことを知ったのも今の仕事を始めてからでした。文化が途と絶だえるということは,作り手の働く場所もなくなるだけでなく,私わたしたちの生活の彩いろどりが失われてしまうことだと思います。
この仕事では,丁てい寧ねいに作られた沖おき縄なわの素す敵てきなモノに日々触ふれることができます。それに「沖おき縄なわの魅み力りよくを伝えたい」という共通の思いを持ったたくさんの人と出会い,新しい仕事を生み出せることがとても楽しいです。沖おき縄なわが昔から大切にしてきたモノや,地ち域いきや島独どく特とくの文化を受うけ継つぎ,目に見えない文化や思いを伝え,語り合い,これからも広げていくことが私わたしの仕事だと思っています。

一つの商品を作りあげるということ

一つの商品を作りあげるということ

沖おき縄なわの文化を後世に伝えていくためにも,今ある工芸品をアレンジして新しい魅み力りよくを発信しています。手仕事で一つひとつオリジナルの商品を作ることもしています。
「aimunアイムン」という,琉りゆう球きゆう藍あい(沖おき縄なわで育てられた藍あいという植物)の染せん料りようを使い,沖おき縄なわの民家の塀へいによく使われている花ブロックをモチーフにした模も様ようを染そめたバッグやストールがあります。このブランドは約1年の期間をかけて,作り手さん,デザイナーさん,カメラマンさんと何度も何度も話し合いを重ね,試作品もたくさん作って,商品を生み出しました。例えばバッグを作るときには,現げん代だいの生活にもマッチするようにスマートフォンやノートパソコンを入れやすい大きさにしようかとか,洋服に合わせやすいデザインはどちらだろうとか,みんなでアイディアや意見を出し合いました。ふつう,藍あい染ぞめはグラデーションを生かした商品が多いのですが,このブランドでは「抜ばつ染せんばっせん」という,模も様ようをはっきりさせる技ぎ法ほうを使っています。難むずかしい技ぎ法ほうなんですが,デザインを生かせるのはこれしかない!とみんなで決めました。博物館や美び術じゆつ館かんで飾かざられる「見る」工芸品ではなく,「使う」工芸品として,そして年代や性せい別べつを問わず,お客さまに長く愛される商品にするために作りあげていきました。試し行こう錯さく誤ごしながら完成し,お客さまにお披ひ露ろ目めできるときはとても嬉うれしかったです。

モノづくりを支ささえるために

モノづくりを支えるために

私わたしたちの使命は沖おき縄なわの文化を伝えることです。お客さまを喜ばせるだけでなく,作り手が心を込こめて作った作品を商品としてしっかり売って,作り手にお金が行きわたるようにしないといけません。商品がたくさん売れますと,作り手は安定した生活ができます。作品を作り続けることができ,もっと新しい作品を作りたいという気持ちにもつながるんですよ。
商品を単たん純じゆんにお店に置いておくだけでは売れません。例えば,実じつ際さいに使っている様子がイメージしやすいようにお皿に料理を盛もった写真をプロのカメラマンに撮とってもらったりするなど,その商品の魅み力りよくが最さい大だい限げんに伝わるような工く夫ふうも常つねに心がけています。それから,県外へ発送をしたときに包ほう装そうが壊こわれてしまわないか,お皿は積み重ねて収しゆう納のうしやすいか,といった細かいポイントも大切なことです。
売り上げを考えるときには計算式や数字がたくさんでてきます。実は私わたしは算数や数学がとても苦手で,会社に入ったばかりの頃ころは売り上げのことを考えるのがイヤだったんです。でも,続けていくうちに仕組みが分かり,沖おき縄なわの文化を伝えることにつながる大切なことだと気づいて,投げ出さないで頑がん張ばっています。今でも苦戦することがありますが,そんなときは先せん輩ぱいや同どう僚りよう,会社を通して知り合った多くに人たちに助けてもらいながら取り組んでいます。

何になりたいかではなく何がしたいか

何になりたいかではなく何がしたいか

みなさんはよく「何の仕事に就つきたいの?」「何になりたいの?」って聞かれると思います。そんなとき,例えばお医者さんになる,と答えている人がいるとします。では,お医者さんになって何をしたいでしょうか。例えば,病気になる前に防ふせぎたいのか,それとも,今病気にかかっている人が少しでも楽になるための手助けをしたいのか,とか。そこまで考えると,実は『したいこと』ができるのは栄養士さんだったり,リハビリの仕事だったりと,お医者さん以外の道が見えてきたりもします。
それから,やりたいことをするためには,時には苦手なことやイヤなことをしなくてはいけない場合もあります。それはやりたいことをするために必要なことですので,逃にげずに挑ちよう戦せんしてみてくださいね。
何がやりたいかまだ見つかっていない子は,学校という場所だけでなく,いろいろな人と出会って話していくうちに,やりたいことの形がはっきりしてくると思います。
みなさんには仕事の名前だけで決めるのではなく,自分か何がしたいかという目的をもって探さがしてほしいですね。

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茨木のり子
作者の茨木のり子さんご自身が自分を励ます気持ちで詠んだのだろうと思われる詩がぎゅっと詰まっていて,心に沁みます。特におすすめは「自分の感受性くらい」という詩。

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ゆいまーる沖縄株式会社
取材・原稿作成:一般社団法人グッジョブおきなわプロジェクト/協力:株式会社学友館