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東京都に関連のある仕事人
1972年 生まれ 出身地 岐阜県
高橋たかはし 尚子なおこ
子供の頃の夢: 小学校教師
クラブ活動(中学校): 陸上部
仕事内容
シドニーオリンピック女子マラソン金メダリスト。現在(げんざい)はスポーツキャスターやマラソンの解説(かいせつ)のほか,日本オリンピック委員会(JOC)の理事や,東京オリンピック・パラリンピック競技(きょうぎ)大会組織(そしき)委員会のアスリート委員長を(つと)めています。
自己紹介
頑固(がんこ)で負けず(ぎら)い。一つのことを地道に続けていくことが得意。走ることが好きで,今でも,休日には走ることを楽しんでいます。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2017年02月07日)時点のものです

好奇心(こうきしん)から始めた陸上

好奇心から始めた陸上

小学生の(ころ)から走るのは好きで,校内のマラソン大会で優勝(ゆうしょう)するなど,特に長めの距離(きょり)が得意でした。また,家の近くに山があったので,バッタなどの虫を(つか)まえたり,ザリガニやオタマジャクシを(つか)まえに行ったり,毎日,外に出ているような,活発な子どもでした。
走ることは好きでしたが,最初からオリンピックを目指していたわけではありません。中学で,部活に入るときも,バスケットボール部か陸上部で(まよ)っていました。でも,陸上部に(かり)入部したとき,ピンを打ってあるシューズや,しゃがんだ状態(じょうたい)から走り出すクラウチングスタート,そして,ドラマや映画(えいが)に出てくる鉄砲(てっぽう)のようなライカン(スターターピストル)など,初めて目にするものだらけの光景に好奇心(こうきしん)をくすぐられて,陸上を選んだのです。きっかけは軽い気持ちだったんですね。中学時代は短距離(きょり)から中距離(ちゅうきょり)の選手で,最初から長距離(ちょうきょり)専門(せんもん)にしていたわけではありませんでした。

人生を変えた言葉

人生を変えた言葉

中学・高校時代には,人生を変えるような言葉にたくさん出会いました。そのときには言葉の本当の意味が分からなくても,頭の片隅(かたすみ)に残しておくことで,数年()ってから生きてくることがあります。
あるとき,合宿で元・日本代表の選手から「自分が日本代表になれたのは,練習の後に毎日,100メートルを3本プラスして走っていたから」というお話を聞きました。「たったそれだけで?」と信じられない気持ちでしたが,翌日(よくじつ)から毎日実践(じっせん)してみたんです。これが「10本」だったら三日坊主(みっかぼうず)で終わってしまったかもしれませんが,「3本」なら5分もあればできるので,毎日続けました。その後,大学に進んで長距離(ちょうきょり)に転向してからは,「プラス3本」を「プラス10分」のジョギングにしました。これを現役(げんえき)引退(いんたい)まで続けたのです。時間はどんどん()えて,最後のほうは「プラス1時間」になっていました。1回の成果は微々(びび)たるものでも,欠かさず続けることで,初めとはまったく(ちが)う景色が見えるところにまで,たどり着くことができました。それも,合宿でかけていただいた言葉があってのことだと思います。
この「プラスちょこっと」は,(いや)にならず毎日できるので,陸上に(かぎ)らず,みなさんにもオススメですよ。ぜひ試してみてください!

根を()ばし続けて()かせた花

根を伸ばし続けて咲かせた花

教師(きょうし)だった両親の影響(えいきょう)で,将来(しょうらい)(ゆめ)はずっと学校の先生になることでした。陸上を始めてからも,将来(しょうらい)は先生をしながら子どもたちに陸上を教えようと思っていました。
はじめは目立たない選手で,高校2年で都道府県対抗(たいこう)女子駅伝に出場したときには,区間47人中,45位に終わりました。本当に(くや)しい思いをしましたが,その結果は当時の実力だったと思います。その後も一気に飛躍(ひやく)したわけではなく,少しずつ積み上げて,成績(せいせき)を上げていきました。
「何も()かない寒い日は,下へ下へと根を()ばせ。やがて大きな花が()く」。これは高校時代の恩師(おんし)にいただいた言葉で,(わたし)座右(ざゆう)(めい)です。苦しい練習をこなしてもすぐに成果が出るわけではないので,不安です。それでも,この言葉を(ささ)えに「今は根を()ばしているところなんだ,今が頑張(がんば)り時なんだ」と,ずっと地道に練習を重ね続けました。その結果,最終的には2000年のシドニーオリンピックで金メダルという大輪の花を()かせることができました。でも,金メダルの後も,最後の最後まで,「自分は強い選手だ」と思えたことはありませんでしたね。「自分は弱い選手だから,人の何倍も練習をして,はじめて太刀打ちできるんだ」と,ずっと思っていました。

“ポジティブ変換(へんかん)”で乗りきる

“ポジティブ変換”で乗りきる

練習はつらいものです。つらくなければ練習ではありません。ただ,そのつらさを乗り()えれば,前よりも強い自分になれるので,達成感や充実感(じゅうじつかん)があります。つらくなるとどうしても()げ出したくなりますが,()げても,いつかは目の前の(かべ)()えなければいけないことには変わりありません。それなら,今クリアしてしまえば,次はもっと楽に()えられる。つらいときこそ「今が(かべ)()えるチャンス!」と思って(いど)んでいましたね。
ケガをしていて走れないときでも,体を(きた)える方法はたくさんあります。走れないときは,「もしかすると,今の自分には走ること以外のトレーニングをすることが必要で,神様がそのために時間を(あた)えてくれたのかもしれないな」と考えるようにしました。物事をマイナスに(とら)えるのではなく,その状況(じょうきょう)の中で何ができるかを前向きに考えるんです。そうすれば落ち(おちこ)まなくてすむし,元気に一歩を()み出すことができます。(わたし)は“ポジティブ変換(へんかん)”と言っていますが,困難(こんなん)に直面したときは,一度立ち止まってゆっくりと周りを見回して,プラスの考え方に切り()えるようにしていました。

マラソンは多くの人に(ささ)えられているスポーツ

マラソンは多くの人に支えられているスポーツ

マラソンは約42キロの道のりを走る競技(きょうぎ)なので,まずは走る道路をつくってくれる人の存在(そんざい)(わす)れてはいけません。さらに,走り切るには,その道路を封鎖(ふうさ)し,警備(けいび)してもらわなければいけませんし,全国のみなさんに観てもらうためには,走っているところをテレビ中継(ちゅうけい)してもらう必要もあります。そして,沿道(えんどう)()()くすたくさんの方々(かたがた)がいるからこそ,苦しいときにも声援(せいえん)背中(せなか)()してもらうことができます。また,全国各地から,給水などの手伝いに来てくれるボランティアの方もいます。
こうした数えきれないほどたくさんの人の(ささ)えがあって初めて,思い切り走ることができるのです。マラソンは孤独(こどく)で苦しいと思われがちですが,これほど多くの人に(ささ)えられているスポーツはないと思います。
試合中に「もうここでペースを落とそうかな」と思ったときにも,沿道(えんどう)から聞こえてくる声援(せいえん)(はげ)みになります。「()ずかしい姿(すがた)ではなくかっこいい姿(すがた)を見せたい」という思いで力を()(しぼ)り,気づいたらゴールまでたどり着いていたということも多かったです。一人で走っていたらくじけてしまいそうなところも,たくさんの応援(おうえん)から力をもらうことができました。

現役(げんえき)引退後(いんたいご)も,こつこつと前進あるのみ

現役引退後も,こつこつと前進あるのみ

現役(げんえき)引退(いんたい)した今は,スポーツキャスターやマラソンの解説(かいせつ)の仕事をしています。テレビに出たあとは「うまく話せなかったな」と落ち()んで帰ることも多いですが,努力を重ねて少しずつ強くなった現役(げんえき)時代のように,今度はキャスターとしての経験(けいけん)を積み,一歩ずつ前進していこうと思っています。自分がやるべきことを一生懸命(いっしょうけんめい)にやるというのは,マラソンと同じですね。一日一日を無駄(むだ)にせず,充実(じゅうじつ)した毎日が()ごせるように,仕事に向き合いたいです。
また,休日には走ることを楽しんでいます。白い地図を買ってきて,まだ走ったことのないところ,山の中や森の中を探検(たんけん)しながら,走った道を地図に色付けしてどんどん広げていくのです。「探検(たんけん)ラン」と(しょう)して大学生のときにやっていたこのランニングですが,今もいろいろな地域(ちいき)の,いろいろな道を(めぐ)って走ることを楽しんでいます。

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて

(わたし)はキャスターのほかに,日本オリンピック委員会(JOC)の理事や東京オリンピック・パラリンピック競技(きょうぎ)大会組織(そしき)委員会のアスリート委員長といった,2020年の東京オリンピック・パラリンピックに関わる仕事もしています。オリンピック・パラリンピックは,選手が限界(げんかい)挑戦(ちょうせん)する瞬間(しゅんかん)(わたし)たちも一緒(いっしょ)に共有することのできる,素晴(すば)らしい機会です。ぜひ,スポーツをしているみなさんには,今,自分が頑張(がんば)っていることを一生懸命(いっしょうけんめい)続けていけば,オリンピックやパラリンピックの舞台(ぶたい)につながるかもしれないと,現場(げんば)に足を運んで実感してほしいです。
世界各地から集まるトップ選手に日本の環境(かんきょう)で思い切り力を出してもらえるよう,環境(かんきょう)整備(せいび)も進めたいです。しっかりアスリートの意見を反映(はんえい)させていきたいですね。(わたし)もみなさんとともに,2020年に向けて()り上げていければと思っています。

みんながスポーツを楽しめる世界を

みんながスポーツを楽しめる世界を

現役(げんえき)時代は,食べて,()て,走るという競技(きょうぎ)一色の毎日でしたが,引退後(いんたいご),JICA(ジャイカ,国際(こくさい)協力機構(きこう)。開発途上国(とじょうこく)への国際(こくさい)協力を行う機関)のオフィシャルサポーターの活動などを通し,さまざまな世界を見ることができました。世界にはまだ,スポーツをするだけの余裕(よゆう)や安全がない国も多くあります。以前,JICAの活動で出会ったエルサルバドルの卓球(たっきゅう)選手が,大会で東京を(おとず)れたことがありましたが,「東京は女性(じょせい)が一人で街を走り,子どもが一人で通学している」と,母国との(ちが)いにとても(おどろ)いた様子でした。母国では,治安が悪くてそんなことはできないというのです。
各国を代表してオリンピックやパラリンピックに出場する選手たちは,その国の希望であり,(ほこ)りでもあります。そんな選手たちが,オリンピックやパラリンピックで目にしたものを母国で広めていくことは,大きなメッセージになると思います。自分の国を,日本のように,たくさんの人がスポーツを楽しめる国にしたい。そう思ってもらえるためにも,まずは東京で,走っている人をもっともっと()やしていくことが,(わたし)役割(やくわり)のひとつだと思います。「平和の祭典」といわれるオリンピック・パラリンピックのメッセージを,この東京から発信していきたいです。

大好きなことを一生懸命(いっしょうけんめい)続けよう

大好きなことを一生懸命続けよう

オリンピックで金メダルを取ったことで,(わたし)の人生は大きく変わりました。でも,メダルよりも大切な宝物(たからもの)があります。それは競技(きょうぎ)を続けてきた中で生まれた,人とのつながりです。このつながりは,これからも途切(とぎ)れることなく,一生の財産(ざいさん)になると思います。みなさんにも,一生懸命(いっしょうけんめい)何かに打ち()み,ともに切磋(せっさ)琢磨(たくま)できる仲間をたくさんつくってほしいです。
みなさんの行く道にはこれからたくさんの未来が待っています。その未来のために,(ゆめ)を持ってください。(ゆめ)を持つことによって,今日やるべきことが見えてきます。そして,それを()()めていけば,自分が求めている姿(すがた)になることができると思います。
「自分の(ゆめ)はまだないな」「何だろう」,そう思っているみなさんは,ぜひ,大好きなことは何か,見つめ直してみてください。「サッカーが好き」「陸上が好き」「本を読むのが好き」,何でもいいと思います。自分の「大好き」を一生懸命(いっしょうけんめい)やり続けていけば,そこから(ゆめ)が見つかるはずです。あきらめずに続けることが,(ゆめ)に近づき,(ゆめ)(かな)えるための(かて)になると思います。みなさんの未来が,大きく,そして素敵(すてき)なものでありますように,応援(おうえん)しています。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社