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東京都に関連のある仕事人
1985年 生まれ 出身地 東京都

安田(やすだ) 加奈子(かなこ)
子供の頃の夢: 保育士
クラブ活動(中学校): 陶芸部
仕事内容
おいしい野菜を栽さい培ばいし,楽しく農業をする。
自己紹介
好こう奇き心しんが旺おう盛せいで,なんでもやりたいタイプです。フットサルやクロスバイク,乗馬など外で楽しむ趣しゅ味みが大好き。旅行も好きで,子育て中はなかなか時間がとれなかったのですが,子どもも大きくなってきたしそろそろ……と思い,計画を立てています。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2018年08月06日)時点のものです

東京で100年続く農園を営いとなむ

東京で100年続く農園を営む

東京都西東京市にある「やすだ農園」で,両親と夫と一いっ緒しょに野菜づくりをしています。私わたしが生まれ育ったこの農園は約100年続いていますが,畑の広さは70アール(7000平方メートル)と,けして広いほうではありません。そのかわり,作物をビニールハウスなどではなく屋外の畑で育てる露ろ地じ栽さい培ばいと手作業にこだわり,約50品目を育てています。
販はん売ばい方法はいくつかあります。まずは父の代が地元の農家どうしで作ったグループでの出しゅっ荷かがあります。スーパーなどにある産直野菜コーナーで販はん売ばいされるものが中心で,小松菜やほうれん草,ブロッコリーなどの定番の品種を育てて,ある程てい度どまとまった量を出しゅっ荷かしています。そのほか,自じ宅たくの脇わきにある直売所や,マルシェというイベント的に開かい催さいされる市場,デパートの野菜売り場,インターネットなどでも販はん売ばいしており,こちらは珍めずらしい野菜が多いです。「スイスチャード」や「レッドマスタード」といった少し変わった葉野菜や,「カラーじゃがいも」や中が赤い大根「紅こう芯しん大根」などを販はん売ばいしています。こちらは少量ずつではありますが,なるべくいろいろな種類を育てています。
やすだ農園では,グループ出しゅっ荷かのものは父が担たん当とうし,それ以外は母と夫,私わたしで担たん当とうしています。作業に関しては,トラクターや農薬散さん布ぷなど,力のいる作業や免めん許きょが必要な作業は父と夫が担たん当とうします。私わたしと母は草むしりや収しゅう穫かくしたものの選別と袋ふくろ詰づめ,直売所での販はん売ばい,野菜の管理を担たん当とうしています。また,新しく植える野菜の品種を選ぶのは私わたしが担たん当とうしています。

働く時間は季節によって変わる

働く時間は季節によって変わる

季節によって作業時間は変わります。夏は日が出ている時間が長いので,起きる時間も早くなり,畑の作業も遅おそくまでやっていたりします。ただ,気温が高いので昼休きゅう憩けいを長めにとり,午後の活動開始を遅おそくしていますね。逆ぎゃくに冬は,朝の作業開始時間が遅おそくなったりします。
だいたい,朝8時には仕事を開始して,午前中は両親と夫は畑へ,私わたしは直売所の作業が中心です。子どもの世話と家事をしながら直売所に商品を並ならべたり,補ほ充じゅうをしたり,畑からきた出しゅっ荷か用の商品を選別したり,という作業を進めていきます。
午後になると,私わたしも畑に向かいます。草むしりや野菜の世話,管理などを行い,日が落ちて暗くなってきたころ,だいたい午後6時くらいに外での作業は終しゅう了りょうです。また,いつも午後3時くらいにはお茶休きゅう憩けいの時間が入るんですが,そういったすき間の時間や夕食後の時間を利用して,通信販はん売ばいの申もうし込こみへの対たい応おうなどもしています。また,インスタグラムやフェイスブックといったSNSを利用して,農園のファンになってくれたお客さまに畑のことを発信しているんですが,そういった作業もこれらの時間でおこなっています。
季節によって,野菜の収しゅう穫かくが中心になる時期と,種まきや苗なえの移い植しょくなど,次の収しゅう穫かくに向けての準じゅん備びが中心になっていく時期とにわかれます。収しゅう穫かくが忙いそがしくなるのは7月と11,12月。特にナスやキュウリ,トマトなどの夏野菜は成長が早く,1日経たつと出しゅっ荷かしどきを逃のがしてしまう野菜もあるので大変です。逆ぎゃくに9月は大根やかぶ,人にん参じん類といった秋冬野菜の苗なえの育成が中心で,出しゅっ荷か作業がお休みになることも多いです。

一つ一つの野菜を手作業で育て,収しゅう穫かくしていく

一つ一つの野菜を手作業で育て,収穫していく

屋外の畑で育てる露ろ地じ栽さい培ばいなので,天候には苦労させられます。虫がついてあっという間にやられてしまうこともありますし。それに,少量多品種栽さい培ばいならではの大変さもあります。たとえば限かぎられた品種を大だい規き模ぼに栽さい培ばいしている場合は,収しゅう穫かくなどに専せん用ようの機械を使うことも多いんです。でもうちはそれぞれを少しずつしか育てていないので,そういった設せつ備び投とう資しができないんですね。そのため,全て手作業で収しゅう穫かくしており,栽さい培ばいする種類を増ふやせば増ふやすほど,作業は大変になっていきます。
また,一つの作物を同じ畑で続けて育てることを「連作」というのですが,野菜の特とく性せいとしてこの「連作」ができないものが多いんですね。しかも畑の面積も限かぎられているので,去年あの場所にこの野菜を植えたから,今年はここにあの野菜を植えて……と「どこに何を植えるか」を計算していくのが大変で,ほとんどパズルのようです。
それでもなるべく多くの種類を育てているのは「お客さまの喜んでくれる顔が見たい」という気持ちが大きいからです。直売所やマルシェのお客さまが「こんな珍めずらしい野菜があるんだね」と喜んでくださったり,「この間買ったあの野菜,初めて食べたけどおいしかったよ」と言っていただけるのがうれしいんですね。そうやって珍めずらしい野菜を作っていくことで「やすだ農園のファン」を増ふやしていきたい,という気持ちもあります。

新たなチャレンジは積極的に

新たなチャレンジは積極的に

直売所やマルシェなどでお客さまに「おいしい」と言ってもらえたときは,やはりうれしいですね。「一いっ生しょう懸けん命めいやっている」ことをお客さまにほめてもらえると,やりがいを感じます。
新しい野菜は,今流は行やっているものなどを積極的に取り入れるようにしています。SNSの影えい響きょうで,写真映ばえするような,鮮あざやかな野菜などが人気になっていることも理由です。基き本ほん的てきに野菜は,1年に1回しか植えることができないので,1年目にまず植えてみて,うまくいったら2年目に作付けを少し増ふやして……,と少しずつ自分たちなりの栽さい培ばい法ほうを試ためし,作付けを増ふやしていきます。それで成功したときは,とてもうれしいですね。
たとえば珍めずらしい「加熱用トマト」は,今ではデパートでも取とり扱あつかってもらえるようになりました。また赤いかぶ「赤ビーツ」は4年くらい前から育て始めたんですが,そのままだと泥どろ臭くさい味なので,最初はなかなか売れなかったんですね。でもレシピを一いっ緒しょにつけて売るようにしたら,買ったお客さまが口コミでおいしさを広めてくれて,だんだんと売れるようになりました。今はかなり規き模ぼを広げて栽さい培ばいしています。赤ビーツのコンフィチュール(ジャム)も新しく開発し,現げん在ざい,販はん売ばいに向けてクラウドファンディング(インターネットを通じて,不特定多数の人からプロジェクトの資し金きんを調達すること)にも挑ちょう戦せんしています。大変さはありますが,そういった新しいチャレンジで結果が出るとうれしいですね。

「農業女子プロジェクト」への参加

「農業女子プロジェクト」への参加

少しでも黒字を増ふやして経けい営えいしていくことを心がけています。野菜は単たん価かも低く,天候にも左右される仕事です。しかも地方の,土地代が安い場所で育った野菜も,私わたしたちのように東京の,土地代が高い場所で育った野菜も,同じ土ど俵ひょうで売られることになります。そこで勝負するためには,手作りだったり,より新しん鮮せんなものをすぐに届とどけることができるなど,都市型農業ならではの価か値ちを前面に出して売っていかなければいけないなと思っています。
また,農林水産省が推すい進しんする「農業女子プロジェクト」に2016年から参加して,たくさんのものを得ることができました。「農業女子プロジェクト」は,女じょ性せい農業者と企き業ぎょうを結びつけて新たな商品やアイデアを生み出したり,女じょ性せい農業者の姿すがたを発信してその数を増ふやしていくことを目的としたプロジェクトです。参画する信用金庫が開かい催さいした,農家の経けい営えいに関するセミナーなどに参加することで,勉強になり,また,全国の“農業をやっている女じょ性せい”の友だちができました。それまで,周りに農業をやっている同世代の若わかい人自体が少なく,女じょ性せいも全然いなかったのですが,そこからはお互たがいに情じょう報ほう交こう換かんをしたり,仲のいい人とは野菜を送り合ったり。やはり家族だけでやっていると,情じょう報ほうやノウハウがなかなかわからないんですね。悩なやみや大変さも共有できる仲間が増ふえたのは,とてもうれしいことでした。
また,「農業女子プロジェクト」のマルシェをきっかけに,参画企き業ぎょうである大手百貨店のバイヤーさんと知り合えて,デパートで野菜を取とり扱あつかってもらえるようになったり,「農業女子プロジェクト」は販はん路ろ拡かく大だいにも繋つながっていて,こうした面でもありがたいなと思っています。

保ほ育いく士しとして働いたあと農業を継つぐことに

保育士として働いたあと農業を継ぐことに

もともと,大好きな祖そ父ふ母ぼが農作業をしているのを,身近に見ながらずっと育ってきました。祖そ父ふには「いつかお前はこの畑を継つぐんだよ」と言われていましたし,自分も「この家にこのまま住めるなら」とか「大好きなおじいちゃん,おばあちゃんがそう言うなら」継つぎたいな,くらいの軽い気持ちで考えていたんです。でも,両親は私わたしが甘あまったれの性せい格かくなのを見み越こしており「一度ちゃんと社会に出なさい」と言われました。それで自分の性せい格かくや,ピアノを習っていたりしたことなどから,いろいろ考えて保ほ育いく士しを目指すことにしたんです。短大を卒業後,幼よう稚ち園えんで6年,学童保ほ育いく施し設せつで2年働きました。
一方で,子どものころから大人になるにつれて,農地がどんどんと小さくなっていくのも目まの当あたりにしていました。曾そう祖そ母ぼから祖そ父ふ母ぼへ,そして両親へ……。都心に近いところでの農業の場合,土地を相続するときの税ぜい金きんが高くついて,そのままの広さで相続していくのは難むずかしいんですね。でも,好きだった祖そ父ふ母ぼとの思い出の畑を守りたい,という気持ちが強く,結けっ婚こんを期に,2014年から本ほん格かく的てきに農業を継つぐことにしました。私わたしは保ほ育いく士しとして働いている間も,週末には農作業の手伝いをしていたのでなんとなくの知ち識しきはあったのですが,それまで会社づとめだった夫は全く初めての農業です。JA東京中央会が主しゅ催さいする「フレッシュ&Uターン農業後こう継けい者しゃセミナー」に夫ふう婦ふ2人で通って,基き本ほん的てきな知ち識しきを身につけたんです。

畑を遊び場に育った子ども時代

畑を遊び場に育った子ども時代

昔から本当に活発な子どもでした。小さいころから畑が遊び場で,親にくっついて行っては土を掘ほって山を作ったり,当時飼かっていた犬と一いっ緒しょに走り回っていましたね。また,私わたしが小さいころは朝6時前に父が出しゅっ荷かに出かけていたのですが,それにくっついていくのがすごく好きで,よく一いっ緒しょにトラックに乗って行っていました。普ふ通つうは入れないスーパーのバックヤードに入ったりできたので,それも楽しかったんでしょうね。
中学校では陶とう芸げいクラブに入っていたんですが,それはものを作ることが好きだったからです。今も昔も「作り出す」ということ自体が好きなのかなあ,と思います。
中学生,高校生の時には休日に農作業を手伝うこともありましたが,社会人になると休日は出かけることも多くなりました。少し畑から距きょ離りを置いた時期はあったのですが,それでも農業を嫌きらいになるということはなく,今まで来ています。

「楽しい」を見つけてみよう!

「楽しい」を見つけてみよう!

みなさんに伝えたいことは,なるべくたくさんの「楽しい」と思えることを見つけておいてください,ということでしょうか。仕事の中では,大変なことはたくさんあります。でもその中でも,「楽しい」ことをどれだけ見つけられるか,というのが大切なのではないかと思うんですね。自分の得意分野を見つけて,自分が「楽しい」と思えることがどんなことかをわかっていれば,将しょう来らいへの目標や夢ゆめもおのずと見えてくるのではないでしょうか。
今,私わたし自身も「楽しく農業をやること」をモットーにしています。「休みたいなあ」と口では言いますが,つい畑に行ってしまうんですね。それはやはり,畑での作業が楽しいからだと思います。
これまでの農業は,市場などに出しゅっ荷かしてしまえば農家の役目は終わりでした。しかし今の農業は,自分たちで種をまいて作物を育て,収しゅう穫かくしたあとに自分たちで販はん売ばいも行い,お客さまの口に入るところまで見み届とどけることができる。なかなか,ここまですべてできる仕事はないと思うんです。育てる,生み出す仕事であるということも含ふくめ,とてもやりがいのある仕事が農業です。興きょう味みのある人は,ぜひ将しょう来らいの選せん択たく肢しの一つに入れてみてください。

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私のおすすめ本

東野 圭吾
外で活動するのが好きで,もともとあまり本を読むタイプではありませんでした。でも母が東野圭吾さんの作品が好きで,雨で外に出られない時にたまたま家にあったものを手にとってみたら,とても面白くて。「私も本が読めるんだ!」と思えたんです。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫