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1988年 生まれ 出身地 東京都

きぎょうか起業家
矢島(やじま) 里佳(りか)
子供の頃の夢: ジャーナリスト
クラブ活動(中学校): 茶華道部
仕事内容
職人(しょくにん)の技術(ぎじゅつ)で子どもの日用品をつくる
自己紹介
職人(しょくにん)の技術(ぎじゅつ)と伝統(でんとう)の魅力(みりょく)に惹(ひ)かれ,19歳(さい)の頃(ころ)から日本の伝統(でんとう)文化・産業の情報(じょうほう)発信の仕事を始める。「21世紀の子どもたちに,日本の伝統(でんとう)をつなげたい」という想いから,大学4年時である2011年3月株式会社(かぶしきがいしゃ)和えるを設立(せつりつ)。幼少期(ようしょうき)から職人(しょくにん)の手仕事に触(ふ)れられる環境(かんきょう)を創出(そうしゅつ)すべく,子どもたちのための日用品を,日本全国の職人(しょくにん)と共につくる“0から6歳(さい)の伝統(でんとう)ブランドaeru”を立ち上げる。また,全国の職人(しょくにん)とのつながりを活かしたオリジナル商品・イベントの企画(きかく),講演会(こうえんかい)やセミナー講師(こうし),雑誌(ざっし)・書籍(しょせき)の執筆(しっぴつ)など幅広(はばひろ)く活躍(かつやく)している。2014年7月,書籍(しょせき)『和える-aeru- 伝統(でんとう)産業を子どもにつなぐ25歳(さい)女性(じょせい)起業家』を出版(しゅっぱん)。第4回 日本政策(せいさく)投資(とうし)銀行(DBJ)「女性(じょせい)新ビジネスプランコンペティション女性(じょせい)起業大賞」受賞。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2015年01月14日)時点のものです

経営者(けいえいしゃ)は経営(けいえい)をせず,未来を予測(よそく)する力を磨(みが)く

経営者は経営をせず,未来を予測する力を磨く

私(わたし)は「株式会社(かぶしきがいしゃ)和える」の創業者(そうぎょうしゃ)であり,経営者(けいえいしゃ)でもあります。創業(そうぎょう)経営者(けいえいしゃ),と呼(よ)ぶこともあります。日本の伝統(でんとう)技術(ぎじゅつ)を持つ職人(しょくにん)さんが手作りした,0~6歳(さい)の赤ちゃん,子ども向けの日用品を企画(きかく)し,販売(はんばい)しています。
創業(そうぎょう)経営者(けいえいしゃ)には,①会社で働いてくれる人をどのように集め育てるか,②創業者(そうぎょうしゃ)にしか語れないことを世の中にどのように伝えるか,③お金の管理,この三点が求められていると感じています。創業者(そうぎょうしゃ)にしかできないこと,経営者(けいえいしゃ)としてすべきこと,両方があるということですね。
私(わたし)は「経営者(けいえいしゃ)として経営(けいえい)しないこと」が重要だと思っています。私(わたし)は、創業者(そうぎょうしゃ)として和えるの想いを伝え、50年、100年先の和えるのことを考えながら、経営者(けいえいしゃ)として現在(げんざい)の状況(じょうきょう)から会社がうまくいくよう判断(はんだん)しながら、未来を見て仕事をしたいと思っています。会社として,いつ,誰(だれ)と,何をするのか,今より先を常(つね)に予測(よそく)し,考えながら行動しています。そのためには,過去(かこ)や歴史を学ばないといけません。昔の人たちが何を考え,どう行動したか学び,自分が置かれている今の状況(じょうきょう)と照らしあわせながら未来を予測(よそく)する力を磨(みが)き続けています。

職人(しょくにん)の智慧(ちえ)と技(わざ)を,商品を通じて世の中に伝える

職人の智慧と技を,商品を通じて世の中に伝える

赤ちゃんの「おくるみ」,ベビーカーのひざ掛(か)け,お母さんの授乳(じゅにゅう)ケープ,大人の羽織(はおり)もの,どのような形でも使えるニット素材(そざい)のブランケットを作り、販売(はんばい)しました。商品を企画(きかく)するときは,職人(しょくにん)さんとたくさん話をして,誰(だれ)に向けたどのような商品か具体的に考えたり,長く使ってもらえるような工夫をしたりしました器やコップなどが,使ううちに壊(こわ)れてしまったときは,金継(つ)ぎや漆(うるし)の塗(ぬ)り直しなどの修理(しゅうり)も行います。修理(しゅうり)をして物を長く使ってもらうと,新しいものが売れなくなって困(こま)るかもしれない,と思うかもしれません。しかし私(わたし)は,修理(しゅうり)も職人(しょくにん)さんたちにお願いしていますから,新しい物を生産して消費する以外の経済(けいざい)活動(お金の流れ)を生み出していると思っています。すると職人(しょくにん)さんたちも安心して仕事ができたり,新しいアイディアがでてきたりします。こうして,お客さん,会社,職人(しょくにん)さんとの間に良い関係ができるのです。 私(わたし)たちの会社では,「伝統(でんとう)産業」という言葉にこだわって発信をしています。「伝統(でんとう)工芸」と言うと,どこかに大切に保管(ほかん)して眺(なが)めるものという感じがしていまいます。しかし「伝統(でんとう)産業」と言えば,生産したものが実際(じっさい)に人々(ひとびと)の手に渡(わた)り,使ってもらう姿(すがた)まで見えてきますよね。将来(しょうらい)的には「伝統(でんとう)」の言葉をとって,現代(げんだい)の日本の有力な産業となることを願い日々(ひび)取り組んでいます。

苦労や失敗から学び,じっくり対話すること

苦労や失敗から学び,じっくり対話すること

私(わたし)は,苦労や失敗から多くを学びました。痛(いた)い思いをして初めて分かったこともたくさんありました。そして,会社を経営(けいえい)し始めてしばらくすると,いつ何が起こるかだいたい分かってくるのですが,予想通り起きたことにただ対応(たいおう)しているだけでは面白くないですよね。予想通りのことと,予想外のこと,それぞれに対応(たいおう)できるバランス感覚も大切だと学びました。
さらに,たくさんの人と働いて,1ヶ月で能力(のうりょく)を発揮(はっき)できる人もいれば,長年かかる人もいることが分かりました。その人が置かれている状況(じょうきょう)や環境(かんきょう),人間関係などさまざまな要因(よういん)がありますが,これは職人(しょくにん)さんも私(わたし)の会社の社員でも同じで,本当に人それぞれだと感じますね。職人(しょくにん)さんは技術(ぎじゅつ)の基礎(きそ)を5年で学び,そこから5年経験(けいけん)を積み,10年経(た)ってようやく一人前だと認(みと)められます。最近は結果や答えがすぐに分かることが良いことであると考える人が多いように思いますが,職人(しょくにん)さんたちと話すと,今日明日の話ではなく,遠く先まで見通してお話されているように感じます。特に自然を相手にする職人(しょくにん)さんは,じっくり時間をかけて自然と対話をしていると思いますね。

文化を生み出した企業(きぎょう)と言われるように

文化を生み出した企業と言われるように

お客さんが「赤ちゃんを連れて見やすいお店」とほめてくださったり,職人(しょくにん)さんが「経営(けいえい)が安定して来たよ,『和える』さんが注文をしてくれるから」と言ってくださったりします。お客さんや一緒(いっしょ)に仕事している人など,いろいろな人からこうした言葉をいただくたび,誰(だれ)のために仕事をしているか再(さい)確認(かくにん)でき,その人たちに想いが届(とど)いているのだと嬉(うれ)しくなりますね。
フランスを訪(おとず)れた際(さい),フランスのとある伝統(でんとう)的なブランドについて現地(げんち)の人たちに尋(たず)ねてみました。すると,「大切にものを作るブランドで,この会社があることがフランスの誇(ほこ)りだ」と言われました。「和える」もそういう企業(きぎょう)でありたいと思いました。そして,人々(ひとびと)の日常(にちじょう)の暮(く)らしの中で「和える」の商品を当たり前のように使ってもらい,いつか「日本の文化を生み出した企業(きぎょう)だよね」とおっしゃっていただけたら嬉(うれ)しいです。

何代にも贈(おく)り続けられるものを最初に贈(おく)ろう

何代にも贈り続けられるものを最初に贈ろう

赤ちゃんのころから使えて,その子の子どもや孫と何代にもわたって使い続けてもらえるものを贈(おく)ろう,ということを大切にしています。
私(わたし)は起業する前に,職人(しょくにん)さんたちと,「モノづくり」は本当にやっていいことなのだろうかと話しました。消費するためにものを作り,結局はゴミが増(ふ)えてしまうだけなのではないかと感じていたからです。21世紀にモノづくりをすることは,どのような意味があるのか改めてじっくり考えました。職人(しょくにん)さんと話すうちに,「ものの無い世界に戻(もど)ろうとするのではなく,ずっと使い続けられるものを,生まれたばかりの赤ちゃんにプレゼントすればいいのではないか。そうすれば,ゴミを減(へ)らせるだけでなく,歴史や文化を受け継(うけつ)げるのではないか」と考えました。起業後もその考えを大切にして,商品を企画(きかく)しています。モノを大切に長く使い続けてもらうことで,人々(ひとびと)の心も豊(ゆた)かにしていきたいという想いも込(こ)めています。

ジャーナリスト志望(しぼう)から会社を立ち上げる

ジャーナリスト志望から会社を立ち上げる

ジャーナリストを目指し,大学に入りました。大学では,伝えたいことは何か考えて,自分の中で言葉にすることの大切さを学びました。そして実際(じっさい)に私(わたし)はジャーナリストになって何を伝えたいかと考えたとき,中学,高校で入っていた茶華道(さかどう)部のことを思い出しました。お茶室には茶碗(ちゃわん)や茶杓(ちゃしゃく)などの伝統(でんとう)産業品があり,とても落ち着く空間でした。しかし,それらがどのように作られ,なぜその値段(ねだん)なのか,何も知りませんでした。また,東京や千葉で育ったため,日本各地にあるさまざまな伝統(でんとう)産業についてもあまり知りませんでした。そこで,伝統(でんとう)産業を支(ささ)える若手(わかて)の職人(しょくにん)さんを取材し,伝統(でんとう)産業について伝えてみようと思うようになりました。実際(じっさい)に初めて職人(しょくにん)さんを取材したとき,伝統(でんとう)産業はやはり魅力(みりょく)的で面白く,自分が日常(にちじょう)的にこういうものに囲まれたと思いました。そして,取材内容(ないよう)を雑誌(ざっし)記事として掲載(けいさい)してもらうことができました。
日本全国各地で取材を続ける中で,職人(しょくにん)さんの作っているものは全て大人向けで,子ども向けのものをなぜ作らないのかと聞いたことがあります。「作らないわけではなくて,発想が無かったと」言われました。そこで大学3年生のころ,この発想を実現(じつげん)させられるよう,今の会社を立ち上げることに決めました。

好きなことはとことこんやる子どもだった

好きなことはとことこんやる子どもだった

私(わたし)が自分の手で初めて作ったものは,幼稚園(ようちえん)のころ作った,重たいオブジェのようなコップです。今でも家にあります。上手ではないのですが,絵も好きです。コンクールで佳作(かさく)に入選したこともありました。また,英会話教室に通い,遊びながら楽しく英語に触(ふ)れました。他にも書道を習ったり,バレエやピアノなど,好きなことはとことんやらせてもらいました。小学生のころは勉強ができた方だったのですが,中学高校では数学や物理が難(なん)むずかしく,苦手だと感じるようになりました。英語は英会話教室に通っていたおかげで,書くのは苦手でしたが,話すことは好きでしたね。
振(ふ)り返(かえ)ると,子どものころから人に何かを伝える,表現(ひょうげん)することが好きだったのだと思います。また,得意と苦手がはっきりしていてわかりやすくて,できないものは諦(あきら)めつつ,できるものでカバーする子どもだったと思います。

自分との対話を大切にして,自分に素直(すなお)に生きて欲(ほ)しい

自分との対話を大切にして,自分に素直に生きて欲しい

みなさんには自分との対話を大切にして,自分に素直(すなお)に生きて欲(ほ)しいです。人とは対話しているけれど,自分と対話する機会は意識(いしき)しないと作れないと思います。
自分と対話するイメージを分かりやすくしてみましょう。例えば,自分の中に悪い妖精(ようせい)と良い妖精(ようせい)がいて,それぞれの立場でいろいろな主張(しゅちょう)をしている。その妖精(ようせい)たちの声に耳を傾(かたむ)けてみるような感じです。
自分の気持に素直(すなお)になって、生きるということは強い意志(いし)とぶれない軸(じく)が大切です。みなさん、素敵(すてき)な人生を自ら切り拓(き  ひら)いてくださいね!

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