仕事人

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岐阜県に関連のある仕事人
1988年 生まれ 出身地 愛知県

諸橋(もろはし) 有斗(ゆうと)
子供の頃の夢: 大工
クラブ活動(中学校): 野球部
仕事内容
郡ぐ上じょうおどりで使われる「踊おどり下げ駄た」を作る。
自己紹介
自然が大好きで,美しい山と川に囲まれた郡ぐ上じょう市しに移い住じゅうしました。せっかく川のきれいな町に住んでいるので,休日は近所の人に教えてもらって川かわ釣づりを楽しんでいます。

※このページに書いてある内容は取材日(2018年09月18日)時点のものです

「踊おどり下げ駄た」は郡ぐ上じょうおどりに欠かせない

「踊り下駄」は郡上おどりに欠かせない

私わたしは岐ぎ阜ふ県けん郡ぐ上じょう市しで,郡ぐ上じょうおどりのための「踊おどり下げ駄た」の製せい作さくと販はん売ばいをしています。郡ぐ上じょうおどりは,“日本三大盆ぼん踊おどり”の一つに数えられ,7月から9月上じょう旬じゅんまでのシーズン中には,全国から多くの踊おどり好きや観光客が訪おとずれます。毎年8月13日から16日には,午後8時から翌よく朝あさまで踊おどり続ける「徹てつ夜やおどり」も行われます。
私わたしは,観光客が多くなる4月から9月には,郡ぐ上じょう市しの城じょう下か町まちにある「郡ぐ上じょう木もく履り」という店で,自分の作った踊おどり下げ駄たを販はん売ばいします。郡ぐ上じょうおどりが終わった後の10月から3月には,店から車で5分ほどの場所にある工こう房ぼうで,下げ駄たを作っています。
踊おどり下げ駄たは,踊おどっているうちに鼻はな緒おが伸のびて足が痛いたくなったり,下げ駄たの歯がすり減へってしまうことがあります。そこで,郡ぐ上じょうおどりが行われる日は踊おどりが終わるまで店を開け,踊おどり手に立たち寄よってもらえるようにしています。下げ駄たを修しゅう理りしたり鼻はな緒おをすげ替かえたりすれば,また踊おどりを楽しんでもらえます。また,新たに下げ駄たを購こう入にゅうする人には,その場でその人の足に合わせて鼻はな緒おをすげて渡わたします。シーズン中には,多いときで1日200足以上も鼻はな緒おをすげることがあります。

踊おどりに最さい適てきな下げ駄たを作る

踊りに最適な下駄を作る

郡ぐ上じょうでは,郡ぐ上じょうおどりが好きな常じょう連れんのことを,親しみをこめて「踊おどり助すけ平べい」と呼よびます。私わたしは踊おどり下げ駄たを作り始めたとき,この踊おどり助すけ平べいの方々に意見を聞いたり試作品を履はいてもらったりしながら,自分が作りたい下げ駄たの形を決めていきました。
踊おどりのための下げ駄たは,軽くて丈じょう夫ぶなことに加えて,踊おどっている時にカランカランと美しい音が鳴ることが大切です。そのために私わたしは,適てき度どな重さがあって,いい音が鳴るヒノキを使用しています。製せい材ざい所から幅はば10cm,厚あつみ5.5cmの木材を2~3mの長さで仕入れ,50㎝ずつの長さに切り分けると,そこから両足分の下げ駄たを削けずり出せます。その後,足に当たる部分を滑なめらかに削けずったり,鼻はな緒おを通す穴あなを開けたりと,約20の工こう程ていをかけて1足の下げ駄たを作っていきます。
10月から3月のオフシーズンには,5日間で100足くらいのペースで作り,1年で約4000足の下げ駄たができ上がります。そのうち3000足は郡ぐ上じょうおどり用として販はん売ばいされ,1000足は,着物を着る方向けに,呉ご服ふく屋やなどで売られています。
下げ駄たはある程てい度ど,鼻はな緒おでサイズ調節ができるため,売っている下げ駄たの大きさは限かぎられています。しかし私わたしは,誰だれもが足にぴったりの下げ駄たで踊おどれるように,男だん性せい用よう・女じょ性せい用はMとL,子ども用はS・M・Lと豊ほう富ふなサイズの下げ駄たを作っています。浴ゆ衣かた姿すがたがきれいに見えるよう,歯は少し高めの5cmにしてあります。

それぞれに違ちがう木材から下げ駄たを削けずり出す

それぞれに違う木材から下駄を削り出す

一いっ般ぱん的てきな下げ駄たは,足をのせる板の下に歯となる部材を接せっ着ちゃく剤ざいで付けることが多いのですが,踊おどり下げ駄たは踊おどっているときに歯が取れてしまうことがないように,一いち枚まいの板から形を削けずり出して作ります。この方法は郡ぐ上じょう地ち域いきでは一いっ般ぱん的てきですが,全国的には珍めずらしい作り方です。
自然の木は1本として同じものはなく,それぞれに材ざい質しつが違ちがいます。そのため,同じ形の下げ駄たを作り続けるのは,技ぎ術じゅつ的てきにも大変難むずかしい作業です。それぞれの木材を見ながら,どの部分を使って下げ駄たを作るかを考えます。節のある部分は欠けやすくなるので角にならないようにしたり,年輪の内側は硬かたいので地面に当たる側に向けるなど,木の特とく性せいが生かせるように工く夫ふうしています。
冬の間,ひたすら下げ駄たを作り続けるのは,とても地道な作業です。数人のパートの人たちと共に作業をするものの,人と接せっすることは少なく,黙もく々もくと自分の作業に集中します。作業をするときは,夏の間に下げ駄たを履はいて踊おどりに出かける人の笑え顔がおを思い出して,1足1足,心をこめて作るようにしています。

お客さんが下げ駄たで踊おどる姿すがたを見られるのがうれしい

お客さんが下駄で踊る姿を見られるのがうれしい

自分が作った下げ駄たを履はいてもらい,目の前で踊おどっている姿すがたを見られるのはうれしいですね。常じょう連れんの人たちは,シーズンの間,何日も郡ぐ上じょうおどりに通う人が多く,何日か踊おどった後に店へ来てくれると「こんなに下げ駄たの歯が減へったんだ」と驚おどろくこともあります。よく踊おどりに来る方と顔なじみになったり,郡ぐ上じょうおどりについて話したりするのは,下げ駄たを作るのと同じくらい楽しい時間です。
郡ぐ上じょう市し内ないでは,小・中学生に自分の下げ駄たを作る体験をしてもらい,自分で作った下げ駄たを履はいて郡ぐ上じょうおどりに行ってもらうという試みも行われています。私わたしもこの下げ駄た作り体験の講こう師しを務つとめ,今年は約300人の子どもたちに下げ駄た作りを教えました。郡ぐ上じょう市し内ないでも城じょう下か町まちの近くに住んでいる子以外は,実じっ際さいに郡ぐ上じょうおどりへ行くことも少ないので,体験後に「この下げ駄たで踊おどりに行ったよ」という声を聞いたときは,とてもうれしく思いました。郡ぐ上じょうおどりは観光客も多いものの,やはり地元に住む人たちのお祭りです。にぎやかな踊おどりがこれからも続いていってほしいと願っています。

地元の木と地元の技ぎ術じゅつを使う

地元の木と地元の技術を使う

郡ぐ上じょう市しはもともと下げ駄たの産地で,昔は郡ぐ上じょうおどりのときだけでなく,日にち常じょう的てきに下げ駄たが使われていました。60年ほど前までは,下げ駄た職しょく人にんもたくさんいたそうです。しかし,多くの人が靴くつを履はくようになり,私わたしが下げ駄た職しょく人にんになったときには,下げ駄たと鼻はな緒おを仕入れて取り付ける履はき物もの屋しか残っていませんでした。また,当時,郡ぐ上じょうで販はん売ばいされていた下げ駄たのほとんどは,他の地ち域いきで作られたものでした。私わたしは,地元で愛される郡ぐ上じょうおどりに欠かせない下げ駄たが,地元で作られていないことを少しさみしく感じ,郡ぐ上じょうの自然に育まれた木や地元に根付いた技ぎ術じゅつを使って,下げ駄たを作りたいと思いました。
下げ駄たに使う木材はすべて,地元の製せい材ざい所から仕入れています。鼻はな緒おも,郡ぐ上じょう発はっ祥しょうで地場産業にもなっているシルクスクリーン印刷でオリジナルの柄がらを印刷してもらったものや,400年以上の歴史がある郡ぐ上じょう本ほん染ぞめで濃のう紺こんに染そめられた鼻はな緒おを使用しています。洋服に合わせてもおしゃれに履はきこなせるように,今まで下げ駄たには用いられていなかったモダンな柄がらを取り入れるなど,鼻はな緒おに使う生き地じのデザインにもこだわっています。下げ駄たづくりを通じて,地ち域いきの文化を守っていきたいと思っています。

初めて訪おとずれた郡ぐ上じょうを好きになり,下げ駄たづくりの道に

初めて訪れた郡上を好きになり,下駄づくりの道に

私わたしはインテリアデザインを学ぶ専せん門もん学校を卒業後,建けん築ちく会社に入社し,工事の進行を管理する仕事に就つきました。しかしだんだんと,その仕事が自分に合わないのではと感じ始めました。そんなとき,世界一周をしたり自分で沖おき縄なわにゲストハウスを建てたりした人の本を読む機会がありました。自分のやりたいことに突つき進すすむ姿すがたに心を打たれて,私わたしはしばらくして仕事を辞やめ,そのゲストハウスで1年間,ボランティアスタッフをさせてもらうことにしました。そこでいろいろな人と出会い,「世の中には本当にたくさんの生き方がある」と知りました。そして,自分が本当にやりたいのは,職しょく人にんのように自分の手で何かを作る仕事だと気づいたんです。
その後,私わたしは木工について勉強するために,「森林文化アカデミー」という美み濃の市しにある岐ぎ阜ふ県けん立りつの専せん門もん学校でものづくり講こう座ざを受じゅ講こうし,ものを作る技ぎ術じゅつや,森林・木材の知ち識しきなどを学びました。1年生のときに同級生と初めて郡ぐ上じょうおどりを見に行き,この踊おどりと郡ぐ上じょうの町に関心を持ちました。郡ぐ上じょうに通ううち,踊おどりに欠かせない「下げ駄た」に興きょう味みを持ち,市内の履はき物もの屋を回って鼻はな緒おのすげ方を教えてもらったり,卒業制せい作さくの作品として自分の下げ駄たを作ったりしました。
 森林文化アカデミーを卒業後,2014年に踊おどり下げ駄たの職しょく人にんになろうと,郡ぐ上じょうへ移い住じゅうしました。そこで,私わたしと同じように郡ぐ上じょうへ移い住じゅうし,郡ぐ上じょうの木材を生かしたものづくりをする会社を立ち上げた人と知り合い,その会社の「下げ駄た事業部」として「郡ぐ上じょう木もく履り」のブランドを作りました。3年間働いた後,その名前を引ひき継つぎ,自分の店を立ち上げたんです。

部屋の模も様よう替がえが好きだった

部屋の模様替えが好きだった

私わたしは小学校のころから,自分の部屋の模も様よう替がえをするのが大好きでした。高校のときには,おしゃれな部屋の写真がたくさん載のっている雑ざっ誌しを参考にしながら,理想の部屋をつくるために,家具の配置を考えたり,お気に入りの雑ざっ貨かを集めたりしていました。美び術じゅつや図工が得意なわけではありませんでしたが,自分のイメージしたものをつくり上げることが好きでした。それが,今の職しょく人にんという仕事にもつながっているのだと思います。
部屋のレイアウトやデザインを本ほん格かく的てきに学ぶため,高校卒業後はインテリアデザインの専せん門もん学校に進みました。森林文化アカデミーに入学したときにも,最初は家具を作る職しょく人にんを目指して,勉強をしていました。こうした経けい験けんが,今もお店のデザインや商品の配置を考えるときに,とても役立っています。お客さんが見やすい商品の並ならべ方かたや,興きょう味みをもってもらえそうな店てん舗ぽの飾かざり付つけなど,自分で考えて,楽しみながら店づくりをしています

やり続けることで選せん択たく肢しが広がる

やり続けることで選択肢が広がる

私わたしは毎年,郡ぐ上じょうの高校で“自分の夢ゆめ”について講こう演えんをしています。そのときに生徒のみなさんには,「周りにある職しょく業ぎょうにこだわることなく,好きなことにまっすぐ向かってやり続けることが大切」だとお話ししています。例えば,スポーツが好きな人は,まずプロの選手になることを夢ゆめ見みると思います。途と中ちゅう,その夢ゆめは難むずかしいと感じて諦あきらめたくなることもあると思いますが,そこでプロ選手だけにこだわらず,そのスポーツを続けていれば,トレーナーや指し導どう者しゃなど,選せん択たく肢しの幅はばも広がるはずです。
私わたしも最初から下げ駄たを作りたいと思っていたわけではありませんでしたが,木でものづくりがしたいと思って勉強を続けた結果,下げ駄たに出会うことができました。これから社会では,なくなっていく職しょく業ぎょうや,反対に生まれてくる職しょく業ぎょうがたくさんあると思います。今ある職しょく業ぎょうの枠わくだけにとらわれず,好きなことにチャレンジし続けてください。
私わたしは,仕事には「好きなこと」「できること」「求められること」の3つが必要だと思っています。自分ができることは努力して増ふやすことができ,人に求められることは勉強や経けい験けんを重ねるうちに見えてきます。しかし,好きなことは作ろうと思って作れるものではありません。好きなことが見つかったら,ぜひ大切にしてほしいと思います。

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高橋 歩
「自分の夢を追いたい」という思いで,未経験ながら自分の店を開いたり,会社を作ったりした著者の自叙伝です。「とにかくまずはやってみよう!」と背中を押してくれる一冊で,私が踊り下駄職人の世界へ飛びこむきっかけをくれた本です。自分の好きなことにワクワクすること,チャレンジすることの大切さを教えてくれます。

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取材・原稿作成:船戸 梨恵(クロスワード)・岐阜新聞社 /協力:株式会社 電算システム