仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1978年 生まれ 出身地 神奈川県

子供の頃の夢: ものまね芸人
クラブ活動(中学校): サッカー部
仕事内容
ゆかいな場をつくったり、おもしろい写真を撮とったりする。
自己紹介
「思い出」が大好きで、人からよく「ユニークな人」だと言われます。何をするにしても、「せっかくだったらもうちょっとだけ、おもしろいものにしたい!」と、いつも思っています。
出身高校
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2024年10月02日)時点のものです

写真家として「人に愛される仕事」と「世の中になくて、自分が見たいものだけをつくる活動」を行う

写真家として「人に愛される仕事」と「世の中になくて、自分が見たいものだけをつくる活動」を行う

ぼくの肩かた書がきは写真家です。自身の会社「株かぶ式しき会社ゆかい」は、「写真とデザインとまちづくり」と幅はば広ひろく活動を行っていて、雑ざっ誌しや広こう告こく、音楽関係、図工の教科書などの仕事を数多く手がけつつ、活動の拠きょ点てんである「神かん田だポート」というオルタナティブスペース(展てん示じ、舞ぶ台たい、イベントなどさまざまな目的で使用できる、表ひょう現げんのための空間)にて、展てん覧らん会かいやワークショップの企き画かく、パブリッシング(出しゅっ版ぱん)や、地ち域いき交流を目的としたイベント運うん営えいなどの活動を行っています。
ぼくは写真家として「人に愛される仕事」と「世の中になくて、自分が見たいものだけをつくる活動」、この2つを同時進行で行っています。
1つ目は、人に愛されて、喜よろこんでもらう写真を撮とることです。例えば編へん集しゅう者しゃさんやデザイナーさんから「こういうテーマや特集のために写真を撮とってほしい」と依い頼らいを受けて、それに応おうじて写真をつくるという受注仕事があります。成果物は本やポスター、CM、Web、CDジャケットなど、掲けい載さいされる媒ばい体たいはいろいろです。撮とる対たい象しょうも、アイドルやアーティスト、役者さん、お笑い芸人さん、スポーツ選手、はたまた犬も猫ねこも車もビルも、お魚屋さんも。それだけじゃなく木や水も雲も。本当に幅はば広ひろく人や物や事に出会うことが仕事といっていいくらい、いろいろな人に会って写真を撮とったり、それらを使ってデザインをしたりします。
そして2つ目は、誰だれかに喜よろこばれなくても、自分が見たい風景や光景を撮とることです。その中の一つに「自然」をテーマにした作品シリーズがあり、自然への興きょう味みを探たん究きゅうしています。
ぼくはこの「お仕事」と自主制せい作さくである「作品制せい作さく」と、この両方をカメラという同じ道具で行えることが、ちょっと「いい!」と、思っています。なぜなら、技ぎ術じゅつの向上がどちらにも直ちょく接せつ的てきに反はん映えいできるからで、「あのお仕事で撮さつ影えいしたやり方を、今度は作品のほうでトライしてみよう!」となります。また、その逆ぎゃくもあります。
ちなみに補ほ足そくですが、静止画を撮さつ影えいする人を「カメラマン」と呼よぶのは和わ製せい英語で、日本独どく特とくの言い回しです。海外では「photographer(フォトグラファー)」となります(英語の「cameraman」は動画の撮さつ影えい者しゃを指します)。仕事や現げん場ばによって呼よばれ方が変わったりもしますが、その肩かた書がきは自分で決められます。

カルチャーイベント「HOME FOREST」にクリエイティブディレクターとして参加

カルチャーイベント「HOME FOREST」にクリエイティブディレクターとして参加

2024年の9月には、箱はこ根ねで行われた「HOME FOREST(ホームフォレスト)」というカルチャーイベントにクリエイティブディレクターとして関わりました。「クリエイティブディレクター」というのは、一いっ般ぱん的てきに広こう告こくや制せい作さく物ぶつをつくる現げん場ばで、企き画かくから制せい作さくまでの指し揮きを執とり、でき上がるものや商品のイメージを最終的に決定する立場です。ぼくは現げん在ざい、「神かん田だポートビル」という東京都千ち代よ田だ区く錦にしき町ちょうにある、サウナのある文化複ふく合ごう施し設せつ(株かぶ式しき会社ゆかいもここに入っています)のクリエイティブディレクターも務つとめていますが、この神かん田だポートビルでの地ち域いき交流の活動として、定期的に街の縁えん日にちを企き画かくしています。大きな取り組みの一つとして、ビルの目の前の道路に300畳じょうの畳たたみを敷しき詰つめ、ダンスやカルタ、演えん劇げきに茶さ道どう、書道にヨガ、アートに食と防ぼう災さいなどをテーマに、さまざまなクリエイターや福ふく祉し施し設せつのユニークなアイデアによる活動などを、「人と体験が出会える場」として、「なんだかんだ」という名めい称しょうで行っています。そういった経けい験けんから、小お田だ急きゅう電鉄さんのお仕事として、箱はこ根ねでの新しいカルチャーイベントの企き画かくに関わることになりました。

箱はこ根ねの森でたのしんでもらうために

箱根の森でたのしんでもらうために

現げん在ざい、日本の有名観光地には主に外国からの観光客が集中しすぎて「オーバーツーリズム(過か度どな混こん雑ざつやマナー違い反はんによって地ち域いき住民の生活に悪あく影えい響きょうを与あたえたり、観光客の満足度が低下したりする現げん象しょう)」の状じょう況きょうになっている場所が多くあり、問題となっています。箱はこ根ねも同様で、いわゆる観光ルートが、たくさんの人で混こん雑ざつすることがあります。
しかし、箱はこ根ねには歴れき史しとセットで古くから親しまれている国立公園があり、美しい森や自然がたくさんあります。観光客の方々に意外と知られていないのが、箱はこ根ねの森や自然の存そん在ざいでした。クライアントである小お田だ急きゅう電鉄さんは数年前から、建けん築ちくやまちづくりを手がけるUDSさんとの新たな取り組みとして、この箱はこ根ねの自然をテーマとした拠きょ点てんを箱はこ根ね湯ゆ本もと駅のすぐ近くにつくり、森の案内所としての機き能のうを持たせるとともに、自然体験のアクティビティや自然保ほ護ご活動を行うイベントなどを実じっ施ししています。今回ぼくが担たん当とうしたイベントは、そのプロジェクトの拠きょ点てん「HAKONATURE BASE」を森(桃とう源げん台だい駅付近の森)にして、さまざまなカルチャーが集まり、自然のたのしさや、リラックスする快かい感かんなど、五感で感じる体験と感動をみなさんと共有することを意図したものでした。
箱はこ根ねと聞いてパッと思いつくのは、駅伝や温おん泉せん。大おお涌わく谷だにの黒たまごやジョン・レノンが泊とまった富ふ士じ屋やホテルなど、すでにいろいろなイメージがあります。でも主役を「箱はこ根ねの森」とすると、都心から気軽に行ったり来たりできる身近な場所であり、自然に触ふれる体験として、森に入ることで「野生の呼こ吸きゅうを取とり戻もどす」ことができ、新たな価か値ちになります。箱はこ根ねの森で心をリラックスしてもらいたいという願いをこめて考えたのが、「HOME FOREST」というカルチャーイベントです。

つくる側がおもしろいと思わないと、人におすすめはできない

つくる側がおもしろいと思わないと、人におすすめはできない

このイベントでは、地ち域いき業者のみなさんのご協力のもと、森林公園をたのしみながら散さん策さくできるように、ユニークな小話が書かれた立たて看かん板ばん「森のかわらばん」を設せっ置ちしたり、地元地ち域いきで人気のあるお店が出店するマルシェ(市場)で、おいしい食べ物や飲み物を販はん売ばいしたり、原っぱでたのしめるヨガや子どもと一いっ緒しょにたのしむダンスやアート体験、ボードゲームや森の図書館、オリジナルレジャーシートを貸かし出だして、ゆったりと過すごしてもらうなど、さまざまないい時間に出会う体験を提てい案あんしました。
やってみて大事だと感じたことは、企き画かくする側の自分たちがおもしろいと思わない限かぎり、その体験を人におすすめはできない、という当たり前のことです。また、企き画かくもどこかで前にやれたパッケージをそのままスライドさせても仕方がありません。今後も「箱はこ根ねの森でたのしむ」にはどうしたらいいかについて、つくる側が箱はこ根ねの森へ通い、発見したり、学んだりして、地元にいる方々との交流や意見交こう換かんにも時間をかけて、オープンに取り組んでいきたいと思います。そんな共有のたのしみが始まったことは、今回のイベントをやってみて、とてもよかったと思えることです。

早起きが、生活を楽にしてくれる

早起きが、生活を楽にしてくれる

趣しゅ味みが釣つりであることから、早起きは気持ちがいい!ということを知ってはいましたが、実じっ際さいにやってみるとわかったことがたくさんありました。
まずは時間の認にん識しきです。ぼくらは日々時間に追われた生活を送っていますが、できれば固定の時間に毎日起きて朝日を浴びると、季節の移うつろいにも気がつきます。窓まどを開けて、ベランダに出てみる。この時間がいいんです。追われている感覚ではなく、周りが動いている時間を体験できて、起きたての脳のうがフレッシュに活動し、判はん断だん力りょくと集中力が上手にコントロールできるようになります。この仕組みについてはあまり詳くわしくはないのですが、時間管理術じゅつと呼よばれる自じ己こ管理の時間術だそうです。脳のうが疲つかれないうちに脳のうを使い、感覚を大事にしたい時間を午後に持ってくると、ストレスを感じにくく、上手に仕事をこなしていけるんです。
調べてみると、画家のピカソは破は天てん荒こうなように見える人生を送りながらも、世界一作品の量が多いといわれる絵え描かきであり、仕事の量も並なみ大たい抵ていではありませんでした。そのヒントとなるのは、ルーティン生活で、起きてすぐやることが決まっていた生活だったそうです。スポーツ選手のイチローや大おお谷たに翔しょう平へいにしても、あらかじめ決めた習しゅう慣かんをオリジナルでメソッド化したことで話題にもなっていますね。
午前中はそうやって「考えることや、やるべきこと」をやり、午後は「人と会ったり、体を動かしたりする時間」を過すごすのが、ストレスを軽けい減げんし、結果的に効こう率りつがいいようなので、それを実行しています。

「働くことは苦しい」を、本来の「たのしい」に変へん換かんする

「働くことは苦しい」を、本来の「たのしい」に変換する

仕事をするうえで、大変なことや、経けい験けんがないために苦労することはたくさんあると思います。でも、大変なことを一いっ生しょう懸けん命めい、頑がん張ばって乗のり越こえられることもありますよね。
正せい解かいがわからないことも、やってみてわかったことをたのしみに変へん換かんできると本当はいいです。仕事は当然そんなに簡かん単たんにはいかないものだからこそ、おもしろいことなんだ!というふうになるといいです。例えば、いきなり「曲をつくってください!」と、音楽のことを何にも知らないのに頼たのまれたら、それは困こまりますよね。でも、曲ってこうやってつくるのか、を勉強すると、きっとたのしいじゃないですか。一見つまらなそうな掃そう除じでも、本気で掃そう除じしたら、気持ちがいいですし。「どこにたのしみがあって、おもしろがれるか」が、今後続けられるかどうか、に繋つながっているかもしれません。ぼくは何の根こん拠きょも見当たらなくても「写真ならきっとできる」と思えたから、大変でも無理をしないでやっていけているのかもしれないなと思います。
そして、写真家なのに、クリエイティブディレクションやアートディレクションを担たん当とうするような仕事をしていますが、その基き本ほん的てきな考え方は、写真で学んだ考え方やアイデアの出し方なんです。「森に人が集まっているこんな光景が見られたらうれしい」とか、「路上に畳たたみを300畳じょう敷しいて、人が思い思いに遊んでいたら、こんな光景は今までなかったでしょ!」といったように、風景や光景をまずイメージするところから考えて、着手していきます。

情じょう熱ねつだけでなく、敬けい意いがあることが大事

情熱だけでなく、敬意があることが大事

子どものころ大人に言われた「あれやこれや」が、大人になって理り解かいできることも多くあります。あのときはわかりませんでしたが「あっ、本当にそうだな!」と……。ただ、「こうしなくてはいけないものだ」と、いわゆる常じょう識しきとされているものに対して疑ぎ問もんを持つことはすごく大事なことで、クリエイティブはその本ほん質しつを見み抜ぬくことで新しい価か値ちを生んでいき、カルチャーへと進化していきますよね。
だから、いいところと、よくないところを自分の中で決めていけると成長に繋つながる気がします。つまり、自分にとって直感的にこれはいいな、と思えるものを信じてみたりするのが、今後のその人の覚かく悟ごとなっていく気がします。
ぼくの場合、仕事をしていて幸せだな、と思うのは「いろいろな人に会える」ということです。人生の勉強にもなるし、日にち常じょうの中ではなかなか会えないような人とも会うことができます。これはいちばん、贅ぜい沢たくなことです。
人に会うと、どうしたって「敬けい意い」の気持ちが芽生えるんです。どんな人生の方でも、扉とびらを叩たたいて話を聞くと、やっぱりおもしろい。「ここまで生きてきたあなたはすごい!」と、偉えらそうですがそんな気持ちになります。そうすると写真にも、その気持ちは乗っかって写ってくるんですよ。「あなたを撮とらせていただきました」という敬けい意いが写真に表れます。そのことによって、その人が「ここにいる」だけのことが、いかにも素す晴ばらしいことのように表ひょう現げんされるんです、不思議なことに。

「長所」と「短所」をどちらも生かせる職しょく業ぎょう

「長所」と「短所」をどちらも生かせる職業

生まれ育ったのは神奈川県横よこ浜はま市しの金かな沢ざわ区くという場所です。両親は写真館と化け粧しょう品ひん店てんを営いとなんでいます。一つのお店で父が写真を撮とり、家族写真などでメイクが必要なときは母がメイクをする、というちょっと珍めずらしい形けい態たいのお店です。そんな環かん境きょうで育ち、ぼくも撮さつ影えいの手伝いなどを子どものころからしていたので、カメラはいつも身近にあるものでした。子どものころはどんな性せい格かくだったかというと、ずっと通つう信しん簿ぼに書かれ続けていた言葉が、長所は「明めい朗ろう活発」、短所は「うるさい、落ち着きがない」でした。
大人になって、この長所と短所を混まぜても大だい丈じょう夫ぶな職しょく業ぎょうが写真家でした。むしろそのほうが向いている気がします。動きながら、大きな声を出して写真を撮とって、どんどんおもしろいことを提てい案あんしていく感じがいいので、短所を直す必要がなかったんです。
「勉強はできなくていいけれど、おもしろいことなら負けない!」と決めたのは小学校2年生のときです。実は赤せき面めん症しょうで、人前に出ると泣いてしまうような子どもでした。でも、小学生くらいのころから「ものまね」をするとみんなが笑ってくれて、誰だれか別の人間になることで人前に出るのが平気になる、ということに気づいたんです。当時はテレビのものまね番組もとても人気だったこともあり、「将しょう来らいはものまね芸人になりたい」という夢ゆめを持つようになりましたが、高校生のときオーディション番組を受けて、レベルの高さに圧あっ倒とうされ落選したことで挫ざ折せつしました。だから、今でもものまねは得とく意いですし、職しょく業ぎょうになっていないだけで、個こ人じん的てきには「ものまね芸人」でもあると思っています。

褒ほめられると、うまくなる

褒められると、うまくなる

8歳さい年上の兄が、もう一人の父のような存そん在ざいで、年が離はなれている分、いろいろなことが進んで見え、影えい響きょうを受けながら育ちました。そんな兄が美び術じゅつ大学(美大)に入学したことで、アートやデザインという世界に対する憧あこがれを持つようになり、兄が働いていた美び術じゅつ予よ備び校こうに通い、ぼくも美大を目指すこととなりました。すると、そこで3浪ろうもすることになるんですが、大体のことはその予よ備び校こうで学び、いろいろと遊ぶこともできました。アートが自由だと思えたのもその時期でした。
その後、就しゅう職しょくもせず、いろいろな現げん代だい美び術じゅつ作家の手伝いをしていました。絵を描かくことや、彫ちょう刻こくをつくること、パフォーマンスやバンド活動をすることなど、「これが今フレッシュでたのしい!」と自分が思うことだけを選んで、作品をつくって発表したり、仲間と共同でアトリエをつくり、ギャラリーをやったりと、思いついたことばかりを試ためしながら、あとはアルバイト生活をしていました。ジーパン屋の裾すそ上あげや建けん設せつ現げん場ばでの土木作業、造ぞう形けい職しょく人にんの手伝いなどいろいろしましたが、本当に全部がたのしかったです。そんな中でも、カメラはいつも自分のそばにありました。それが当たり前だったので、好きだとか向いてるだとかは、考えたこともありませんでした。そして、たまたま撮とった写真を仲間や先せん輩ぱいが、やけに褒ほめてくれたことがきっかけで、写真がおもしろくなっていったんです。

同じように見えて全然違ちがう、2つのプロの世界

同じように見えて全然違う、2つのプロの世界

褒ほめられると調子に乗って、どんどん写真を撮とって、発表するようになりました。それを継けい続ぞくしていると、どこかで誰だれかは見ているもので、写真の仕事がやってきます。美び術じゅつ館かんでの展てん覧らん会かいのお誘さそいまで来ました。でも、仕事の写真と、プライベートの写真とでは、一つだと思っていた海が、まるで別の世界の海のようで……。とてもじゃないけれど、ぼくの船では両方は泳げない状じょう態たいでした。
「プロの仕事は、こんなことをここまでやるのか」と目まの当あたりにしていくような日々と葛かっ藤とうが始まります。でも、それでも続けていくと、いいことが起こります。チャンスをくれた先せん輩ぱいクリエイターだったり、美び術じゅつ館かんの学芸員だったり、デザイナーや編へん集しゅう者しゃ、同世代の仲間たちに正直に話を聞きます。そうすると、「何をやるか」だけではなく、「この仕事ならこうしてああして、どこまでやるべきか」の仕方まで、ちゃんと教えてくれました。教えてくれたことを丁てい寧ねいにやるだけで精せい一いっ杯ぱいでしたが、次し第だいに、できなかったこともできるようになっていきます。でも、できると思っていたら意外にできなくて、できないと思っていたらできたり。「自分には何ができるのか?」を模も索さくしている時期は、誰だれもがぶち当たる壁かべのように、社会と関わるための修しゅ行ぎょうのように思っていました。
そして同じクリエイティブな世界でも、アーティストの誰だれかとデザイナーの誰だれかが、全く違ちがうことを言うこともある、ということにも直面するようになったころには、自分がどうしたらいいか、わかるようになっていました。そこで、「愛される写真」と「誰だれに愛されなくても、自分が見たいものは何か、を模も索さくしてする写真」とを分けて活動して、それぞれを行き来できるように、一つの船で別の海でも泳げる技ぎ術じゅつを身につけ、やり方を覚えていきました。

自分の「おもしろい」という感覚を大切にしてほしい

自分の「おもしろい」という感覚を大切にしてほしい

子どものころ、よく親に「テレビを見るとバカになるよ!」と言われていましたが、大人になった今になって思うことがあります。「バカになる」時間は、必要なんですね。考えてばかりいる脳のうを休めたり、体で感じたりする時間は、子どものころにたくさん経けい験けんして本当によかったと思います。
ぼくはサウナとかお風ふ呂ろが大好きなのですが、その時間にも似にていて、体の感覚が優ゆう位いに働くことで、脳のうがリラックスしてくれます。リラックスするといいアイデアやおもしろいことを思いついたりします。エジソンやアインシュタインの世界を驚おどろかす大発明や大発見だって、リラックスした状じょう態たいをきっかけにアイデアが浮うかび上がった、と言われていますよね。
大人になると、リラックスした状じょう態たいをつくることがさらにたのしみになります。子どものころに経けい験けんした「おもしろい」という感覚は、いつまでも覚えているものです。だから、いつでも「おもしろい」は身近なところにあって、そのことに気づけたら、自分のことをちょっと好きでいられたり、共通の仲間もできたりします。大人になると、そんなたのしみも待っています。

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植村 直己
以前、とある雑誌で植村直己さんの特集のお仕事に関わった際、読んでみてとても衝撃を受けた本です。植村さんは「冒険家」という肩書きを初めてつくった人です。さまざまな冒険にチャレンジした彼の日常が書いてあるのですが、日記のように話し言葉で書いてあるので読みやすく、笑っちゃうくらい赤裸々なところが好きです。
天野 尚
この方は写真家であり、「ネイチャーアクアリウム」という、水草を使って水槽に自然の風景を再現する水景の世界を広めた人です。この写真集には彼がアマゾンの原生林に行って撮ってきた写真が収められているのですが、大判の8×10のカメラを8×16のサイズに引き伸ばしてパノラマサイズの自作カメラを製作したり、水中に潜って写真を撮ったりと、ものすごく活発で実験的な活動をしています。そして自分の見てきた本物の世界を今度は水槽の世界で再現するという、ロマンとあそびがたっぷり詰まった写真集です。

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取材・原稿作成:川口 有紀(フリート)・東京書籍株式会社/協力:横浜銀行