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神奈川県に関連のある仕事人
1970年 生まれ 出身地 神奈川県

苅部(かるべ) 博之(ひろゆき)
子供の頃の夢: 農家
クラブ活動(中学校): ハンドボール部
仕事内容
年間100種類の野菜を栽さい培ばいするほか、世界で苅かる部べ農園だけのオリジナル野菜も開発している。
自己紹介
のんびりしていますが、好こう奇き心しん旺おう盛せいな性せい格かくです。休みはあまりありませんが、作業後には映えい画がを見るなどしてゆっくり過すごしています。
出身高校
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2026年08月07日)時点のものです

採とれたての農作物を直ちょく接せつ販はん売ばいする「直売」が特長

採れたての農作物を直接販売する「直売」が特長

私わたしは神奈川県の横よこ浜はま市し保ほ土どヶが谷や区くで、「苅かる部べ農園」を営いとなんでいる農家です。野菜などの農作物をみなさんにおいしく食べてもらえるよう、大切に育てています。ほかの農家の方と少し違ちがうのが、敷しき地ち内ないにある直売所「FRESCO(フレスコ)」で、その日に採とれた農作物を直ちょく接せつお客さまに販はん売ばいしているところです。
農作物は、市場を通じて青果店やスーパー、量産店などに届とどけられるのが一いっ般ぱん的てきですが、都市農業では消しょう費ひ地ちに近いという立地を生かして、市場を通さず近きん隣りんのスーパーやJA(農業協同組合)の直売所に直ちょく接せつ、農作物を卸おろすケースも増ふえています。苅かる部べ農園も、FRESCOでの直売のほかに、地ち域いきの飲食店や青果店、学校給食にも野菜を卸おろしています。このような場合、生産だけでなく販はん売ばいの工こう程ていも我われ々われ農家が担になうので、買いたいと思ってもらえるように、袋ふくろへの入れ方や色合いなど、見た目の工く夫ふうもしています。
苅かる部べ農園は現げん在ざい、私わたしと、母、妻つま、従じゅう業ぎょう員いん2名と、「農業塾じゅく」のメンバーで管理しています。「農業塾じゅく」は、農業や野菜作りに興きょう味みがある方に年ねん会かい費ひを出してもらい、農業について学びながら手伝いをしてもらう制せい度どです。メンバーは現げん在ざい、約15名で、年ねん齢れいも性せい別べつも問わず、さまざまな人が参加しています。最初は年配の方が多かったのですが、現げん在ざいの最年少は小学1年生です。ほかにも学生や主しゅ婦ふの方、社会人など、いろいろな人が楽しみながら手伝ってくれています。「農業塾じゅく」とは別に、「百ひゃく姓しょう塾じゅく」という、これから新しん規きで農業を目指したい方のための制せい度どもあり、今まで「百ひゃく姓しょう塾じゅく」から5人の方が新しん規き就しゅう農のうしました。

オリジナル野菜「苅かる部べ大根」「苅かる部べネギ」「苅かる部べ人にん参じん」

オリジナル野菜「苅部大根」「苅部ネギ」「苅部人参」

新種の野菜の開発もしています。例えば、ダイコンの場合、赤い品種のダイコンの種から、まれにピンクや赤あか紫むらさきなど、少し違ちがう特とく徴ちょうをもつダイコンが育つことがあります。そこで、あえてその「変わったダイコン」を選び、そこから種を取ってまた育てる。そうすると、その「変わった」特とく徴ちょうを受うけ継ついだダイコンが少しずつ増ふえていきます。これを何年も繰くり返かえし、色や形、味を選び続けることで、もとのダイコンとは違ちがうオリジナルのダイコンを作ることができます。こうして、約10年の月日をかけて、上部は赤く、下部は白い鮮あざやかな彩いろどりと、辛からみを抑おさえた味わいが特とく徴ちょうの「苅かる部べ大根」の開発に成功しました。ほかに「苅かる部べネギ」「苅かる部べ人にん参じん」も開発し、合わせて3種類のオリジナルブランドを生み出すことができました。
また、苅かる部べネギを使った旨うま辛からの調味料「苅かる部べ葱ねぎじゃん」をはじめ、トマトジュースやブルーベリージャムなどの加工品も作っています。加工品を作るのは、フードロスを防ふせぐことと、苅かる部べ農園のオリジナル商品を作ることの二つの目的があります。手塩にかけて育てた農作物ですが、新しん鮮せんな味を楽しめる時期は数週間程てい度どです。その時期を過すぎてもおいしく食べてもらえるという意味でも、加工品の存そん在ざいは大きいです。

一年で約100種類の野菜を作り、旬しゅんの野菜を届とどける

一年で約100種類の野菜を作り、旬の野菜を届ける

私わたしは、毎朝5時ごろに起きて、6時ごろに畑に行きます。お昼まで作業をして、休きゅう憩けい後、日にち没ぼつまで作業をするのが一日の流れです。
仕事をしていて大変なことは、年間で100種類ほどの野菜を作っていて品目が多いので、管理するものがたくさんあることです。苅かる部べ農園ではビニールハウスを使わず、畑で育てる露ろ地じ野菜だけを栽さい培ばいしています。ビニールハウスを使用しない理由の一つは、農地が分散しているからです。合計で3ヘクタールほどある農地は横よこ浜はま市しではかなり広いほうです。ただ、都市農業にありがちなのですが、15か所ほどに分散しています。ビニールハウスは天候の影えい響きょうを受けない一方で、内部の温度や湿しつ度どなどの細かな環かん境きょう管理が必要になります。そのため分散した土地にビニールハウスを作ってしまうと、管理が行いき届とどかなくなってしまいます。また、季節ごとに旬しゅんの野菜をみなさんに味わってもらいたいのも露ろ地じ野菜を栽さい培ばいする理由の一つです。春は春キャベツや春ネギ、新タマネギ、初夏には新ジャガやそら豆、夏はトマト、キュウリ、ナス、冬はダイコンやハクサイ、ホウレンソウなど、季節ごとにさまざまな野菜を育てています。そのため、収しゅう穫かくの繁はん忙ぼう期きだけでなく、作物が少なくなる転てん換かん期きにも次の季節の野菜の準じゅん備びがあり、年間を通して仕事があります。
ゲリラ豪ごう雨うや台風、雨不足など、予よ測そくしにくい天候への対たい応おうも農業ならではの難むずかしさです。夏の暑さはもちろん、冬の寒さはそれ以上に厳きびしいこともあります。それでも、季節ごとに違ちがう作物を育てるからこそ、一年を通して農業に向き合える面白さがありますし、旬しゅんの野菜をみなさんに届とどけることができています。

やりがいを感じるのは「野菜が食べられるようになった」「おいしかった」の言葉

やりがいを感じるのは「野菜が食べられるようになった」「おいしかった」の言葉

農家の魅み力りょくの一つは、自分が作ったものを自分で食べられることです。もちろん、買ってくださる消しょう費ひ者しゃの方においしい農作物を届とどけることが一番ですが、自分で育てたものを食しょく卓たくで味わえるのは、農家ならではの喜よろこびだと思います。外で働く仕事だからこそ感じる、ご飯や水のおいしさもありますね。
消しょう費ひ者しゃの方との距きょ離りが近いことも、地ち域いきに根ざした直売をしているからこその魅み力りょくです。
地ち域いきとのつながりを深める取り組みの一つとして、近きん隣りんの小学校で農業授じゅ業ぎょうも行っています。種まきや収しゅう穫かくだけではなく、途と中ちゅうの観察や間引きもしてもらい、学校給食には子どもたちが育てた野菜を入れてもらっています。さらに、作った野菜の販はん売ばい会かいも行います。子どもたちが近所の方にチラシを配って自分で野菜を販はん売ばいします。その売り上げを、震しん災さいなどで支し援えんが必要なところへの寄き付ふや、お世話になった方へプレゼントをするために使うなど、学校側で使い道も考えてもらっています。
そうした活動を通して、「今まで食べられなかった野菜が食べられるようになった」「今まで食べた中で一番おいしかった」と言ってもらえるのは、本当にうれしいです。最近では、「将しょう来らいは農家になりたい」という子どもも少しずつ増ふえてきました。そんな変化に立ち会えることが、農業を続けていく大きなやりがいになっています。

五つのこだわり:「鮮せん度ど」「品種」「土づくり」「情じょう報ほう発信」「彩いろどり」

五つのこだわり:「鮮度」「品種」「土づくり」「情報発信」「彩り」

直売所を始めるにあたって、もっと自分たちが作った野菜のおいしさを感じてもらいたいという思いから、三つのポリシーを掲かかげました。一つ目は「鮮せん度ど」です。基き本ほん的てきに、その日収しゅう穫かくしたものをその日のうちに販はん売ばいするため、直売所は午後から開けています。二つ目は「品種」です。トマトやキャベツにもたくさんの品種があり、それぞれの特とく徴ちょうがあります。その中から、収しゅう量りょうや病気への強さだけでなく、できるだけおいしさを重じゅう視しして選んでいます。三つ目は「土づくり」です。堆たい肥ひや肥ひ料りょうを活用し、微び生せい物ぶつを増ふやしながら、柔やわらかく地力のある畑を作っています。
そして最近さらに加わった二つのポリシーが、「情じょう報ほう発信」と「彩いろどり」です。情じょう報ほう発信では、SNSだけではなく、生産者自身が消しょう費ひ者しゃに直ちょく接せつ伝えることを大切にしています。例えば、消しょう費ひ者しゃの方に実じっ際さいに畑を見て体験してもらう畑の見学ツアーを行っています。野菜作りへの思いなど、野菜売り場のポップや文章だけでは伝わらないことを、自分の言葉で伝えられる機会になっています。このように、自分たちを知ってもらうことで「この人の作る野菜を食べてみたい」と思ってもらえるきっかけになればと思います。また、「彩いろどり」では、例えばオレンジ色のニンジンだけでなく、黄色や紫むらさきのニンジンも育てるなど、食しょく卓たくに並ならんだときに「おいしそう」と思ってもらえる色や見た目を意い識しきしています。

父の背せ中なかに憧あこがれ、子どものころからずっと夢ゆめは「農家」

父の背中に憧れ、子どものころからずっと夢は「農家」

江え戸ど時代から続く農家の家に生まれたので、小学生のころから将しょう来らいの夢ゆめは自然と「農家」でした。自信を持って農作物を作っている父の姿すがたが、当時の自分にはすごくかっこよく、プロフェッショナルに見えていたのです。だから、自分も大人になったらそんな農家になりたいと思っていました。兄もいたので、もともと自分が継つぐと決まっていたわけではなく、大学は農学部に進み、一度は就しゅう職しょくもしました。その後、兄とどちらが家業を継つぐかという話になったときに、「自分がやりたい」と伝え、13代目として農業を継つぐことになりました。
私わたしには2人の息子むすこがいるのですが、長男は幼よう稚ち園えんの七たな夕ばたのときに「将しょう来らいは畑の人になりたい」、次男も将しょう来らいの夢ゆめについての作文で「農家になりたい」と書いていました。2人とも昔の私わたしと同じように農家になりたいと思っていることがまずうれしかったですし、次男が農家になりたい理由として「農業は社会を下で支ささえているから」と書いていたのも印いん象しょう的てきでした。農作物を作るだけではなく、もっと社会を根元から支ささえていけるような形けい態たいを作るべきだと思うきっかけになりました。農業は、飲食や教育などほかのさまざまな分野の業種とつながることができるので、連れん携けいすることでより一いっ層そう、社会を支ささえられると思っています。

ものづくりが好きで、負まけず嫌ぎらいだった子ども時代

ものづくりが好きで、負けず嫌いだった子ども時代

子どものころから、何かを作ることが好きでした。小学校低学年のころには、畑で土遊びをしながらいろいろな物や形を作ったり、基き地ちを作ったりして遊んでいました。今、振ふり返かえると、そうした「自分で考えて、手を動かして形にする」ことが昔から好きだったのだと思います。学生時代は、剣けん道どう部ぶやハンドボール部に入っていました。団だん体たい競きょう技ぎも嫌きらいではありませんでしたが、どちらかというと自分一人で地道に取り組み、成長していく競きょう技ぎのほうが合っていたのかなと思います。あと、負まけず嫌ぎらいでもありました。中学生のとき、周りに農家の息子むすこがいなかったこともあって、家が農家であることをばかにされたことがありました。そのときも、一いっ生しょう懸けん命めい頑がん張ばっている親を否ひ定ていされたような気がしてとても悔くやしく、いつか農業で成功して見返したいと心に火がつきました。そこから揺ゆらぐことなく農業を志こころざしてきたので、悔くやしさを感じると時間をかけて努力するタイプだったのかもしれません。その反面、興きょう味みが薄うすいことに対しては飽あきっぽく、部活などをすぐ辞やめてしまうような面もありました。

未来の自分の可か能のう性せいを信じて、やりたいことにチャレンジを

未来の自分の可能性を信じて、やりたいことにチャレンジを

やりたいと思うことがあるなら、とりあえずなんでもやってみてほしいと思います。なかなか最初の一歩を踏ふみ出だせない人もいると思いますが、まずは「やってみる」という種をまくことが大切です。興きょう味みのあることや好きなことを少しずつ増ふやし、チャレンジすることで、それらがつながり、思いもよらない新しい可か能のう性せいが生まれることもあります。
これから先の未来で何が起こるかは誰だれにもわかりません。私わたし自身、これまでいろいろな夢ゆめや目標をかなえてきましたが、今は自分が育てた野菜を使った農家レストランを作ることが、新たな目標の一つです。いつか自分の野菜を主役にした料理を味わえる場所を作りたいです。そんなふうに、夢ゆめは一つかなったら終わりではなく、そこからまた次の夢ゆめが生まれていきます。だからこそ、今の自分だけで未来を決めず、興きょう味みを持ったことにどんどん挑ちょう戦せんし、未来の自分の可か能のう性せいに期待してほしいです。

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地方が都市に依存するのではなく、都市住民が地方のファンになり、地方と都市が支え合うことで双方が元気を取り戻す、というストーリーに重要性を感じました。

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取材・原稿作成:戸張 維(PlayceCUBE)・東京書籍株式会社/協力:横浜銀行