• 神奈川県に関連のある仕事人
  • 1945年 生まれ

    出身地 神奈川県

シラス漁師

岩﨑いわさき 晃次こうじ

  • 子供の頃の夢

  • クラブ活動(中学校)

  • 仕事内容

    海でシラスをとり,とったシラスの加工・はんばいをする。

  • 自己紹介

    けずぎらいのせいかくは,りょうに向いていたと思います。海も好きですし。わかいころは,漁船はもくぞうぎだし,あみも手づくり,し加工のねんりょうまきでした。自分の体とたよりに生活していた,最後の世代だと思います。今は,最新機器もスマートフォンも,漁に必要なものはちゃんと覚えて使いこなしています。

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2018年07月19日)時点のものです】

岩﨑 晃次


仕事人記事

シラスをとって加工しはんばいする

シラスをとって加工し<ruby>販<rt>はん</rt></ruby><ruby>売<rt>ばい</rt></ruby>する

わたしは,がみわんに面したがわけんよこじまという漁村で,シラス漁とシラスの加工・はんばいをしています。わたしつまむすめむすむすつまの5人で,シラス漁,シラスの加工,発送や直売店などでのはんばいの仕事をぶんたんして行っています。漁船名も直売店の名前も屋号の「やましげまる」といいます。
がわけんでシラス漁がきょされているのは,3月11日から12月31日の間です。シラスの漁期には,毎日朝早くむすと2人で漁に出ます。とれたシラスは市場には出さず,ちょくせつはんばいしているんです。一部は生食用としても売りますが,大部分はかまげやチリメンなどに加工して,ちょくせつはんばいしています。はんばいじまと近くの国道沿いのちょくえいてんのほか,全国からの注文にもおうじます。また,かまげシラスはれいとうぞんできるので,生協や産直の会社からの大口注文も受けています。シラス漁のない1,2月には漁具の手入れや,2月から3月にかけては天然ワカメとヒジキの漁を少しやっています。
イカナゴ,アユ,ウナギなどのぎょも「シラス」とばれますが,わたしが漁をしているのはイワシのぎょで,なかでもカタクチイワシのぎょが主です。がみわんではわらからうらまでのはんで,げんざい38けんがシラス漁と加工をしていて,がみわんのシラスは「しょうなんしらす」という共通のブランドではんばいされているんですよ。
むすがしっかり家の仕事をいでくれているので,先日,30年ぶりに漁船をしんぞうしました。孫たちも,海や漁業の仕事にきょうを持ってくれたらうれしいですね。

シラスは「海のお米」

シラスは「海のお米」

わたしがとるシラスはふ化後20~50日ごろで,大きさは2~4cmぐらいです。カタクチイワシには年に数回のさんらんがあるんです。だから4~5月じょうじゅんの春シラス,7月じゅん~8月ちゅうじゅんの夏シラス,9~10月の秋シラスなど,年に3回,漁のピークがあります。いちばん多くとれるのは春シラスですね。多くとれる時期には,朝だけでなく午後にも漁に出ます。シラスをゆでる加工の仕事もえるのでお手伝いの人をたのみ,暗くなるまでおおいそがしです。
イワシがさんらんするのはくろしおに近い温かな海で,この近辺だとおおしまおきいあたりでしょうか。ふ化したぎょは,ちょうりゅうに乗ってがみわん駿するわんなどの沿えんがんにやってきます。イワシの食べ物はプランクトンです。山の栄養をふくんだ川の水が海に注ぎこむ沿えんがんで植物プランクトンが発生し,その植物プランクトンを食べて動物プランクトンがえ,プランクトンを食べるシラスをわたしたちりょうがとるんです。
シラスは「海のお米」だと思います。人間だけでなく,いろいろな種類の魚がシラスを食べているからです。山や川に人間が手を加えたことや地球おんだんえいきょうしているのか,最近シラスがとれる量や時期が変わってきています。「海のお米」のシラスがなくならないよう,りょうはもちろん,地球全体で自然かんきょうのことを考えていかなくてはいけないと思います。

むすと2人でシラス漁のあみを引く

<ruby>息<rt>むす</rt></ruby><ruby>子<rt>こ</rt></ruby>と2人でシラス漁の<ruby>網<rt>あみ</rt></ruby>を引く

わたしむすいっしょに漁船に乗ってシラス漁をしています。漁場は,海辺の家々がよく見えるような,岸に近い場所です。まず船をゆっくり走らせながら,ぎょぐんたんでシラスのれをさがします。れが見つかったらむすに合図して,目印のきを海に投げ入れます。そして,「あらあみ」という目のあらあみでシラスのれをおどして,「ふくろあみ」という目の細かいあみゆうどうしていきます。あみを入れたら,歩くよりおそい速度で船を走らせながらあみを引き,れをふくろあみの中におさめるんです。7,8分ほど引いてシラスがふくろあみに入ったと思ったら,あみ上げです。機械を使い,U字型のあみの左右をきんとうに引き上げていきます。
ふくろあみに入ったシラスは,ふくろあみせんたんにつけたファスナーを開けて取り出します。シラスはいたみやすいので,手早く冷やすのがおいしさの決め手です。船上でのしょざつだと,どんなに加工で努力してもおいしくなりません。まず,氷を入れた大きなバケツにシラスを入れ,かきぜて冷やします。いったんザルで水を切り,氷を入れた別のバケツに水を切ったシラスをうつし,上に氷を乗せてふたをします。このじょうたいで加工所に運びます。

とったシラスはその日のうちに加工

とったシラスはその日のうちに加工

早朝から始めた漁を切り上げるのは,午前9時か10時ごろ。急いで加工所にシラスをはこびこみ,すぐに加工の作業を始めます。加工所にはかまげ加工の大きな機械がせっしてあります。大きなかまで塩水をふっとうさせ,シラスを12kgずつ入れて1分~1分半ゆでます。ゆで上がったシラスは機械のザルですくってベルトコンベアの上にうすく広げます。ベルトコンベアの上を流れる間に大型せんぷう4台で急速に熱を冷ましたら,ように入れて1℃のれいぞうにすぐしゅうのうします。ゆでてかられいぞうに入れるまでわずか数分なので,ざっきんはんしょくすることがありません。かまげのシラスを天日ですとチリメンになります。朝とってきたシラスをすべて加工し終えたら,やっとお昼ご飯ときゅうけいです。

シラスの気持ちになって漁をする

シラスの気持ちになって漁をする

漁は,シラスの気持ちになって考えてみることが大事なんです。海の中でれがどういうじょうたいなのか,あみを見てどうはんのうし,どう行動するのか。それをシラスの気持ちになってイメージしながら,すんなりふくろあみおさまるようにあみあつかうといいんです。
昔は自分であみをつくったんですよ。だからあみをつくれないりょうは,シラス漁ができなかった。あみの仕立てのよしあしで,とれ高にもちがいが出ました。わたしはまあまあいいほうだったかな。40年ぐらい前から完成品が買えるようになりましたが,あみは使ううちに目にくるいが出るんです。あらあみがねじれると,シラスのれはふくろあみに入らないでげてしまう。漁をしながらあみじょうたいに気をつけて,しゅうもできないようならいさぎよく新しいあみえています。
あみは一式で100万円をえるので小さくないとうですが,パッとえるいさぎよさがこの仕事では大事だと思っています。借金してでも先行とうすれば,魚が多くとれて,すぐにとう以上のかせぎが得られるものなんです。わたしは,あみも加工せつも漁船も,そういう考え方でこれまでとうをしてきました。

自然相手のくらべが漁業のおもしろ

自然相手の<ruby>知<rt>ち</rt></ruby><ruby>恵<rt>え</rt></ruby><ruby>比<rt>くら</rt></ruby>べが漁業の<ruby>面<rt>おも</rt></ruby><ruby>白<rt>しろ</rt></ruby>さ

シラス漁でおもしろいのは,とれるシラスの顔つきが毎日ちがうことですね。わたしそうぎょうはん沿えんがんの直線きょで20km足らずのかいいきですが,このはんないでも場所によってシラスの姿すがたちがうんです。じまの前のわんのシラスは色が黒いけれど,わんのすぐ北のシラスは色白です。やまようていこうしつべってい)の前でとれたらながはまという別の場所でもとれるとか,おなかが赤いシラスがとれるときはしおの流れがこうなっているとか,これまでの長いけいけんをすべて頭の中に入れて,「さて,今日はどこにあみを入れようか」と考えるのがおもしろいんです。
シラスは風としおに流されて沿えんがんにやってくるので,船を走らせながら,タコつぼ漁の目印のきなどからしおの速さや方向を観察して,その季節や前後のじょうきょうから「今日はここに,こんな顔つきのシラスがいるんじゃないか」とそくを立ててみるんです。
予想が当たることもあれば,はずれて思うようにとれないこともよくあります。りょうの仕事のだいは,自然を相手にしたくらべや勝負なんじゃないかなと思いますね。

おいしい食べ物を真心こめてつくる

おいしい食べ物を真心こめてつくる

この仕事のやりがいは,何といってもお客さんの「おいしい」という声です。うちはちょくせつはんばいをしているので,お客さんの声をじかに聞くことができ,ありがたいと思います。
わたしわかいころからずっと,自分自身が本当に「おいしい」と思える,うそのない安心・安全な食べ物を,真心こめてつくることを心がけてきました。そのために,県の水産じゅつセンターのせんもんに相談して勉強したり,駿するわんの先進的な加工業者をたずねてじょうほうしゅうしゅうしたり,つねに今よりもいい品物をおとどけできるように努力もしてきました。
うちの前のわんでとれるシラスは色黒なんですが,ひょうはくざいでごまかさずに自然のおいしさを大事にしていたことで,てんぶつや農薬を使わない食品をあつかう産直グループとのごえんができ,30年にわたって大きな取り引きを続けていただいています。
また,おいしいかまげシラスをつくるポイントは,高温で短時間でゆで上げることと,ほぐしながらばやく冷ますことなのですが,そのために,14年前に大きな借金をして,最新式の大型機械を入れた加工所をしんちくしました。よりよい品物をとどけたいとの思いからです。
れいとうぞんについても勉強しました。マイナス50℃のれいとうなら,シラスの水分を失わず長期ぞんができるとわかり,そのようなれいとうを持つ業者をさがし,かんしてもらうようにしました。おかげで,大口のけいやくはんばいにもたいおうできています。
努力は必ず自分にもどってくるものです。それをはげみに毎日仕事を続けています。

しの加工からシラスへ

<ruby>煮<rt>に</rt></ruby><ruby>干<rt>ぼ</rt></ruby>しの加工からシラスへ

わたしが生まれたころ,うちは半農半漁の生活でした。12人の大家族で,じょせいたちが田んぼや麦畑など自給用の農業,は漁業,父はしなどの水産加工とぎょかいるいはんばいなどをしていました。夏には母が,家に都会の人をめる民宿のような商売もしていましたね。
漁業は季節ごとにいろいろです。2月の天然ワカメ漁に始まり,3月はヒジキ漁,4,5月は近所のりょうと共同でシラス漁,夏の間はアワビやサザエのもぐり漁,しょう30年ごろからは11~3月にノリようしょくもしていました。冬には持ち山のまき取り,シラス漁のあみづくりもあり,一年中,休みなく昼も夜も働きづめの毎日でした。
近くにやまようていべっそうがあるので,とくにアワビやサザエはいいかせぎになったそうです。は,しょうてんのうの研究のためにもぐって貝やカニを集めるご用もつとめていたようです。
わたしが小学6年生のときにくなり,兄は勉強が好きで進学したので,次男のわたしが中学を卒業してすぐ家の仕事にきました。その他に進路のせんたくはなかったですね。
わが家は当時,し加工がおもな仕事でした。しかし化学調味料や粉末のだしが登場し,しが売れなくなりました。ちょうどそのころ,漁船がぎからエンジン船になってぎょぐんたんやGPSもきゅうし,れいぞうれいとうじゅつも発達しました。そこで,しからシラスにえていったわけです。わたしは,日本人の食文化の変化を考え,手軽に食べられるシラスにしょうらいせいを感じていました。その見こみはかなり当たったように思います。

「いい仕事」はいっしょうけんめいやればつくれる

「いい仕事」は<ruby>一<rt>いっ</rt></ruby><ruby>生<rt>しょう</rt></ruby><ruby>懸<rt>けん</rt></ruby><ruby>命<rt>めい</rt></ruby>やればつくれる

人によって,かっこよく見える「いい仕事」と,りょくを感じない「よくない仕事」とがあるかもしれません。けれどどんな仕事でも,見通しを立てていっしょうけんめいに取り組めば,その人にとってはその仕事が「いちばんいい仕事」になると,わたしは思います。
わたしりょうや加工の仕事がいやだったわけではありませんが,家を助けるために他のしょくぎょうを選ぶというせんたくがありませんでした。これまで60年近くずっと,りょうがかっこ悪いとかつらいなどと思ったことは一度もなく,「がみわんでいちばん多くとるシラスりょうになるぞ!」という強い意気ごみでやってきました。だから,この仕事が自分にとっては「いちばんいい仕事」になりました。
「いい仕事」は見つけるのではなく,自分の力でつくるものです。いっしょうけんめいがんばってください。

  • 取材・原稿作成:大浦 佳代/協力:公益財団法人 日本財団,NPO法人 共存の森ネットワーク

私のおすすめ本

  • 人間の運命

    芹沢 光治良

    静岡県沼津の漁村で生まれたひとりの男性の生涯を描いた大河小説です。明治から昭和にかけての時代の流れの中で,主人公はさまざまな試練に直面します。好きな女性とは結婚できないし,人生は思うようにはならない。与えられた環境の中でせいいっぱい生きる自分と重ね合わせ,共感しました。