※このページに書いてある内容は取材日(2021年10月08日)時点のものです
「多重織りガーゼ」の専門店として、オリジナル商品を作り販売する
私は東京都台東区浅草橋にある「株式会社オブラブ」という会社で社長を務めています。オブラブは、ガーゼを何層にも重ねた「多重織りガーゼ」のオリジナル製品を作って販売しています。1997年に会社を設立し、現在は私を含めて3名の従業員がいます。製品は和歌山県や大阪府の数か所の工場に依頼して、作ってもらっています。
オブラブという会社名は、「of love = 愛の」から意味と音をとって命名しました。「赤ちゃんのころ、やさしくつつまれた記憶があれば、やがて、誰かをやさしくつつむ日がくる。世代を越えて、やさしさがつながるように」という願いをこめて、おくるみやブランケット、枕など、赤ちゃん向けのアイテムを中心にさまざまなオリジナル商品を作り、販売しています。お客さまの年齢層は30代から80代と幅広く、友人への出産祝いや孫への贈り物といったギフト目的で購入いただくことが多いですね。
私は、会社経営に関する仕事のほか、「どんな商品を作るか」という商品開発の仕事や、もっと商品を売るためのPRの方法や売り方を考える仕事もします。そのほか、商品のデザインや工場への指示をしたり、店頭に立ってお客さまの対応をしたり、インターネット販売サイトの管理をしたりもしています。
多重織りガーゼの魅力とは
オブラブは多重織りガーゼの専門店ですが、そうなったのは会社設立から約20年後からでした。それまでは、オリジナルの商品ではなく、委託を受けて他社ブランドの商品を製造する仕事をしていたのです。とはいえ、「自社の商品を作りたい」という気持ちは、設立当初からずっと持ち続けていました。
大きな転機となったのは、2012年にあったギフト・生活雑貨の展示会で「6重ガーゼ」を目にしたことでした。6重ガーゼは、その名の通り、6枚のガーゼ生地を重ねたもので、1枚ごとに糸の太さや生地の密度を変えられるんです。例えば、ふっくらさせたいのであれば太い糸を使用し、細かい柄を出したければ細い糸を使って生地を織り上げます。そうした特徴の異なる生地を、6枚重ね合わせることで、さまざまな質感やデザインを作り上げられるところがとても魅力的でした。もともと、作るものの構造から考えることが大好きだった私の性格にもぴったりの素材だったのだと思います。この出会いを機に、「多重織りガーゼの専門店」として、オリジナルの商品を生地から作っていく方向に舵を切ったのです。
そこからは素材やデザイン、肌触りなどを追及し続け、3重から6重織りガーゼのさまざまな商品を生み出していきました。例えば、パジャマの上に着せる0歳から4歳向けの寝具「リバーシブル・スリーパー」は5重ガーゼの商品です。お客さまにも好評で、人気商品のひとつになっています。表のバルーンドッグ柄は上2枚で表現し、下2枚のガーゼ生地で裏のボーダー柄を作り上げているため、表と裏で柄が異なります。ふわふわの触り心地を追求し、5枚それぞれで糸の太さも変えるなど、糸にもこだわりました。多重織りガーゼだと、このように凝ったデザインが実現できるんです。
テレビ出演を機に「ガーゼとお米のまくら」が大人気に!
2021年の9月に、『ぶらり途中下車の旅』というテレビ番組でお店を紹介していただき、本当に多くのうれしい反響をいただきました。番組内で紹介いただいた「授乳ケープ」や「スリーパー」、「ガーゼとお米のまくら」は大人気商品となりました。特に「ガーゼとお米のまくら」には、お店を訪れてくれたタレントのIMALUさんに「お米の香りがする~!」と素敵なリアクションをしていただきました。放送を機に「お米好きなのでぜひ予約したいです」というお客さまもいらっしゃったほどの大反響でしたね。
「ガーゼとお米のまくら」はお客さまの「子ども用の枕を作ってほしい」という言葉から生まれました。デザインはおにぎり型とうさぎ型の2種類で、中には捨てられてしまうお米を半分以上ブレンドしたバイオマスプラスチックの枕用パイプを入れました。枕の中身を考える際、少しでも環境にやさしいものを使いたいという思いから、数種類のバイオマスプラスチックを取り寄せ、使用感や重さ、費用などを検討したうえで選びました。デザインにもこだわり、お米に関するものとして「俵の形はどうか」など何種類も試作を重ね、寝心地などを細かく検証した結果、最終的に今の形になりました。
今回の経験から感じたことは、素材やデザイン、使用感などへのこだわりを追求したものづくりを積み重ねてきたからこそ、ヒットにつながったのだなということです。私たちは、自信と誇りを持って売り出せる商品を作ってきたのだと改めて実感した出来事でした。
インスタライブにも挑戦
最近、特に力を入れているのが、PRの方法や売り方を考える仕事です。オブラブのことをより多くの方に知っていただくために、SNSの運用方法を考えることもそのひとつ。インスタグラムに投稿する写真や内容、アップする時間などにもこだわっています。2020年の11月からは、月に一度「インスタライブ」という生配信を、事務所が近所で仕事でもお付き合いのあるイラストレーターさんと一緒に行い、お店や商品の紹介だけでなく、家族や言葉についてなど、さまざまなテーマで話をしています。これは、お店や商品といった目に見える部分だけではなく、「どんな人が商品を作っているのか」ということも伝えたいと思ったからです。あえてライブという形で伝えることで作り手の人間性も知ってもらい、ブランドへの信頼感にもつながればと考えました。相手により分かりやすく伝えるための力、いわば「国語力」の大切さを日々痛感しながら、楽しくお話ししています。
仕事をするうえで大切にしている3つのこと
私が仕事をするうえで大切にしていることは、大きく分けて3つあります。
1つ目は「言葉」です。例えば、私のやりたいことをそのまま伝えるのではなく、やりたいことに対して相手が納得し、一緒に動いてもらうための言葉選びや伝え方を大切にしています。そのためには、ただ論理的に伝えるだけではなく、思いや感情もきちんと伝わる言葉が必要だと考えています。こういう言葉を使える人が、組織を率いる立派なリーダーになれると私は思っていますし、自分でもそういう言葉を使えるよう、心がけています。
2つ目は「一方だけがつらい思いをしないようにすること」です。仕事は自分一人ではなく、さまざまな人たちの力が合わさることで成り立っています。だからこそ、その中の誰かがつらい思いをすることはないようにしたいと考えています。例えば、料金や納期の面で、商品の製造をお願いしている工場に大きな負担をかけてしまう、などということのないように、できる限り仕事量などを調整するようにしています。
3つ目は「お客さまありきの商品づくり」です。性能だけを追い求めた、ハイスペックな商品ができあがったとしても、お客さまが求めていなければ意味がありません。作り手の独りよがりな商品ではなく、使う人ありきの商品にしたいと常に意識しています。私自身、ものづくりが大好きなので、ついつい「自分が作りたいもの」に意識が向いてしまうこともあります。だからこそ、「どんな人たちに届けるものなのか」、「誰のための商品なのか」ということをいつも忘れないようにしています。
昔も今も変わらない「ものづくりが好き」という気持ち
私が今の仕事を選んだのは、実家が縫製メーカーで、ものづくりがとても身近な環境だったことが大きいと思います。実際、子どものころから自分の手を動かしてものをつくることが大好きでした。
中学時代はお菓子作りに夢中になりました。調理の過程で、素材がどんどん変化していくのが理科の実験のようで楽しかったんです。最終的にデコレーションして見た目のきれいな形になり、食べてもおいしいなんて、最高ですよね。好きなことにはとことんのめりこむタイプだったので、道具をたくさん集めて、クッキーやケーキなど、さまざまなお菓子を作るのを楽しんでいたことを、今でもよく覚えています。もしかしたら、当時、パティシエという職業が身近にあれば、そちらの道に進んでいたかもしれません。
高校や大学時代には、自分で型紙を引いて洋服を作っていたこともありました。今も、生地を作る際には糸の太さや種類から考えますし、一から自分の手でものをつくることが好きな気持ちは、昔から変わっていないのだと思います。
子どものころから独立して仕事をしたかった
もうひとつ、子どものころから一貫して変わらなかったものがあります。それは、「独立して仕事をしたい」という気持ちです。私は4人兄弟の末っ子で3人の兄がいます。私だけ女の子ということもあり、両親からかわいがられたものの「兄たちに負けたくない!」とも考えていました。こうした気持ちもあってか、中学のころから、技術を持ち、独立して生きていけるようになりたいと考え始めます。高校生になってもその思いが変わることはなく、美術の先生にデッサンをほめられたことを機にデザインに興味を持ち、武蔵野美術大学に進学し、工芸デザイン学科でプラスチックに関することを学びました。
大学卒業後はインテリアデザイン事務所に就職し、デザイナーとして企画の仕事を経験した後、実家の会社を手伝いました。デザインの仕事と、自分の手でものを生み出す実家の仕事を経て私が気付いたことは、自分は企画だけではなく、商品を形にしてお客さまに届けるまでの仕事がしたいんだなということです。多くの経験を経て、デザイナーとしてではなく、メーカーとして独立することを決め、会社を設立しました。
何でもやってみよう!たくさんの経験が未来を輝かせる
私は、興味のあることは何でもやりたいタイプでした。若いころは、日本を飛び越えて中国やドイツで仕事をしたこともあります。今思えば「手を出しすぎたかも?」と思うこともいくつもありました。しかし、たくさんの経験のおかげで、自分に合っていること、自分にとって不要なものがすぐに判断できるようになりましたし、思わぬところで経験が生かされたこともあります。大学時代に学んだプラスチックの知識が「お米のまくら」で予想外に生かされたことがよい例でしょう。
自分の血となり肉となるものは、実際に経験したもののみです。それをどれだけ積めるかで、将来は大きく変わると思います。挑戦を恐れず、興味のあることや好きなこと、とにかくいろんなことにチャレンジしてみてください。