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神奈川県に関連のある仕事人
1985年 生まれ 出身地 愛知県
中井なかい 忠則ただのり
子供の頃の夢: 動物カメラマン
クラブ活動(中学校): 剣道部,陸上部
仕事内容
ウインドサーフィンの大会に出場して,ライバル選手ときそう。
自己紹介
初対面の人とはよくしゃべるので社交的に見えますが,よく知っている人の前ではぎゃくしゃべらなくなります。ウインドサーフィンができない風のかない日は,家でごろごろしているのが好き。昨年,子どもが生まれたので,休日は家族とごしています。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2019年04月21日)時点のものです

風さえいていれば,どの方向にも進める

「ウインドサーフィン」は,いまから50年ほど前に米国で生まれた「サーフィン」と「ヨット」を組み合わせたようなスポーツです。「セーリング」というめいしょうで,ヨットきょうの一種目としてオリンピックにもさいようされています。
ウインドサーフィンはボード(板)にセイル()を取りつけたせんようの器具を使って,自然の風の力を利用して,海の上を進みます。エンジンなどの人工的な力はいっさい使用しません。風さえいていれば,ブームとばれるハンドルをそうすることで,どこでも好きな方向に進むことができます。たとえ向かい風であっても,風に向かってジクザグに進むことで前に進むことができます。ただし風がまったくいていないところでは進めません。少しむずかしく聞こえるかもしれませんが,せんもんの人に教えてもらうと,小学生でもすぐに楽しむことができ,海外では多くの人がしゅで楽しんでいます。日本でもがわけんないは,かまくらしまやまといったしょうなんを中心に,はまかなざわはっけいの海の公園でも楽しまれています。
わたしは,ウインドサーフィンをきょうとして行っている「プロウインドサーファー」です。プロの行うきょうは,わざきそう「パフォーマンスけい」と,決められたコースを回り,順位を決める「レースけい」に大きく分けることができます。ほとんどのプロ選手は自分の得意な種目にせんねんしており,わたしはレースけいの「スラローム」という種目に取り組んでいます。海上にかべたブイを,8の字をえがくように回りながらゴールを目指す種目です。
プロウインドサーファーは,その日の風のじょうたいで使用するボードやセイルを変えています。波に乗るじゅつだけでなく,道具のとくせいを知ることも大切なプロのじょうけんなのです。

風がかないとレースは中止

風が吹かないとレースは中止

げんざいほんウインドサーフィンきょうかいにプロ登録しているスラロームの選手はだんせい38名,じょせい14名です。きょうは男女別に行われますが,ねんれいや体重でのクラス分けはありません。各選手は協会がしゅさいする大会に参加し,1年間のそうごうせいせききそいます。
プロの選手は日本国内の大会以外に,海外の大会にも積極的に参加し,上位をねらって自分自身の実力や知名度を高めます。大会で上位に入ると,賞金がもらえます。また,実力や知名度の高い選手は,ウインドサーフィンの用具をあつかっているメーカーから道具やえんせいていきょうしてもらえるようになります。有名選手になると多くのメーカーとけいやくすることができます。プロの選手は,各大会の賞金に加え,このようにメーカーからのえんも受けて選手活動をしています。
ウインドサーフィンは夏のきょうと思われがちですが,大会は1年を通じて行われます。むしろ日本の場合は冬のほうがよい風がくため,夏よりもさかんだといえるでしょう。もちろん冬のレースは風も海も冷たく,ウエットスーツがぜったいに欠かせません。
大会にっていは2日か3日のスケジュールで組まれていますが,その期間中に風がかないこともめずらしくありません。そうした場合,大会は中止になってしまいます。わたしだん,生活しているがわけんから,きゅうしゅうおきなわの大会に参加するためにどうしたものの,中止になったけいけんが何度もあります。風がかないとレースが成立しない,自然に大きく左右されるスポーツです。

ウインドサーフィンだけで生活していくことはむずかしい

ウインドサーフィンだけで生活していくことは難しい

日本国内では,プロと言っても,大会の賞金だけで生活をできている選手はいません。大会の数が少なく,賞金もかぎられているからです。そのため多くの選手がウインドサーフィンのインストラクターをしたり,ウインドサーフィンに関係するお店やメーカーにつとめたりしています。またウインドサーフィンとはまったく関係のない,いっぱんぎょうで働いている人もめずらしくありません。わたしもその一人です。
大会がない期間,わたしぞうえんぎょうの会社,つまり植木屋にきんしています。会社はわたしのプロ活動にかいしめしてくれていて,大会期間中はきょうに集中することができています。しゅうにゅうのことだけを考えるなら,ウインドサーフィンの活動をせず,ぞうえんぎょうだけをするほうがよいと思います。それでもわたしは,これからもプロウインドサーファーを続けていきたいと考えています。「けいぞくは力なり」といいますが,ひとつのことをずっと続けることはわたしにとって大事なことだからです。好きなことを見つけて,それを続けることができているわたしは,いまとても幸せです。
海外,とくにヨーロッパでは日本よりもきょうさかんで,プロの選手がたくさんかつやくしています。日本でもウインドサーフィンがもっと注目されてきょう人口がえていけば,プロの地位も高まっていくと思います。

道具選びやセッティングにはせいかいがない

道具選びやセッティングには正解がない

プロのウインドサーファーを続けていくにあたって,つらいことと楽しいことはひょういったいです。つらいのは,やはり,思い通りにせいせきびないことです。わたしが取り組んでいるスラロームというきょうでは,道具を乗りこなすじゅつだけではなく,道具選びやセッティング(調節)がとても大切です。そのため,大会の前になると,どの選手もスピードが出る道具選びやセッティングにしんけいを注ぎます。他のきょうにたとえれば,自転車のレースでサドルの高さやタイヤのくうあつを調節するようなものでしょうか。
どのような道具を選んで,選んだ道具をどのように調整するのかには,「これだ!」というせいかいがあるわけではなく,選手一人一人によってことなります。自分自身のたいかく,レース場のコンディション,天候などをこうりょしてさいてきの組み合わせをさぐることで,結果は大きく変わってきます。どうすれば大会で良いせいせきを残せるのか。なやみ出すと行きまってしまうこともあり,そういうときは本当につらいものです。
しかし,そうしたなやみが,ある日,ふとしたことでかいけつすることがあります。だれかの言葉がヒントになったり,他の選手のレースが参考になったりときっかけはいろいろですが,なやみが晴れたときは一気に楽しくなるものです。道具選びやセッティングに関してはせいかいがないというところも,このきょうのおもしろくてりょくてきなところだと思います。

40さいえてもかつやくできる種目

40歳を超えても活躍できる種目

しゅんぱつりょくが必要なパフォーマンスけいの種目では20さい前後のわかい選手がかつやくしていますが,スラロームははばひろい年代の選手がきそい合える種目です。げんざい,この種目で日本ランキングのトップにいるのはあさのり選手。16さいでプロ入りして19さいで国内最年少のチャンピオンになり,48さいのいまなお,他の選手をけないぜったいてきな強さを持ったカリスマ選手です。あさ選手に勝つことが,いまのわたしの目標です。あさ選手に勝つことイコール,日本一になることだからです。
あさ選手にかぎらず,この種目には40さいえてもかつやくする選手がたくさんいます。それは,レースで良いせいせきを残すためには道具を乗りこなすじゅつだけではなく,道具選びやセッティングのじゅつも欠かせないからです。つまり,けいけんしきがとても重要な種目であり,だからこそ,30代半ばのわたしも,まだまだこれからびていけると信じています。
最近ではじゅつばすトレーニングだけではなく,心を整えるためのトレーニングもじゅうしています。レースをしている最中に,だんと同じような気持ち,へいじょうしんたもつことはとても大切です。かつては自分を追いこんだじょうたいのほうがよい結果につながると考えていましたが,心身ともにリラックスしていたほうが周りもよく見えて,自分の力をはっすることができると気がつきました。おかげでせいせきも安定し,2017年度には国内で年間ランキング2位という結果も出せました。ちなみに1位はもちろんあさ選手。かれいん退たいするまでに,必ずきたいですね。

大学卒業時にプロになることを決意

大学卒業時にプロになることを決意

わたしは大学に入るまで,ウインドサーフィンというきょうを知りませんでした。せんぱいさそわれ,きょうほんで体験入部をしたところ,意外とむずかしかったのを覚えています。やってみたら楽しかったというより,上手にできなかったことがくやしくて,ほんかくてきに取り組んでみようと入部を決めたのです。
ほとんどの選手が大学からウインドサーフィンを始めます。そのため,どの選手も実力差がそれほど開いていません。大学1年生のときに新人戦でゆうしょうできたことで,ウインドサーフィンにのめりこむようになりました。ざいがくちゅうは,だんたいで日本一にかがやきましたが,じん種目で1位になることができませんでした。このままでは終われない。そう思ってプロになることを決意したのです。卒業後はアルバイトをきっかけに始めた植木屋で働きながら,プロを目指してさまざまな大会にいどむ日々でした。
プロウインドサーファーになるには2つの方法があります。1つは年に1回行われるアマチュアのぜんほんせんしゅけんたいかいゆうしょうすること。そしてもう1つは,プロの大会にアマチュア選手として参加して,てい以上のせいせきおさめること。わたしは後者の方法でプロになることができました。それは大学を卒業してから4年後のことでした。

周囲からいちもく置かれるすごい選手になりたい

周囲から一目置かれるすごい選手になりたい

小学生のころはあいけんに住んでいました。テレビゲームで遊ぶこともしましたが,外で遊ぶのが好きな,とても活発な子どもでした。家の近くに川が流れており,友だちといっしょに毎日ずぶぬれになって遊んでいたものです。実はいまでも,海より川のほうが好きなくらいです。
本を読むことは多くはありませんでしたが,動物のかんだけは大好きで何度もかえし読み,いろいろな動物の名前を覚えました。動物をテーマにしたテレビ番組もよく見ていましたね。そのころ,しょうらいは動物カメラマンになりたいと思っていました。
中学校ではけんどうに入部したものの,2年生のときに親のてんきんがわけんすことになりました。新しい学校にはけんどうがなかったため,陸上部に入部してちょうきょそうに力を入れていました。このとき身につけたきゅうりょくは,大学で始めたウインドサーフィンでも役立ったと感じています。
高校ではふたたびけんどうへ。いまかえると,けんどう,陸上,そしてウインドサーフィン,それぞれのきょうしんけんに取り組んだ理由は,周りから「あいつはすごい!」と思われる選手になりたかったからだと思います。だれからもいちもく置かれる,すごい選手になりたい。もちろんいまも,その気持ちを持ち続けています。

いま自分が好きなことに全力で打ちこもう

いま自分が好きなことに全力で打ちこもう

みなさんにお伝えしたいことが3つあります。
まずは,いま自分がやりたいこと,好きなこと,きょうのあることに全力で取り組んでみましょう。それが,しょうらいの仕事につながるかどうかなんて気にすることはありません。子どものときは,好きなことに全力で打ちこむことが大切なのです。
次に,いろいろなことにきょうを持ちましょう。わたしはいま,プロウインドサーファーと植木屋という2つの仕事にいていますが,どちらも子どものころにきたいと思っていた仕事ではありません。いずれもぐうぜんの出会いが仕事につながったのですが,部活やアルバイトを通じてどちらも大好きになりました。つまからは「好きなことを見つけるのが上手だね」と言われているのですが,いろいろなことにきょうを持つからこそ,好きなことが見つかるのだと思います。
最後に,何らかのきょうに取り組んでいる人へ。試合や大会ではきんちょうするでしょうが,意気ごみすぎないようにしましょう。練習でしっかりと自信をつけ,試合ではだん通りを心がけること。むずかしいかもしれませんが,ぜひへいじょうしんを身につけてください。

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取材・原稿作成:尾関 友詩(ユークラフト)・東京書籍株式会社/協力:横浜銀行