• 神奈川県に関連のある仕事人
  • 1968年 生まれ

    出身地 新潟県

イラストレーター・
アートディレクター

大塚おおつか いちおいちお

  • 仕事内容

    依頼人の想いを絵にして伝える

  • 自己紹介

    わたしいた絵について、やさしい・かわいらしいと言っていただけるが、自分では、その印象よりは、もう少し毒も持っていると思っている。

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2014年02月21日)時点のものです】

大塚 いちお


仕事人記事

絵をつけることで,物事をよりおもしろく

絵をつけることで,物事をよりおもしろく

ぼくはイラストレーターとアートディレクターの仕事をしています。イラストレーターは,世の中に何かを伝えたいと考えている人や企業きぎょうからの依頼いらいを受けて,かれらが伝えたいことをよりおもしろく,より分かりやすく伝えるために絵をく仕事だと,ぼくは考えています。例えば本だったら表紙の絵をく,商品だったらパッケージを考える,TVドラマだったら登場するキャラクターを作る,といった仕事です。

どう伝えるのかを考える仕事へ

どう伝えるのかを考える仕事へ

仕事を始めたばかりのころは,依頼者いらいしゃから指示しじを受けて絵をいていました。例えば「雑誌ざっしのここの部分に,こんな絵をいてください」と指示しじされて,絵を1点くとか。そのうちに,絵をくだけでなく,その伝え方も考える仕事がえてきました。それがアートディレクターの仕事です。依頼者いらいしゃから「こんなことを伝えたい」と相談を受けて,どんな方法で,どんな世界観で伝えれば,よりおもしろいかを考えて,形にしていく仕事です。具体的な例として,横浜よこはま銀行の「あなたのそばで,ゆめみる未来。」シリーズで,アートディレクターとしてぼくがやっていることをご紹介しょうかいしましょう。

想いを伝えるための世界観をつくりあげる

想いを伝えるための世界観をつくりあげる

多くの人に,銀行を身近に感じてしいという横浜よこはま銀行の想いを,どう伝えれば大勢おおぜいの人に共感してもらえるでしょうか?人が生きていくためには,必ずお金が必要です。そのお金をあつかうのが銀行です。実はいつも近くでサポートしてくれる存在そんざい。それが銀行ではないか,とぼくは考えました。キャラクターでの表現ひょうげんにした理由は,親しみ感をもってメッセージを伝えるのに必要だと考えたからです。ペンギンに決めたのは,見る人が,思わず応援おうえんしたくなるような世界観が演出えんしゅつできると考えたため。ペンギンって,動きがどこかユーモラスで頑張がんばっている感じを思っていました。そこから,ポスターなどのデザインを考えます。ペンギンはぼくいたイラストを元に造形ぞうけい作家さんが模型もけいにしてから撮影さつえいします。デザインは,ぼくのこんな風にしたいという指示書しじしょから,デザイナーがパソコンを使って組みあげ,細部を一緒いっしょにつめながら仕上げていきます。こうやって,ペンギンを取りく世界を作る仕事が,アートディレクターの仕事ですね。

5年くらい前から規則きそく正しい生活

5年くらい前から<ruby><rb>規則</rb><rp>(</rp><rt>きそく</rt><rp>)</rp></ruby>正しい生活

朝は9時半ころ事務じむ所に来て,メールのチェックや資料しりょう確認かくにんをします。その後お昼まで,スタッフとの打ち合わせや,細かな作業をします。ぼく事務じむ所にはスタッフが1名いて,あとは仕事の内容ないよういそがしさにおうじて,臨時りんじのスタッフが入ります。午後は打ち合わせのために外出したり,イラストをいたりします。イラストは,鉛筆えんぴつ,ペン,絵具などを使って紙にいていきます。仕事がいそがしくない時には,20時頃じごろから夕食を取ったり,仕事の関係者と食事に出かけたりします。以前は,夜中から朝までイラストをいて,明け方に仮眠かみんを取り,11時頃じごろに起きてまた仕事をする,といった生活を送っていました。でも5年くらい前から,大学で朝からグラフィックアートの授業じゅぎょうを教えるようになり,すっかり生活サイクルが変わりました。

期日までにベストをくしていいものを作る

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アイデアが出ない苦しみはあまり感じたことはありません。でも,イラストをいたり,デザインを考えたりといった,アイデアを形にしていく過程かていで苦しくなることはあります。体はひとつしかないので,多くの仕事が重なると大変です。事務じむ所にまって徹夜てつやで作業することもあります。でもぼくは,め切りとはできるだけ仲良くするように心がけています。いやだと思ってもめ切りがなくなるわけでもないですしね。それに依頼者いらいしゃあっての仕事ですから,依頼者いらいしゃが必要とする期日までにベストをくしていいものを作る。これが大切だと思っています。

自分ではなく,見る人が「おもしろい!」と思うもの

自分ではなく,見る人が「おもしろい!」と思うもの

ぼくの仕事では,自分が「おもしろい!」と思うものを作るのも大事なのですが,世の中のみなさんが「おもしろい!」と感じてもらえるものを作らなければならないと思っています。いくらぼくがいいなと思う絵ができても,それが世の中のみなさんに喜んでもらえなかったら,ぼくの仕事において,それはいい絵ではないと思うのです。だから,この仕事で一番やりがいを感じる時は,たくさんの反応はんのうをいただいた時ですね。自分が予想していなかった感想が聞けたり,すごくよかった,と言っていただけたりすると,とてもうれしいです。

小学生のころ漫画まんがき始めた

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小さなころから絵をくことが好きでしたが,上手な絵というよりも,個性こせい的な絵だね,とか,発想がおもしろいね,と言われることが多かったです。例えば公園で樹木じゅもくを写生すると,の全体をくのではなく,紙いっぱいにみきいちゃうとか。それでもほめてくれる先生がいたので,自信になったんだと思います。小学校5年生のころからは,友人の家で友達と漫画まんがき始めました。藤子ふじこ不二雄ふじおの「まんが道」が好きで,それにも影響えいきょうされました。中学生・高校生の時も美術びじゅつ部で絵をいていました。そのころですね,イラストレーターという職業しょくぎょうを知ったのは。画家以外にも絵をいてお金がもらえる仕事があると分かり,仕事として意識いしきするようになりました。

全然仕事がこない

全然仕事がこない

高校卒業後,東京のグラフィックデザインの専門せんもん学校に入学し,卒業する時には,デザイナーとして広告制作せいさく会社に内定が決まっていました。でも,絵をくことを仕事にしたい,という気持ちが強く,結局就職しゅうしょくせずに,アルバイトをしながら,フリーランスのイラストレーターとして仕事を始めました。でもなかなか仕事がえなくて。プロのイラストレーターの登竜門とうりゅうもんと言われている「ザ・チョイス」に入賞することもできたんですけど,景気の影響えいきょうもあってそれでも思うように仕事がえない。そのころぼくは,自分の満足度が高い絵をくことができれば,それに合わせた仕事がくるだろうと思っていたんです。でもある時,それではダメだと気がつきました。世の中に役に立つものを提供ていきょうできる人でなければダメなんだと。それからですね,少しずつ仕事がえていったのは。そうして,イラストレーターの仕事でやっていけるようになるまでに5年かかりました。

何をやったら喜んでもらえるかを考えよう

何をやったら喜んでもらえるかを考えよう

イラストレーターやアートディレクターの仕事は,だれかに「こうしなさい」と言われて,そのとおりにやるタイプの仕事ではありません。「みんなに喜んでもらえる何か」を考える仕事です。この仕事をやってみたい人は,今の世の中に何があったら,もっとおもしろくなるのか,もっと楽しくなるのか。そんなハッピーな想像そうぞうをたくさんするくせをつけるといいかもしれません。それはあなたにしか生み出せないものであり,あなたにしか生み出せない何かを考える力が,イラストレーター,アートディレクターには必要不可欠ふかけつなことではないかと思います。

  • 取材・原稿作成:横浜銀行、(c)学校ネット株式会社

私のおすすめ本

  • まんが道

    藤子 不二雄A

    小学生の頃、このマンガの2人の登場人物に憧れて、友達と一緒に漫画を描いていた。このマンガのストーリーと、自分の人生が重なるところもあり、今でも読み返すことがある。