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岐阜県に関連のある仕事人
1948年 生まれ 出身地 岐阜県

小林(こばやし) 一雄(かずお)
子供の頃の夢: 警察官
クラブ活動(中学校): 陸上部
仕事内容
木目を生かして作品を作る。
自己紹介
好こう奇き心しんが旺おう盛せいで,興きょう味みを持ったことは何でも,自分でやってみないと気がすまない性せい格かくです。絵を描かくことが昔からの趣しゅ味み。最近では「球たま数じゅ珠ずづくり」と「インディアカ」というスポーツにはまっています。

※このページに書いてある内容は取材日(2017年08月25日)時点のものです

責せき任にんと自信を持って,木もく製せい品ひんを作る

責任と自信を持って,木製品を作る

私わたしは,岐ぎ阜ふ県けん恵え那な市しにある自分の工こう房ぼうで,木き地じ師しをしています。木き地じ師しとは,昔ながらのロクロを使って木を削けずり,木もく製せい品ひんを作る職しょく人にんのことです。作っている製せい品ひんは,茶ちゃ碗わん・皿などの食器や,お盆ぼんや菓か子し鉢ばちなどが多いです。最近では,時代に合わせて,サラダボウルやキャンドルスタンド,ティーカップやソーサーなども作っています。また,余あまった木を利用して,朱しゅ肉にく入れやネックレス,数じゅ珠ずなどの小物も作るほか,展てん示じ会かいに出すような,一点物の作品も作っています。作った製せい品ひんは,お土み産やげ物もの屋やさんなどに出しゅっ荷かするほか,工こう房ぼうでの直ちょく接せつ販はん売ばいもしています。注文を頂いただいて,特別に製せい品ひんを作ることもあります。
製せい品ひんは,木を削けずって形を作り,漆うるしなどを塗ぬって,完成させます。普ふ通つうの木き地じ師しであれば,製せい品ひんに漆うるしなどを塗ぬる,仕上げの「塗ぬり作業」は,自分では行いません。塗ぬり専せん門もんの人に,お願いすることが多いからです。しかし,うちの工こう房ぼうでは,塗ぬり作業まで,すべて自分たちでやっています。そのため,責せき任にんと自信を持って,お客さんに製せい品ひんを届とどけることができます。
うちの工こう房ぼうでは,私わたしと息むす子こが,木き地じ師しとして木を削けずっています。仕上げの塗ぬり作業は,妻つまも加わって,みんなで行います。また,他の人が作った木もく製せい品ひんを預あずかって,その製せい品ひんの修しゅう理りや,塗ぬりの修しゅう繕ぜんなども行っています。

ゆっくり時間をかけて作業を進める

ゆっくり時間をかけて作業を進める

工こう房ぼうでの作業は,地元の原木市場で仕入れたケヤキやトチといった木を,作る製せい品ひんに合わせて,大体の形に型取るところから始まります。たとえば、菓か子し鉢ばちを作るときは、完成する菓か子し鉢ばちより少し大きい円えん盤ばんを木材に乗せ、その円えん盤ばんの大きさに合わせてくり抜ぬきます。くり抜ぬいた木は,ロクロにはめこみます。そして,ロクロで高速回転させた木に,刃は物ものを当てて削けずっていきます。
削けずりの工こう程ていでは,はじめに,「荒あら挽びき」という作業を行います。木を大体の形に削けずっていく作業です。荒あら挽びきした木のまわりには,ボンドを塗ぬって,木が割われにくいようにします。そのあと,乾かん燥そう庫こに入れて,2か月以上,乾かん燥そうさせます。木は生き物なので,湿しつ度どなどによって形が変形してしまいます。そのため,ゆっくり時間をかけて,作業を進めなければなりません。それが終わったら,木をさらに薄うすく削けずっていき,少しずつ完成の形に近づける「中ちゅう挽びき」という作業を行います。ここまでが下仕上げです。

使う刃は物ものも,すべて自分で作る

使う刃物も,すべて自分で作る

下仕上げが終わった木を乾かん燥そう庫こから出したら,10日くらい,常じょう温おんになじませます。乾かん燥そう庫こで温まってふくらんでいる木を,元の大きさに戻もどすためです。それが終わったら,仕上げの削けずり作業を行いますが,この作業は早ければ1時間くらいで終わります。
形が整ったら,漆うるしなどを塗ぬる作業をします。漆うるしの場合であれば,1つの製せい品ひんにつき,1日で1回しか塗ぬることはできません。製せい品ひんに漆うるしを塗ぬって,余あまった漆うるしを布ぬので拭ふき取とる。乾かわいたら,また漆うるしを塗ぬる。その一連の作業を,最低でも5回,多いときで20回ほど繰くり返かえします。ですから,塗ぬりの作業には,最低でも5日はかかりますね。ひとつの製せい品ひんが完成するまでには,数か月かかることもあります。
また,木を削けずる刃は物ものを自分で作るのも,木き地じ師しの仕事です。鉄の棒ぼうを買ってきて,鍛か冶じ場で鉄を温め,叩たたいていきます。刃は物ものを持つ柄えの部分も,木を加工して,自分で作ります。道具を自分で作るのは,昔からの木き地じ師しの伝でん統とうなんです。

“木の居い心ごこ地ち”が最さい優ゆう先せん

“木の居心地”が最優先

自分の思おもい描えがいた通りの製せい品ひんを作るのは,簡かん単たんなことではありません。同じ種類の木でも,木によって一つひとつ,特とく徴ちょうが違ちがいます。柔やわらかい部分と硬かたい部分が混まざっていたりして,切れ味が違ちがうんです。それは,実じっ際さいに木を削けずってみるまでは,わからないことが多いんです。そういう難むずかしい材料を相手に,形を整えていくのは,とても根気のいる作業です。でも,そこが面おも白しろいところでもあります。
木はとても繊せん細さいで,割われやすいものです。だから,私わたしは“木の居い心ごこ地ち”を良くすることを一番に考えて,作業をしています。例えば,作業のスピードだけを優ゆう先せんしないで,木を乾かん燥そう庫こを入れる時間を,しっかり取ります。また,気温と湿しつ度どは,木の状じょう態たいが変わってしまう最大の要よう因いんです。“木の居い心ごこ地ち”を優ゆう先せんして,作業をする私わたしたちは,暑さや寒さをがまんして,仕事をします。
特に,漆うるしを塗ぬる作業は大変です。湿しつ度どや温度の高い夏場は,漆うるしがきれいに染しみこみやすい時期です。でも,作業をする人間は,漆うるしの蒸じょう気きを,たくさん吸すいこんでしまいます。漆うるしの蒸じょう気きが体の中に入ると,漆うるしには触さわっていなくても,皮ひ膚ふがかぶれてしまうことがあります。暑い夏場は,体力的にも一番きつい時期でもありますが,より良い製せい品ひんを作るために,がんばらなければいけません。

塗ぬり作業まで自分で

塗り作業まで自分で

塗ぬり作業まで自分でできる木き地じ師しは,少ないんです。私わたしは,京都の漆うるし塗ぬりの専せん門もん家かから,漆うるし塗ぬりの技ぎ術じゅつを教えてもらいました。以前は私わたしも,専せん門もんの業者に頼たのんで,塗ぬり作業をやってもらっていたこともありますが,自分の性せい格かくとして,どうしても,一つひとつの製せい品ひんにこだわってしまうんですね。だから,塗ぬりの技ぎ術じゅつも学びました。展てん示じ会かいに出す作品は,必ず自分ひとりの手で,製せい品ひん作りの最初から最後まで,すべてを担たん当とうしています。自分が気に入って手に入れた木を,自分の手で加工して,作品に仕上げていく。それが,この仕事をしていて,なによりも楽しいことですね。
また,最近,地元・恵え那な市しの「えなの森林づくり推すい進しん委員会」に入りました。それがきっかけで,ふだん使う,ケヤキやトチの木の他に,地元特産のヒノキを使った製せい品ひんも作るようになりました。ヒノキにはヤニが多く含ふくまれているし,トチなどに比くらべて柔やわらかいので,器うつわには向いていないと思っていましたが,木の色味を生かした製せい品ひんを作るのにヒノキを使ってみたところ,とてもきれいに仕上がりました。漆うるしを塗ぬっても光こう沢たくの美しい製せい品ひんになることに驚おどろきました。 そういったヒノキの特とく徴ちょうを知って,ヒノキの良さにも気づけましたね。ヒノキの製せい品ひんを買ってもらえれば,地元にも貢こう献けんできるため,とてもやりがいがあります。

使ってくれる人の気持ちを考える

使ってくれる人の気持ちを考える

どうすれば,木目がきれいに見えるのか。どうやったら,生き生きとした,木の持ち味を生かした製せい品ひんが作れるのか。そういったことにこだわって,製せい品ひんを作るのは,もちろん大事なことです。特に,私わたしは凝こり性しょうなので,時間をかけてでも,良いものを作っていきたいと考えています。でも,それだけでは不十分なんです。使ってくれる人の気持ちを,一番大切にしないといけない。手て触ざわりや持ち味といった使つかい心ごこ地ちを確たしかめながら作ることを,絶ぜっ対たいに忘わすれてはダメですね。
また,いまの日本人の生活は,昔ながらの生活とは変わってきています。若わかい人で,木のお盆ぼんや茶ちゃ筒づつを使う人は,減へってきていますよね。だから,キャンドルスタンドやサラダボウル,ティーカップやソーサーなども,時代の流れに合わせて,作るようにしているんです。木き地じ師しが作った製せい品ひんを,もっと多くの人に使ってもらいたいですし,未来に繋つなげていきたいですからね。

美しい木目に,心を奪うばわれて

美しい木目に,心を奪われて

私わたしの父も,木き地じ師しでした。会社に勤つとめて給料をもらう木き地じ師しだったんです。作業は職しょく場ばで行うので,幼おさないころに父が作業しているところを見ることは,ほとんどありませんでした。
自分が木き地じ師しになろうと思ったのは,会社勤づとめをしていた27歳さいのころでした。木材を扱あつかう仕事をしていた,おじの仕事場に遊びに行ったら,作業で使っていたトチの木の木目を見て,心を奪うばわれました。「自分も,こんなきれいな木目を生かして,何か作ってみたい」と思うようになったんです。オイルショックで景気が悪くなったとき,いいタイミングだと考え,思い切って会社を退たい職しょくしました。そして,すでに木き地じ師しを引いん退たいしていた父に頼たのみ込こんで,復ふっ帰きしてもらい,技ぎ術じゅつを教わったんです。
父は,職しょく人にん仲間から「名人」と言われていたほど,とても腕うでのいい木き地じ師しでした。ある日,許きょ可かをもらわないで,父の刃は物ものを黙だまって使ってしまったことがあったんです。そうしたら,すぐにバレて,しばらく口をきいてもらえませんでした。たった1回木を削けずっただけで,刃はの切れ味が変わったことが,すぐにわかってしまうんです。びっくりしました。そんな名人の父から,木き地じ師しの技ぎ術じゅつを学べて,私わたしはとても幸せだったと思います。そうした技ぎ術じゅつを,今度は,私わたしが息むす子こに伝えていきたいと思っています。

絵は一生の友達

絵は一生の友達

子どものころはとにかく,学校が終わったら,すぐに家にカバンを置いて,夕食の時間まで,近所の友達と遊んで遊んで,という毎日でしたね。体を動かすことが好きでしたが,一番の趣しゅ味みは,絵を描かくこと。絵を描かくようになったきっかけは,小学6年生のときの写生会でした。クラスの代表の絵を決めることになり,クラス全員で投票をしたんです。私わたしよりも絵が上手な,油絵を習っていた同級生がいたのですが,なぜか,圧あっ倒とう的てきな差をつけて,私わたしの絵が選ばれたんです。そのとき,「一いっ生しょう懸けん命めいやれば,認みとめられるんだな」と感じたんです。技ぎ術じゅつにこだわるよりも,自分が好きなことを信じることのほうが,大事なんだと思えました。
そして,中学1年生になったとき,運命の出会いがありました。ある休み時間に,初めて図書室に行ってみたんですが,何かに引ひき寄よせられるように,ピカソの画集を手に取ったんです。ピカソの絵を見て「気持ち悪い」と思う人もいるかもしれません。でも,私わたしは,「こういう絵の表ひょう現げんがあるんだな。自分が描かきたいのは,こういう絵だ!」と,大きな衝しょう撃げきを受けたんです。いまでもピカソに影えい響きょうを受けて,絵を描かき続けています。絵は一生の友達です。絵を描かいていると,作品づくりの感覚が鋭するどくなっていくので,仕事にもいい影えい響きょうを与あたえてくれています。

友達と一いっ緒しょに,外に出よう!

友達と一緒に,外に出よう!

テレビゲームなどではなくて,友達と一いっ緒しょに,外に出て遊んでほしいなと思います。私わたしが幼おさないころは,下は小学校に上がったばかりの子から,上は中学3年生くらいの子まで,みんなで毎日,一いっ緒しょに遊んでいました。そして,みんなで遊びながら,年長のお兄さんが,下の子たちの面めん倒どうを見ていた。その姿すがたを見て,人との付き合い方を学ぶことができたと思います。そしてなにより,友達は,一生の財ざい産さんになります。大人になってからも,困こまったことや,相談したいことがあるときには,必ず自分の助けになってくれる。自分自身も,友達を助けることで,思ってもいなかったような,さまざまな経けい験けんができるようになります。
そうやって,多くの友達と関わっていく中で,自分のやりたいことを見つけて,それに向かってがんばってほしいです。私わたしが子どものころは,まだ日本は貧まずしかった。それで,将しょう来らいの夢ゆめは,「とにかく稼かせげるようになって,おいしいものを食べたい」,それだけでした。今の子どもたちには,昔よりもたくさんの将しょう来らいへの道,いろいろな未来があると思います。だから,それを見つけて,自分の力でつかみ取る努力をしてほしいですね。

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私のおすすめ本

中学生のとき,図書館でピカソの画集を見て,本格的に絵に興味を持ちました。衝撃を受け,大きな影響を受けています。なにごとも,「自分が面白い」と思えるものを見つけることが,大事だと思います。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:株式会社ファミリーマート,林野庁,NPO法人 共存の森ネットワーク