• 東京都に関連のある仕事人
  • 1968年 生まれ

    出身地 千葉県

看護学校教諭

佐藤さとう 智子ともこ

  • 仕事内容

    かんの「楽しさ」を教える。

  • 自己紹介

    もともと体を動かすことが好きで,今はランニングをしゅにしています。年1回,フルマラソン大会に出ることを目標に,週末は必ず走っています。

  • 出身高校

    千葉県立流山東高等学校
    (現・千葉県立流山おおたかの森高等学校)

  • 出身大学・専門学校

    専門学歴:慈恵青戸看護専門学校,神奈川県立看護教育大学校
    一般学歴:国立宇都宮大学大学院教育学専攻

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2018年07月23日)時点のものです】

佐藤 智子


仕事人記事

じゅぎょうをするだけでなく,学校のうんえいにも関わる

<ruby>授<rt>じゅ</rt></ruby><ruby>業<rt>ぎょう</rt></ruby>をするだけでなく,学校の<ruby>運<rt>うん</rt></ruby><ruby>営<rt>えい</rt></ruby>にも関わる

わたしは東京女子医科大学かんせんもん学校でかん教員をしています。かんとして働いたのちにかん学校教員のかくを取得し,教える立場になりました。わたしが教員をしているせんもん学校は,かんかくを取得しかんしょくぎょうとすることをめざすじょせいが通う学校です。卒業生の9わりは東京女子医科大学のぞく病院にかんとしてしゅうしょくしますが,じょさんけんかくを取得するために,卒業後,4年せい大学にへんにゅうする学生や,じょさんせんこうの1年コースに進学する学生もいます。1学年は大体80~90名,全3学年で今は全274名の学生を15名のせんにん教員とじょうきんこう約100名で教えています。かんになるためには4年せい大学のかん学部を出るか,3年せいかんせんもん学校を出るかの二つの方法がありますが,大学では4年で学ぶことを,かんせんもん学校では3年間で学ばなくてはいけないので,カリキュラムのみつはとてもくなります。
かんがく」や「せいしんかんがく」といったじゅぎょう科目を学生にがくで教えたり,校内の実習室でかんじゃさんとのせっかたや,具体的なじゅつなどをどうしていきます。また,「りん実習」といい,りんしょう,つまり病院でのじっさいりょうの場に学生を連れていって,りんしょうかんを教えることもあります。じゅぎょう以外にも,学生からのしつもんに答えたり,なやみの相談にのることも多いです。また,今は副教務しゅにんという立場なので,学校のうんえいめんを考えることも大きな仕事の一つですね。

「学生全員が国家試験にごうかくできる」ようにえんするのが最大の目標

「学生全員が国家試験に<ruby>合<rt>ごう</rt></ruby><ruby>格<rt>かく</rt></ruby>できる」ように<ruby>支<rt>し</rt></ruby><ruby>援<rt>えん</rt></ruby>するのが最大の目標

学校の始業は9時なので,大体8時30分くらいにはしゅっきんしてこうじゅんをします。わたしやくわりとしてカリキュラム調整をたんとうしていますので,自分のじゅぎょうじゅんだけでなく,他の教員とこうや学生たちがスムーズにじゅぎょうを始めることができるか,そのじゅんかくにんして整えるのもわたしの役目です。じゅぎょう時間はじゅぎょうをし,午後4時20分にじゅぎょうが終わってからは,その日のじゅぎょうかくにんと次の日のじゅんなどを行います。6時までは学内の実習室で学生が学習をしているので,しつもんを受け付けることもあります。
じゅぎょう時間や学生へのたいおうをする時間の合間をぬって,じゅぎょうのための教材研究もおこないます。時代の変化により,かんかくに必要な勉強ないようやカリキュラムが変わることもありますし,なるべく学生にとって良いじゅぎょうができるよう,教材研究はつねに欠かせません。
一年間で最もいそがしくなるのは,1月から3月ごろでしょうか。3年生が受験する国家試験が2月にあり,試験前には,全員ごうかくさせるという目標に向け,教員全員が一丸となっています。また1年生と2年生にも,その学年で取るべき科目の単位を無事に取ることができるよう,学習のえんも必要です。
また,学生が実習に行く前,特にげんれていない1年生や2年生の実習前もいそがしくなりますね。実習前には学生が何かと不安をいだきがちなので,その不安をチャレンジする気持ちに変えていけるようにはげましていくのも,わたしたち教員のやくわりです。

一人一人ちがなやみを持つ学生たちに向き合う

一人一人<ruby>違<rt>ちが</rt></ruby>う<ruby>悩<rt>なや</rt></ruby>みを持つ学生たちに向き合う

かんを学んでいく中で,学生はいろいろななやみをかかえます。「自分がかんに向いているかどうか」というなやみはもちろん,「なかなかせいせきびない」というなやみだったり,進学やしゅうしょくに関するなやみ,そして「人との関わりがうまくいかない」というなやみもあります。その“関わり”は,友だち同士のこともあるし,りんしょう実習でのかんじゃさんとの向き合い方だったり,本当にさまざまです。
例えば,「自分は人が好きでうまく話ができると思ったけど,いざ実習に出たらかんじゃさんとうまく話ができなかった」と落ちこんで帰ってくる学生がいました。かのじょには「こまってもいいしなやんでもいい,『自分はできる』っていうプレッシャーをかけなくていいんだよ」ということを話していきましたが,学生自身がなやみのげんいんに気づく方法や,気づくまでにかかる時間は人それぞれです。そのため,なるべく「こうだよ」と言いきるのではなく,その人が一歩先に進むまで付き合うように心がけています。

学生がかんを“楽しい”と思えるように

学生が<ruby>看<rt>かん</rt></ruby><ruby>護<rt>ご</rt></ruby>を“楽しい”と思えるように

わたしから見ると,第一線で働いているげんかんはすごくかがやいて見えるんですね。学生が実習に出た時に,そんなげんかんたちといっしょに一人のかんじゃさんのことをいっしょうけんめい考え,いっしょかんができるよう,送り出すのがわたしたち教員の役目です。
学生たちは最初「自分は何もできない」と思っています。しかし実習を通じてかんじゃさんにかんしゃをされ,そのことに感動する,そういう体験を通してかのじょらは一歩一歩,かんに近づくし,そのときのけいけんはおそらく,長くかんを続けるための原動力にもなります。かのじょたちのそんな姿すがたを見ると,「よかったな」と心から思えますね。
学生やかんをめざす人たちにもよく話すんですが,かんは「一生働ける仕事」です。ですから,けっこんしても出産しても,なるべく長く働いてほしいんですね。ねんれいとともに,自分や家族をとりまくかんきょうは変化することがあるかもしれません。でもたとえば出産したり,こうれいの家族のケアをしたりという自分のけいけんがあったとしたら,そういうことが必ずげんで生きる仕事です。そのためにも,わたし自身が長く仕事を続けて,学生たちにお手本となる姿すがたを見せていかないといけないな,とも思っています。

“教員と学生”ではなく“かんの仲間”としてせっする

“教員と学生”ではなく“<ruby>看<rt>かん</rt></ruby><ruby>護<rt>ご</rt></ruby><ruby>師<rt>し</rt></ruby>の仲間”として<ruby>接<rt>せっ</rt></ruby>する

かんというしょくぎょうをめざす学校だからこそ,「りんかん」を大切にしています。かんは人の生命とそんげんそんちょうし,どんな人にも平等にかんし,かんじゃさんとのしんらい関係をきずいていかなくてはいけません。こういった「かんりん」は,かんという仕事を続けていく上でぜったいに欠かせないものです。だからこそ,わたしは教員という立場ではありますが,同じかんというしょくぎょうの仲間として,自分自身も「かんりん」をしっかりと持ち,見本になるようにしていかなくてはと思っています。
また,「学生とわたしは対等でありたい」とつねに思っています。学生のいい所はちゃんとほめて,かいぜんすべき点はてきする。時には,じゅぎょうがうまく行かなかったり,かんじょうちがいが起こってしまったりと,わたしたち教員の側が失敗してしまうこともあります。そういったときにはちゃんと学生たちに「自分たちのここが悪かった」としめし「こういうふうにかいぜんしようと思っている」と説明することを心がけています。学生にはあえてきびしい言葉を投げかけることもありますが,それだけではなく,フォローをどうするかにも気を配っていて,せんぱいこうはいの教員にフォローをお願いすることもありますね。
大事なのは,学生をどくにさせないということ。成長するためには,どくは必要なこともありますが,必ずだれかが手を差しのべることができるかんきょうを作るように心がけています。

思いがけず進むことになったかん教員への道

思いがけず進むことになった<ruby>看<rt>かん</rt></ruby><ruby>護<rt>ご</rt></ruby>教員への道

中学・高校とバレーボール部だったんですが,ひどいゆびをして病院に行ったことがあります。そのとき,そこで働いているかんさんがすごくかがやいて見えたんですね。それで進路を考えたとき,なりたいしょくぎょうとして「かん」がかんだんです。
高校卒業後にかん学校に進み,卒業後はぞくの病院で9年間,かんとして働きました。その病院ではしゅうしょく3年目から「りんしょうどうしゃ」として学生にどうする立場となるんですが,りんしょうどう自体は好きだったんです。すると母校にたまたま教員の欠員が出て,当時のかん部長に教員の道をすすめられ,かん大学校の教員養成ていに進むことになりました。かんとしてげんで働くことへの未練もなくはなかったのですが, 30さいの時に母校の教員になりました。
いざ教員になってわかったのは,りんしょうどうしゃと教員は立場が全然,ちがうということです。りんしょうどうしゃは学生を「いずれいっしょに働く相手」とにんしきしているし,学生たちもそのつもりでげんに来ています。でも教員の場合は実習へ送り出す立場であって,病院で学生を受けいれる立場とはちがったんです。最初のころは「なんで同じように教えても,学生にとどかないんだろう」とかなりなやみました。
でも教員を続けていく中で,学生が受け持ちかんじゃさんのことをいっしょうけんめい考えてかんする場面を目にしたり,かんじゃさんのがおをみて,かん教員としての喜びを感じるようになりました。かん教員という仕事は,「かんじゃさんだけでなく,一人のわかものがだんだんと一人のかんに成長してゆくのを助けることができる仕事」だな,と気づいたんです。
そこから“教育”や“人を育てること”のおもしろさを感じるようになりましたが,日々なやむことも多く,教育学をより深く学びたいと考え,通信の大学で学士をとり,大学院の教育学せんこうで学びました。仕事で学生にじゅぎょうを行いながら自分のプライベートな時間を使って学ぶ側に立つという生活は,じゅうじつしながらも苦労する日々でした。あの時のことを思うと,家族の協力がなかったらえることはできなかったな,と思いますし,本当にかんしゃしています。

チームプレーに大切なことを学んだ中学生時代

チームプレーに大切なことを学んだ中学生時代

小学生のときは,引っこみ思案な子どもでしたが,中学生になってバレーボール部に入ってからは,明るくといいますか,少し元気になりましたね。チームプレーを行う中で,言葉にしないと伝わらないこと,話さないとわかりあえないことがある,というのがわかっていったからだと思います。これは今の仕事の中でも,生かされていると思います。
高校生になったら,だんだんと自分の意見を持つようにもなりました。大きく変わったのは,かん学校に入ってからでしょうか。さまざまな場所から来ている人たち,これまでに会ったことがないような人たちと出会うなかで「世の中にはいろんなかんを持った人がいるんだ」と気づくことができました。それはわたしにとって,すごくげきてきな体験だったんです。世界は広いし,ある意味,発想は自由だということを知ることができました。そのけいけんかんになってかんじゃさんとせっするうえでも,今,かん教員として学生とせっするうえでも役に立っています。

なるべく多くの人と話していろんなけいけんをしてほしい

なるべく多くの人と話していろんな<ruby>経<rt>けい</rt></ruby><ruby>験<rt>けん</rt></ruby>をしてほしい

わたしがみなさんに伝えたいことは,答えは一つではないし,いろんな世界がある,ということ。まずはいろんな人と関わって,たくさんの人と話をしてほしいな,と思います。この人とはうまくいかないなと思う人でも初めからていしないで,まずは相手のことをよく観察して見てみようとしてください。そうすると自分が予想だにしなかったことが見えてくるかもしれません。人にかぎらず,ものごとに関しても,先入観をもたず,なるべくいろんなことをけいけんしてほしいですね。
また,もしこれを読んでいる人の中にかんをめざす人がいたら,かんは一生続けられる仕事だということを知っておいてください。きんする病院や科によってさまざまな働き方ができますし,「海外でかんとして働きたい」というゆめを持つ人もいます。そういうとき,わたしたち教員も「じゃあ○○科と○○科をけいけんしておくといいかもしれないね」などと進路についてアドバイスをしたり,いっしょに考えていきます。
もちろん,かんは生命に関わる仕事ですから,時としてつらけいけんをすることもあります。受け持ちかんじゃさんが順調にかいふくしないケースや,自分が考えたかんがうまくいかないこともあります。それでも,かんというしょくぎょうは,かんじゃさんや仲間との関わりから得るものが多く,やりがいの大きな仕事です。

  • 取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫

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  • 20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

    ティナ・シーリグ

    スタンフォード大学で起業家育成コースを担当する筆者が,学生におこなった集中講義をまとめた1冊です。私は20歳を超えてから読んだのですが,人生の選択で悩んだことが,この本を読んだ時に「悩んでよかったな」と思えました。“人生,回り道してもいいんだな”と思える1冊でした。若い人にぜひ読んでほしいです。