仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1971年 生まれ 出身地 愛知県

佐々木(ささき) 英次(えいじ)
子供の頃の夢: 天文学者
クラブ活動(中学校): なし
仕事内容
フィギュア・玩がん具ぐをどのように作るかを考え,世の中に送り出す。
自己紹介
「こだわりと素す直なお」「慎しん重ちょうと大だい胆たん不ふ敵てき」といった両りょう極きょく端たんの性せい格かくが同どう居きょしています。休日は子どもと遊んだり,ジムに通ったりしています。

※このページに書いてある内容は取材日(2019年02月18日)時点のものです

フィギュアや玩がん具ぐを作る会社を経けい営えい

フィギュアや玩具を作る会社を経営

私わたしは東京都北区で,フィギュアや玩がん具ぐを製せい作さくする「株かぶ式しき会がい社しゃデペイズマン」を経けい営えいしています。私わたしの仕事は大きく2つに分けられます。
1つは,依い頼らいを受けてする仕事です。フィギュアなどを製せい作さく・販はん売ばいする玩がん具ぐメーカーから依い頼らいを受けて,試作品を作ります。フィギュアを量産するためには,工場で製せい作さくする「金かな型がた」が必要ですが,その金かな型がたのもとになる「原げん型けい」をまず最初に作ります。この原げん型けいを作ってみて,製せい品ひんでうまく再さい現げんできるか,不具合がないかを確かく認にんします。
もう1つは,自社オリジナルの製せい品ひんを作る仕事です。フィギュアなどを企き画かくして製せい作さくします。「ザ・スターリン」や「あぶらだこ」など,「ハードコアパンク」と呼よばれる音楽ジャンルがあり,そうしたバンドのメンバーのソフトビニール製せいフィギュアを主に作っています。
私わたし一人でやっている会社なので,企き画かくから製せい造ぞう,経けい理り,営えい業ぎょうなど,なんでもやっています。仕事の流れをすべて把は握あくし,自分は今どういうことをすればいいのかを判はん断だんして,仕事に必要なすべての動きを,適てき切せつなタイミングで行うことを心がけています。

末すえ永ながく価か値ちを認みとめてもらえる製せい品ひんを目指す

末永く価値を認めてもらえる製品を目指す

おおまかなフィギュア製せい作さくの流れは,次のとおりです。まずは,どんなフィギュアを作るかを決めます。次に,社内で絵を描かきます。そしてその絵をもとに,パソコンソフトを使い,原げん型けいの造ぞう型けいデータを作ります。原げん型けいを造ぞう型けいする人を,「原げん型けい師し」といいます。データから実じっ際さいに原げん型けいを立体で作ってみて,折れやすかったり破は損そんしやすかったりする箇か所しょなどをチェックし,問題があれば再ふたたび原げん型けいを作り直し,最終的な形にしていきます。原げん型けいが完成したら,それをもとに金かな型がたを製せい作さくします。その金かな型がたを使って,実じっ際さいに作る工場で商品見本を作り,問題がなければ量産します。
お客さまからの依い頼らいの場合は,原げん型けいを作ってチェックする部分だけを担たん当とうしますが,自社製せい品ひんを作る場合は,最初から最後まで私わたしが責せき任にんを持って管理します。例えば音楽アーティストのフィギュアの場合だと,まずはフィギュアにしたいアーティストに見てもらう企き画かく書しょを作り,説明をして許きょ可かをもらいます。それから原げん型けいを作り何度もチェックし,中国の工場に送って金かな型がたを作り,量産して,さらにお店に置いてもらい販はん売ばいする,という流れです。
フィギュアに限かぎりませんが,ものを作るときにいちばん大切なのが,企き画かくです。私わたしは末すえ永ながく価か値ちを感じてもらえる製せい品ひんを作りたいので,企き画かくする製せい品ひんは「自分が本当に欲ほしいと思えるものか,今までにない驚おどろきのあるものか」を自分に問いかけて,そうだと思える製せい品ひんを作るようにしています。ちょっと変わった切り口の,刺し激げき的てきな製せい品ひんを目指しています。

綿めん密みつな市場調ちょう査さはしないで作る

綿密な市場調査はしないで作る

「誰だれに向けて何を作るか」を決めるのには苦労しません。私わたしは「今どんなフィギュアが売れているか」を綿めん密みつに考えたり,人気の傾けい向こうを参考にしたりはしません。あくまでも「私わたしが欲ほしいか」が重要です。私わたし自身が欲ほしいものであれば,私わたしの思いや知ち識しきなど,こだわりを込こめて完成度の高い商品が作れるため,商品を買ったお客さまが納なっ得とくして,喜んでくれると信じているからです。
その一例が,音楽ファン層そうに向けたフィギュアです。ニーズがありながらも,ありそうでなかった商品を企き画かくして,それを大手が製せい造ぞうできないくらいの少数生産で開発・販はん売ばいすれば,商品が売れ残ってしまったときの危き険けん度ども少ないのです。しかし,どんなにこだわりを込こめてフィギュアを作っても,売れるかどうかは残念ながらやってみないとわかりません。これが,会社を経けい営えいするうえでのつらさです。しかし,経けい営えい者しゃは誰だれでもそういうリスクは背せ負おっているので,仕方のないことです。

メーカーと職しょく人にん,どちらの気持ちもわかるのが強み

メーカーと職人,どちらの気持ちもわかるのが強み

私わたし一人の会社ですが,もちろん私わたし一人で製せい品ひんができるわけではありません。私わたしは企き画かくを立てたり,企き画かくを理り解かいしてもらうためのイラストを描かいたりしますが,原げん型けいを作る原げん型けい師しや,金かな型がたを作る工場の技ぎ術じゅつ者しゃにも仕事を依い頼らいします。また,中国の工場には何度も足を運んで,私わたしの考えどおりに作ってくれる技ぎ術じゅつ者しゃや職しょく人にんとの信しん頼らい関係と,製せい造ぞうのシステムを作りました。
私わたしの強みは,仕事を依い頼らいしてくれる企き業ぎょうの考えも,職しょく人にんの気持ちも,どちらもよくわかることです。そこで両者の間を取り持ち,うまく説明したり,よい落とし所を見つけたりすることができます。例えば職しょく人にんには作業に没ぼっ頭とうしたいタイプが多いので,自分で仕事を取りに行くことはあまりないのですが,私わたしがメーカーとの仲を取り持つ形で仕事を依い頼らいすると,感かん謝しゃされます。そして,その職しょく人にんの仕事が素す晴ばらしい出来であれば,私わたしもメーカーから感かん謝しゃされます。そんなときには,自分にしかできないことがやれたように思い,やりがいを感じます。

努力をして,価か値ちのある製せい品ひんを作る

努力をして,価値のある製品を作る

私わたしは,お客さまが驚おどろき,満足してくれる「特別な製せい品ひん」を作るために,あるいは,フィギュアを作らせてもらう音楽アーティストからの信しん頼らいを裏うら切ぎらないために,自分がよいと思うことはとことんやるようにしています。
商品に形があってきれいに色が塗ぬられていて「ただ,できているように見える」だけでは完成とは言えません。例えば「隠かくれているこの箇か所しょが,こんなにこだわって造ぞう形けいされている」とか「こんな小さなところまできれいな色が塗ぬられている」などの,感動させる仕し掛かけが必要です。
私わたしの会社のソフビフィギュアに,実じつ在ざいする人が1982年に音楽活動していたときを再さい現げんした人形がありますが,髪かみ型がたや体型,着ていた服などが当時どのようだったか,細かくわかる資し料りょうを手元に集めて検けん証しょうしました。そして,でき上がった商品が本人と骨こっ格かくが似にていたり,身につけていた物の質しつ感かんまで再さい現げんしてあって,資し料りょう的てき価か値ちがある人形になるように心がけて作りました。原げん型けいの造ぞう形けいは原げん型けい師しの仕事ですし,量産は工場の仕事ですが,それぞれに私わたしが,事前に必ず細かく指し示じを出します。企き画かく段だん階かいの厳きびしいチェックによって,より魅み力りょく的てきな商品が完成するのです。

挫ざ折せつ体験を経へて,好きなことを仕事に

挫折体験を経て,好きなことを仕事に

私わたしは子どものころから,フィギュアや玩がん具ぐを作る会社を経けい営えいしたいと思っていたわけではありません。夢ゆめも特になく生きてきて,普ふ通つうに稼かせげて普ふ通つうに生きていければそれでいいと思って,職しょく業ぎょうを転々としていました。しかし,そうやって30歳さいを過すぎても軽く考えて生きてきた私わたしに,試練が訪おとずれます。当時勤つとめていた広告代理店が突とつ然ぜん,携けい帯たい電話の販はん売ばい店てんをオープンすることになり,その店長を任まかされたのですが,売うり上あげ不ふ振しんの責せき任にんをとって,会社を辞やめるか,減げん給きゅうされるかのどちらかを選ばなければならないことになりました。そこで私わたしは,「今までは稼かせげればどんな仕事でもいいと思ってきたけれど,こういう目に遭あうのであれば,どうせなら好きな仕事がしたい」と強く思ったのです。
そのころ,ロボットアニメや特とく撮さつヒーローなど,私わたしが子どものころに好きだったテレビ番組のキャラクターを,今のおもちゃの製せい作さく技ぎ術じゅつで作って大人向けに販はん売ばいする,というジャンルがおもちゃ業界で流行し始めていました。私わたしはそれらの玩がん具ぐに感かん銘めいを受けて,自分でもよく購こう入にゅうしていたのですが,それを自分でも作りたいと強く思いました。そこで,働きながら1年間で約60社の採さい用よう試験を受けて,ようやくフィギュア作りができる会社にめぐりあい,入社しました。
しかし,その会社も,玩がん具ぐを専せん門もんとする会社ではなかったので,私わたしが一人で企き画かくから,中国などの海外工場への発注,工場が海外なので必要となる輸ゆ入にゅうの手続きや,お店で販はん売ばいしてもらうための方法など一通りのことを,見よう見まねだったり人に頭を下げて教えてもらったりしながら,手て探さぐりで道を開かい拓たくし,仕事を身につけていきました。

臆おく病びょうだったが,コンプレックスを克こく服ふく

臆病だったが,コンプレックスを克服

この仕事の流れや進め方をほぼ独どく力りょくで身につけたことは,会社を経けい営えいするうえでの財ざい産さんになっていると思います。私わたしは子どものころから,絵を描かいたり,ものを作ったりするのが得意だったので,グラフィックデザインの専せん門もん学校で学びましたが,それもこの仕事をするうえで役に立っていると思います。
私わたしは家族からは愛あい情じょうを受けて育ったと思いますが,子どものころは「世の中から不当な扱あつかいを受けている」と強く思って生きてきてしまったように思います。身体が小さく,臆おく病びょうな性せい格かくだったことも影えい響きょうしているかもしれません。それを克こく服ふくするために,高校2年生になってから,ボクシングジムに通うようになりました。29歳さいまで続けていたのですが,試合の勝しょう率りつも高く,臆おく病びょうな気持ちはいつの間にかなくなり,自信を持つことができました。
また,高校生のころから聞いていた「ハードコアパンク」というジャンルの音楽には救われていました。高校の同級生が話題にしているような流行のことにはまったく興きょう味みはなく,音楽が,友人もいない孤こ独どくな私わたしに寄より添そってくれました。今の仕事をするようになって,そのころによく聞いていた音楽アーティストのフィギュアを作るのは,私わたしにとっては自然な流れでした。

好きなことはできる限かぎりやっておこう

好きなことはできる限りやっておこう

私わたしは紆う余よ曲きょく折せつを経へて,好きな仕事に就つきました。投げやりに進路を決めて生きてきたので後こう悔かいも多いのですが,これはしておいてよかったと思うことは,自分の興きょう味みには素す直なおに従したがって,いろいろなことをやってみたことです。若わかいうちは,「これは将しょう来らい,役に立つ」という考えは脇わきに置いて,可か能のうな限かぎり自分の興きょう味みのおもむくことをやってみてください。そして,たくさん感動してください。
感動をするためには,いろいろなことに興きょう味みを持ち,おもしろそうだと思ったらすぐに試ためしたり,参加したりするのが大切です。そうするとさらに,別のことに興きょう味みが持てるようになります。そうやって何かに夢む中ちゅうになって時間をかけたり,回数を重ねたりした経けい験けんは,必ず後になって役に立ちます。
将しょう来らい,就つく仕事は,好きなことでなければいけないということはありません。やっていくうちに好きになることもたくさんあります。それでも,最初から好きなことを仕事にできれば,苦労はするかもしれませんが,最終的には「これでよかった」と思えるはずです。私わたし自身がそう思っているからです。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫