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岐阜県に関連のある仕事人
1975年 生まれ 出身地 三重県

町野(まちの) 仁英(きみひで)
子供の頃の夢: プロ野球選手
クラブ活動(中学校): 野球部
仕事内容
和わ菓が子しを考えて生み出し,チームで作る指し導どう・監かん修しゅうをする。
自己紹介
責せき任にん感かんが強く,負けん気が強いです。一方で慎しん重ちょうなところもあり,気になることがあると,納なっ得とくするまで調べたり考えたりします。和わ菓が子し屋やはもちろん,洋よう菓が子しやパンの店,飲食店などに行き,商品や店の魅み力りょくを研究するのが好きです。

※このページに書いてある内容は取材日(2018年10月18日)時点のものです

その店に合った和わ菓が子しを考案する

その店に合った和菓子を考案する

私わたしは和わ菓が子し職しょく人にんとして,自分の手でお菓か子しを作ったり,お店から依い頼らいを受けてお菓か子しを企き画かく・考案したりして,商品として販はん売ばいできるよう指し導どうや監かん修しゅうをする仕事をしています。たとえば,岐ぎ阜ふ市しにある「ツバメヤ」という和わ菓が子し屋やでは,店をオープンする際さいに,どんなお菓か子しを売るといいかを店の人と相談し,小麦の全ぜん粒りゅう粉ふんを使った生き地じをお客さんの目の前で焼くどら焼きや,口の中でとろけるくらい柔やわらかな食感のわらび餅もちなどを考えました。私わたしがそれぞれの和わ菓が子しに必要な材料や作り方を考え,店のスタッフが自分たちで作ることができるように,作り方を指し導どうしています。また,店がオープンした後も,新しい商品や季節に合わせた商品を考え,提てい案あんをしてきました。
また,岐ぎ阜ふ市しで昔から続いている老舗しにせの油屋「山本佐さ太た郎ろう商店」と協力して,「油屋と和わ菓が子し職しょく人にんが作る,日持ちのする新しいお菓か子しを開発しよう」ということになりました。そこで私わたしは,誰だれでも安心して気軽に食べられるおやつとして,岐ぎ阜ふ県けん産の小麦粉や平ひら飼がいで育てた鶏にわとりの有ゆう精せい卵らんなどを使い,国産の米油で1本ずつていねいに揚あげたかりんとうを考案しました。お客さんに手に取ってもらいやすく,お菓か子しのイメージが伝わるように,パッケージも一いっ緒しょに考えました。現げん在ざいは,“大地のおやつシリーズ”という名前で商品化し,ビスケットやクッキーなど,次々と新しい商品を生み出して,全国で販はん売ばいしています。

レシピを考え,新しい和わ菓が子しを生み出す

レシピを考え,新しい和菓子を生み出す

新しい和わ菓が子しを考えるときは,朝早くからお気に入りの喫きっ茶さ店てんへ行き,ノートに考えをまとめながら,アイディアを練ります。ベースとなるレシピができたら,思おもい描えがいた味や食感を作れるまで,実じっ際さいに自分で何度もその和わ菓が子しを試作します。和わ菓が子しは,材料の配合や作り方が少し違ちがうだけで味や食感が変わっていくので,さまざまな配合や調理法を試ためしながら,最さい適てきな作り方を見つけていきます。そのほか,実じっ際さいに自分の商品を販はん売ばいしている店で,和わ菓が子しを購こう入にゅうするお客さんの反はん応のうを見たり,全国の和わ菓が子し屋やや材料となる食材を作っている農家などを回って,さまざまな種類のお菓か子しや新しい素そ材ざいを勉強したりして,アイディアをふくらませています。
また,新しい和わ菓が子しを考えるだけでなく,これまでに商品を提てい案あんした店で,毎日レシピ通りに和わ菓が子しができているかを確かく認にんするのも,大切な仕事です。そのために,毎日,店で作られる商品を試食して,常つねに同じおいしさをお客さんに届とどけられているかを確かく認にんし,季節ごとの気温や湿しつ度どに合わせて材料の配合を変えたり,和わ菓が子しを作る機械の状じょう態たいを確かく認にんしたりしながら,より良い作り方を考えて改良を加えます。そして,実じっ際さいに店のスタッフと一いっ緒しょに作りながら,その作り方を伝えます。

毎日作ることにも配はい慮りょして,製せい法ほうを考える

毎日作ることにも配慮して,製法を考える

私わたしが和わ菓が子しを開発するときは,自分だけが作れるものではなく,実じっ際さいに店の人が毎日作ることができるレシピや調理方法を考える必要があります。和わ菓が子しを作る環かん境きょうはもちろん,使える素そ材ざいやお客さんに持ち帰ってもらうパッケージ,賞味期き限げんなど,その店でできることとできないこととをさまざまな視し点てんで考えながら,自分が考えた和わ菓が子しを実じつ現げんする方法を見つけるところに難むずかしさがあります。そのため,一つの商品を販はん売ばいできるようになるまでには,1年以上かかることもあります。商品を販はん売ばいし始めてから失敗することがないように,開発のときに試作を重ねながら,より良いレシピや調理方法を徹てっ底てい的てきに探さがすようにしています。
大量の商品を作る際さいは,お菓か子しメーカーに協力してもらうこともあります。メーカーにはそれぞれに得意としているお菓か子しがあるため,実じっ際さいに作っている商品や工場の様子を見て,その技ぎ術じゅつを生かし,自分の選んだ材料を使ったオリジナルのレシピを考えます。たとえば“3じのビスケット”という商品は,通つう常じょうのビスケットに使われているショートニングという油ゆ脂しの代わりに,米油を使用しています。米油を使ったビスケットはそれまでになく,はじめは工場で「できない」と言われました。しかし,現げん在ざいお願いしている工場で,一いっ緒しょに何度も試作を行い,なんとか作ることができるようになりました。“大地のかりんとう”の場合は,障しょうがいをもった人たちが働く施し設せつで,一本一本のかりんとうを手作業で揚あげ,手作りしてもらっています。和わ菓が子しを作ってくれる人が気持ちよく,効こう率りつ的てきに作業に向かえるように,さまざまな工く夫ふうを凝こらして開発をしています。

体にやさしい素そ材ざいを使う

体にやさしい素材を使う

和わ菓が子しを作る一番の目標は,お客さんに喜んで食べてもらうことです。そのために,私わたしは安心して食べてもらえる素そ材ざいを使うことを,一番大切にしています。私わたしは,20代のころに無農薬や有機農法で栽さい培ばいされた野菜などを使う“自然食”に出会い,「食べるもので体はつくられていく」という考え方に感かん銘めいを受けました。それからは,小さい子からお年とし寄よりまで安心して食べられる,素そ朴ぼくでやさしい和わ菓が子し作りを目指しています。
私わたしが作る和わ菓が子しには,無農薬や特別栽さい培ばいで育てられた米や豆などのほかに,黒米や雑ざっ穀こく,人工的な品種改良がされていない古代小麦など,これまであまり和わ菓が子しに使われていなかった素そ材ざいを取り入れています。和わ菓が子しでは,砂さ糖とうの純じゅん度どが高くなるように精せい製せいされた“白ザラ糖とう”を使うのが一いっ般ぱん的てきですが,私わたしは砂さ糖とうの原料である“粗そ糖とう”を使用しています。こうした素そ材ざいはとても味わいが深く,素そ材ざいが本来持っている風味や香かおりを強く感じることができます。良い素そ材ざいにこだわりながらも,できるだけ値ね段だんは高くならないように気をつけたり,毎日食べても飽あきがこないように素そ朴ぼくな味を心がけたりしています。日にち常じょうの中で気軽に食べてもらえて,ずっと愛され続ける和わ菓が子しを作っていきたいと思っています。

和わ菓が子し作りはチーム一丸となって

和菓子作りはチーム一丸となって

一つの和わ菓が子しには,手て間ま暇ひまかけて食材を育てる農家さんや,食材を生かして和わ菓が子しを作る職しょく人にん,できた和わ菓が子しのおいしさを伝えて販はん売ばいする人,そしてそれを選んでくれるお客さんと,たくさんの人が関わっています。私わたしはいつも,そのすべての人たちを1本の線で結んでいくのが,私わたしの仕事だと思っています。
私わたしがどんなに新しい和わ菓が子しのレシピを考えても,商品として販はん売ばいするためには,関わるすべての人が力を出し合わなければいけません。それぞれのポジションで一人一人が持ち味を生かして輝かがやける方法を見つけ,「いい商品を生み出す」という同じ思いを持って和わ菓が子し作りに向かうことができれば,必ずいいものを作ることができ,お客さんにもその思いが伝わります。たくさんの人が関わる分,大変なことも多いですが,全員が一丸となって一つの商品を開発できたときは,その分,喜びも大きいです。そのために,自分の作り方だけにこだわりすぎず,関わるすべての人と歩調を合わせてチーム力を高めることが,大切だと思っています。

人を喜ばせるうれしさを知り,和わ菓が子しの道に

人を喜ばせるうれしさを知り,和菓子の道に

私わたしは高校を卒業後,会社員として働いていたときに,体にやさしい食材を使った自然食のレストランを訪おとずれ,そのおいしさと考え方に心を打たれました。それから食べるものを作ることに興きょう味みを持ち,会社を退たい職しょくして,アイガモを使った農法を用いて無農薬で稲いな作さくをしている三重県伊い賀が市しの農家で米作りを勉強しながら,黒米や雑ざっ穀こくを作り始めました。農業をするうちに,地元で温おん泉せんイベントを開かい催さいしている人から声をかけてもらい,「せっかくなら自分で育てた米や雑ざっ穀こくを使って,何か作れないだろうか」と考えて,米や雑ざっ穀こくの味を生かせるおはぎや草くさ餅もちなどの和わ菓が子しを作って販はん売ばいしました。そのときにお客さんから「おいしい」と言ってもらい,私わたしは,自分で作ったもので人に喜んでもらううれしさを初めて知りました。それがきっかけで「自分の店を開きたい」と思い,2004年に自じ宅たくの一角で「和わ菓が子し工こう房ぼう まっちん」を開いたんです。

自分が考えた和わ菓が子しが注目を集めるように

自分が考えた和菓子が注目を集めるように

最近は,多くの人が無農薬の食材を使った体にやさしい食べ物に関心を持つようになりましたが,私わたしが工こう房ぼうを開いたのは,まだそうした食べ物を提てい供きょうする店が珍めずらしいころでした。それで,あるとき雑ざっ誌しの取材を受けたことをきっかけに,全国からたくさんのお客さんが来るようになりました。しかし,当時は1人で店を経けい営えいしていたため,急に多くなったお客さんへの対たい応おうや,大量の和わ菓が子し作りに追われるようになり,この先のことを考え,私わたしは店をオープンして5年経たった時点で,一度,店を閉しめることにしました。
その後,知人から「岐ぎ阜ふ市しで和わ菓が子し屋やを始めたいという人がいるので,紹しょう介かいしたい」という話がありました。その人は,和わ菓が子し屋やをオープンして故こ郷きょうの町を盛もり上あげたいという強い思いを持っていて,自然な食材を使った私わたしの和わ菓が子しに,とても興きょう味みを持ってくれました。私わたしはその熱意に心を動かされ,岐ぎ阜ふ市しに移い住じゅうし,店の立ち上げを手伝うことにしたんです。そこから,私わたしがそれまで作っていた,本わらびを使用したわらび餅もちをはじめとした和わ菓が子しに加えて,小麦の全ぜん粒りゅう粉ふんを使ったどら焼きなどを開発し,店は2010年にオープンしました。その後も,油屋やパン屋などさまざまなお店と一いっ緒しょに商品を作ったり,豆や穀こく物もつ,和の素そ材ざいを使って手軽に作れるおやつを紹しょう介かいしたレシピの本を出しゅっ版ぱんしたり,テレビ番組に出たりして,自然な食材を生かした和わ菓が子し作りを発信しています。

人との縁えんを大切にしてほしい

人との縁を大切にしてほしい

私わたしは学生時代,自分に自信を持つことができず,ずっと劣れっ等とう感かんを抱かかえていました。しかし,自然食や和わ菓が子し作りという,自分が夢む中ちゅうになれることに出会えて,「自分にしかできない仕事をしよう」と思えるようになりました。途と中ちゅう,つらいこともたくさんあり,何度も辞やめたいと思いましたが,それでもあきらめずに続けることができたのは,いろいろな人との出会いがあったからだと思います。私わたしの場合,初めて食の大切さを教えてくれたレストランの方や,米作りを学ばせてくれた農家さん,全国で出会ったお菓か子しやパン,器うつわを作る職しょく人にんさんといった,自分が憧あこがれる人に出会えたことが,その後の人生に大きな影えい響きょうを与あたえてくれました。
今は夢む中ちゅうになれるものがなかったとしても,自分が憧あこがれる人が見つかると,自然とやりたいことや目指す道が見えてくると思います。そのためにも,これから出会う人やその人との縁えんを大切にしてください。そして,夢む中ちゅうになれることが見つかったら,あきらめずに楽しみながら,その道を歩んでほしいと思います。

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取材・原稿作成:船戸 梨恵(クロスワード)・岐阜新聞社 /協力:株式会社 電算システム