仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1983年 生まれ 出身地 大阪府

ニーコ(にーこ)
子供の頃の夢: 漫画家
クラブ活動(中学校): クラシックギター・マンドリン部
仕事内容
自分を使って表現(ひょうげん)をする。
自己紹介
声が特徴(とくちょう),髪(かみ)がピンク,ポジティブ,感受性(せい)豊(ゆた)か,人とすぐ仲良くなれる。オンは二ーコ100%ですが,オフの時はけっこうだらっとしています。

※このページに書いてある内容は取材日(2017年04月18日)時点のものです

人前に出て,楽しさや希望を与(あた)える

人前に出て,楽しさや希望を与える

私(わたし)は,声優(せいゆう)をはじめとして,バンドのボーカルやミュージカル女優(じょゆう),ファッションモデル,番組やイベントのMC,クラブのDJなど,マルチアーティストとして活動をしています。この世界に入ったきっかけは,2001年に大阪(おおさか)で雑誌(ざっし)の読者モデルとしてデビューしたことです。声優(せいゆう)デビューは2006年です。
マルチアーティストとしてやっていることは,全部ひっくるめて“エンターテインメント業”ですね。いろいろな人の前に出て楽しさや希望,刺激(しげき)や夢(ゆめ)を与(あた)えるのがエンターテインメントの仕事だと私(わたし)は思っています。その中でも特別なウエイトを置いているのが声優(せいゆう)としての仕事で,声優(せいゆう)としてはアニメ,ゲーム,CMのナレーションなどをしています。

キャラクターに命を吹(ふ)き込(こ)む瞬間(しゅんかん)がたまらない

キャラクターに命を吹き込む瞬間がたまらない

アニメの声優(せいゆう)としての面白さは,キャラクターに命を吹(ふ)き込(こ)む仕事だということです。アニメというのは二次元の世界,いってみれば空想の世界です。それなのに,声優(せいゆう)が声を入れた瞬間(しゅんかん)に,そのキャラクターが人格(じんかく)を持って,いきいきと動き出す。その感じがたまりません。
絶対(ぜったい)に失敗しないようにという気持ちで臨(のぞ)んでいるから,本番中は身体中が研(と)ぎ澄(す)まされていて,すごい集中力で,体力も精神力(せいしんりょく)も頭もフル回転しています。アドレナリンがたくさん出ていて,生きているなと実感します。その緊張感(きんちょうかん)は全くストレスにはなりません。好きなんですね,その時の,生きるか死ぬかみたいな感覚が。

経験(けいけん)や人間関係が役作りに生きてくる

経験や人間関係が役作りに生きてくる

声優(せいゆう)には大きく分けると,地声を生かすタイプと,いろいろな声のバリエーションで演(えん)じるタイプとの2種類あります。私(わたし)の場合は地声が個性(こせい)的なので,声優(せいゆう)を始めて5年ぐらいは,声を変えようということは思わず,自然に声を出していました。でも最近は,地声を生かしながらも,おばあさんの声はこうかな,話し方はこうかな,と工夫したりして,声を操(あやつ)る楽しさを感じるようになってきました。
そのときに生きてくるのが,今までの経験(けいけん)や,今までの人生で出会ったいろんな人たちとのかかわりです。年齢(ねんれい)も仕事も家庭環境(かんきょう)も違(ちが)うたくさんの友達がいることで,自分が演(えん)じられる役も幅広(はばひろ)くなると思います。私(わたし)は人とつき合うときに,この人はプロデュサーだとか,この人はアルバイトだとかいう肩書(かたが)きで判断(はんだん)しないので,いろんな人と深くつき合えるのですが,それも今の仕事に生きている気がします。

人にパワーが伝わっていくのがうれしい

人にパワーが伝わっていくのがうれしい

声優(せいゆう)をやっていてよかったなと思うのは,ファンの方と会って,「1年間,この日をずっと待っていました」とか,「ニーコさんに会うためにまた頑張(がんば)ります」などと言っていただけるときです。いろんな辛(つら)いこととか悩(なや)みがあっても,いや,だからこそ,かもしれませんが,私(わたし)に会うことを心から楽しみにしてくれているんです。私(わたし)のポリシーは,人に楽しさや希望を与(あた)えることなので,「ああ,本当に希望を与(あた)えることができたんだな」とわかると,こちらもファンの方からパワーをもらえます。私(わたし)とファンの方の間でパワーが循環(じゅんかん)している感じですね。
海外のファンも同じです。海外でも日本のアニメはすごい人気で,アメリカやフランスの,聞いたこともないような都市で行われるアニメイベントに呼(よ)ばれていくと,日本と同じ規模(きぼ)で,みなさんが好きなアニメのコスプレをして集まってきます。その中で,日本からきたオリジナル版(ばん)の声優(せいゆう)や,アニメソングの歌手は熱狂(ねっきょう)的に迎(むか)えられるんです。すでに海外でも,日本のアニメの人気が定着しているんですね。これからますます,アニメ声優(せいゆう)の仕事は世界をつなぐ仕事になると思っています。

仕事は「500%」で返す!

仕事は「500%」で返す!

私(わたし)は,どんな仕事でも,与(あた)えられたら「500%」で返すことを心がけています。「ニーコなら,こんなことができるよね」と言われた仕事も,期待された結果を返すだけなら100%ですが,それだけだと面白くない。だから,相手がびっくりするくらいにして返したい。できているかどうかは別として,常(つね)に500%で返すように心がけています。そうやって,どんどんパワーアップしていきたいんです。
そのために絶対(ぜったい)に必要なことは,体調管理です。声優(せいゆう)の仕事をするうえで,風邪(かぜ)は絶対(ぜったい)に引けないから,手洗(てあら)い,うがい,寝(ね)るときのマスク,加湿(かしつ)器は,365日,欠かせません。風邪(かぜ)かな?と思ったら半日で治します。そのために,自分の身体のことをよく知っておかなければいけないんです。24時間,気を抜(ぬ)けません。今は1歳(さい)8カ月の子どももいるので,子どもから風邪(かぜ)をもらわないようにも気をつけています。

コンプレックスだった自分の声が今は「宝物(たからもの)」

コンプレックスだった自分の声が今は「宝物」

声優(せいゆう)になったきっかけは,大阪(おおさか)から東京に出てきて,アルバイトをしながら,モデルなどの仕事をしているときに,深夜のバラエティ番組に出たことです。その番組をアニメの制作(せいさく)会社の方が見て「面白い声だな」と覚えていてくれたそうです。それから2年後に「少年ジャンプ」の連載(れんさい)漫画(まんが)『家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!』のアニメ化が決まり,その方が,「あの時のあの声の子」とわざわざ私(わたし)を探(さが)して,オーディションを受けないかと声をかけてくださいました。それで,ラッキーなことに,主役のリボーン役で声優(せいゆう)デビューさせていただいたんです。2006年,23歳(さい)のときです。
まさか,自分が声優(せいゆう)になるとは思ってもみませんでした。声が変わっているので小学校でも教科書を読むと必ず笑われ,男子のからかいの的でした。自分の声を初めてテープレコーダーで聞いたときは,予想外の声に「キャー」と叫(さけ)んで,テープレコーダーを放り投げたくらい。自分の声はコンプレックスでしかありませんでした。それが,今はこの声が相棒(あいぼう)というか,「宝物(たからもの)」になりました。
ただ,何の勉強もせずに声優(せいゆう)の世界に入ったので,最初はマイクワークも台本の読み方もわからず,周りの先輩(せんぱい)に教えてもらいました。プロデューサーの方が「ニーコはそのままでいいから」と背中(せなか)を押(お)してくださったから,続けられたんです。

やりたいことを見つけたら,行動する

やりたいことを見つけたら,行動する

私(わたし)は小さいときはとても恥(は)ずかしがりやで,いつも姉の陰(かげ)に隠(かく)れているような子でした。小学校4年生から学習塾(がくしゅうじゅく)に行き,中学受験をして,姉と同じように高校・大学と進むつもりでいましたし,両親もそれを望んでいました。
それが,中学1年のときに,篠原(しのはら)ともえさんがテレビに出たのを見て,雷(かみなり)で撃(う)たれたような衝撃(しょうげき)を受けたんです。見たこともないカラフルで個性(こせい)的なファッションや歌,自由な言動。あんなふうに人を楽しませ,夢(ゆめ)を与(あた)える存在(そんざい)になりたいと思うようになりました。その当時は,どうすればああなれるかはわからなかったけれど,「大学に行って勉強しても,自分は人を楽しませることはできない」と思うようになり,必死で親を説得して,高校卒業後に専門(せんもん)学校でヘアメイクの勉強をすることを認(みと)めてもらいました。大阪でヘアメイクの勉強中に読者モデルにスカウトされ,その後,「東京で人の前に出る仕事をしよう」と上京しました。東京ではゼロからの出発ですから,原宿の表参道の交差点を行ったり来たりしてスカウトされるのを待ったんですよ。そうやって,自分がやりたいことのために行動したのが,今につながっています。10代のうちはいろいろ悩(なや)んだりして,落(お)ち込(こ)んだこともあったけれど,今となってみると,全部意味のある経験(けいけん)だったんだと思っています。

「やらない後悔(こうかい)より,やる後悔(こうかい)」,まずは行動を

「やらない後悔より,やる後悔」,まずは行動を

若(わか)いうちは,たくさん恥(はじ)をかいても,悩(なや)んでも,いつかかならず糧(かて)になります。やりたいことや関心のあることを見つけたら,最後まであきらめないで,行動してください。夢(ゆめ)をあきらめないで行動することが,自分を愛すること,自分を大切にすることだと思います。「私(わたし)は,これがやりたい」というものを持ったら,その気持ちを発信していってください。「やらない後悔(こうかい)より,やる後悔(こうかい)」です。
みなさんの中に声優(せいゆう)やアーティストをめざしている人がもしいたら,夢(ゆめ)を途中(とちゅう)であきらめないでください。専門(せんもん)学校でも養成所でも,自分の足で歩いて,勉強する場を決めることはいいと思いますが,勉強はあくまでも手段(しゅだん)であって目的ではありません。学校に入って勉強するだけで安心したり,自分はいちファンいるだけでいいや,とあきらめたら,そこで終わりです。今はSNSなどのいろんな手段(しゅだん)があるから,私(わたし)みたいにアナログな手段(しゅだん)で,表参道を歩いてスカウトを待つなんていうことをしなくていいかもしれないけれど,「私(わたし)はこうなりたい!」という気持ちを発信することが大事なんです。それが自分を輝(かがや)かせ,次の出会いにつながります。

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日本ドリームプロジェクト (編)
1歳から100歳の人の“夢”が写真つきで出ています。自分より年下の子の夢を見るとほほえましかったり,逆に負けていられないなと奮い立たせられたり。自分より年上の人の夢を見ると,年を重ねても希望があるなと,憧れたりします。偶然出会って,手放せない本になりました。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社