仕事人

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東京都に関連のある仕事人
1952年 生まれ
たちばな 右龍うりゅう
子供の頃の夢: 科学者,国語の先生
クラブ活動(中学校): なし
仕事内容
の楽しさを文字から伝える。後世に美しく正しく残すために文字教室などでわかりやすい説明をしています。
自己紹介
こうしんおうせいもんを持ち,自分でかいけつすることが好き。目立ちたがり屋ではありません。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2018年11月21日)時点のものです

かざる文字を書く仕事

寄席を飾る文字を書く仕事

わたしは,たちばなりゅう文字書家です。落語やこうだんえんげいじょうである「」にかかげられるかんばんの木札やこうのめくりに,文字でしゅつえん芸人の名前などを書くのが主な仕事で,あさくさえんげいホールの文字をたんとうしています。また,文字教室も開いています。

4つの種類がある文字

4つの種類がある江戸文字

文字」とは,どういう文字だかわかりますか?
なんとなくのイメージはかんでも,せんしゃふだちょうちんに使われる「文字」,で使われる「かんていりゅう」,相撲すもうの番付で目にする「相撲すもう字」とのちがいまでめいかくに知っている人は少ないのではないでしょうか。これら4つの文字は,時代から続いているという意味で,そうしょうとして「文字」とひょうげんされることもあります。
文字」という言葉が2回出て,わかりづらいですね。たとえば,「ほっぺにご飯がついてるよ」と言われたときの「ご飯」と,「ご飯をちゃんと食べてきたかい?」の「ご飯」のちがいはわかると思います。「ごはんつぶ」か,「食事」としてなのかのちがいです。書体を表す「文字」と,そうしょうとしての「文字」ということです。
とうきょうは,すべてたちばなりゅう文字でかざられています。いまから約180年前,にお客さんを集めるためのビラに書く文字として「ビラ字」がたんじょうしました。昭和初期に一度はえましたが,ビラ字をルーツとして昭和40年代にたちばなこんしょうふっこうさせたのが「文字」です。「文字を書く」というよりも「黒いすみで白いはくを作る」というしきを持って文字を作っています。特別に作られた短いの筆で,の根本にまでたっぷりとすみわせて,太い線で書き上げます。美しい文字は,右上がりでありながら安定したバランスを持ち,目立つはくのないことがとくちょうです。
書体としての「文字」はせんしゃふだはんてんちょうちんに使われる文字です。はんったり,そめかたがみいたり,ほねおうとつがあるちょうちんに書くこうていがあるため,直線的な線でこうせいされているのがとくちょうです。最初から筆で書く「文字」とはことなり,えんぴつりんかくを下書きしています。
かんていりゅう」はうねったひょうじょうがあり,やわらかな曲線の行書や草書でしばひょうげんしています。「相撲すもう字」はかすれやささくれを残し,力強いかいしょで書かれています。
たちばなりゅうはこれら4つのうち「文字」を書くりゅうです。

高校のクラブ活動で文字を書くことに

高校のクラブ活動で寄席文字を書くことに

文字の世界に入ったきっかけは,高校のクラブ活動でした。1年生で入ったげいのう同好会は,ほんてきには落語をやる,いわゆる「おちけん」でした。
その年の文化祭のじゅんとして「めくり」を書くことになったのですが,せんぱいからは「つうの書道の文字でやっている」という説明がありました。「って,せんもんの文字があるんじゃないですか?」「あるけど,だれも書けないよ」「ぼく,書いてみたいです」「じゃあ,全部お前が書いてくれよ」という話になって,わたしが書くことになりました。そうは言っても書いたことがなかったので,たてかわだんしょうの『げんだいらくろん』という本に小さくっていたこんしょうの文字をルーペでのぞきながら,えんぴつりんかくをとって書いていきました。いまならコピー機でかくだいできますが,当時はそんな機械は使えなかったんです。1mmの文字を見ながら20cmにかくだいして書くのですから,まるでちがう字になりますよね。それがわたしのスタートでした。

しょうとの出会い

師匠との出会い

2年生になると,ほんもくていに通い始めました。うえにあったこうだんせんもんです。げいのう同好会では落語もえんじていたのですが,自分の声は落語に合わないと思って,こうだんをやろうと考えたんですね。素人しろうとでしたが,プロの方のどくえんかいなどで,ぜんさんのそのまた前のこうに上がった楽しい時期もあります。つうなら,そのまま芸人になるコースでしょうけれど,わたし文字のりょくに取りつかれていました。出入りしているうちに,おつき合いするようになった芸人さんのビラを書くようになりました。
大学生になり,たちばなこんしょう文字教室を開いていると聞いて,そこに通い始めました。いっしょうけんめいなのをくみ取っていただけたのか,昭和51年に「たちばなりゅう」の名前をいただきました。
実はわたし,大学に5年行っているんです。ほんもくていの楽屋で同世代のわか芸人さんと遊んだり,下足番や木戸,そしてしょでのお手伝いをしたりが楽しくて,4年のときは年に2日しか大学に行かなかったんです。毎日毎日,ほんもくていに通っていましたね。

後世に残す

後世に残す

いま文字書家をしていてうれしいのは,わたしの書いた文字を見た人が「まあてき」「いいわねえ」と言ってくれたときです。えんげいホールのかんばんの前で写真をっている人を見ると,「これわたしが書いたんですよ!」って話しかけたくなりますね。
お客さんの「読む」という作業は,いっしゅんのことです。次のしゅんかんには,線の美しさ,きんとうならんだはく,バランスを感じています。「線がガサガサしている」「かたむいて見えるね」「文字の大きさがバラバラだな」……などと言葉にはしていませんが,感じるものです。
とはいえ,お客さんに「いいね」をもらうことだけで満足していたら,いい字にはなりません。そもそも,お客さんに「いいねェ,文字」と言わせるのは,わたしたちにはかんたんなことです。世間の人は,それっぽさを求めているのであって,パソコンの文字でも満足してしまいます。その中で,本物を伝える,かいしてもらうという使命を一門はっています。紙と筆とすみだけの世界です。かんばん,めくり,ビラ,チラシなど,それぞれの中で,どうひょうげんしたらいいのかを,昔から書き手は考えてきました。お客さんは,気づきませんが,わかりやすく読んでもらう,美しいと思ってもらうためのふうかくされているのです。
書き手としては,「進化」とか「新しさ」も必要と思っています。こんしょうほんは守ったうえで,時代に合わせてもいます。ただそれが,かいかくなのか,せいなのか,横道なのかのはんだんむずかしいところです。落語は自分のしょうとはちがった芸でもゆるされることが多いのですが,文字はほんをどこまで守っているかです。わたしは,「落語はプロレス,文字は相撲すもう」と言っています。リングから出ての場外らんとうもありのプロレスと,ひょうから出たら負けになる相撲すもうということです。

言葉で「文字」のらしさを伝える

言葉で「寄席文字」の素晴らしさを伝える

たちばなこんしょうは明治生まれで,だんの生活でも筆で文字を書いていたんですね。だから,だんの文字からとても上手で,文字を書くと色っぽかった。「文字が色っぽい」なんてひょうげんは,みなさんにはごかいいただけないかもしれません。でも,その色っぽさになんとか追いつきたいと思って日々文字を書いています。文字教室での一番の目標は「目を育てること」です。どうしたらでんとうてき文字が書けるのか。
文字は書道とことなり,書き順通りには文字を書きませんし,一度書いた後に小筆で細部をしゅうせいして形を整えてもかまいません。どうしたら,いい線が引けるのか,もっと良くするには何が足らないのか。かいする「目」があって,うででの作業になります。そのためには,できるだけ言葉でわかりやすい説明が必要です。書家にはかんせいの人が多いのですが,かんせいだけでは生徒さんには伝わりません。後世に残せるろんがあってはじめて,かいしてもらえたりします。

努力は出会いを作るもの

努力は出会いを作るもの

「努力はうららない」という言葉がありますが,それは事実でしょうか。たとえばわたしが100m走をどれだけ練習したところで,今からオリンピック選手になることはできません。いえいえ,努力は必要なことですし,必死にがんることは必要です。大人には,努力することは当たり前のことでしかありません。時間にただ流されてしまっている人たちに対して,「がんるといいことが起きるよ」と教えてくれているのです。
まず「何をせんたくするか」ということが大事なのだと思います。それぞれの世界のトップに立った人が「努力はうららない」と言います。まず,好きなことを見つけることです。「いっしょうけんめい」と「ちゅうになる」とでは,少々ちがう気もしますが,のめりめることを見つけたいですね。「そうなら,ぼくはゲームだ」という言葉が聞こえてきますが,全員が食いつくようなことではないものを選びましょう。他人とは,ちがう目を持つこともいいですね。
そして,いっしょうけんめいやっていれば神様はちゃんと見ていて,出会いを作ってくれます。わたしも,落語やこうだん,そして,ほんもくていたちばなこんしょうせんぱいたちとの出会いがなかったら,ここまで続けられなかったでしょう。努力をすることが,「出会い」につながったと思います。そういう意味では,やはり努力から始まるともいえるのでしょうね。
こんしょうからいだものは,文字を書くというだけではありません。しょうはコレクターでもあり,わたしも同じくコレクターになりました。ビラ字の研究もしなければなりません。こんという人間の91年のしょうがいの記録もしておきたいものです。自分にできる仕事は何か,書くだけではなく文字一門の中で,何をしてゆくべきかを見つけた幸せがあります。
たちばなりゅう文字を長く残したいと考えています。

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