仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1953年 生まれ 出身地 東京都
井ノ口いのくち 展功のぶかつ
子供の頃の夢: 外交官
クラブ活動(中学校): 卓球部
仕事内容
やおもちゃやえんにち用品をしょうかいしてはんばいする。
自己紹介
子どもが大好きでチャレンジせいしんおうせい。英語を勉強して,がんという日本文化を海外に広めたいという熱意を持っています。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2020年01月09日)時点のものです

やおもちゃを子どもたちにとどける

駄菓子やおもちゃを子どもたちに届ける

わたしは,とスーパーボールなどのあんなおもちゃをあつかおろしどんくちしょうてんの社長です。わたしの会社はとうきょうあらかわにあって,メーカーから商品を仕入れて地方の問屋さんに商品をおろしています。問屋さんからその地方にあるさんにやおもちゃがとどいて,子どもたちが買いに来ます。あつかっている商品の種類は多く,げんざいは約2000アイテムあります。
わたしは月に1回,各地にしゅっちょうしては問屋さんへ新しい商品のしょうかいもしています。ただ,最近はさんの数がすっかりってしまい,じゅうらいの流通だけでは商品が売れなくなりました。そこでわたしが目をつけたのがインターネットです。くちしょうてんのホームページを作ったのは2000年のことでした。インターネットを使ったつうはんの取り組みとしてはかなり早いほうで,進んだ取り組みをしている会社として自治体からひょうしょうされたこともあります。今ではインターネットつうはんの売り上げがびていて,くちしょうてんの総売り上げの3分の1を,インターネットからの注文がめています。

子どもだけではなく,ぎょうだんたいからも

子どもだけではなく,企業や団体からも

わたしは毎日,午前中は主にしょで電話やFAX,メールでの注文を受けることに集中して,午後は商品の発送などをしています。どんな商品を仕入れるかは,社長と社員で話し合って決めています。一か月で500けんほどの注文がありますが,やおもちゃを注文してくるのは地方の問屋さんやさんのほか,ぎょうや商店会などのだんたいじんのお客さまとさまざまです。
ぎょうだんたいはお祭りやイベントでを配ったり,ゲームの賞品にしたりするんです。なかにはぎょうのロゴを入れたを配りたいという特別な注文もあります。以前は,このようにぎょうだんたいを必要としていることに気づかなかったのですが,インターネットのお問い合わせや地方の問屋さんからのじょうほうで,ここにもが売れるルートがあるとわかりました。
一年のうちでくちしょうてんが一番いそがしいのは,毎年7〜8月です。なかでも注文が集中するのはお祭りに使うもので,しゃてきや輪投げ,水ヨーヨー,スーパーボールすくいなど,えんにちでおなじみのアイテムです。わたしたちはえんにち用品とんでいます。この時季は夏祭りなどのイベントがたくさんありますからね。また,最近はハロウィンが定着してきたので,10月もいそがしくなりました。1月から2月にかけてはお寺や神社からの注文がえます。節分の豆まきでやおもちゃを豆といっしょにまいたり,景品として配ったりするからです。

やおもちゃがこうれいしゃを元気にする

駄菓子やおもちゃが高齢者を元気にする

くちしょうてんも例外ではありませんが,業界はみんな苦労しています。街のさんはどんどんって,売り上げもびません。まず子どもの数がっています。わたしが生まれたころは年間200万人も子どもが産まれていましたが,2019年には90万人を切りましたから,半分以下です。これではの売り上げがびないわけです。
それならば,他に売れる場所をさがさなければいけません。例えばマンガのシールは,しょうや歯科の病院からの注文が多いのです。ちゅうしゃいたりょうをがまんした子どものかんじゃに「よくがまんしたね」とシールをあげるんですね。
また,老人ホームなどこうれいしゃせつからのの注文もえています。こうれいしゃの方は,「あんこ玉」や「ふ」といった昔のや,ベーゴマやお手玉のような昔のおもちゃに,なつかしさを感じるのです。や昔のおもちゃを前に,おさないころの思い出をせつのスタッフに生き生きと語り出すこうれいしゃの方もいるそうです。せつの輪投げ大会でゆうしょうしたくて,前日に輪投げの練習をいっしょうけんめいしているこうれいしゃの方もいらっしゃるとか。おもちゃやこうれいしゃを元気にすることがあるんです。

がおいっぱいの時間を

駄菓子で笑顔いっぱいの時間を

海外からの注文もあります。例えば,イタリアのシチリア島からホームページに紙風船の注文が入ったことがあります。わたしたちは紙風船をふくらませてポンポンといて遊びますが,その注文したイタリア人は,「ふくらませた紙風船の中に願い事を書いた紙を入れる」と言います。そして山に登って,願い事を入れた紙風船を風に乗せて飛ばすそうです。そうすれば願い事がかなうんだとか。いろいろな使い方,遊び方があるものです。おもしろいですね。
わたしたちは「ありがとう」と言われれば喜びますし,「助かったよ」とかんしゃされれば,よかったなあと思うものです。文化祭で使うえんにち用品を注文した高校生から,「イベントがうまくいきました」というお手紙をもらったこともありました。わたしの目標はやおもちゃを売ることだけではなく,最終的に目指しているのは世の中を幸せながおでいっぱいにすることです。子どもがニコニコして遊び,こうれいしゃと小さな子がともに楽しい時間をごすことです。そんな楽しい時間のお手伝いを,うちのやおもちゃができればいいなあと思います。
を売ることがわたしの仕事です。でも,わたしは会社を大きくするよりも社会にこうけんしたいと考えています。仕事を通してだれかに喜ばれることがまずは大切であり,を売ってえきが出れば,それは人にこうけんしただいしょうとしていただくものだと考えています。

いそがしい両親のなかを見て育った

忙しい両親の背中を見て育った

くちしょうてんは1958年にわたしの父親がせつりつしました。父親は兵隊として戦争に行き,日本にもどってきてから,問屋で4年間働いてのことを勉強して商売を始めました。当時は遊ぶものもおもあまりない時代でしたから,商品はよく売れたそうです。
わたしの子どものころのゆめは,英語がペラペラの外交官になってこくさいてきかつやくすることでした。でも,両親が問屋の仕事でよるおそくまでいそがしく働いているのを見て,の仕事を自分ががなければと感じました。それで,わたしは大学を卒業して大阪のがん問屋で勉強のために働かせてもらい,1981年,26さいのときにくちしょうてんもどって働き始めました。そして1992年,37さいわたしは社長になりました。もうそのころにはが売れなくなっていたので,売り方にもこうさくをくりかえし,もんもんとしては,もうはだめかなと思ったりもしました。そんなとき,大学時代の友人に協力してもらってホームページを始めたらこれがうまくいきました。インターネットはおもしろくて,とてもわくわくしたことを覚えています。わくわくしないとものごとは成功しない,わたしは今もそう考えています。

スポーツ好きでよく遊んだ子ども時代

スポーツ好きでよく遊んだ子ども時代

子どものころはとにかくスポーツが好きでした。小学校でも友だちが多くて,人気者だったんですよ。野球が好きで,とにかくよく遊んだものです。家は問屋の仕事がいそがしかったので,ばんはんの時間までは家に帰らずに,近所の子どもたちと遊んでいました。よく遊んでいたのはかんけりですね。家にはたくさんのがありましたが,ダンボール箱に入ったまましゅっしてしまうので,食べたりはできませんでした。
それでもたまに父親について,メーカーのお工場にいっしょに行くことがありました。工場の中で作っている,ピーナッツにチョコをかけたおをもらって食べさせてもらいました。くじで一等を引かないともらえないあまなっとうの大きなふくろを5ももらったこともありました。とてもうれしかったことを覚えています。

友だちと楽しい時間をごすために

友だちと楽しい時間を過ごすために

昔ながらのさんはどんどんっています。でも,今もさんのおじさんやおばさんたちは,子どもたちに食べてほしい,楽しんでほしいと心から思っています。おいしいおもしろく遊べるおもちゃもいっぱいあります。みなさん,さんに行ってみてください。わたしは,はこれからも未来に伝えていく文化だと考えています。文化にれてみてください。
もう一つ伝えたいことがあります。「人生は楽しい」と思ったほうがいいということです。生きることは楽しいことです。みなさんも自分にとって楽しいことを追求してください。楽しい時間を自分たちで作ってください。友だちをいっぱい作って,その友だちと楽しく遊んでください。そのためのコミュニケーションツールとしておもちゃ,を使ってもらえたら,こんなにうれしいことはありません。

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取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:城北信用金庫