※このページに書いてある内容は取材日(2018年08月29日)時点のものです
悲しむ人を減らすために考えた「障がい者」という表記
私は「ユニバーサルデザインコーディネーター」を育成する仕事をしています。「ユニバーサルデザイン」は,障がいの有無にかかわらず,すべての人に配慮したデザインのことです。そもそも「バリアフリー」とか「ユニバーサルデザイン」というのは,誰か一人の人がすごく一生懸命がんばって考えて作り出したものが,一般に広まっていくというものです。たとえば,点字ブロックを考えた人がいて,それを世界のいろいろな人が取り入れていって,今いろいろなところに点字ブロックがあるわけです。それと同じように,「障がい者」という単語の「がい」の字をひらがなにするという表記は,私といろいろな障がい者の人とで一緒に考えて,検証して,その後いろいろな自治体や企業で採用され,一般的になって,今はパソコンで打ってもちゃんと変換されるようになりました。
もともと使われていた「害」という漢字にはマイナスのイメージがあるため,「害」という字が入っている言葉で呼ばれるのが嫌だと感じている方がたくさんいたのです。かといって,昔使われていた「碍」という難しい漢字を使うと,音声読み上げソフトで読めなくなってしまう。そうやっていろいろな人の意見を聞いて,「がい」の字をひらがなにするのが,悲しくなる人がいちばん少ないということになりました。
ユニバーサルデザインを考える上で大事なこと
私がユニバーサルデザインを考える上で大事にしていることは4つあります。
1つは困っている人自身が気づけていない問題点を見つけて,その人たちにとっていちばん価値のあることを見極めるということ。たとえば横断歩道には,目が見えない人のために,音が出る機械がありますが,見えていないから,そこにあることに気づけない。気づけないからそもそも使えない。そういうふうに,“困っている人自身が気づけないこと”を見つけることを大切にしています。
2つ目は,実際に目的が達成できるのか確認すること。以前調査をしたときに,街についている点字の約1割しか,全盲の人が使えていないということがわかりました。そもそも見えない人が点字のある場所にたどりつけないから,触れられないのです。だから,たどりつけてちゃんと使えるようになるにはどうすればいいのか,チェックをします。
3つ目は特に大事にしていることで,そのデザインが他の方の負担になっていないか,徹底的にチェックすることです。たとえば車椅子の方にとって,道路の歩道に段差があると乗り越えるのが大変なのですが,ある自治体で車道と歩道の段差をフラットにしたところ,全盲の方が車にひかれてしまうという事故が増えてしまいました。誰かのためにやったことが,他の誰かの負担になってしまう。そんなことが起きないよう,こちらもチェックします。
4つ目は,これら全部をみんなで考えたり,また,専門家だけではなくて,一般の利用者にも使ってもらったりすることです。ここに点字があるので触ってみてください,というのではなく,本当に普通に過ごしている中で,気づいて使えるのかということを徹底的にチェックするということを心がけています。
片付けられないお母さんが片付けられるようになった
ユニバーサルデザインコーディネーターの講習は高校生から受けられます。以前,「家が散らかっていて,恥ずかしくて友達を呼べない」という問題に取り組んだ高校生がいました。その本人はすごくきちっとしているのですが,お母さんが片付けを苦手としていたそうです。おたまはここ,などと付せんで全部場所を決めて整理してみても,1週間もするとまたぐちゃぐちゃになってしまうという繰り返しで,お母さんと親子ゲンカばかり繰り返していたそうです。
片付けられないのは,お母さんの性格の問題だと思っていたけど,ユニバーサルデザインコーディネーターの講習を受けてから考えてみると,お母さんは実は昔ケガをしてしまったため,片手がちょっと不自由で,重いものを持ったり,手を伸ばしたりといった作業ができないということに気づきました。よく検証してみると,自分は1つの動作で取れるけど,お母さんは4アクションくらいかかってしまうということもわかりました。そこで,お母さんも1アクションで全部片付けができるように配置などを変えたところ,片付けられるようになって,お友達も家に呼べるようになりました。何より,その子はお母さんとケンカをせずにいつも楽しく会話ができるようになったのがすごくうれしかったそうです。
メガネやコンタクトレンズと同じように
今,障がい者手帳を持っている方は,人口の10%くらいですが,これから高齢者が増えるということもあり,人口の半分以上が障がい者という状態になってきます。そうすると,「困っている人を助けてあげましょう」というやり方は,もう成り立たなくなると思うんです。障がいがあっても問題なく,誰も犠牲になることなく生活ができるように,社会のほうを変えないといけません。
そのときに重要になるのが,「障がいは人にあるのではなく,環境が作り出す」という発想です。よくたとえとして出すのが,メガネやコンタクトレンズです。私も今,コンタクトレンズをしていますが,私は目が悪いので,もしも世の中にメガネやコンタクトレンズが存在しなければ,弱視という視覚障がい者です。でも,メガネやコンタクトレンズを使えるので,私は障がい者ではないのです。同じように,足がなくても,車椅子を使うことでどこにでも行けるなら,車椅子利用者は障がい者ではありません。今,障がい者だと言われている人が,障がい者でなくなるということは,これからすごく重要な発想だと思いますし,どの分野でも必要になってくることだと思います。逆に,腰痛に悩まされて日常生活が大変な方とか,今,見えていない障がい者の方を見つけることも大事だと思います。
5年間続いたいじめがなくなった理由
学生のころは,友達の悩み相談に乗ることに夢中になっていました。勉強のこと,友達のこと,いじめられていること,忘れ物が多いこととか,両親が離婚したこととか。そういった難しいことについて,友達と一緒に取り組むのも,友達が喜んでくれるのもうれしかったですね。
中学生のときは,体育以外は全科目学年トップで,慶應大学に17歳で初めて入学を許可されたくらい,勉強ができたのですが,小学生のころは正反対でした。知的に障がいがあると思われていて,特別なクラスに移るか,学校でも検討されていました。ひどいいじめにもあっていて,親ともうまくいかない,そんな期間が5年間続きました。でも,小学5年生になったときに,たまたま,私にもできる方法があるのではないかと,全力で相談に乗ってくれた人がいたのです。その結果,小学2年生の算数も解けなかったのが,1週間後には100点が取れるようになりました。それから全科目で学年トップになって,ピタッといじめられなくなって,逆に人気者になったり,いじめていた人たちが卒業のときに謝りに来たりするようになりました。親友もできて,人生がすごく変わりました。
問題は,いじめられたことではなく,5年間続いてしまったことです。続いてしまった原因を特定できれば解決できるということがわかりました。私の場合は,確かにはじめはいろいろできなかったのでしょうけど,それで自分はダメだと,がんばってもできないと諦めてしまっていたのです。どうせ理解できないと思いながら先生の話を聞いているので,理解できなかった。でも,自分にも理解できるかもしれないと思って聞いてみたら理解できたんです。自分はできないと思っていたことが原因だったなと理解ができたことで,問題を解決することができました。
みんなと一緒に同じ場所を使うために
大学時代,数学を教えている全盲の先生がいらっしゃいました。その先生にお話を聞くと,大学に来るときはいつも,前日から絶食をしてきているとのこと。なぜかと聞いてみたら,男女のトイレの差がわからないから,間違えて女子トイレに入ってしまって,セクハラと言われて解雇されたら困るからということでした。その先生は本当に痩せてしまっていて,これはなんとかしなければと,いろいろな場所に先生が気づけるような方法を研究して,点字をつけました。全盲の学生もいたので,そういう方達にもわかるような仕組みを作りました。最後はキャンパスに来たことがない全盲の方を集めて,行きたい場所に行けるかどうかという検証も行いました。
その結果,10年経った今も,すごく助かっているよと言ってもらえますし,先生も授業の前日でも三食,ご飯を食べられるようになりました。いちばん大きいのは,それまでは学生のボランティア団体に助けてもらっていたけど,自分でできるようになったことだということでした。先生がおっしゃるには,バリアフリーの場所は使いたくない。みんなと一緒に同じ場所を使いたいのだということでした。「ユニバーサルデザイン」という言葉にそこで出会いました。どんなものを背負っていても,自分も周りも幸せになれるような仕事ができれば,誰もが幸せになれるチャンスを手に入れられるのではないかなと思います。
やりたいことやできる方法を自分で考えて探すことが大事
私が中学生くらいのころは,やりたいことを聞かれても,本当にそれがやりたいことなのかわからなくて,すごく不安でした。でも今思うと,考えるということ自体にすごく意味があったのだと思います。自分はこんなことをしているときが楽しい,逆にこれはあんまり好きではないなど,少しずつ答えが見えてくると思います。できないことがあっても,このやり方は自分には合っていないのだと思って,別の方法を探すことが大事だと思います。私自身,教えられた方法は合わなかったけど,考えてやってみたらできるようになったことがたくさんありました。そういうことがあると自信になって,生きているのが楽しくなるので,ぜひやってみてください。
最後に,みなさんがどんな職業についても,ユニバーサルデザインには取り組むことができるので,心の片隅に留めておいていただけたらうれしいです。自分のやったことで,社会が変わったり,誰かを幸せにできたりするのは,すごくうれしいことだし,自信にもなります。ぜひチャレンジしてみてください。