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神奈川県に関連のある仕事人
1991年 生まれ 出身地 神奈川県

田井(たい) 智晴(ともはる)
子供の頃の夢: アイスホッケー選手
クラブ活動(中学校): 水泳部
仕事内容
「氷上の管理人」としてスケートリンクを守る。
自己紹介
スポーツを続けてきたこともあり,根っからの負まけず嫌ぎらいです。一方で,優ゆう柔じゅう不ふ断だんで物事を決けつ断だんするのに時間がかかってしまう面もあります。休みの日は友人と過すごしてリフレッシュしています。

※このページに書いてある内容は取材日(2019年02月25日)時点のものです

スケートリンクの氷をきれいに整える

スケートリンクの氷をきれいに整える

私わたしは神か奈な川がわ県けん横よこ浜はま市しにある「横よこ浜はま銀ぎん行こうアイスアリーナ」というスケートリンクで,リンクの氷を管理する整氷作業員の仕事をしています。また,整氷作業のほかにも,事じ務む作業やイベントの企き画かく・運うん営えいなどの業ぎょう務むもしています。
このスケートリンクは,一いっ般ぱんのお客さまのほか,夜間や早朝の貸かし切きり時間には,アイスホッケーやフィギュアスケートの練習をする人たちも利用します。リンクの氷の状じょう態たいは季節や温度,滑すべっているお客さまの人数などで状じょう態たいが変わりますが,なるべくいつも同じ,良い状じょう態たいの氷を保たもてるように気をつけています。
スケートリンクの下にはパイプが張はり巡めぐらされていて,その中をマイナス10度くらいの凍こおらない液えき体たいが通っています。その上に水を張はって固まらせて,氷の層そうを薄うすく積み重ねていって,スケートリンクの氷ができています。氷の温度はモニターでわかるようになっていて,夏はマイナス5.8〜5.9度,冬場はマイナス5度くらいを目安に設せっ定ていしています。これがマイナス4.5度くらいになると,表面が溶とけてしまうし,逆ぎゃくに冷やしすぎると,今度は氷が割われて,白く稲いな妻ずまのような跡あとが残ってしまいます。
氷の状じょう態たいを整える整氷作業をするためには,整氷車という大きな特とく殊しゅな車を使います。整氷車には,コンディショナーという刃はのついた装そう置ちがあり,このコンディショナーが,リンクの氷の表面を削けずってきれいにしていきます。削けずった氷は回転しているスクリューが持ち上げて,タンクの中にどんどん入っていきます。氷を削けずる作業と同時に,40度から50度くらいのお湯をリンクにまいて,氷の表面を溶とかして滑なめらかにします。たくさんの人が滑すべった後の氷は削けずれて白くなっていますが,整氷車で整氷作業をすると,氷は透とう明めいで滑なめらかになります。

フィギュアスケートとアイスホッケーで良い氷は違ちがう

フィギュアスケートとアイスホッケーで良い氷は違う

整氷作業をするのは,1日3回,1回15分間です。整氷作業をする前は,お客さまには一度リンクから出てもらいます。整氷車は刃はがついている車なので,まわりのスタッフを巻まき込こまないよう,安全管理には気を配っています。整氷車の前の部分には,大きなタンクがついていて,運転席からはまったく前が見えないんです。安全管理に気を配りながら,きれいな氷を作ることを心がけています。
整氷作業をするときにお湯をまきますが,お湯の量が多いと,作業時間の15分の間に固まらず,表面が濡ぬれた状じょう態たいになってしまいます。逆ぎゃくにお湯の量が少ないと,きれいになりません。競きょう技ぎによっても良い氷は違ちがいます。アイスホッケーの場合は固いほうが良い氷で,フィギュアスケートの場合は,柔やわらかいほうが良い氷と言われています。アイスホッケーは,ゴムでできたパックを打ち合うゲームですが,氷の表面が濡ぬれていると,パックが滑すべらなくなってしまい,良くないんです。そういった,競きょう技ぎによる違ちがいにも気をつけて整氷作業をします。

「今日の氷は汚きたない」と言われて悔くやしい思いをしたことも

「今日の氷は汚い」と言われて悔しい思いをしたことも

自分で納なっ得とくできない氷を作ってしまったときは悔くやしいですね。いつも練習しているフィギュアの選手の子たちには,氷の状じょう態たいの良よし悪あしがわかります。私わたしが整氷作業を始めた最初のころは,うまくできなくて,「ちょっと今日の氷,汚きたなくない?」と言われたこともあります。仕事も覚えたてで,細かいところまでは気をつかえず,ただ整氷車をかけていただけの時期でした。そう言われたときは,本当に悔くやしかったですね。努力して整氷の腕うでを上げ,今は「いい氷だね」と言ってもらえるようになりました。
また,普ふ通つうのスケートリンクは,休業している期間に一度氷を全部溶とかしてから,また新しい氷を張はるといったメンテナンスができますが,この横よこ浜はま銀ぎん行こうアイスアリーナは,365日24時間営えい業ぎょうなので,そういったことは行いにくいのです。でも,良い氷を作るため,今後検けん討とうしていきたいです。いつも営えい業ぎょうしているため,時間に追われる苦労はありますね。24時間営えい業ぎょうなので,交代で夜や勤きんもあります。
また,夏場はスケートリンクの中と外とで寒かん暖だん差さが激はげしく,体調管理が難むずかしいです。場内は1年を通じて10度くらいに保たもたれているのですが,夏は外に出ると40度近かったりしますよね。場内から外に出ると,くらくらします。

2年ぶりに訪おとずれた兄きょう妹だいに声をかけられて

2年ぶりに訪れた兄妹に声をかけられて

ここ何年かで一番うれしかったことは,整氷スタッフとしてお客さまの見回りをしているときに,以前,滑すべり方を教えたことのある子たちが声をかけてくれたことですね。「また遊びに来たよ」と言ってくれて。
その子たちに滑すべり方を教えたのはその約2年前のことだったので,声をかけられて,最初は思い出せなかったのですが,5秒くらいで思い出しました。おばあちゃんの家が横よこ浜はまにあるということで,たまたま香か川がわ県けんから親に連れられて遊びに来ていた小学生くらいの兄きょう妹だいだったんです。うまく滑すべれなくて転んでいたので,「大だい丈じょう夫ぶ?」と私わたしが声をかけて,「こうやると滑すべれるよ」と話しているうちにすいすい滑すべれるようになって。その2年後にまた来てくれたんですね。声をかけてくれただけでもすごくうれしかったです。その子たちの記き憶おくに残ることができた喜びといいますか。私わたしが整氷作業をしている間もずっと手を振ふっていてくれたので,ちょっとしたヒーロー気分になりました。

横よこ浜はまのスポーツに恩おん返がえしがしたい

横浜のスポーツに恩返しがしたい

私わたしは幼よう稚ち園えんのときからずっと,アイスホッケーを地元の横よこ浜はまで続けてきました。高校は,アイスホッケー部のあるところに進み,インターハイに出場したこともあって,いくつかの大学から声をかけてもらった中から,横よこ浜はまの実家から通えるところに進学しました。そこでもアイスホッケーを4年間続けて,卒業後も神か奈な川がわ県けんの社会人のリーグに所しょ属ぞくして,2年前まで国体の選手として大会に出ていました。
このスケートリンクでは,選手時代から整氷スタッフとして働いていて,その後,横よこ浜はま市し体育協会の正式な職しょく員いんとして配はい属ぞくされました。横よこ浜はま市し体育協会は,このスケートリンクの運うん営えい以外にも,スポーツの大会を開かい催さいしたり,日産スタジアムやプールといったスポーツ施し設せつの管理や運うん営えいを行ったりしています。そのため,体育協会に入ったからといって,必ずしもスケートリンクの配はい属ぞくになるかどうかはわかりませんでした。しかし,私わたしはアイスホッケーだけではなくて,横よこ浜はま市しでずっと活動してきた選手として,他のスポーツにも何か恩おん返がえしができればいいなと思ったので,横よこ浜はま市し体育協会に入ることにしたのです。

良い氷を作って,今,競きょう技ぎをする子たちへつなげる

良い氷を作って,今,競技をする子たちへつなげる

私わたしは長くアイスホッケーをしてきましたが,神か奈な川がわ県けんではアイスホッケーはあまりメジャーなスポーツではなく,やはり北海道など,北の地ち域いきのほうがスケート場もたくさんあって,強いチームも多いんです。しかし,アイスホッケーをする環かん境きょうとしてはあまり恵めぐまれていない横よこ浜はまという土地でも,全国大会で良い成せい績せきを収おさめるところまで行けました。
私わたしは,アイスホッケーの選手として経けい験けんしてきたものを,なんとか無む駄だにせず,今の子どもたちにつなげていきたいと思っています。良い氷を提てい供きょうして,今競きょう技ぎをしている子どもたちのために,良い環かん境きょうを整えたいですね。
滑すべっているお客さまが多かったりすると,日によっては,氷の状じょう態たいが悪くなってしまうときもありますが,どんなときでも,120%の整氷作業をして,できる限かぎり良い氷にしたいと思っています。

アイスホッケー以外のスポーツは苦手だった

アイスホッケー以外のスポーツは苦手だった

子どものころはアイスホッケーばかりしていました。幼よう稚ち園えんにアイスホッケーのチームがあって,そこから始めて,中学校3年生まではずっと同じホッケーチームでやっていました。練習は小学生までは週2回,中学生になったら週4回。ポジションは,小学校3年生のころからずっとキーパーです。当時,ポジションを決めるのに,チームのメンバーとじゃんけんをしたのですが,そこで負けてしまってキーパーになり,そのままキーパーに定着しました。
私わたしはホッケー以外では運動神しん経けいが悪くて,走れば遅おそいし,サッカーだとトーキックになってしまうし,バスケットボールだとダブルドリブルになってしまいます。みんなも,私わたしがホッケーはできることを知っていたので,それで仲間外れになるようなことはなかったんですが,私わたしがボールを持つと笑われるみたいなところはありましたね。
性せい格かくはやんちゃで,動き回っていたいタイプでした。学校の友達は,ポケモンやテレビの戦隊ものの話をしていましたが,私わたしは父親が厳きびしかったこともあり,家ではテレビは見ずに,ずっとホッケーの試合のビデオを見ていました。私わたし自身もそれが嫌きらいではなく,ホッケーがすごく好きだったので,ずっと同じビデオばかり見ていました。

好きなことはとことんやり尽つくそう

好きなことはとことんやり尽くそう

私わたしはアイスホッケーがずっと好きで,これも才さい能のうだと思うんですけど,ただただ,好きだったんです。幼よう稚ち園えんから最近までの現げん役えき生活中,ホッケーのことを考えなかった日が1日もないんです。寝ねる前にはイメージトレーニングをするとか,そういうことをずっとやってきて,単たん純じゅんにホッケーが好き,プレーするのが好き,それだけの理由で続けて来られました。怒おこられて嫌いやになったことはあっても,ホッケー自体を嫌きらいになったことはありません。
みなさんも,好きなものや目標があると思うので,それは曲げないでほしいです。好きなものはとことんやり尽つくしたほうがいい。いろいろぶつかったり挫ざ折せつしたりはあると思いますが,その経けい験けんは絶ぜっ対たいに生きると思います。私わたしも好きなことをずっと続けてきたからこそ,結果的に今の仕事に就つくことができたのだと思っています。
また,人とのつながりも大切にしてほしいと思います。私わたしの場合,アイスホッケーは団だん体たいスポーツなので,一いっ緒しょにやってきた仲間や関係者がたくさんいます。体育協会の職しょく員いんになって,アイスアリーナでホッケー教室などのイベントをするときに,プロになった仲間たちに声をかけたり,昔憧あこがれていた選手と一いっ緒しょに教える立場として指し導どうしたり,ただホッケーが好きなだけでもここまでできるようになりました。好きなことを突つき詰つめて努力することで,どこかで必ず「誰だれか」がその姿し勢せいを見てくれています。何かにつまずいて悩なやんだとき,苦しいとき,必ず「誰だれか」が助けてくれます。その上で,周りの人や自分の置かれている環かん境きょうに「感かん謝しゃの思い」を忘わすれずに,人とのつながりを大切にしてほしいと思います。

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長谷部 誠
普段,本を読むタイプではありませんが,スポーツをしてきた者として,長谷部選手の本は非常に読みやすかったです。この本と出会って,心の状態を整えることの大切さを学びました。スポーツだけではなく,仕事や勉強のパフォーマンスを上げたい方におススメです!

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:横浜銀行,公益財団法人 横浜市体育協会